ニューヨークの寮の近くにあったアパートの一室から
火災が発生した。原因はそこに住む人により放火。
自ら自分の部屋に放火しちゃったてことがあったんですけど
その原因は麻薬だったんです。
そのアパートに住む人は麻薬に手をだしてしまい、
警察がアパートにやってきた姿をみた途端、
自ら自分の部屋を放火して、麻薬所持の証拠を隠蔽
しようとしたお粗末な発想で、多くの人に迷惑を
かけてしまったんですね。
とても信じられないことですけど、
そのアパートには、小さな子供さんや高齢者の方が
住んでいたんです。
もし、彼らが逃げ遅れたと考えたら、ゾッとします。
この事件をモデルに、ある高校が、麻薬と喫煙について
授業で議論をしたそうですが、
麻薬は違法だから、いけない
タバコは合法だからよい
麻薬もタバコも体に悪いからダメ
体に悪いからダメと判断すること自体ダメ。体に悪いかどうか判断するのは本人。
麻薬もタバコも合法にして本人に選択肢を任す。
などなどいろんな意見がでたそうですが、
麻薬は違法ですから論外になりますが、
タバコってどうなんでしょう。
アメリカにもスモーカーは案外いるんですよ。
タバコ会社が何社もあるくらいですから。
ヨーロッパにもいるし、日本にもいる。
ひとつだけ、日本が違うのは、いきなり世論が変わり
タバコが悪者になり、どこに行っても吸えない
社会になっているように感じるんですね。
タバコは合法なのだから、吸う人の権利が保障され
てもいいと思いますか
完全に排除したほうがいいと思いますか
日本での議論の行く末は、どうなるんですかね
何故か、皆同じ意見になってしまうと感じるのは
僕だけでしょうか
インドにある、全ての人の将来を教えてくれるという寺院
に連れて行って欲しいとおねがいしたことがあるんです。
そしたら、彼は本当にいい人で、案内をしてくれて、その時
に体験した、その寺院の話しをします。
その寺院には、到着するまで遠くて大変でしたけど、
ここには大きな木があって、木の葉っぱ一枚一枚に
全人類の人生(運命)が記載されているんだそうです。
いま僕たちが暮らしているのは三次元の世界、
その上に四次元の世界があるそうで、宇宙の先にあり
肉眼では見えない世界なんだそうです。
更に、その上に五次元の世界、人が亡くなると行く場所
なんだそうです。
更にその上には六次元と続き、その上にある七次元には
アカシックレコードなるものがあり、全ての情報が凝縮して
いて、そのなかに人類一人ひとりの人生や運命の情報が
記載されているんだそうで、その情報の一部が、その寺院
の木の葉っぱにコピーされている。って言う感じの説明だった
んですね。
僕は、その寺院にて、目の前にいる僧侶の方から説明を受ける
と、彼は席を立ち、木の箱を持ってきたんです。
箱の中からは、葉っぱというよりも和紙のような紙が入っていて、
サンスクリット語で僕のことが書かれているんです。
実は、この箱で三回目だったんですけど、そこに書かれていたのは
両親の名前、生年月日、出身地、僕の名前、生年月日、出身地、
通っていたスクール、クラス、好物、趣味から何でも書いてあって
全て三回目にして当たっていました。鳥肌がたちました。
この寺院にくまでの僕の人生がドンぴしゃりと当たっていましたから。
そこから今度は、僕の将来について語り始めたんですね。
僕は生涯独身であるということ。何歳まで生きるとか、
事業家になり大きな富を持つとか言っていましたが、
その途中で、テロ事件に巻き込まれ生存者となり、そこから人生
が開け大きな富を得るっていうことを、その時言われたんですね。
いま考えれば、確かにその通り(まだ富は得てないですけど)なんですが
その当時、ニューヨークでテロ事件が起きるとか、
ワシントンDCのペンタゴンに民間機が突っ込むテロ事件が起きる
なんてありえない、常識では考えられないと半分しか信じられなかった
んです。世界一強いアメリカ本国のなかで、その中枢であるペンタゴン
が攻撃されるなんて、その当時の誰もが信じないことでしたから。
その後、インドの僧侶が言ったことは当たっていたんです。
ただ、僕はテロの生存者となった体験を通して、
人間というものは自らの意思で人生を変えられるんじゃないか
とかんじるようにもなりました。
確たる証拠や根拠はないのですが、経験を通して感じるんです。
どれが正しいかなんて、いまの僕には解りませんが、
最後に自らが幸せであったという人生が一番いいわけです。
その幸せの価値観の決定も選択肢も自分自身にあるのでは
ないでしょうか。
僕は学生のとき、ミッドタウンのストリートを歩いていると
一人の若い男性に声をかけられたんです。
彼は、僕に名刺を渡すと、いまテレビの撮影に出れる人
探してるんで、今度の日曜日、名刺にある事務所に来てください
って言うんです。
僕は、その気になっちゃって、将来のハリウッドスターに!
なんて甘いこと考えながら、日曜日に事務所に向かいました。
事務所には、ストリートで会った若い男性が僕を出迎えると
早々に写真撮影をされ、何人かのおじさんたちと会い、用意された服
に着替えると、車に乗せられ、若い男性と一緒にブライトンビーチに向かいました。
撮影現場と言ってたけれど、トレーラーや有名な俳優さんの姿はなく、
若いイケメン男性と髭が特徴のおじさん、年配の男性カメラマンが笑い話
をしている、撮影現場とは程遠い、ファミリーでピクニックの撮影でもすかの
ような超質素な撮影現場だったんですね。
撮影現場なんて言ってはいけないような雰囲気のなか、僕たちは挨拶を交わし
撮影はスタートしました。偶然にも、僕はスペイン語がある程度話せることから
彼らのセリフが解ったのですが、どうも彼らは本国からニューヨークにやって
来て、ニューヨークの今を本国の人に紹介しているようなんですが、
台本もなく、僕はただ言いたいことだけ言えっていうぶっつけ本番の撮影で、
若いイケメン男性が話してたニューヨークのレストランの名前が
間違っている、本当の店名はこうだと訂正したんです。
そしたら会話が止まっちゃって、髭のおじさんは固まっちゃうし、
どうしていいか解んなくなっちゃうような現場の空気に
なっちゃったんですね。
でも、僕は何も悪いことしてないし、だいたい好きなように喋れ
っていったのは、むこうなんだし
って思って若いイケメン男性のほうをみたら、
少しムッとした顔しちゃてて、
何か僕のほうがムッとしちゃって
彼が腰に巻いていたタオルを剥ぎ取ってやったんです。
下半身裸になった彼、途端に撮影は中止となりました。
僕にクレームをつけるカメラマン、固まっちゃう髭のおじさん
真っ赤な顔をして照れてるイケメンの若い男性、慌ててる事務所の人
こんな段取りもしないなかで起きたハプニングは
僕のせいじゃない、と言い残し、僕はサッサと帰りました。
翌日、僕を撮影にスカウトした人から連絡が入り、
またアルバイトしてほしいと頼まれたのですが、あのいい加減な
現場の雰囲気が嫌で断わっちゃったんですけど、
数日後、とんでもないことが起きたんです。
僕が、いつも通り大学のキャンパスを歩いていると、
中南米系の女子学生たちの視線を感じ、
一人中南米系の男子学生が「テレビ見たよ」
って僕に、声をかけてきたんです。
聞くと、ブライトンビーチの撮影に間違いなく、
若いイケメン男性も、髭のおじさんも本国では
有名な人らしく、僕が怒ってタオルを剥ぎ取ったシーンも
ばっちり写ってた、っていうんですね。
あの現場をテレビで放映したっていうことは
視聴率を取ったに違いなく、僕は中南米で有名人
になれるチャンスを失ったってことになるハズ。
だからエージェント事務所に人が、しつこく僕に連絡したんだ
って思うと、大きなチャンスを見逃したんだと思うんです。
人生って、どこにチャンスがあるか解んないものですね。
あの撮影現場で、言いたいことを我慢しておけば良かった
と思っても、後の祭りなんですね。
数少ない人生のチャンスを掴むためには、ときには我慢
も必要なんでしょうか
レストランでも、ワインはかなり飲まれることは
あなたもご存じの通りだと思いますが、
テレビなどを見ていると、ワインのテースティングシーンに
アレって思うことが多いんです。
テースティングが、ニューヨークと全然違うんですね。
テースティングは、レストランなどで、客席にいるお客さんのグループ
のなかで主的存在が、ほんの少しワイングラスにウエイターが注いだ
ワインの味見をして、おいしかったら一緒に来たほかの人達のグラスに、
そのワインを、順次ウエイターが注ぎ、みんなで乾杯するんですね。
でも、さいしょのテースティングのとき、一つだけやらないことがあるんです。
まず、香り。
次に、いきなりお口のなかにワインを・・・
ニューヨーク流は、というより西洋では、香りのあとに、ワイングラスをグルグル
回して、グラスの側面に残った足を見るんです。LEGSっていうんですけど、
これが、均等に何本もグラスに残っていたら、そのワインは上物ということ
になるんですね。
ほんの少しワインが入ったグラスを、グルグル回してみて下さい。
ワインは、波のようにグラスの中を動きまわり、
あなたが、グラスをテーブルに置くと、ワインはグラスの下に溜まります
そのとき、ワイングラスの側面に残ったワインの跡が水のように
グラスにそって棒状の足を残しますから
一度、試してみてくださいね。
なんですけど、日本でいうところの戸籍上の年齢はというと
35歳になっちゃてる青年に、僕は学生時代に知り合ったこと
があるんです。
なぜ彼が一気に14歳も年とっちゃった、かっていうと、
ある35歳のアメリカ人Aさんが亡くなり、そのAさんの
免許証や市民権の写真を張り替えて、その青年に
したてあげたからなんです。いわゆるなりすまし、ってやつですね。
こういう例は、アメリカでは過去にもいろいろあって、
実年齢18歳なのに、戸籍上99歳とかいった感じで、
ほっといたら10年後は109歳になってしまうんですけど、
そのまま放置されたケースがあるわけです。
現在では、通用しませんが(そく捕まってしまうでしょう)、
移民大国アメリカの歴史のなかには、そうした隠れた
犯罪があった、犯罪を犯してでもアメリカにいってお金を
稼ぎたいという人がいたということなんですね。
世界にある貧富の差が、こうした犯罪を引き起こしてしまう
ということなのでしょうか
その青年は、数年後事故で亡くなってしまいましが、
身分証を勝手に使われたAさんは、天国でどう感じてたんでしょうか
その青年が生存中にAさんになりきっていたあいだの人生は
どんな思いで生活していたんでしょうか
僕には創造もつきません
自分は自分 I AM ME
人に何と言われようと、自らの個性を大切にして生きていきたい。
それこそが幸せだと感じます。
それは、日本とは比較になりません。
日本とアメリカの喧嘩ひとつ例にとってみても
ガンつけて怒鳴りあい、殴りあう喧嘩にでてくるのは
せいぜいナイフぐらいなもの。
当時のニューヨークでは、そうした日本のような喧嘩ではなく
あっという間に終わる拳銃を武器にした喧嘩がメイン。
日本とアメリカの喧嘩風景の原因をみてみると、
あきらかに違いがみえてきます。
日本の場合は、感情による喧嘩が街中で起こりやすいの比べ
ニューヨークの場合は、お金目当て。
勿論、日本にも拳銃による事件はありましたが、
その発生件数は明らかに大きな差があるんですね。
他にも、お金や人身売買を目的にした誘拐や
臓器移植、置き引き、スリにいたるまで、
ニューヨークシティの犯罪のレパートリーの多さは
世界でも類をみないのでは?と感じます。
アパートの一階に住む人の窓には、必ず鉄格子があり、
エントランスは、オートロックが基本中の基本。
玄関ドアが、常にロックされていないお家なんて見たことないんです。
人が集まるトコロには、情報やお金も集まってくるから、犯罪も増える
んだと思いますけど、ニューヨークシティの場合その犯罪を産む原因や
犯罪に関する考え方に特徴があるんですね。
例えば、赤ちゃんを誘拐する目的は、子がいなくて子供を欲しがっている
夫婦がお金を出すから。その夫婦が直接誘拐犯にお金を払うわけではない
ので、子のいない夫婦にとっては寝耳に水、罪はないのでしょうが、子が欲しい
というニーズが、感情や人情といった人間性を無視して、ビジネスはビジネスと
割り切った誘拐犯が赤ちゃんをさらってしまうわけです。警察も動きますが、
赤ちゃんがみつからないのは、あまりにも犯罪件数が多いためなんです。
ある意味善意のニーズが、犯罪を発生させてしまうということなんですね。
世の中って複雑にできてるんですね。
でも複雑ゆえに、人モノ金情報が集まるトコロに発生する犯罪というマイナス
も、見方を変え発想が転換することでプラスの方向に向かうんじゃないかと
僕は考えます。
パスカルは、人間は考える葦であるち言っています。
人生が、いろんな意味でマイナス傾向に陥ってしまっても、
発想の転換によってプラスに変わるチャンスは、誰にでもあるハズ。
明日は、いい日にしたいですね。
あなたの場合は、明日も
になるんですかね。
高速道路の料金所みたいなハイウエイを歩き
アメリカのイミグレーションに向かったんです。
アメリカのイミグレーションのオフィスでは、
カナダ側から連絡が入っていたらしく
入口で僕たちの顔をイミグレーションオフィサーが
にやにやして僕たちを迎えました。
パスポートを忘れちゃったケースっていろいろあるけど
あんたたちは、おもしろいねって言うオフィサーの言葉に
僕は、えっ!何
僕たち以外にも同じようなミスをする人がいたという事実に
僕は、その人たちに親近感を覚え、安堵感も感じたんです。
仲間って大事だなって、つくずく感じたわけです。
ニューヨーク行きのバスは5時間来ないことを知った僕たちは
ヒッチハイクを決行。
とりあえず、こんどはニューヨークにゴーですね。
ゴーホームでしたね。
偶然にも、お母さんと小学生くらいの娘さんの二人組の車が
僕たち乗せてくれることになったんです。
このお母さんは、重度の知的障害の娘さんを連れ、
カナダに住む親せきの家に行った帰りだったそうで
娘さんが将来、いろんな社会のコミュニテイに参画
できるような人生を送ってほしいんだって言ってい
ました。そうすることで、娘さんが多くの人に出会い
多くのことを学ぶことで、社会のためになるような
人生になる人生となり、それが彼女の幸せじゃな
いかって言うんですね。だから娘さんをいろんな
トコロの連れて行って独立心を養わせたいって
いうことなんだそうです。
僕は、お母さんの話しを聞き、全ての人は必ず
誰かの役にたつようになっているんじゃないか
と感じたんです。
最終的に、人生の選択肢を決めるのは本人です
が、人間は幸せな人生(自ら選択し納得できる人生)
をおくることで、じつは本人が気がたうかなくても、社会
や人のためになるということを、僕は車内の空気感や
娘さんの表情をみながら感じました。
っていう人生設計をしてる人が多いと思います。
それはそれで、そう望むのであればそれでいいと思うんですけど
僕は、そんな人生はつまらないなって感じるんですね。
人生って一度しかないのだから、自分が一番幸せだと思える選択肢を
見つけ出したいんです。
諦める前に、やってみるという発想で、最初は勇気がいりますが、
一回しかない人生だと思えば、やる気になれると思うんです。
その繰り返しをしているうちにコツを掴んで、目標が達成するんじゃ
ないでしょうか。
知らない人がたくさんいる前で、歌を歌うのは最初恥ずかしいけれど
一回歌ってしまうと、度胸がついてマイクが話せなくなるような 感覚で、
やりたいことを決め、まず一歩踏み出すって重要だと思いませんか
このブログのことを、話してみました。
みんな、いいねと言ってくれるんですけど
僕が記事にしている経験に登場する友人たち全員が全員
名前は伏せてね、って言うんですね
そういわれれば、僕だって約束は守ります
いま守っています。
それは、それで彼らの意向なので尊重します。
そのうえで、僕はこう考えるんですね。
ブログは、自己を表現し発信するツール
だから自らの愚かさや失敗体験も、ひっくるめて表現して
あなたが、このブログから何かポジティブな気持ちに
なっていただけるような素材になることを
めざしてみたいんです
感想など是非メールくださいね
大学で講義が終わり、次の講義までの休憩時間中に
友達と話しをしていたら、話題がカナダの話しに急展開。
僕は、友達とアイコンタクトを取るとペンステーションへゴー。
ニューヨーク発バンクーバー行の電車アムトラックの
チケットを買い、電車の出発を待つ。テンションは上々。
朝だったから、旨く行けば日帰り、場合によっては一泊
という大雑把な一応の計画をたて、いざバンクーバー。
電車のなかの向かい合わせの座席には、僕と友達が並んで座る座席
の向かい側に老夫妻が座っていたんです。
アムトラックがマンハッタンからアメリカ大陸を走行しだしたころ
車窓から緑豊かな大自然の光景が広がった。
僕はアメリカ大陸の雄大でゴージャスな大自然の風景が大好きなんです
外の風景にみとれている僕に、向かいの座席に座っていた婦人が話しか
けてきたんです。その婦人の一言から、このボックス席は盛り上がり、
何時間も話し続けてしまいました。
彼ら老夫妻は、バングラディシュから移民して、最初はイエローキャブ
(タクシー)の運転手さんをしたそうです。危ない目にあいながらも運転手
さんを続け、少しずつお金をためて雑貨屋さんを開業したんですって。
お店を始めてから30年休みなく働き続けてきたので、ここいらで休息を
したくなり、二人でカナダに旅行すんだって言っていました。
僕たちは、というと大学で休憩時間に偶然カナダの話しで盛り上がり
そのままペンステーションにゴーっていう、いきさつを話したら、
大爆笑されてしまいました。
電車が急に速度を落とし、カナダの国境線にいることを伝えます。
数人の移民官が一人ずつ乗客の入国審査し始めました。
僕たちの番になり、パスポートを持たずに来ちゃったことを
いま自覚。
移民警官になぜパスポートえお持ってないのか、と問い詰められ、
正直に、大学の休憩時間にカナダの話しで盛り上がり、そのまま
ペンステーションにゴーっていきさつを説明すると
怪しまれてしまい、電車から出され、移民警官が無線で呼んだ
車に乗せられて、カナダの入国審査局らしきイミグレーションオフィス
に連行されちゃったんです。
個室に入れられ、二人の移民警官に持ち物チェックを受ける。
何度も何度も、カナダに入国しようとした理由を聞かれる。
こと5時間。
僕の財布のなかに入っていた、学生証と免許証、クレジットカード
などから本人確認が取れたからであろうと推測しますが、
やっと解放されたんですね。
エントランスホールに向かうと、一緒に行った友達が待っていました
彼も、ぼくと同じような尋問をされたそうですが、お互いのカバンの中に
入っていた法律学の書籍や学生証に記載されている在籍する学部が法学部
っていう僕たち法律家の卵が、アメリカを出国する際パスポートも持参しない
なんて、何か裏がある、って思われたんじゃないかって言ってたけど、確かに
そうかも知れないですね。
おかしいですもんね。普通に考えると。
でもね、僕は少しばかり違うと彼に言ったんですね。
大学の講義が終わった後の休憩時間、お互いに赤点を取ったテストの答案用紙
がカバンになかに入っていて、荷物チェックのとき、移民警官はそれを見てる
わけだから、カナダの移民局は僕たちの出来の悪さを御存じのハズ。
だから解放されたんじゃないかって思うわけです
テストで赤点を取ったからこそ解放された。
もし、成績優秀な学生だったら、あのテストに100点とかAとか記載されていたら
と思うとゾッとします。
赤点で良かったと思える長い一日でした。