10月24日 長崎市稲佐山のホテル
午前9時00分、部屋にて出発の準備をする。実は昨夜、修学旅行の学生さん達と重なってしまい、風呂に入れなかった俺は「朝入ればいいや♪」と思っていたら、ことごとく寝坊・・・
あぁ、風呂には入れなかった・・・・・ここも温泉だったのに・・・・・(TωT)昨夜乗った稲佐山展望台へ行く為のロープウェーを見ながら「・・・・・・・しまった・・・」悔やみに悔やむのであった・・・・・。
午前9時20分、ホテルを出発。今回泊まったホテルは稲佐山の中腹にある。ここからの景色は文句なしに最高であるのだが、とても険しい。マシーンで登っていても「キツイなぁ~」と思うほど急な坂である事がよく分かるほどである。下りはいいが、上りはねぇ・・・・・「絶対歩いては上りたくない」というのが感想である。
昨日、長崎市内を色々と周って思ったのは、市内だけであるならば朝から晩まで1日あればほとんど周る事が出来ると言う事。手段はやっぱり路面電車がお勧めである。車は駐車場に停めて行動すれば行く先々で駐車場の心配をすることも無いし、ちょうど観光スポットの近くを通るので歩いても行くことが出来る。そして、なんと言っても「運賃が安い」と言う事。一律100円だし、1日乗車券でも500円だ。市内を観光するなら断然、路面電車ですな。
さて、今日の行程は長崎市内を抜けて雲仙の普賢岳がある島原半島を目指す。そこからフェリーに乗って有明海を横断して熊本県に上陸する。その先は、熊本に入ってから決めようと思う。
午前10時30分、長崎市内を抜け国道34号線から国道57号線をひた走り、諫早市に突入する。途中から国道251号線に入るがここからは島原市まで島原鉄道に沿って行く。さて、俺は諫早市と言うと干拓地事業問題が頭に浮かぶ。もう、何年前でしたかねぇ・・・。海を埋め立てるって言うので塩受け堤防を作ったら、有明海の海産物が壊滅してしまったと言われている問題。堤防が原因なのか、そうではないのか、色々な立場の人が色々な主張をして大モメしたのだが、「あれってどうなったのだろう?」と思っていたのだ。ここ数年パッタリとテレビでもやらなくなったしまったが・・・・・。でも、この疑問は、ここ諫早に来て知ることが出来た。答えは「何も解決していない」と言う事。マシーンから見えました「干拓による埋め立て反対」のデッカイ看板が・・・。今も続いていたのだ。ただ、テレビで取り上げられなくなっただけであったのである。この問題はまだまだ続いていくのだと言うことを実感したのであった。
午前11時30分、島原市に到着。雲仙の情報が知りたかったので普賢岳資料館に来た。ちょうどここは海沿いにあるのだが有明海の向こうに見えるあの陸は熊本県なのであろうか?(イマイチ断言できません・・・
)ちなみに海沿いの反対側は普賢岳がすぐそこに見えていた。 この資料館では普賢岳の噴火から大火砕流の発生、そして土石流による町の壊滅から復興までの歩みが分かるようになっている。展示されている写真を見ると当時ニュースで見たあの光景を思い出した。そんな中、俺が特に興味を持ったのは当時の小学生が書いた作文だ。「・・山が怖い・・・」と言う言葉になんとも言えない心境になった。さぞかし、心に傷を負ったことであろうなぁ・・・と思った。ここ現地に来て初めて分かった事実であった。
資料館で雲仙岳の周辺の地図を手に入れた俺は雲仙岳を目指すことにした。山の上の方は雲で見えなかったが、山の中腹が見えてきたとき「???」と思った。なんか違和感を感じたのだ。「なんかおかしい・・・」と思いながら山道を上っていたら「!!!」となったのであった。
道の途中にあった駐車場にマシーンを止め外に出た。緑が生い茂っている筈の山の中腹に何もない荒地が・・・・・これを見た時に思ったのだ。「これって、火砕流が流れた跡か?」そう思うと俺はゾッとした。この荒地は山の頂から海沿いの街までずっと続いているのだ。下の方では今でも護岸工事をやっていた。「これは・・・すげぇ~よ・・・」資料館で見た小学生が書いた作文を思い出した。「自然の猛威に人はなんと無力なのか・・・」そう思うのであった。
更に別な場所からも見てみた。ホント写真の部分だけ何かが流れた跡みたいに何もなくなっているのである。そして、立ち入り禁止の看板の看板も・・・しかも警戒区域だなんて・・・・・。あの火砕流から14年も経っているのにこの荒地である。これにはちょっと驚いた。この山はまだ活動しているのだ。すごいねぇ・・・・・。( ̄□ ̄;)
午後12時40分、山を一通り見た俺は、次の場所へ移動するために島原港に到着した。ここからフェリーに乗って有明海を越えて熊本県に行こうと言う訳だ。フェリーの時刻は13時55分発なので、しばらく待機する事にした。「・・・・・そう言えば、カステラを食ってねぇ~なぁ・・・」長崎まで来てカステラを食わない訳にはいかない・・・変な使命感に駆られた俺はフェリーターミナルの中にあるお土産屋でカステラを購入。あとはフェリーが来るまで待つのであった。( ̄▽ ̄)=3
午後1時45分、フェリーの乗船開始。俺が今回乗るフェリーはオーシャンアローと言いまして、本来熊本港まで1時間かかるところを、30分で行くと言う高速フェリーである。お値段は少々高いが時間を有効に使うことを考えたら断然こっちの方がいい。
フェリーは定刻通り出港した。これで初長崎県は終了である。昨日の長崎市内といい雲仙といいとてもいい所だと思った。今日に関して言えば、諫早の問題や普賢岳のその後なんて言うのは、実際に現地に来て初めて知ったことばかりであった。見所満載の長崎県は、また機会があれば来たいなぁ・・・と思うのであった。
ちなみに、フェリーの中はこうなっています。中々いい感じでありました。30分の船旅はとても快適でありました。![]()
午後2時30分、熊本港に到着。マシーンと俺は熊本県上陸を果たす。俺にとっては2003年以来の上陸だ。とりあえず、熊本市の中心地を目指して走ることにした。どこに行くかは市内の中心地に着くまでに考える事にした。

午後3時40分、熊本市の中心地に到着。時間を見て、俺は阿蘇山へ行く事に決めた。阿蘇山へは国道57号線を走るのだが、実は、フェリーターミナルからの道はほぼ一直線で行けるのだ。これなら迷うことはないであろう、という事で決断したのである。
国道57号線から阿蘇大橋と言う交差点で右折し国道325号線にそれ一路阿蘇山へと向かう。阿蘇山は、雲仙同様活火山である。しかも、露骨に活火山である
まさに火の国熊本の象徴である。3年前はただ山を見ながら通り過ぎただけであったので今回はじっくりと見物しようと思っている次第である。
午後4時20分、展望台に到着。俺は思わずここからの景色に見とれてしまった。富山県の立山とはまた違った景色に、何度もカメラのシャッターきるのであった。米塚から熊本市内、そして、海の向こうの長崎まで見えそうなパノラマには思わず「ブラボー♪」であった。
そして、火口からは噴煙が・・・・・まさに火の国である( ̄□ ̄;)
午後4時30分、阿蘇山ロープウェー乗り場に到着。間近で見る阿蘇山は大迫力であった。噴煙が上がっているのがモロ見えであった。「これをさらに近くで見ることが出来るのか・・・」そう思うとワクワクしてきたのであった。俺は早速中に入りロープウェーの切符を買うこととしたのであった。
いやぁ~なんと言う事でしょう・・・。まさか運休だなんて・・・火口を目の前にしながら撤退をしなくてはならないのか・・・(T_T)
う~ん、残念であるがこればかりはどうしようもない。引き返すことにするのであった。
残念な思いを引きずりながら、阿蘇火山博物館の駐車場に戻って来ると、その駐車場の目の前にはこれでもかと言うくらい広い草原が広がっているのであった。「モンゴルか?」と思ってしまうくらい広くて「ホェ~」( ̄□ ̄;)であった。
また、その草原ではたくさんのお馬さんが草をハムハムと食べているのであった。
さらに、実際に草原に降り立ってみた。そして、お馬さんがいる方へと歩いてみた。いやいや、これは気持ちがいいね。ホント、モンゴルの大平原と言った感じであった。しかし、あまり奥まで行こうとは思わなかった。結構、歩く大変であったからである。
の
が地雷のごとくあちこちにあったのである・・・・・。
午後5時30分、先ほどの展望台まで戻って来た。熊本市内の方向を見ると、海に太陽が沈もうとしていた。これにも思わずシャッターであった。3年前にも阿蘇山の夕日を撮ったのだが、今日の夕日も見事であった。ちょっと、雲が邪魔であったが、まぁいいでしょう。夕日を撮影した俺は、熊本市内に戻る事にした。
途中、電気屋で録画用のDVDと暇つぶし用にゲームFF5を買いホテルに向かった。チェックインしてから晩メシを食いに行く為に、路面電車に乗り、繁華街へと行った。居酒屋で辛子蓮根と馬刺しを食いビールをたらふく飲んでホテルに戻り、温泉に入って今日はおしまいである。今日は活火山な1日であった。動かざる山の偉大さを感じることが出来た。そんな1日に満足しつつ明日に備えるのであった。










