日本には、捨てる神あれど拾う神ありって発想が

あることを、最近知りました。

この発想を知ったとき、僕は物凄く感動してしまいました。

時効なんで白状しますが、実は僕が中学生のときのはなし

僕は、友人三人と四人で、友人のお父さんが所有する車を

夜中に拝借いたしまして、ニューヨークシティからハイウエイ

に乗って、二時間ほど走ったところにあるキングストンという

街に繰り出したんです。運転してたのは僕の友人、運転

歴は無。彼が唯一、「車ってのはブレーキを踏みながらギアを

ドライブに入れてアクセル踏み込めば動く、嫌ならブレーキ踏めば

勝手に泊まってくれる。ハンドルをグルグルまわしときゃ行きたい

方向に車は勝手に行ってくれる。カンタンなもんさ」って言うもんで

運転を頼んだんです。目的地はキングストン。この街にある、アメリカ

最古の街並み(住宅地になっていて人が今でも住んでいます)を

どうしても見たくて行くと決めたんです。ハイウエイを走る僕たちの車の

なかは、ワイワイ、ギャーギャー大はしゃぎ。二時間なんてあっと

いう間に過ぎ、目的地キングストンに到着。目の前には、オランダ人

がはじめてアメリカ大陸に入植し作り上げたアメリカ最古の街、アメリカ

の原点となった街が月灯りと街灯に照らされていて、その光景に感動

したのを今でも覚えています。そんな街並みに見とれている僕たちに

酔っぱらったお爺さんが、向かいに家の窓から声をかけ、その街並み

のど真ん中にある彼のお家に入れてくれたんですね。お爺さんは、

酔っぱらっていたから、少々判断力はなかったみたいだったけど、

僕たちにコーヒーを振る舞ってくれて、お爺さんはこの家に一人

で暮らしていることや、この街の歴史を僕たちに延々と話して

くれたんです。酔っぱらっているから話し方も面白かったんですけ

ど、アメリカのナマの歴史話に僕たちは釘ずけとなり、何時間も

お爺さんの話しに聞き入ってしまいました。

その後、お爺さんと別れて、丘の上を車で走っているとき

事件がおきてしまったんです。

壁だったか、木だったかに車が激突し、

車は壊れ、動かなくなちゃったんです

携帯は無いし、所持金は四人合わせて15ドル

タクシーにも乗れず、近くに家もないし

どうしていいか解らず

道端で僕たちは、ワンワン泣いてたら、一台の

トレーラーが僕たちを発見し、停まってくれたんですね。

窓から顔をだしたひげもじゃのおじさんが、

「ニューヨークシティにいくぜ」と言った途端

僕たちは、トレーラーに飛び乗ったんです。

車内で、僕たちの話しを聞いてくれたおじさん

大爆笑していました。

当時、子供だった僕には、トレーラーのおじさん

の言っていることがよく解んなかったんですけど

人生には冒険が必要さって言ってたのだけは

覚えています。

今では、四人とも社会人、一人は国務省のキャリア

官僚に、一人は弁護士に、一人は空軍パイロット

になり、もう一人はいうと日本でブログ書いています

人生いろいろですね



僕が中学生のとき、公園で知り合った華僑系大富豪のお爺ちゃん

そのお爺ちゃんは、大昔ニューヨークに亡命して富を築いた成功者

そのお爺ちゃんは、僕にいろんな事を教えてくれたんです。

そのなかの一つ、まずは中華街の組織について教えてくれました

中華街は、大きくわけて二つ(今は変わってしまいましたが、当時は)

メインランド(大陸系)と台湾系の二大勢力があるんです。

そのそれぞれのグループには、長老と呼ばれるリーダーがいます。

長老というと民族の村長さんみたなイメージしてたんですけど

実態はマフィアの親分です。その長老が中華街の経済を中心とした

経済を仕切っていたわけです。

僕が知り合ったお爺ちゃんは、世間的には会社を経営する大富豪

ってことになっていますが、じっさいはメインランド系勢力のひとつ

である広東系華僑の長老、広東系マフィアの大親分だったんですね

でも、まったくそんなふうに見えないし、むしろ優しいお爺ちゃんて

感じで、僕はとても可愛がってもらいました。

今は故人ですが、なぜ僕に公園で声をけててきたかというと、

病気で亡くなったお爺ちゃんのお孫さんと僕が似てたからなんだ

そうで、公園で僕に声をかけてきた途端、いきなり僕の両手を力強く

握り、号泣してしまったんです。何か言ってるんですけど、広東語

なんで何言ってるか訳わかんないし、でも何故か何かが伝わって

きて、僕はもらい泣きしてしまいました。人間て言葉がわからなくても

心と心って本当に通じるものなんですね。(余談ですけど、この以心伝心

という人間本来がもつ潜在能力を活用したシステムができれば外国語

の習得なんてカンタンにできるとおもうんです)

お爺ちゃんとは、会ったその日に、自宅のデイナーに招かれました。

外からみると普通のビルなんですけど、中が凄い。アラブから取り寄せた

最高級絨毯、シャンデリア、ヨーロッパの高級家具、絵画(僕の好きなモネ

の絵があったんですWOW)にたくさんのお手伝いさんがいて、お城の

ようなんです。

ここで出迎えてくれたお爺ちゃんの奥さん、お婆ちゃんが僕を見るなり

号泣しちゃって、泣き崩れてしまったんです。

僕は、どうしていいか解んなかったけど、その後お爺ちゃんとお婆ちゃん

が見せてくれたお孫さんの写真、僕が写ってると自分でも勘違いしてしまう

ほど、そっくりで鳥肌がたったんですよ。こんなことって本当にあるんですね。

中学生の僕には、衝撃的な空間でした。(お婆ちゃん似でしたね)

それからというもの、僕はお爺ちゃんとお婆ちゃんとのお付き合いがはじまります

お婆ちゃんと買い物いったり、お爺ちゃんとお婆ちゃんとぼくは3人でピクニック

行ったり、(サングラスのおにいさんや厳ついおっさんがゾロゾロついてくるのには

閉口しましたけど)、どこかに不思議な感覚を覚えながらも楽しい時間を過ごして

たなかで、ある日お爺ちゃんが僕を雀荘に連れていってくれました。

路地裏のようなところに建つビルに入ると、銃を持った屈強な厳つい男性が何人

もいて、ドアを開けてくれる。中に入ると小さな小部屋があり、これまた厳つい男性

とチャイナドレスを来た女性が僕たちのコートを預かってくれる。女性が僕たちに

飲み物を聞くんですね。お爺ちゃんが「何でも欲しい飲み物を言いなさい。どんなもの

でも出してあげるから」というんで、「ブルーマウンテンのコーヒーを甘いカフェオレに

したのが飲みたい」って言ったら、本当にブルマンのカフェオレが出てきちゃって驚き

ました。

さらに奥の部屋に入ると、そこは雀荘でした。

と言っても、テーブルが2つだけの小さな雀荘なんですけど

凄く豪華なんですね。

4人一組のテーブルの、一人分の席には、僕とお爺ちゃんの

椅子が2つ用意され、僕たちが座った途端に、先に座って、パイを

触っていた3人のおじいちゃんたちの手がとまり、

僕を凝視する。一人は、僕に向かって手を合わせ、一人は顔が

真っ青になりかたまっちゃって、一人は「長老は、お孫さんを生き返らせた」

と大きな声で叫び、まるで僕は幽霊になったような気分でしたよ。

ところで、麻雀しながら、お爺ちゃんが僕に教えてくれたことがあるんですね

麻雀は宇宙世界の縮図であるって話しからスタートして、

ここにいるお爺ちゃんたちは皆金持ち、おおきな金を掴むためには

何でもやった。法も犯した。でも捕まらなかった。なぜなら彼らが掴んだ

大金のなかから、株式投資をしていて、逮捕された腹いせにその株を

売却したら、株価は下落してアメリカ経済に悪影響を与えてしまうから

政府も警察も目をつむる、だから捕まらないんだと言ってたんですね。

勿論、社会に影響をあたえるほどの投資をしているという前提はあります

が、何でも極めると、人間がつくりだしたルールに従う立場ではなく、

コントロールできる立場になれる、ということなんですね。

当時14歳だった僕が、はじめて知った社会のシステムは衝撃的でした

この社会のシステムというやつは、お金に限ったことではありません

芸術でも文化でも、何でもあなたがもし、何かを極めれば、その何か

が社会貢献につながるということなんです。

その何かは、何でもいいんです。

極端ですが、例えばその何かが、スリでもいいと思います

人のポケットから、うまいこと財布を盗み取る最高の技術を

医学の世界に応用して、患者さんに苦痛を与えずに病巣を取る

治療技術に応用することができれば、そのスリの技術は人類

を結果的に救うことになる。

スリというパーツだけをみていては、何もスタートしないと思います

かたい頭を柔らかくすることで、誰にでも社会貢献はできる

と思うのです。

柔らかい頭にするためには、好きなこと、楽しいことをすれば

いいのです。楽しければ、それらをするときに集中でき継続できる

そして、仲間を増やすことで新しいアイデアがうまれ、アイデアが

うまれたところには、人が集まってくるんじゃないでしょうか

パスカルは、人間は考える葦であると言っています

楽しみながら集中することで、新しい視点がうまれ

そこから生まれる考えが、あなたを豊かで幸せな人生に

軌道修正してくれると思うのです。

人生は一度きり、自らの意思で幸せを掴みとりましょうよ

機会オンチな僕には、アメブロの機能がいまだに解んないんです

どこをどう操作すれば、どうなるの?

ぺタって何だろ? ランキングにちゃんと参加できてるのかな?

心配事は尽きないんですけど、ブログはちゃんと更新されてるからOK

ということで、あとはスルーしちゃいます。そんな訳でもし

失礼なことがあったら、ごめんなさい

人には一長一短がりますよね

天は弐物を与えず、といいますから、短所を悩むより

長所を伸ばす発想のほうが得じゃないかって思うんです

僕は子供のとき

母親に連れられて歯医者さんの歯科検診にいったときのこと

診察室からキーンて音が聞こえてきて、その音と一緒に

消毒の匂いが僕の鼻につくと、一瞬にして恐怖のどん底に

子供だったから、涙が出そうになちゃったんですけど、

向かいのソファーには同い年位の女の子がニコニコして

座っているもんだから、プライドが邪魔して泣くに泣けない

そんなとき、僕の目の前にあったテーブルの上に聖書が

置いてあったんです。

僕はクリスチャンじゃないんですけど、恐怖とその女の子の視線

から逃れたくて、聖書を手に取ると、パッて適当に聖書を開いた

んです。

そのページには、こう書いてあったんです

神は創造主である。

神は山を創造すと山をつくった

神は創造すると何でもつくった云々と

最後に、神は人間をつくった。

神は人間を神に似せてつくった。

っていう箇所を、僕は歯医者恐怖心を紛らわせたくて

真剣に読んでしまったんですね。

その後、僕にとって人生初の大きな選択をしなきゃならない

大学入学をするとき、偶然僕は歯医者さんで読んだ聖書のこと

を思い出したんです。

神は創造主であるという箇所の創造主とは、

神様というのはクリエーターで、人間はその神様に似ている

んだから、人間も実はクリエーターなんだと僕は解釈したんです

人間は、神様のように人生を自分の思い描いた通りにクリエート

することができると仮説をたてた僕は、大学進学後、自分の思い

描いた「世界旅行をする」という願いがかなったんですね。

世界を巡った体験をすることができたのは大学の友達のおかげ

ですが、世界を巡り多くの学びをした結果は、大学の講義を

受けるより、はるかに価値のある人生の一環だったと確信

しています。

それからというもの願いや希望は叶うと信じてしまっています











僕は、ブログをはじめた以上

ランキング上位に入りたいし、トップブロガーにもなってみたいんです

トップブロガーになるっていうことは、僕のブログをたくさんの人が

読んでくださっているということですから、それはきっと人の役に立っている

ということだと思うんですね

僕は、2001年に起きた911ニューヨーク同時多発テロ事件のとき

事件の現場になったワールドトレードセンターに偶然居合わせて

生存者になった体験があるんです。

そのときは物凄いショックを受けました。

911事件が契機となって、僕は帰国してきました。

もし、911事件がなかったら、今頃はまだニューヨークにいた

とおもうんですね。

ニューヨークのJFK空港を飛行機が離陸するとき

僕はアメリカ人なんだって感じてたんですけど

飛行機が成田エアポートに着陸すると

僕は、やっぱり日本人なんだって感じたんです

約13時間位のあいだに思考が180度変わった僕は

単純なのかもしれませんね

フライトのあいだ僕が考えていたことは

両親と飛行機に乗るときは、ビジネスかファーストクラスなのに

僕が一人で飛行機に乗るときはエコノミー

そのサービスの差は、あなたもご存じの通りです

でも、ひとつだけ違うことがあるんです

それは、

僕は幼少期、両親の都合でニューヨークに渡米した。

これって僕の意思ではなかったということです。

その後の僕の人生は、僕の意思とは関係なく激変した。

運命なのかもしれませんね

でも、帰国するときは全く違っていたんです

僕は、僕の意思で、自ら決断して帰国という

人生の選択肢を選んだんです

だからフライト中の窮屈なエコノミー席から見える

海が凄く綺麗に見えたりしたんですね

渡米するときにファーストクラスの機内から見えた景色にも

機長やCAの最高のサービスにも

豪華な食事にも

僕は感動してなかったことを今でも覚えています

何かをしたいって意思をもつことって素晴らしいことなんだと

窮屈なエコノミー席で考えていたから、思考が180度変わった

んでしょうね

このブログも自分の意思ではじめました

つたない文章で書かれた、僕の体験を読んで頂き、

あなたが何か感じてくださったら幸いです

また遊びに来てください












僕は今、ブログを更新しながら、つくずく日本語で文章を書く

ことの難しさを痛感しています。

こんな難しい日本語を使いこなす日本人のなかに

凄く合理的でカンタンな英語を話せない人がいるなんて

信じられないんです。

パソコンでカタカナひらがな漢字と変換するだけで

初心者のぼくは

コーヒーが何杯も飲めるほど超イラついちゃうんですよね

日本語で文章考える、っていうのも大変

描写法の大先輩正岡子規の頭脳をほんの少しでもいいから

コピペしたいなって、正直願っていますけど

「てヲには」も面倒で嫌んなちゃいますけど

ニューヨークでバイリンガルに育ってきたなはで

培ってきた「そく慣れることができる」という

僕の唯一の特技を活かし、自己表現していきます

んえ、ぜひ読み進めてくださいね

キョウの話しは、ミリオネアになった不法移民

これ中国から来た人の実話なんです。

中国出身の彼は、不法移民船に乗り中国からアメリカに向かった

彼の話しでは、船内で亡くなった人もいるそうで、アメリカに渡航す

るだけでも、命がけだったそうです。

普通、そういう人たちはアメリカに不法上陸した後、中華街に身を潜める

らしのですが、彼は「それでは英語を覚えない」という理由から、

中華街には身を潜めず正々堂々と、ピザ屋さんでアルバイトを

はじめたんですね。彼に与えられた仕事はピザの配達。

その彼の配達先の一つが偶然、僕の部屋だったことから

僕たちは出会いました。そして友達になったんですけど

彼が初めて、僕が日本人であるということ知った時、

物凄く驚き「中国にいる親戚や友人に俺には日本人の友達が

いる」ということを自慢するんだと言っていたこと、今でも鮮明に

覚えています。そんな彼がビジネスで成功したのは、ニューヨーク

では当たり前になっていたルームメイトのシステムを活用したこと

なんですね。2DKのアパートに住んでいる人が使っていない一部屋

を貸して家賃の足しにしたりすんですけど、彼はその一部屋を300ドル

で自分が借り、二段ベットを自分で作って二人の人に其々200ドルで

また貸しすることで、彼には100ドルの儲けが毎月うまれます。そういう

部屋を彼は1000室借りまくり、月に10万ドル、年間100万ドル、当時の為替

で一億を一年で稼いでしまったのです。

その後、彼は年商100億の会社経営者としてまたニューヨークの

一等地にいくつものビルを所有する資産家に成り上がったんですね

僕は、彼の生き方に共鳴するんですけど、もっと衝撃を受けたのが

彼が不法移民だと知って雇用したピザのオーナーさんの器の大きさや

不法移民という犯罪を犯したことよりも、彼のビジネスマンとしての

才能がアメリカ社会に役立つであろうと、その罪を帳消しにして

最終的に彼にアメリカの市民権を与えた政府のとった行動です

罪を憎んで人を憎まないという諺を行動によってみせつけた

アメリカ政府や社会のありかたに

例えどのような人にもセカンドチャンス、サードチャンスが

この世の中には存在しているということ学んだんです

彼の経営哲学は、チャンスは日常生活のなかにある

ということだそうです

きっと日本にもチャンスはあると僕は信じます

あなたは信じますか













 
アメリカ人の赤ちゃんは、英語が全く解らない時期でも

ママの言っていることは理解できています

そのシステムをパクっちゃえば、英語は何とかなるんです

英語という言語は、とても合理的にできています

日本語のような敬語表現もそんなに複雑じゃないし

少ない単語でたくさんの表現も可能なんです

一つの単語にいくつもの意味があるから

洋服の着回しをするような感覚で

英語に慣れると、上達が早くなる

自分のことを、目の前にいる相手に合わせて

僕と言ったり、俺といったり、私といったり

同じ意味なのに単語をたくさん使用する

日本語に比べて、英語は

全て I という一つの単語しかないんですから

他に覚えようがないんですね

そんな感じで英語表現するだけで、

日常会話なんて、すぐ覚えちゃうんです

習うより慣れろの発想で、英語に親しむことが

鉄則です。

僕は、よく高校生にセンター入試の問題を

教えてって頼まれるんですが、長文読解なんか

ほとんど単語の意味が解らなくても、点がとれる

ように教えています

アメリカ人からみたら、長文読解といっても

カンタンな文なので

先ほどの赤ちゃんが理解するシステムを活用するように

高校生には教えています

それで、ほとんどの高校生は点が取れているんですね

まず、英語はカンタンだと思うところから

スタートすることを、お勧めします

日本語よりずっとカンタンですから

そして習うより慣れろの発想で英語に向き合ってみてくださいね

必ず道は開かれます

僕はニューヨークで大学に通っていた頃

よく、サボって旅行に出かけていました。

ニューヨークには、世界中から人が集まってきます。

大学という教育機関も例外ではありません。

たくさんの留学生がニューヨークにやってきます。

皆、夢と希望を持っています。

価値観はそれぞれ違うのですが、前向きなんです。

僕は、そんな彼ら留学生とキャンパスで友達になり

結果、彼らの母国に連れていってもらってたんです。

キョウは、たくさんの国を巡ったなかから

ハンガリーを紹介します。

首都ブタペストに行ったのは、90年代初頭のこと

共産主義政権が崩壊した直後のことだったので

ニューヨークにファックス一枚送るのに2時間かかった

のを覚えています。

ブタペストは、入国前のボクのイメージとは違い

街並みがとても綺麗な異空間都市というのが

入国後の僕の印象です

今では、だいぶ変わっているんでしょうが

綺麗なトコロでした

アメリカで知り合ったハンガリー人の友達が僕に

彼の友達を紹介してくれて、そのほとんどの人が

資本主義経済のなかでビジネスで成功したい

と言っていたのが印象的でした

インフラ整備にはじまって、多くのチャンスがある

ことを彼らは解っていたんですね

ポーランドのロールキャベツが好きな僕ですが

ハンガリー料理もおいしかったのが印象的でした

ハンガリーで出会ったハングリー精神に

勇気をもらった旅だったんですね

人生において、どんな人に会うかって

本当に重要ですね

僕は、大学の講義よりも重要だと考え

それ以来、多くの国を巡ってきたので

またお話しさせていただきますね

また遊びにきてくださいね



ディケンズ市長のときの80年代後半

警察官がいるから安全なんじゃなくて

安全な場所だから、そこに警察官がいる

といわれるほど治安が悪かったニューヨーク

ベビーカーに乗った赤ちゃんがさらわれたり

入ったら生きてでられない公園があったり

酷く治安の悪いニューヨークで

僕は偶然ハーレム出身の友達ができたんです

彼が家族と住むハーレムのアパートに行ったときのこと

ジーンズの後ろポケットに拳銃を持ったギャングが闊歩し

一本先のストリートが銃声が聞こえたんですね

その友人のお兄さんがギャングだったことから

僕たちは何も危害はくわえららなかったのですが

ストリートの雰囲気は異常でした

そんな危ないトコロに僕が行った理由は

ストリートミュージックをみたかったからなんです

ヒップホップにダンス

ジャズの演奏

と世界中に広まった音楽の世界を

ナマでみたかったから

ストリートの雰囲気と音楽をする人たちのギャップ

を直接見て、ボクは

貧しくても、世界に通用する音楽が生まれている現実に

マイナスがどんなに大きくても

その分プラスが生まれると感じたのです

ビジネスや学問の世界では

プラスの人とマイナスの人が組んだらマイナスになる

と思いますが、

魂という視点からみると

プラスに人とマイナスの人が組んだら

プラスになるということを学んだんです

そのときゼロの人がいたら何もうまない

ということも学びました

魂が欲しているなら必ず道は開ける

ということを知った貴重な体験でした

あの時、出会った方のなかには

アメリカのテレビにでている人が何人もいます

ピンチはチャンス

そのヒントは日常生活のなかに潜んでいて

何かをしなければ、という問題意識を

持っていることで、ヒントに気がつくのです

そのヒントに気が付いたとき一瞬でプラスに転じ

その伸び幅、上り幅ははんぱない

ハンパないって考え方捉え方によっては

大きく道を変えてくれるものなのですね

僕は帰国してから強く感じる日本文化のなかで

「こうでなきゃいけない」

「こうあるべき」

といった考え方に閉口することがあります

学生はこうあるべき

勉強はこうすべき

みたいな型にはまったり

はめようとする慣習・文化に

ときには反抗してもいいのかなと

かんじませんか?

自分の人生は

自分で選択する

という人間本来がもった

権利だと思うんですね

留学も

留学とはこうあるべき

という型をとりはらって

みたらどうなるか

まずはじめに考えるのは

外国に行く

ということ

外国に行くとどうなるか

行くだけで

あなたの人生にプラスになる

と僕は考えます

外国で嫌なことがあってもです

どんなに嫌なことがあっても

日本にいては体験できないことなら

それは

あなたの人生において

貴重な体験として

学びの場となり

成長の糧となるのではないでしょうか

日本にいては体験できないことなのかも

しれません

あなたは

無計画な行動は後でツケがまわってくると

思いますか

僕の発想は違うんです

無計画な行動から生まれたツケは

知恵を産む最大のチャンスと捉えたいのです

人間は考える葦である

とパスカルは言っているのですから

ピンチが訪れたときこそが

人生を豊かにするチャンスだと

考えてしまいます

もっと自分を信じたいんですね

自尊心を捨て去った段階で

気持ちは楽になります

気持ちが楽になると

素直になって

異文化を自然に吸収し

そのなかから

語学力を磨くチャンスが訪れます

先入観や今まで培った価値観、自尊心あると

それらが邪魔をして

渡航した国・人・文化がストレートに

入ってこなくなり、感動しないことがあるんです

そうなると文化と密接に関わっている

語学力が磨かれないことが多いんです

技術やテクではなく

海外で

あなたの魂に直接うったえてくる

何かを感じてほしいのです

その宝を手に入れる方法は

素直な心になることなんだと

体験上感じます

決して僕のマネをしろとは言いません

外国の文化という媒体を通じて

あなたの人生を豊かにしてほしい

と願っています

海外にでる二歩目は

自分を信じる素直な心が

キーワードになると思います






だいなです。

僕は両親の都合でニューヨークに渡米してしまって

自分の意思とは関係なく

人生が変わってしまったんです。

五歳のときのことです。

自らの意思とは関係なく運命が変わっても

住めばミヤコというのは本当のようで

治安の悪いニューヨークも

僕にとって、いつのまにか

地元(ふるさと)になっていました

僕が子供のころ行きたくもなかった

ニューヨークに

お金と時間をかけてでも

行きたいという人が

たくさんいることに驚きます

世の中の人の価値観っていうものは

自分のスケールでは測れないなって

感じます

今ニューヨークに行きたいっていう人に

行きたくなかった僕は

逆の立場から

アドバイスすることで

ノウハウがうまれることを

知りました

それは凄くカンタンなことで

もし、あなたが

ニューヨークに行きたいならば

「行きたい」ではなく

「行く」と決意することから

スタートするのです。

プライドや今まで培ってきた価値観を

横においといて

純粋に

「ニューヨークに行く」

と決意してみてください

そうすることで

不安に思うことが少しずつ

少なくなっていくハズです

なぜなら

「ニューヨークに行く」という思いが

それらの不安に勝つからなんです

いわゆるマインドセットしちゃうんですね

その上で

行くために必要な不安材料の解消に

取り掛かると、

決意する前のあなたより

数段早く解決策がうまれてきます

僕も知りうる限りの情報を

ドンドン提供していきます

何と言っても

僕はニューヨークで育った

ニューヨーカーですから

ナマ情報網をはじめ

最新のニューヨークのこと

どんな日本の専門家より

詳しいと自負しています

現に専門家といわれる人たちが

僕に情報を聞いてくる位ですから

日本では手に入らない情報を

提供していきます

按ずるより産むがやすし
といいます

たった一度の人生

お互い悔いのない人生をくりましょう