JのF50への道 -107ページ目

6月頃OPEN☆☆

今日は下見調査 パー

なんとなく焼肉屋をはじめようと思います(*^▽^*)

それはなぜか・・・・・・・・・
なんとなく

別に肉が好きなわけでもなく      ただなんとなく・・・・・・叫び

店舗はこんな感じ アップ

J のムルシエラゴへの道

内装はできてのお楽しみです(*^▽^*)

ってことで契約成立
 チョキ

明日から内装工事にはいりまぁぁす ひらめき電球

みなさん来て下さいね グッド!

やっと・・・・・

ようやく水槽のなかに魚が・・・・・・

かなり迷ったけどなんとなく買ってきました(^▽^;)

本当はスッポンもどきがほしかったのですがどこにも売っていない
 あせる



お店の人にもなかなか今いないよって言われたのでとりあえず購入したのがこれ・・・パー

J のムルシエラゴへの道 J のムルシエラゴへの道

J のムルシエラゴへの道 J のムルシエラゴへの道

アロアナ以外名前がわかりません・・・・・・・・・・・・・・・あせる

ってことで今日からともにがんばっていきますよ
 アップ

フェラーリ330P4がRMオークションに・・・・・

おはようございます(*^▽^*)

世界で3台しか生産されなかった330P4(P3からのコンバートを含めたら4台)のうち1台が英国のオークションで出品されるらしいですよ≧(´▽`)≦

いくらになるのか興味深々です 
アップ

今までの最高値は去年出品された1961年式 『250GT SWBカリフォルニアスパイダー』 が 11億 で落札されたらしいですよ≧(´▽`)≦

今回はいくらか??5月17日が楽しみですね*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

とりあえずわからない人もいるので説明しておきますね(o^-')b




330P4

330P4は、66年のルマン24時間レースで大敗を喫した屈辱を晴らすため開発されました。当初、フェラーリはライバルのフォードGTに対抗するため、排気量を上げるのではないかと予想されました、フェラーリのエンジニアたちは4Lのエンジンに手を入れるだけで重量増加無しによい結果が得られると考えました(実際には、後のCan-Amに使用された350=4.2L仕様エンジンも設計されていました)。

シリンダーブロック・シリンダーヘッドは新設計となり、吸気2、排気1の3バルブを採用しました。点火はP3と同じく、バッテリー点火による二重点火ですが、点火プラグのネジ径が12ミリから10ミリへ変更され、ました。ギアボックスはいくつか欠点のあったZF製から、フェラーリ自社製のギアボックスへ変更されました。リアブレーキはP3のインボードから冷却効率の向上を狙いアウトボード(ホイール内へ移動)マウントとなりました。これは65年のルマンで330P2のリアブレーキディスクにクラックが多発、その結果330P2はルマンに勝てなかったのですが、ここに至ってようやく対策がとられ、ディスクローターにスタッドを通す方法を採用し、迅速に交換ができるよう整備性の向上が図られました。ホイールは新しいファイアーストーンのレーシングタイヤを装着するために、カンパニョーロ社のエレクトロン製(アルミとマグネシウムの合金)星型のホイールが採用されました(それまでの軽合金製ホイールはダンロップの特許に基づくフェラーリ自社製)。ボディはそれまでのPシリーズ同様、軽量化のためルーフをなくしたスパイダーと、高速サーキット用のベルリネッタが用意されました(スパイダーとベルリネッタの実際の重量差は5~10キロ程度で2種類用意されたのは伝統によるものと思われます)

1966年の秋、3台製作された330P3の1台(S/N:0846)を改装して330P4の1台目が完成しました(残りの2台は412Pへ改装されました)。P4は最初のP3からのコンバートを含め全部で4台製造されました。

66年の12月、翌年のデイトナ24時間レースに備えフロリダのサーキットでテストが行われました。この時のラップタイムはそれまでフォードGTマークIIが持っていたコースレコードを塗り替えてしまったのです。これがフォード側には脅威となり、後にGTマークIIBを開発、さらにテストタイプだったJ型の改良型をマークIVとしてデビューさせることとなったのです。

67年のデイトナ24時間レースでは、フォードGTマークIIBが駆動系のトラブル(ギアボックスのメインシャフトが熱処理不良で破損)で次々と脱落していく中、P4が1・2位、412Pが3位に入りました。(これに起因して翌年発表の最新鋭市販車である365GTB/4をデイトナと呼ぶこととなったのです)続くセブリング12時間レースではルマンのテストデイに備えるためという理由でフェラーリチームは不参加。そのためマークIVをデビューさせたフォードは、ライバル不在のまま勝利をおさめました。次のモンツァ1000KMではP4が優勝、続くスパ1000KMではミラージュ・フォードが優勝しました。続くタルガ・フローリオでは1~3位をポルシェが占めました。P4とマークIVはこのときが初顔合わせだったが両者ともいいところがありませんでした。

なお、67年のルマンに出場した4台以外に、スペアパーツを用いて製作されたP4が1台存在します。これはファクトリー製ではないイギリス製のレプリカシャーシフレームにスペアパーツを組み付ける形で製作されました。このP4はデビッド・パイパーが彼の数々の功績に対し、エンツォ・フェラーリが特別に車体番号の使用を認め、後年製作されシャーシNo#0900を与えられました。

みなさんP4のすごさ解りましたか 
!?

今回出品されるのはシャシーナンバー「0858」です(^~^)

それでは今日も一日仕事がんばりまぁぁす
 パー