僕は今、ブログを更新しながら、つくずく日本語で文章を書く

ことの難しさを痛感しています。

こんな難しい日本語を使いこなす日本人のなかに

凄く合理的でカンタンな英語を話せない人がいるなんて

信じられないんです。

パソコンでカタカナひらがな漢字と変換するだけで

初心者のぼくは

コーヒーが何杯も飲めるほど超イラついちゃうんですよね

日本語で文章考える、っていうのも大変

描写法の大先輩正岡子規の頭脳をほんの少しでもいいから

コピペしたいなって、正直願っていますけど

「てヲには」も面倒で嫌んなちゃいますけど

ニューヨークでバイリンガルに育ってきたなはで

培ってきた「そく慣れることができる」という

僕の唯一の特技を活かし、自己表現していきます

んえ、ぜひ読み進めてくださいね

キョウの話しは、ミリオネアになった不法移民

これ中国から来た人の実話なんです。

中国出身の彼は、不法移民船に乗り中国からアメリカに向かった

彼の話しでは、船内で亡くなった人もいるそうで、アメリカに渡航す

るだけでも、命がけだったそうです。

普通、そういう人たちはアメリカに不法上陸した後、中華街に身を潜める

らしのですが、彼は「それでは英語を覚えない」という理由から、

中華街には身を潜めず正々堂々と、ピザ屋さんでアルバイトを

はじめたんですね。彼に与えられた仕事はピザの配達。

その彼の配達先の一つが偶然、僕の部屋だったことから

僕たちは出会いました。そして友達になったんですけど

彼が初めて、僕が日本人であるということ知った時、

物凄く驚き「中国にいる親戚や友人に俺には日本人の友達が

いる」ということを自慢するんだと言っていたこと、今でも鮮明に

覚えています。そんな彼がビジネスで成功したのは、ニューヨーク

では当たり前になっていたルームメイトのシステムを活用したこと

なんですね。2DKのアパートに住んでいる人が使っていない一部屋

を貸して家賃の足しにしたりすんですけど、彼はその一部屋を300ドル

で自分が借り、二段ベットを自分で作って二人の人に其々200ドルで

また貸しすることで、彼には100ドルの儲けが毎月うまれます。そういう

部屋を彼は1000室借りまくり、月に10万ドル、年間100万ドル、当時の為替

で一億を一年で稼いでしまったのです。

その後、彼は年商100億の会社経営者としてまたニューヨークの

一等地にいくつものビルを所有する資産家に成り上がったんですね

僕は、彼の生き方に共鳴するんですけど、もっと衝撃を受けたのが

彼が不法移民だと知って雇用したピザのオーナーさんの器の大きさや

不法移民という犯罪を犯したことよりも、彼のビジネスマンとしての

才能がアメリカ社会に役立つであろうと、その罪を帳消しにして

最終的に彼にアメリカの市民権を与えた政府のとった行動です

罪を憎んで人を憎まないという諺を行動によってみせつけた

アメリカ政府や社会のありかたに

例えどのような人にもセカンドチャンス、サードチャンスが

この世の中には存在しているということ学んだんです

彼の経営哲学は、チャンスは日常生活のなかにある

ということだそうです

きっと日本にもチャンスはあると僕は信じます

あなたは信じますか