走行距離

88.9キロ

給油

43リッター


宿代       6985円

露天風呂     600円

温泉たまご     50円

フェリー    11190円

ガソリン     6493円

昼メシ      1000円

晩メシ      6370円

合計      32688円


 今日は九州から四国に渡った為に、走行距離は大したものではありませんでした。また、別府で明礬温泉に行った以外は、フェリーでの移動であったので特に何もなし・・・・・

 と、思っていたら!いや~、起こりましたねぇ~(笑)「謎の小説家事件」です(大笑)

会話自体は、大雑把になっていますが、内容は大体あんな感じでした。

あの小説家は一体何者なのか・・・?まさに謎である。

 明日は、四国を横断して徳島に行く予定であるのだが・・・・・。まぁ、明日のお楽しみと言う事で・・・

                              10月27日   大分県別府温泉
                           
 午前9時30分、起きているがまだホテルの部屋の中である。昨夜の思わぬ事態により少々凹んだ俺、さすがに起きれませんでした・・・。今日はまた移動がメインなので急ぎではないのだが、幾分気分が重いスタートとなった。

 午前9時45分、チェックアウトしてマシーンに乗りる。さて!昨夜、俺は「思わぬ事態に追い込まれ全く予定にない別府の夜景を撮影するに至った訳であるが、一体何があったのか?ここで説明しておきましょう。

 まず、今回の旅をするに当たり、全く知らない土地を走る俺がどうやって道を探して走っているか?用意したものは2つある。

1つは地図帳である。全日本版の道路地図で、前夜で喋りながら見せた「アレ」である。そして2つ目、これが今回問題を引き起こしたモノである。それは、携帯電話だ。ちなみに、俺の携帯電話はauである。この携帯にはGPS機能が付いており、これを利用したサービスで「EZ助手席ナビ」と言うものがある。まぁ、目的地なり住所なりを入力すれば、そこまでの距離と所要時間を教えてくれ、かつ、目的地まで音声で案内してくれると言うシロモノなのだ。で、今回もホテルに行くにあたり、ホテル名を入力して検索をした訳だ。 
                          
 そうすると、目的地までの住所等がこのように表示される訳である。ちなみに、この表示された住所は間違っていない。そこで、音声案内を開始にすると距離と所要時間が表示されるのであるが・・・・・
                          
        走行距離44キロ、所要時間1時間56分!?ハァ?オイオイ、ちょっと待てよ!
                       

  むかっ 俺は今、ホテルの真ん前にいるのに、この携帯は44キロも走らせてどこへ連れて行くつもりだぁ!?むかっ

・・・・・と、言う訳で、本来であれば、あのカー用品店からものの10分でホテルに着けたはずが、44キロも走らされ、着いた先は湯布院の山奥であったのである・・・。街灯も何もないうっそうとした森の中でこの携帯電話は「まもなく目的地付近です。お疲れ様でした音譜」とほざきやがったのである・・・。道端からひょこっと出てきたタヌキポコタンを何度も引きそうになりながら、来た道を戻り、途中で暗い道を走るのはもう嫌だったから高速に乗り、別府湾SAであの夜景を撮影したと言う訳である。

 実は、この様な事態に追い込まれたのは今回で2度目なのだ。1回目は、4日目の北海道で宿を探している時である。全国地図は大まかな道しか載っていないから、細かい道はこの携帯に頼るしかないのである。そこで、これをやられてしまうと・・・・・お手上げである・・・。しかし、今後もこの方法でやっていくしかない。チョンボされないように祈りながら行くしかないのである。ガーン
                          

  さて、今日で九州シリーズは終わりである。別府港からフェリーに乗って四国へと渡り、四国シリーズが開幕となる。フェリーは比較的多く出ているので、午後の便で渡る事にした。よって、午前中はフリーである。そうとなれば、やはりここに来るしかいない!と、言う事でまたまた来てしまった「明礬温泉」である。もはや明礬マニアである・・・温泉

 午前11時00分、昨日同様温泉につかり|∀`)ニヤニヤした俺は温泉たまごを食い、食事処で朝メシ兼昼メシを食い、出発する事にした。もはや、九州でやり残した事はない。心置きなく九州をあとにすることが出来る、そんな感じである。

 午後12時15分、別府港に到着。向かうは愛媛県八幡浜である。14時00分発のフェリーのチケットを購入する。まだまだ時間があるので暫し待機する事になる。ちなみに、乗るフェリーは宇和島運輸のフェリー、写真の船は行き先が違うが、まぁ、こんな感じのヤツが来るはずである。
                           
 午後1時45分、乗船する。八幡浜までの所要時間は2時間40分である。甲板に出て別府の街並みを見渡す。今回で3回の別府であったが、改めていい所であった。そして、ほぼ1週間に渡った九州シリーズが終了となる。


 午後2時10分、フェリーは定刻通りに出港した。出港してから10分、さんふらわあ号が、別府の街並みが、大分市(だと思う)が、国東半島がみるみる小さくなっていった・・・。船

しかし、 フェリーの中は特に何もやる事がなくただ寝るだけであった・・・ぐぅぐぅOo。。( ̄¬ ̄*)

 午後4時30分、別府港を出港してから2時間30分、ついつい寝てしまった俺であったが、ぐぅぐぅOo。。( ̄¬ ̄*)あと10分で到着という所まで来た。新たなるフィールド四国である。しかし、やる事がない・・・・・今日はここまでひたすら移動のみである・・・


 午後4時46分、愛媛県八幡浜に到着。ついに四国上陸である。四国は今回で4回目であるが、マシーンでは北海道・九州同様初上陸である。そして、向かうは愛媛県の中心地で四国で1番デカイ都市、松山である。しかし、ここ八幡浜も特にやる事がないのでここも通過・・・。国道197号線を大洲市に向けて走り、大洲ICより松山自動車道に乗る。

 午後5時30分、松山自動車道で松山に向けて伊予市辺りを走行中である。しかし、この高速道路、北海道チックだなぁ・・・特に交通量が多い訳ではないし・・・車ダッシュそして、相変わらずやる事はない・・・ただただ移動である・・・・・。 

 午後6時00分、愛媛県松山市に到着。実は、松山市に来るのは今回で4回目なのだ。何気に別府よりも訪れている回数はこっちの方が多いのである。その理由は別府同様で温泉がお目当てである。ちょっと交通量が多い国道33号線を松山市に向けて走り、向かうは今日のゴールである「道後温泉温泉である。さぁ~温泉に入ってまた|∀`)ニヤニヤするぞぉ~♪って事しか考えていない俺であった。 

 午後7時20分、ホテルに到着し温泉温泉ですっかり|∀`)ニヤニヤした俺。あとは晩メシを食うだけであった。しかし、今日は何もないただの移動な1日となってしまった・・・。「今日はもう何もないなぁ・・・」とは言え、今更やる事がないのも事実だし・・・。とりあえず、晩メシを食いに外出する事にした。

 これが、道後温泉本館である。過去3回、必ず俺はここに来ていた。まぁ、これが1番有名だし、これしかないと言っても・・・て感じであろうか・・・。しかし、今日はここには寄らない。過去3回入っているし、何よりも晩メシである。しかし、この道後温泉同様、過去3回必ず寄っている所が在る。そして、今回もそこに行く。
                           
 ここがその場所である。道後温泉本館のすぐ横にあるお店である。麦酒館と言い地ビールを飲ませてくれるお店である。初めて来て以来ここが気に入ってしまった訳である。ある意味、リピーターであるビール「今日は何もなかったなぁ・・・・・」と思いつつ店に入る。

                      しかし・・・ここで思わず興味を引く展開が・・・・・

おやじっち「お兄さんは1人かい?」

突然、声を掛けられた俺。

おやじっち「どこから来たんですか?」

|∀`)「はぁ・・・神奈川です」

おやじっち「実はねぇ、私も神奈川に住んでいるんですよ。」

なんと!こんな所で同じ神奈川県民に遭遇!!

おやじっち「神奈川のどこですか?」

|∀`)「横浜です」

おやじっち「実は、私も横浜なんですよ・・・洋光台に住んでましてね・・・」

なんと!同じ横浜市民!!

(なにやら面白い展開になりそうであった。にひひどうせ1人だし、暇だったのでこのオヤジの発言に興味引かれまくりである。)

おやじっち「こちらにはどうして?」

|∀`)「実は、今旅をしてまして・・・」

おやじっち「ほう?休暇ですか?」

|∀`)「いえ・・・会社辞めて日本1周しているんです・・・」 

おやじっち「ほほぉ~いいですなぁ~。」

さらに・・・

おやじっち「私は仕事でここに来てましてね。今日、仕事が終わったのでこうしてノンビリしているんですよ」

|∀`)「ほほぉ~・・・」

そして、さらに・・・

おやじっち「私は作家でね、売れない小説家なんですよ・・・」 

(なにぃ~!?作家!?売れない小説家~!?もう、暇な俺の好奇心をこれでもか!と刺激してくるのであった。もうねぇ、内心はε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノな気分であった。あのねぇ、このオヤジが言っている事なんかホントでもウソでもどうでもよかったのだ。とのかく、暇な俺をくまなくツンツンと刺激してくるのだ♪)

|∀`)「ええぇ!そうなんですか!何て言う本を書いているんですか!?」

おやじっち「いやいや・・・それは・・・まぁ・・・」

何故か濁すオヤジ・・・。

おやじっち「ところで、日本1周ていうとどこを周って来たのですか?」

(そうきたか・・・)

|∀`)「1日目は福島を通って山形まで・・・・・・・・・・・・・(以下省略)・・・・・・・・・・・・・・」

延々とこれまでの経路を話す俺。

|∀`)「明日はこのまま徳島へ抜けて・・・・・・・・・・・・・・(以下省略)・・・・・・・・・・・・・・」

今後の予定を話す俺。すると・・・

おやじっち「高知には行かないのかい?」

|∀`)「ええ、以前行ったので行きません」

おやじっち「じゃあ、坂本竜馬も見に行かない?」

|∀`)「ええ、以前見ているので今回は・・・」

(おやおやぁ~?ここで坂本竜馬が出てきたかぁ~?)

すると・・・オヤジは!

おやじっち「君は、あれだな・・・。歴史に対する認識が甘いな・・・」

(そうきたか!)

おやじっち「君はねぇ・・・坂本竜馬が過去に何をしたのか知るべきだ・・・」

(いやぁ~別に坂本竜馬の事を知る為に旅をしている訳じゃあないからなぁ・・・)

|∀`)「はぁ・・・そうですか・・・」

おやじっち「まぁ、若いうちからそう言う旅をする事はいいことですよ。今、君は素晴らしい経験をしていると思いますよ。でも、その経験を今後にどう活かすかはあなた次第ですよ。そうでないと、ただ経験をしたと言うだけで終わってしまいますよ」

(なんと、ありがたい?お言葉)

|∀`)「はい。ありがとうございます。」

そう言うと、その小説家は店を出て行った。ちなみに、このお方、俺と同じホテルに泊まっているとの事であった。

いやいやいやいや・・・・・何もない1日で終わるはずが・・・・・最後の最後でこう来たかぁ~(笑)

 俺もしばらくして店を出てホテルに戻った。そして、明日に備えて眠るのであった。こうして「謎の小説家事件」は俺にとって忘れられないモノとなった。やっぱ、旅での人との出会いはいいものだねぇ・・・。こういう手の出会いは大歓迎である。明日は、何が起こるのか・・・。四国シリーズは初日から飛ばし気味であった。

              

走行距離

420.8キロ

給油

45リッター


宿代 6950円

朝メシ 555円

ガソリン 6851円

高速 4150円

まんじゅう 350円

露天風呂 600円

温泉たまご    50円

晩メシ     1035円

メンテナンス15534円

合計     36065円


 えぇ・・・・・1日の最後の最後でやられました。こんなはずではなかったのに・・・・・。一体、何故こうなったのか?それは明日の朝イチで説明します。

 そして、24日目は九州シリーズがついに終了。新たなフィールドへと向かいます。目指すゴールがある横浜まで旅はまだまだ続くのである。

                             10月26日     鹿児島市内のホテル
                            
 午前8時00分、すでに出発の準備は完了している。昨日はついに佐多岬に到達し、最北端から最南端への縦断を達成した。非常に満足である。達成感でいっぱいである♪嬉しいねぇo(^▽^)oまぁ、こうして今回、目標が達成された訳だが、これはあくまで目標の1つだであり目的ではない。この目的を達成するべく、旅はまだまだ続くのである。 

 ホテルを出発して、まずはコンビニで朝メシ&給油。午前9時00分、鹿児島市内を抜けるべく九州自動車道へと向かう。今日の目的地は大分県別府である。今まで、ひたすら進路を南にとってきたが、今日からは反対の北に向かう。そして、四国を経由して本州に戻り横浜に向かう。ここからは「本当のゴール」を目指す旅だ。さて、別府まで行く訳だが、当初、俺は宮崎県を縦断しようと思っていたのだ。しかし昨夜、晩メシを食いに入った居酒屋の大将から「遠回りで時間がかかるから、それは絶対にやめた方がいい」と言われたのだ。「こう言う時は地元の人の助言に従うのが一番である」と言う事で九州自動車道で熊本ICまで行き、阿蘇を経由して向かう事にした。まぁ、つまり昨日の逆走である。ちょっと芸がないがこうする事にした。

 鹿児島ICから九州自動車道に乗り、鹿児島県に別れを告げ、ちょこっとだけ宮崎県に入り、午前10時00分には熊本県人吉付近を走行していた。道路は順調であり、天気もいい。しかも、出発が幾らか早かったので時間に余裕もある。これなら、今日は別府に早く着いて「一人温泉祭り温泉」かなぁ~♪・・・なんて想像する。「いいねぇ・・・・・|∀`)」一人、ニヤニヤしながら走るのであった。
                            
 午前10時20分、八代付近を走行車ダッシュ。ここから熊本ICはそう遠くない。その前にちょっと休憩するべく宮原SAによる事にした。マシーンを降りて、用を済ませ、お茶を買い、ゴミを捨ててマシーンに戻ろうかと思った時、俺の目に「あるモノ」が留まった。「・・・・・う、美味そう・・・・ドキドキ」もはや、誘惑には勝てず買ってしまう。5個で350円である。さぁ、今度こそ戻ろうと思ったら・・・・・「?」となった。俺のマシーンをジロジロ見ているオッサンがいるではないか!ジーッ外観を見回し、車中をこれでもか!と言わんばかりに穴が開くほどジーッ×100な勢いで見ていたのだ。そんなオッサンを見て「カッコイイだろぉ~、俺のマシーン♪|∀`)」しばらくオッサンを観察するのであった。(って言うか、あまりにジロジロ見ているので戻れなかっただけであるが・・・汗

 そして「あるモノ」であるが、それはこれである。酒まんじゅうだぁ~♪しかも出来たてだぁ~♪♪素手で持つと真剣に熱いシロモノである。         
                            
 そして、中はこしあんである。もうねぇ・・・・・美味すぎである・・・・・。また、自販機で買った何気ないお茶が合う事合う事♪♪♪いやいや、幸せでございます。ラブラブ!

 午前11時20分、熊本ICに到着し、ここで下りる。こうして昨日の出発地点までまた戻って来た。時刻はまだ午前中である。いいねぇ~、いいペースだねぇ~♪この分なら別府に夕方前には着きそうだねぇ・・・。そんな予想であった。 

 熊本ICからは国道57号線を阿蘇方面に向かう。これも昨日阿蘇山に向かった時と全く同じである。しかし、同じなのは阿蘇大橋のT字路までである。昨日は右折したが今日はそのまま直進である。昨日行った阿蘇山の南側ではなく北側に向かった。「今日当たりは火口に行けるかなぁ?」と考えたが、先を急ぐ事にした。
                            

 午後12時20分、JR豊肥本線の宮地駅前に到着。ここで、国道57号線から県道11号線に反れる。あとはこのまま道なりに行けば別府市につながっているのであるが・・・・・・

 あれ?思いの他・・・・・・

道が険しいですなぁ・・・・・?

 えぇ・・・全く想定していなかった険しさであった。まぁ、確かに山を越えて行かなければ着かないのであるが、いやいや、ここまで厳しいとは・・・・・結構な勾配であった。

 しかし、そんな険しい道を越えると目の前にはどこまでも広がる綺麗な景色に遭遇。ちょっと、北海道チックな展開になってきた。いやいや、これは見事な草原である。こう言う道ならいくら走っても苦になりませんなぁ♪しかし、この時俺にはどうしても拭いきれない疑問があったのである。それは・・・・・

「ここはどこだぁ?」

と言う事だ・・・汗いやねぇ、もう別府に行く事しか頭にないからさぁ・・・・・とにかく温泉温泉に入って|∀`)ニヤニヤする事しか頭にないからさぁ・・・・・。多分、有名なところであろうとは思うのであるが・・・・・何と言うところか全く分かりませ~ん・・・・・汗

 午後1時20分、県道11号線を走る事1時間、せっかくの素敵な景色もどこだか分からずじまいでただ通り過ぎ、更に過酷な峠道を通り過ぎて、到着したのは湯布院の道の駅である。さすがの俺だって湯布院ぐらいは知っている。ここでちょっと遅い昼メシを食う事にした。買ったのは「地どりめし」で名物だそうだ(やっぱ分かってないなぁ・・・宇宙人)。ここまでくれば別府はもう近い。距離的には大した事はない。ただ、まだ山道は続くが・・・・・。いやぁ~ほんと県道11号線過酷!もうねぇ、絶対に夜は走ってはいけない道だ。狭いし、急勾配だし、街頭なんかもちろんない。とにかく、明るいうちにこの道を抜けなくてはならない。「地どりめし」を食い終わった俺は、別府へ向けてさらに進むのであった車ダッシュ

 
 午後3時15分、険しい道を乗り越えてようやく別府市に到着した。とにかく、ここは温泉天国だ。もうねぇ、ここには何があるか?と聞かれたら、俺だったら「温泉」としか答えようがない。街の至る所から湯気が立ち上り、普通の民家だって風呂は温泉と言う具合だ。ちなみに、ここに来るのは今回で3回目、もはや別府愛好家である。
                            
 そんな、別府愛好家な俺が、絶対来るのがここ「明礬温泉」である。ここは初めて来た時にタクシーの運ちゃんに薦められて来た場所で、それ以来すっかり気に入ってしまったのである。ちなみに、ここで売られている温泉の湯気で蒸したプリンは結構美味い。

 また、別府は山の斜面に沿って出来た街なので景色も中々よろしいのである。そんな景色を眺めながら露天風呂に入るのが楽しみな訳である。入浴料600円を払い、あとは時が経つのも忘れて温泉に入り|∀`)ニヤニヤするのであった・・・・・。とにかく、ここの湯加減は抜群によろしくてねぇ・・・いくらでも入っていられる訳である。そして、これでもか!と温まったら温泉たまごを食べるのである。もう、ニヤニヤは|∀`:)二へ二へに変わるのであった。(決して怪しいものではありません・・・誤解しないように)
                           
 午後4時45分、すっかり|∀`)二へ二へになった俺は(ホント怪しいものではありませんから・・・)、明礬温泉を出発し、別府の中心地へと向かった。まだ、時刻は午後5時00分前だ。そこで、俺はマシーンのメンテナンスをする事にした。旅を始めてから23日目、総走行距離は5000キロをすでに超えている。そろそろやってあげなくてはねぇ・・・・・。と言う事でカー用品店に向かう事にした。 

 午後5時45分、カー用品店に到着。オイル交換をしてもらう。そして、エンジン内部も丸洗いしてもらった。今回のメンテナンスは、旅を始める前から予定したものなので何も問題はない。函館の時とは訳が違うのである。
                            
 午後6時45分、オイル交換が終了。辺りはすっかり暗くなっていた。あとは、ホテルにチェックインして、またまた温泉に入って|∀`)ニヤニヤ(いや、ホント怪しいものではありませんからぁ~!)して、メシを食って寝るだけである。今日も1日が終わろうとしていた。カー用品店を出て、ホテルへ向かうのであった。

                   

                     しかし・・・・・

      「?」

     「あれ?」

「ちょっと待てよ・・・・・」

「!!!!!!!!!」

「ああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 午後8時50分、俺は大分自動車道の別府湾SAで夜景を撮影している・・・。あり得ない・・・・・こんな映像を残すためにこんな所に来たのではない。何で俺はこんな所にいるのだ???俺はホテルに向けて走っていたはずなのに・・・・・・°・(ノД`)・°・

結局、ホテルに到着したのは午後10時00分、とっととホテルでマッタリするはずが・・・・・・・。せっかく温泉で|∀`)ニヤニヤしたのに全てぶち壊しである・・・・・。失意と無念と後悔を抱きつつ、別途に入るのであった・・・・・。


走行距離

449.5キロ

給油

48リッター


宿代 5480円

ガソリン 6913円

高速代 4460円

充電器 1030円

フェリー 3200円

佐多有料道路1000円

佐多岬      100円

晩メシ     5450円

合計     27633円


 ついに達成しました!旅を始めて22日目、稚内を出発してから14日目、この日を迎える事が出来ました。俺にとって、この1日は旅の醍醐味や素晴らしさを実感した1日になりました。ホント、やって良かったと思っています。

 さて、明日からはまた北上して進路を東にとります。ここから先は「帰る旅」であります。向かうはこの旅の真のゴール、神奈川県横浜市、つまり俺の家です。旅はいよいよ終盤戦に突入であります。

                             10月25日   熊本市内のホテル
                          

 午前8時30分、ちょっと早めに起きた為、この段階で出発の準備はほぼ完了。珍しく9時00分には出発出来そうな感じであった。旅は22日目に突入し、ついにここまで来た。長いようであっという間といった感じである。このまま南下をしていけば鹿児島県である。マシーンで旅をして来た俺が、現時点で行くことが出来る限界の地ということになる。まだ、その先には沖縄県があるが、予算と時間が係り過ぎる事と、1人で行っても寂しいので今回は行かない。今回の旅に「ほぼ」が付く所以である。色々な事をシミジミと考えつつ準備を進めるのであった。

 午前8時40分、ホテルを出発し熊本市内を抜けて行く。なんと!まだ9時00分前だ!我ながら驚く。今日は丸1日上手く使えそうである。天気も良いし、俺は考えた「やるなら今日だ」と・・・。

 さて、この旅を始めてから6日目の10月9日、その日の夕方に俺は「日本最北端の地」である宗谷岬に到達した。そして、次の日の10日には「日本最北端の駅」である稚内駅に着いた。その稚内駅にある1つの看板を見た時、俺はここにも行こうと決めた。それは、「最北端」の反対側である「最南端」である。だから、今日俺がやることは2つの「最南端」を目指す事である。

                    まずは、1つ目「最南端の駅」である、西大山駅へと向かう事にした。

                            

  午前9時10分、熊本ICより九州自動車道に乗り南下する。途中のSAで車用の携帯用の充電器を購入する。道路は至って順調である。鹿児島までの距離はおよそ170キロである。しかし、そこからさらに最南端を目指そうという訳だ。いつもより早めに行動しているが、2つとも今日中に行けるか・・・?丸1日上手く使ったとしてもどうであろうか?正直、西大山駅以降の展開は読めない部分があった。しかし、「まぁ、いいか・・・」大体、こんな時はどうにかなるものだ。それが、俺の相場である。

 午前10時40分、宮崎県に突入し、えびの市辺りを走行。ここにはえびのJCTと言うのがあり、宮崎自動車道と分岐をしている。正面には霧島連山が見えてきた。この霧島連山の向こうが鹿児島県である・・・

  と、思っていたら・・・                  

     

その2分後に鹿児島県に突入してしまった。なんともあっけない鹿児島県入りであった・・・。( ̄ー ̄)

そうか・・・ここはもう鹿児島か・・・感動や感想を抱く前に突入してしまったなぁ・・・・・( ̄ー ̄)


 九州自動車道を終点まで行き、そこからはひたすら一般道となる。国道226号線を指宿方面に向かう。進行方向から見て、左側が鹿児島湾で右側にはJR指宿枕崎線の線路が走っている。この構図は枕崎まで続く。2年前に訪れた時はJRで指宿まで行ったが、今回はマシーンであり、向かう場所も指宿の先である。それにしても、この辺に来ると、木や植物がどこかしらトロピカルである。そして、言うまでもなく暑い・・・。「ここは紛れもなく南国だ・・・」イヤでもそう思うのであった・・・。


 午後12時30分、指宿を通り過ぎてひたすら国道226号線を走っていると、正面に開聞岳が見えてきた。別名「薩摩富士」とも呼ばれている。ある意味「見たまんま」である。そして、ついにJR西大山駅の看板を見つけた。ここで、わき道にそれ矢印の方向へと向かう。すると、程なくしてお目当てのモノが見えてきた。最北端の駅の正反対である最南端の駅に到着である。

 ついに、目的の1つを達成した。JR最南端の駅、西大山駅である。しかし、辺りには何もない・・・。駅舎も改札もない。駅員もいない。ついでに言うと、俺以外に誰もいない・・・。ただ、ホームがポツンとあるだけである。
                            

 しかし、ここは紛れもなく記念碑的な駅である。稚内駅にあったものと同じモノがこの通りちゃんある。人がいない理由は辺りに何もないからだ。では、いつ来るのか?ズバリ列車が来たときである。そして、この駅がお目当ての人がここで降りるのだ。そして、次の列車が来るまで何時間も待って、またどこかへ行く・・・と言った感じであろう。 

 ここを通る列車は1日に平日で上下で16本である。今の時刻が午後12時30分、今度来るのは13時21分「ダメだ、来ねぇ・・・」
      しかし!来ないと分かれば♪                           

                           

                            ちょっと、線路に下りてみたりして・・・・・♪

 稚内を出発してから14日目、あの日、看板を見た俺が目標としてきた駅についにたどり着いた。辺りに何もない、ホント小さな駅であったが、そこは紛れもなく俺が目標として来た場所であった。いやぁ~、嬉しいねぇ♪♪♪

 午後1時00分、ここで1つ目の目的を達成した俺であるが、まだ、これで終わりではない。もう1つの目標がある。佐多岬だ。しかし、ここに行くにあたって1つ問題があった。それは、ズバリこの鹿児島県の形だ。鹿児島県の真ん中には鹿児島湾という海がある。佐多岬は、この海の向こうだ。向こうへ行くには、鹿児島湾に沿って遠回りするか、フェリーで鹿児島湾を渡るか、どちらかである。どちらが早いかと言えば、そりゃあフェリーである。しかし、時間が合わなければ意味がない。と、言ったところで鹿児島湾に沿って行くと何時間かかるか分からない。では、今日はあきらめるか?それにはまだ時間が早すぎる。さて、どうするか・・・?地図を見ながら考えた末、「とりあえず、港へ行こう」という事にした。そこで、フェリーがあればラッキーであるし、なければまた考えればいい。そう決めた俺は、JR西大山駅を出発したのであった。
                            

 午後1時20分、山川港に到着。早速、切符売り場へ行く。フェリーは14時10分発で、所要は50分だ。午後3時には向こうに着く。俺は乗ることにした。切符を買い、フェリーが来るまで待つ事にした。

 そして待っている間、昨日買ったカステラを食べる事にした。最初から切れていると言うことで買ったのであるが・・・・・「多すぎる・・・」とりあえず、一切れ食う。美味い♪しかし・・・「一切れで十分だ」と言うのが感想であった。甘いのである。この上にこれでもか!とまぶしてある砂糖がトドメを刺してくるのだ。食べる度に「ジャリジャリ」いうのだ。「・・・・・苦しい・・・・・」しかし、俺は1人旅だ・・・。開けてしまった以上完食が絶対だ・・・。「・・・・・太るなぁ・・・・・」とは言え、いつまでもこうしている訳にはいかない。フェリーが来てしまう。それまでに完食しなくては・・・。もはや、生き地獄ドクロであった・・・(-。-;)・・・ウップ・・・

 午後2時00分、フェリーが到着し、乗船した。カステラは何とか完食した。もう、当分カステラはいりません・・・・・許して下さい。

 フェリーは定刻通り出港した。今日は天気がいいだけでなく波も穏やかであった。桜島も噴煙は上げてなかったが見事なその姿を見せていた。しかし、その写真はない・・・。残念である。フェリーの中で、到着してからのことを考えた。おそらく、佐多岬に到着するのは午後5時00分になってしまうのではないか・・・。日が沈むまでに何とか到着したい。そして、夕日を撮影出来れば・・・と、思うのであった。

 午後3時00分、鹿児島湾を縦断したフェリーは根占港に到着。大隈半島への上陸を果たす。ここから佐多岬までの所要は1時間30分。街中を通り、国道269号線をひたすら南下。佐多岬を目指すのであった。


 大隈半島を走っていて思ったのは、「ここは日本か?」と言う事。明らかに植物が日本らしくないのだ。どこかトロピカルな雰囲気が南下するにつれて段々と漂ってくるのであった。「一体佐多岬ってどんな所なんだ?」佐多岬に関する情報はほとんどないので想像のしようがない。まぁ、その分興味津々であるが・・・。

 道路は国道269号線から県道68号線に変わる。そして、しばらく走るとこんな看板を見つけたのでマシーンを停める事にした。

「そうか、宗谷岬から2700キロも来たのか・・・」よくぞここまで来たものである。自分で自分に関心してしまった・・・。そして、近くには、さっきまでいた鹿児島湾の反対側が見えた。「開聞岳があんなところに・・・」

 さらに、穏やかで静かな海である。佐多岬はもうすぐそこである事を察するのであった。

 さらに進むと、景色はついに日本ではなくなった。生えている植物はここに来なければ見れないであろうと言う様なモノになってしまった。白神山地もうっそうとしていたが、ここのはまた違ったうっそうとしたものを感じた。「なんだ?ここは・・・?」もはや、俺の想像の及ばないレベルであった。 


 県道68号線を走ってきた俺は佐多岬への入り口に着いた。佐多岬ロードパークと言い、通行料は1000円である。「金取るのか・・・」宗谷岬との違いを発見した。そして、ここまで来ると・・・・・

 もはや森ではない・・・・・密林だ・・・・・ジャングルだ・・・・・「どうなってんだよ?ここ・・・」もはや呆気に取られまくりである・・・。

 午後4時15分、駐車場に到着。つまり、マシーンにとっての最南端に到着した。ここからは徒歩である。しかし、ここでまた金を取られた。入場料100円である。「取るねぇ・・・」と思わず感心してしまった。しかし、関心している場合ではない。実は、ここ佐多岬は午後5時00分で閉鎖されてしまうのである。しかも、肝心の岬までは歩いて15分かかると言うのだ。急がなくては!!!!ここに来てまさかのダッシュである・・・。おのれ・・・佐多岬め・・・走る人ダッシュダッシュダッシュ

 もう、ここまで来るとどんな所か想像しても無駄であったので止めた。って言うか、ただただワクワクしてきた。最大の目標にして来た「あの場所」がすぐそこにあるのである。「早く見てみたい!」それだけであった。そして、ついに・・・・・その時は来た!!!

稚内を出発してから14日目、宗谷岬からの距離2700キロ、ついに・・・・・ついに・・・・・・

達成~~~!!!

他にも人がいたので大きな声は出さなかったが、本当は\(T∀T)/であった。そして、もし、誰もいなかったら・・・・・

バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ!

て、やってやりたい気分であった。かつて、これほどまで旅で嬉しかったこがあったであろうか?この達成感は今までに経験した事がないモノであった。「・・・・・間違ってなかった・・・・・」色々な意味でそう思うのであった。

 達成感に浸りながら戻る途中で、俺はここがタダモノではない事をさらに思い知った。これだけの自然、しかも殆ど手付かず、密林は動物達の楽園でもあったのだ。

初めて見ました・・・・・野生のイノシシである。俺に気がつくとさっさと奥へ消えていったのであった。うり坊

 さらに、こちらは野生のサルである。また、このサル共は凶暴であった。上から岩のような石を停車していたバスに向かってゴロゴロ落としていた。「お前ら帰れ!ここは俺達のモノだ!むかっ」そう言っているようであった。さる

 時刻は午後5時00分を回っていたが、門番をしていたオバちゃんが待っていてくれていたので、難なく出ることが出来た。すっかり、達成感に浸っている俺は、宿がある鹿児島市内へ向かう。その途中、行きで見かけた宗谷岬の看板の所で、俺はまたマシーンを停めた。

 この景色は、宗谷岬から1人でここまで頑張った俺へのご褒美であろう。そう思った。いや、そう思いたかった。旅を始めて22日目、今までで最高の夕日を撮影することが出来た。「いやぁ~、来て良かったよぉ~・・・」と何度も何度も思うのであった。


これが、 大隈半島の夕日のベストショットである。

 結局、鹿児島市内へはフェリーを使わずに鹿児島湾に沿って遠回りをして向かった。見るものを見たので「あとはどーでもいいや」て言うのと、フェリー代をケチったと言うのが理由である。そんあな訳でホテルに着いたのは午後8時00分頃であった。晩メシを食うために天文館に行こうと思ったのだが、途中でたまたま通りかかった店になんとなく入る。すると、そこの大将がとてもいい人であった。

大将   「お客さんどちらから来たのですか?」

|∀・) 「神奈川です」

大将   「お一人で?」

|∀・) 「はい」

大将   「旅行ですか?」

|∀・) 「実は日本1週しています」

大将   「ああぁ~、いいですねぇ~。私も今の店辞めたらやりたいなぁ~と思っているんですよぉ~」

(以下省略)

それから、色々な話をした。大将だけではない。女将や他の人も、とても優しくていい人であった。

今日1日最後のシメは、地元の人達の暖かい心であった。たまたま入ったお店でまさかこんな展開になろうとは・・・・・

午後10時00分に店を出た俺は、ホテルの前に屋台のラーメン屋があったのを発見していたので、そこでラーメンを食いホテルに戻り、今日は終了である。旅を始めて22日目、今までで最高の思い出が出来た。今日の事はずっと忘れないであろう。この旅で何かが変わるかもしれない。そう思った。そして、また明日に備えるのであった・・・。

走行距離

217.8キロ

給油

0リッター


宿代      6300円

カステラ    1260円

フェリー    3530円

DVD×6   2560円

晩メシ     5120円

夜食       944円

路面電車    300円

合計     20014円


 今日は活火山な1日であったが、それは次の日も続きます。明日は鹿児島県に突入します。そして、ついに2つのゴールを目指してアタックします。稚内をたってから14日かかりましたが、ついにこの瞬間がやってきました。旅は、終盤戦に向かい始めるのであります。

                             10月24日   長崎市稲佐山のホテル            
  午前9時00分、部屋にて出発の準備をする。実は昨夜、修学旅行の学生さん達と重なってしまい、風呂に入れなかった俺は「朝入ればいいや♪」と思っていたら、ことごとく寝坊・・・汗あぁ、風呂には入れなかった・・・・・ここも温泉だったのに・・・・・(TωT)昨夜乗った稲佐山展望台へ行く為のロープウェーを見ながら「・・・・・・・しまった・・・」悔やみに悔やむのであった・・・・・。            
 午前9時20分、ホテルを出発。今回泊まったホテルは稲佐山の中腹にある。ここからの景色は文句なしに最高であるのだが、とても険しい。マシーンで登っていても「キツイなぁ~」と思うほど急な坂である事がよく分かるほどである。下りはいいが、上りはねぇ・・・・・「絶対歩いては上りたくない」というのが感想である。

 昨日、長崎市内を色々と周って思ったのは、市内だけであるならば朝から晩まで1日あればほとんど周る事が出来ると言う事。手段はやっぱり路面電車がお勧めである。車は駐車場に停めて行動すれば行く先々で駐車場の心配をすることも無いし、ちょうど観光スポットの近くを通るので歩いても行くことが出来る。そして、なんと言っても「運賃が安い」と言う事。一律100円だし、1日乗車券でも500円だ。市内を観光するなら断然、路面電車ですな。

 さて、今日の行程は長崎市内を抜けて雲仙の普賢岳がある島原半島を目指す。そこからフェリーに乗って有明海を横断して熊本県に上陸する。その先は、熊本に入ってから決めようと思う。
                           
 午前10時30分、長崎市内を抜け国道34号線から国道57号線をひた走り、諫早市に突入する。途中から国道251号線に入るがここからは島原市まで島原鉄道に沿って行く。さて、俺は諫早市と言うと干拓地事業問題が頭に浮かぶ。もう、何年前でしたかねぇ・・・。海を埋め立てるって言うので塩受け堤防を作ったら、有明海の海産物が壊滅してしまったと言われている問題。堤防が原因なのか、そうではないのか、色々な立場の人が色々な主張をして大モメしたのだが、「あれってどうなったのだろう?」と思っていたのだ。ここ数年パッタリとテレビでもやらなくなったしまったが・・・・・。でも、この疑問は、ここ諫早に来て知ることが出来た。答えは「何も解決していない」と言う事。マシーンから見えました「干拓による埋め立て反対」のデッカイ看板が・・・。今も続いていたのだ。ただ、テレビで取り上げられなくなっただけであったのである。この問題はまだまだ続いていくのだと言うことを実感したのであった。

 午前11時30分、島原市に到着。雲仙の情報が知りたかったので普賢岳資料館に来た。ちょうどここは海沿いにあるのだが有明海の向こうに見えるあの陸は熊本県なのであろうか?(イマイチ断言できません・・・汗)ちなみに海沿いの反対側は普賢岳がすぐそこに見えていた。 この資料館では普賢岳の噴火から大火砕流の発生、そして土石流による町の壊滅から復興までの歩みが分かるようになっている。展示されている写真を見ると当時ニュースで見たあの光景を思い出した。そんな中、俺が特に興味を持ったのは当時の小学生が書いた作文だ。「・・山が怖い・・・」と言う言葉になんとも言えない心境になった。さぞかし、心に傷を負ったことであろうなぁ・・・と思った。ここ現地に来て初めて分かった事実であった。
                            

 資料館で雲仙岳の周辺の地図を手に入れた俺は雲仙岳を目指すことにした。山の上の方は雲で見えなかったが、山の中腹が見えてきたとき「???」と思った。なんか違和感を感じたのだ。「なんかおかしい・・・」と思いながら山道を上っていたら「!!!」となったのであった。



 道の途中にあった駐車場にマシーンを止め外に出た。緑が生い茂っている筈の山の中腹に何もない荒地が・・・・・これを見た時に思ったのだ。「これって、火砕流が流れた跡か?」そう思うと俺はゾッとした。この荒地は山の頂から海沿いの街までずっと続いているのだ。下の方では今でも護岸工事をやっていた。「これは・・・すげぇ~よ・・・」資料館で見た小学生が書いた作文を思い出した。「自然の猛威に人はなんと無力なのか・・・」そう思うのであった。 

 更に別な場所からも見てみた。ホント写真の部分だけ何かが流れた跡みたいに何もなくなっているのである。そして、立ち入り禁止の看板の看板も・・・しかも警戒区域だなんて・・・・・。あの火砕流から14年も経っているのにこの荒地である。これにはちょっと驚いた。この山はまだ活動しているのだ。すごいねぇ・・・・・。( ̄□ ̄;)

 午後12時40分、山を一通り見た俺は、次の場所へ移動するために島原港に到着した。ここからフェリーに乗って有明海を越えて熊本県に行こうと言う訳だ。フェリーの時刻は13時55分発なので、しばらく待機する事にした。「・・・・・そう言えば、カステラを食ってねぇ~なぁ・・・」長崎まで来てカステラを食わない訳にはいかない・・・変な使命感に駆られた俺はフェリーターミナルの中にあるお土産屋でカステラを購入。あとはフェリーが来るまで待つのであった。( ̄▽ ̄)=3

 午後1時45分、フェリーの乗船開始。俺が今回乗るフェリーはオーシャンアローと言いまして、本来熊本港まで1時間かかるところを、30分で行くと言う高速フェリーである。お値段は少々高いが時間を有効に使うことを考えたら断然こっちの方がいい。
                            

 フェリーは定刻通り出港した。これで初長崎県は終了である。昨日の長崎市内といい雲仙といいとてもいい所だと思った。今日に関して言えば、諫早の問題や普賢岳のその後なんて言うのは、実際に現地に来て初めて知ったことばかりであった。見所満載の長崎県は、また機会があれば来たいなぁ・・・と思うのであった。

 ちなみに、フェリーの中はこうなっています。中々いい感じでありました。30分の船旅はとても快適でありました。船
                           
 午後2時30分、熊本港に到着。マシーンと俺は熊本県上陸を果たす。俺にとっては2003年以来の上陸だ。とりあえず、熊本市の中心地を目指して走ることにした。どこに行くかは市内の中心地に着くまでに考える事にした。

 午後3時40分、熊本市の中心地に到着。時間を見て、俺は阿蘇山へ行く事に決めた。阿蘇山へは国道57号線を走るのだが、実は、フェリーターミナルからの道はほぼ一直線で行けるのだ。これなら迷うことはないであろう、という事で決断したのである。

 国道57号線から阿蘇大橋と言う交差点で右折し国道325号線にそれ一路阿蘇山へと向かう。阿蘇山は、雲仙同様活火山である。しかも、露骨に活火山である火山まさに火の国熊本の象徴である。3年前はただ山を見ながら通り過ぎただけであったので今回はじっくりと見物しようと思っている次第である。

 午後4時20分、展望台に到着。俺は思わずここからの景色に見とれてしまった。富山県の立山とはまた違った景色に、何度もカメラのシャッターきるのであった。米塚から熊本市内、そして、海の向こうの長崎まで見えそうなパノラマには思わず「ブラボー♪」であった。 


                   そして、火口からは噴煙が・・・・・まさに火の国である( ̄□ ̄;)

 午後4時30分、阿蘇山ロープウェー乗り場に到着。間近で見る阿蘇山は大迫力であった。噴煙が上がっているのがモロ見えであった。「これをさらに近くで見ることが出来るのか・・・」そう思うとワクワクしてきたのであった。俺は早速中に入りロープウェーの切符を買うこととしたのであった。

                           

                            しかし!    
      残念!!!

 いやぁ~なんと言う事でしょう・・・。まさか運休だなんて・・・火口を目の前にしながら撤退をしなくてはならないのか・・・(T_T)

う~ん、残念であるがこればかりはどうしようもない。引き返すことにするのであった。 

 残念な思いを引きずりながら、阿蘇火山博物館の駐車場に戻って来ると、その駐車場の目の前にはこれでもかと言うくらい広い草原が広がっているのであった。「モンゴルか?」と思ってしまうくらい広くて「ホェ~」( ̄□ ̄;)であった。

 また、その草原ではたくさんのお馬さんが草をハムハムと食べているのであった。ウマ

 さらに、実際に草原に降り立ってみた。そして、お馬さんがいる方へと歩いてみた。いやいや、これは気持ちがいいね。ホント、モンゴルの大平原と言った感じであった。しかし、あまり奥まで行こうとは思わなかった。結構、歩く大変であったからである。ウマうんちくんが地雷のごとくあちこちにあったのである・・・・・。

 午後5時30分、先ほどの展望台まで戻って来た。熊本市内の方向を見ると、海に太陽が沈もうとしていた。これにも思わずシャッターであった。3年前にも阿蘇山の夕日を撮ったのだが、今日の夕日も見事であった。ちょっと、雲が邪魔であったが、まぁいいでしょう。夕日を撮影した俺は、熊本市内に戻る事にした。

 途中、電気屋で録画用のDVDと暇つぶし用にゲームFF5を買いホテルに向かった。チェックインしてから晩メシを食いに行く為に、路面電車に乗り、繁華街へと行った。居酒屋で辛子蓮根と馬刺しを食いビールをたらふく飲んでホテルに戻り、温泉に入って今日はおしまいである。今日は活火山な1日であった。動かざる山の偉大さを感じることが出来た。そんな1日に満足しつつ明日に備えるのであった。 

走行距離

181.8キロ

給油

0リッター


宿代          8400円

コインランドリー 1100円

絵馬×2 1500円

梅が枝餅 525円

高速代 4150円

路面電車1日券 500円

孔子廊 525円

パスポート 1000円

大浦天主堂 300円

稲佐山ロープウエィ 1200円

駐車場代 700円

トルコライス       900円

夜食          1260円

合計         22016円


 えぇ~、散々「長崎は函館に似ている」と言いましたが、もし、長崎を先に見て後で函館を見ていたら「函館は長崎に似ている」と言ってますな。まぁ、それぐらいソックリな訳でありました。

 今回の費用でパスポートと言うのは「出島ワールド」「クラバー園」と言った長崎の観光スポットをセットで見れるお得なチケットの事です。また、駐車場は大宰府天満宮と長崎駅近くに停めた時の合計です。

 さて、明日は雲仙方面に向かい、そのまま有明海を横断して熊本に上陸します。確実に南下してきたわけであるが、佐多岬がいよいよ近づいてきました。旅は終盤に向けて更に続くのであります。

                             10月23日   博多駅前のホテル
                           
 午前8時30分、いつも通り出発の準備である。旅を続けて20日目、大体このくらいの時間に準備をするのが定着してきた。昨夜は屋台で6000円以上も使い散々飲んで食ってを実行した俺ではあるが、だからといってお腹イッパイであったかと言うとそうでもなかった訳である。なんかねぇ・・・胃の感覚がおかしくなってきてますな・・・。行く先々で美味いモノを食べてきた訳だが、いつしか麻痺ってしまったような・・・。いや、食っている時は美味いのである。文句なしに美味いのである。でもねぇ、何か物足りない訳である。それが何か?今一つ釈然としない最近であったりするのであった。
                           

 午前9時20分、ホテルを出発。この時間もすっかり定番になった感がある。さて、昨日ついに本州シリーズが終わり九州に上陸した訳であるが、今回で九州は3回目である。博多に関して言えば2回遊びに来ている。勿論、過去2回とも屋台に行っている。なので、今回は博多はこれにておしまい。特に映像的にも面白いものはない。先を目指すこととした。 
                           

 午前9時30分、都市高速に乗る。今日は移動距離は大した事はない。行き先は長崎県である。「まだ行った事がない県4つ」の内の1つで、これで3つ目となる。都市高速から九州自動車道に乗り、鳥栖JCTから長崎自動車道に乗って目的地を目指そうという訳である。地図で確認し、携帯に道案内をしてもらいながら走行をする。

           しかし・・・・・

  何を思ったかのか都市高速を下りてしまいまして・・・・・道に迷ってしまったのである。汗慌てて地図で現在地を検索する。すると出てきた文字は「大宰府」であった。「大宰府ねぇ・・・」そこで考えた。いくら道に迷ったとは言え大宰府まで来てこのまま何もしないでUターンというのはどうであろうか?と・・・。「・・・・・行きますか」という訳で、急遽寄り道で「大宰府天満宮」に行く事にした。時刻はまだ午前9時40分、巻き返しはいくらでも出来る。そんな時間帯であった。 

 午前10時00分、最寄の駐車場にマシーンを停め、メインストリート(まぁ参道というヤツですか?)を歩く。まだ、時間が早かったのでお土産屋さんや食堂はこれから開店しま~す、と言った感じであった。しかし、それでも観光客はそれなりにいた。神奈川に住む俺としては「江ノ島神社」を連想させる通りを奥にと進むのであった。


 そして、これが本殿である。ここには「菅原道真」さんと言う学問の神様が奉られている。そんな事もあってやはりここには学生さんが沢山いた。まぁ、修学旅行であればここはもう定番な所なのだろう。掛けられている絵馬には「○×合格」と言ったモノが沢山あった。
                            
                そんな絵馬を見て俺も書いて見た。しかも2枚・・・。内容は教えません・・・・・シラー

 さて、各国の反対を無視?して(スイマセン・・・アホです)参拝を済ませた俺は、帰り道の途中で「梅が枝餅」と言うのを買った。ちょうどお店がオープンしたばかりであったので、餅も出来たてであった。なんでもここの名物らしい。朝メシも食べてなかったのでちょうどよかった、と言った感じである。出来立てのホヤホヤは言うまでもなく美味かったです♪
                            
 梅が枝餅で腹を満たした俺は大宰府天満宮をあとにして来た道を逆送する。そして、間違えた場所まで戻り、再び高速道路に乗る。時刻は午前11時00分、今度こそ長崎へ行く為に九州自動車道を走るのであった。

 九州自動車道から長崎自動車道を通り、長崎出島道路のトンネルを抜けると、そこには「!!!」と思うくらいの立派な街が現れた。時刻は午後12時20分、ついに長崎に到着した。広い通りを走り長崎駅前を通り過ぎながら、俺は思った「函館そっくりだなぁ・・・」。周囲を山に囲まれた港町で、坂が沢山あり、函館山のような街を見下ろす観光スポット(稲佐山展望台)もあって、さらに路面電車もある。なんとも共通点の多い所だなぁ~・・・と言うのが初長崎の第一印象であった。そんな長崎を観光する為に、俺は長崎駅近くの駐車場にマシーンを放置して長崎駅に向かう事にした。


 JR長崎駅は俺が思っていた以上に立派な駅であった。駅に併設された商業施設やホテルは見事であった。「ほぉ~・・・」と思わず口をポカ~ンと開けてしまったのであった。( ̄□ ̄ )

    さて、駅の近くの駐車場にマシーンを放置して何でいどうしようと言うのか?

 答えはこれである。路面電車だ。長崎市内の観光であるならばこれが1番いいのではないかと思ったのである。しかも、この路面電車は運賃が素晴らしいのだ「どこまで乗っても一律100円!である。安いねぇ♪さらに、俺が今回買った1日乗車券も大人500円と言う嬉しい価格である。こりゃぁ~乗らない訳にはいかないでしょう。今や市民の足としてだけではなく、観光客の足としても、なくてはならないものである。そんな路面電車に乗って早速観光開始である。ちなみに、制限時間は暗くなるまでである。


 まず、最初に訪れたのがこちら出島である。「島」と言うぐらいであったからここは島であったのでろうが、今は埋め立てられて完全に内陸となっている。ただ、このレンガの部分がかつての陸と海の境であったとのことである(歩道が海です)。


 ここは現在「出島ワールド」と呼ばれる所になっていて鎖国をしていた江戸時代の様子を再現している。

 これは当時陸揚げされた荷物に使われていた量りである。まぁ、こんな感じで使っていた訳ですな得意げ
             
 さらに、こちらは厨房である。よく見ると日本的なものに異国のものも混ざってある。何故か豚の頭がリンゴをくわえていたり、胴体が吊るされていたりと、本当にこんな感じだったのであろうか?江戸時代としてはちょっと想像しにくい光景であった。



 こちらはからくりモノである。こう言った仕掛けモノに俺は結構弱かったりするのである。これは、カレンダーと言ったところであろうか。月や太陽の動きを示すものでこれが1周すると1年と言う事であろうか。ちょっと欲しくなった1品である。
                           
           ちなみにこれが今の長崎市で、赤い部分が出島である。もはや島ではなく内陸である・・・。

 これが当時の出島を再現したミニチュアである。当時唯一異国と貿易を許可された場所は、こんなものだったのでありますな。
                            
 午後2時00分、再び路面電車に乗って次の場所へ移動する。次の駅である築町で降り、別の路線に乗り換え、終点の石橋と言う駅まで乗る。この辺は観光スポットが色々あり、全て歩いて周れる距離である。
                            
 午後2時30分、まず歩いて到着した場所は「孔子廊」である。何故、長崎にこんな中華な建物が?と思ったら、実は長崎にも「中華街」があったのねぇ・・・。横浜と神戸は知っていましたが・・・ここは知りませんでした・・・汗



 しかし、まぁ~なんて綺麗な建物なんでしょう。この赤というか朱色いうか・・・ものすごい鮮やかな色でありますな。奥にある建物も非常に立派でございました。建物の前には像が沢山並んでおりまして、なんとも不思議なムードでありました・・・( ̄□ ̄;)
                            

 中はこんな感じになっておりまして、孔子様が奉られてある。中も非常に綺麗で天井が高くて、外同様、鮮やかな色をしている。

 そして、こちらは一変して「大浦天主堂」である。江戸時代後期に建てられたもので歴史を感じさせる建物ある。ちなみに中は撮影禁止であったので外のみである。中は非常に素敵な所であった。で、そう言えば函館にもこう言った昔の西洋の建物があったような・・・。そんな事を思い出した。改めて、函館に似ているねぇ・・・。

 そんな大浦天主堂のすぐ近くにあるのが「クラバー園」である。もともと外国人居留地であったところに昔の西洋の建物が建ち並んでいる。ここは小高い丘にの上にあるので景色も非常に良い所である。


 そして、これが旧クラバー邸である。中々立派な所に住んでいたようである・・・。(いや・・・まぁ、別にいいんですけどね・・・)

 他にも昔の西洋の建物がここにはあり、市内に点在していたものをここに集めたそうだ。どれも、当時を雰陰気を漂わせる素敵な建物であった。洋風な所に日本のものが所々ある辺りがとても不思議であった。


                   おっ!こんな所にコスプレイヤーが・・・・・!(スイマセン・・・つい・・・あせる
                            

  午後4時00分、次の場所へ向かう為に大浦天主堂下という電停から路面電車に乗り、賑橋と言う電停で降りる。ここからはめがね橋が近いので見る事にした。しかし、俺はこのめがね橋を目的にここに来た訳ではない。この近くの店でちょと早いが晩メシにしようと言う訳である。今までの行程で1番早い晩メシとなった。
                           
 実は、このめがね橋の近くに「きっちんせいじ」と言う名前のお店がある。たまたま家で見ていたテレビでここをやっていて、行って見たいななぁ~と思っていたのである。外観は、廃車した路面電車をそのまま使ったちょっと変わったお見せである。ちなみに内装も路面電車で使っていたイスやつり革や網棚を使っていて面白い所なのである。
                           

 そんなお見せでどうしても食べたかったのがこの「トルコライス」である。まぁ、見ての通りドライカレーにナポリタン、そして豚カツが乗っていて、サラダとスープがついて900円である。まぁ、何と言いますか・・・「大人が食べるお子様ランチ」と言った感じでしょうか。しかし、味は文句なしに最高である♪♪♪また、ここのオバちゃんも気さくな人ですごく嬉しかった。多分、見慣れない顔だったからであろうか、俺に話しかけてきた。

 オバちゃん「あら?どちらからいらしたんですか?」
 |∀・)  「神奈川から来ました」

 オバちゃん「んまぁ~、遠くから食べに来てくれておりがとうねぇ~」

         いえいえ、こちらこそ・・・とても美味しかったです。来てよかったよぉ~・・・(=⌒▽⌒=)である。

 気さくなオバちゃんとトルコライスに満足した俺は、また路面電車に乗る為に電停に向かう。時刻は午後5時00分を回りすっかり日も暮れてきていた。ここで、ちょっと急ぐ事にした。日が沈んで暗くなる前にどうしても行っておきたい場所があったのである。

 午後5時55分、もうすぐ6時と言うところで何とか到着した。平和記念公園である。やはり、長崎に来たらこの平和の像はどうしても見ておきたかったのである。

      何とか暗くなる前でギリギリセーフと言ったところでしょうか・・・

 そして、この平和記念公園の近くにはもう1つ公園があって、そこには1本の柱が立っている。この柱は原爆の中心地だそうで、つまり、この柱の真上から原爆が落ちてきたと言う訳である。
                           
 去年観た映画「男達の大和」や広島県呉市にある大和ミュージアム、そして今回の平和記念公園を見て、いつも共通して思うことがある。「どうにかならなかったのか・・・?」と言う事だ。まぁ、「色々な意味で・・・」である。

 さて、時刻は午後6時を回りすっかり暗くなってしまった。路面電車で長崎駅に戻った俺は最後に長崎の町を一望出来る所へと向かう事にした。駐車場に戻り、マシーンに乗って向かった先は稲佐山展望台である。

そして、これが長崎の夜景である。改めて函館ににているなぁ~と思うのであった。

 稲佐山をあとにして、ホテルに着いたのは午後9時00分頃であった。ホテルはちょうど修学旅行で来ていたどっかの高校とダブってしまった。風呂に入れない時間があると言う事で、今日はこのまま寝て、明日の朝入る事にした。こうして今日は終了である。また、明日に備えて寝ることにしたのであった。