パンク経験世代です。 | ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.]

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ここは音楽のBlogでした。実際には節操無く何でも有りましたが、アメブロと相性が悪いようなので、他に書く事にしました。出来ればそちらを、よろしくお願いします。

恥ずかしい話ですが第一期パンク世代です。
これだけで現在の年齢を推定する事が出来てしまいます。
本当にお恥ずかしい話ですが今でも元気です。
あの頃もそれ以前もそして今でも色々な音楽を聴いています。
時代は流れ変化し私も年齢を重ねました。
それでも相変わらず色々な音楽を聴いています。
パンク以前から音楽を聴いていた訳で、
別にパンクが突然変異で発生したようには思っていませんでした。

パンクをやっている連中もそれ以前の音楽を聴いて育ち
それらに憧れて音楽を始めた訳です。
その頃はパンクとニューウェイヴの正確な区分は無かったし
ハッキリ言ってどちらも既存のロックから生まれた
新しいジャンル程度の扱いだったと思います。
ただフラワームーブメントなどの
流れに乗り遅れた私たち世代には
自分たちの世代の為に生まれたムーブメントだったのです。

反抗衝動に別に理由なんて必要有りませんでした。
思春期の不安定な感情と勝手に脳に流れ込む社会正義、
正しいと教えられた真実と目の前にころがる事実。
無限に広がろうとする自意識と強要される規律と行動。
それらの全ての存在が疎ましく偽善に見え
その中に存在しなければならない自分自身の全てが不満でした。
自分で自分をコントロール出来ないイライラ感が
彼らの音楽に共感させたんだと思います。

セックス・ピストルズは好きでは有りませんでした。
ポップ過ぎたし演奏も下手過ぎました。
作為的に作られた工業製品の匂いがプンプンして嫌でした。
彼らは中途半端だった為に成功しました。
中途半端だったからこそ商品価値が有り
マスコミなどのメディアに取り上げられ
有り色々な国でアルバムが販売されました。
彼らを包むビジネスは成功したと言うことです。

彼らの中でパンクだったのはシドだけでした。
彼だけが商品としての自分を嫌悪していました。
しかしそれこそに彼の商品価値が有ったのです。
ジョン・ライドンは頭の良い男です。
それらを把握していたので一切のものを封印していました。
それによって商品価値が出る事を知っていたのです。
イッていたシドがイッてしまったところで、
本当は彼らの存在価値は終わりました。

いまでもセックス・ピストルズに
伝説を塗りこみ商品価値をあげようとしている連中が居ます。
いまでもセックス・ピストルズに
憧れを求め存在価値を見出そうとする連中が居ます。
いまでもセックス・ピストルズに
自分自身の存在価値を求めようとする連中が居ます。
いまではセックス・ピストルズは
過去の産物であり伝説でしかないのでしょか。

あまたなる過去の出来事の中で、
共有出来るものが有る事は幸せです。
その存在意識さえ変化していけば
あらたなる未来の出来事の中で
十二分にその有り方は認識されるものでしょう。
自分自身の為に存在するものに価値の無いものは有りません。
しかしそれさえもメディアは商品価値に置き換える事を
自覚し忘れてはならないのです。

どれほど注意深くとも問題ではないのです。
自分自身の価値観を持ちさえすれば、
どれほど人に卑下されようとも胸を張って歩けるのです。
自分自身を愛す事は、とても努力の必要なことですが、
自分自身の価値観を持ちさえすれば、
どれほど人に卑下されようとも胸を張って歩けるのです。
彼らにすがって生きることさえ注意すれば、
あなた自身の価値は決して下がりはしないのだから。