読書雑記 -29ページ目

読書雑記

読書日記。

ほとんど自分のためのものです。

半落ち (講談社文庫)/講談社

¥637
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☆☆☆☆★

寺尾聡の主演で映画化された作品。

アルツハイマーの妻を扼殺した警察官の梶聡一郎は、自首して犯行を認めるも、殺害してから自首するまでの『空白の二日間』について口を開こうとはしない。

梶は完全に自供する(落ちる)のではなく、いわば『半落ち』の状態にあった。

確かに、殺害してから自首するまでの『空白の二日間』の行動は、警察が立件すべき『後のこと』でしかない。
『梶は既に、犯行に至る経緯も犯行時の状況も自白した。その供述内容は詳細を極め、少しの破綻もない。このまま調書を作成すれば、送検、起訴、公判のいずれの段階でも立派に通用する代物だ。』
つまりは『事件後の出来事を知るということは、事件を起こした人間の持つ物語を完結させるーといったほどの意味しか持たない』のだ。

それでもなお、梶の持つ物語を完結させたいと思う人物が次々に登場する。梶の誠実で正直な人柄、静謐な態度、澄んだ瞳を見ると、なぜ彼が事件後のことを語ろうとしないのか、みな不思議に思うのだ。

捜査官、検察官、新聞記者、弁護士、裁判官など、梶の事件に関わる人たちが、それぞれの職務上の義務や使命と、自らの好奇心・道徳感との葛藤のに悩み、時には職場の上司や組織の論理と衝突しながら、梶の真実の物語に迫ろうとする。

取調べ、送検、起訴、公判、判決と事件が進んでいく過程でのキーパーソンの名を冠した章立てになっており、各人が道半ばにして諦めざるを得なかった真実の解明を次の人にリレーしていくような巧みな構成が見事だ。
ビート―警視庁強行犯係・樋口顕 (新潮文庫)/新潮社

¥853
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☆☆☆☆★

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズの3作目。

このところ毎週一冊のペースで今野敏の作品を読んでいる。

シリーズ1作目・2作目で樋口の捜査を手助けした荻窪署生活安全課・氏家の登場シーンが少なくて寂しいが、これまで読んだ今野敏の小説と同様に、思わせぶりな終わり方をせずに、物語を丁寧にしめくくっているのがよい。相変わらず読後感も心地いい。

本作を読んで興味深かったのが、同僚の不祥事に対する樋口の対処の仕方だ。同じ今野敏の警察小説『隠蔽捜査』の主人公であるキャリア警察官僚・竜崎伸也が見せた不祥事への対応とは一見正反対に思える。別の作品とはいえ、主人公の価値観が問われるような事態への対処の仕方が対照的だったので特に印象に残った。

また、本作では、若者たちの踊るダンスが重要な題材になっており、ダンスの動きに対する描写が非常に丁寧で、なぜ著者はダンスに関して細部や踊るときの感覚的なところまで書けるのだろうと不思議に思うが、そのあたりのことは、あとがきに詳しい。
夜のピクニック (新潮文庫)/新潮社

¥724
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☆☆☆☆★

世代を超えて読まれている作品というのも納得できる。でも、やはり十代、二十代の時に読んでみたかった。

朝の8時から翌朝の8時まで、80キロをひたすら歩くという高校の行事が物語の舞台。

普段の学校生活とは異なり、昼夜を問わず歩き続け、体力的にも極限状態の中では、いつもより他人に対して正直になれたり、固定観念や偏見からも自由になれたりするもの。

そんな非日常の助けを借りながら、主人公は高校生活最後の行事に『秘密の賭け』を託し、友人に対する違った見方や新たな人間関係が生まれる。

高校生たちが繰り広げる歩きながらの会話、独白、回想を中心に進む長編小説でありながら、飽きずに読ませる作家の筆力はすごい。
初陣: 隠蔽捜査3.5 (新潮文庫)/新潮社

¥594
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☆☆☆☆★

キャリア警察官僚の竜崎伸也を主人公とした隠蔽捜査シリーズ(『隠蔽捜査』『果断ー隠蔽捜査(2)』『疑心ー隠蔽捜査(3)』)からのスピンオフ作品。

竜崎の幼なじみで同期として前三作に登場する伊丹俊太郎を主人公にした短編集である。

これまでの隠蔽捜査シリーズや竜崎伸也を伊丹の目線から違った形で味わうことができ、前三作の裏話なども出て来て、シリーズのファンにはたまらない。
疑心: 隠蔽捜査3 (新潮文庫)/新潮社

¥680
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☆☆☆☆★

キャリア警察官僚の竜崎伸也を主人公にした「隠蔽捜査」シリーズの第3作。

前作に引き続き、大森署署長としての職務に精励する竜崎の姿を描く。

竜崎は来日するアメリカ大統領の警備事案に直面する。しかも、本来ならば方面本部長が務めるべき方面警備本部長に大森署署長である竜崎が任命される。

竜崎が本部長に任命された第二方面警備本部は大統領機が到着する羽田空港を管轄しており、その責任は大きい。

また、方面警備本部長の臨時の秘書官として赴任してきた美人の女性キャリアに、無駄な感情を廃し理性を重んじる竜崎がなんと恋愛感情を抱いてしまう。

この二つの大きな試練を竜崎はどうやって乗り越えるのか見ものである。
果断―隠蔽捜査〈2〉 (新潮文庫)/新潮社

¥680
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☆☆☆☆★

警察庁のキャリア官僚である竜崎伸也を主人公とした「隠蔽捜査」シリーズ第2弾。

息子の麻薬使用による降格人事で、警察庁長官官房の総務課長から大森署の署長に異動になった竜崎。

これまでエリート街道を走ってきたキャリア官僚が、現場に近い警察署長という職でどのような働きぶりを見せるのか。

原理原則を大切にし、感情より理性を重んじるがあまりに警察庁では常に「変人」扱いされてきた竜崎だが、本作でもその「らしさ」を存分に発揮してくれる。

隠蔽捜査 (新潮文庫)/新潮社

¥680
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☆☆☆☆☆

警察官僚を主役にした警察小説というのが新鮮でおもしろい。

主人公の竜崎伸也は、警察庁長官官房の総務課長の職を務めるキャリア官僚だ。

『家庭のことは妻の仕事だ。私の仕事は、国家の治安を守ることだ。』
『竜崎にとって東大以外は大学ではない。』
これだけ聞くと、エリート意識剥き出しで古い考えのイヤな奴に思える。

だが、何のためにエリートとして出世したいのかについて、
『官僚の世界で出世がなぜ大切かというと、それだけ権限が増えるからだ。』と言っている。
竜崎は単に偉くなりたい、給料がたくさん欲しいといった単純な出世欲に駆られているわけではないのだ。

そして、エリートには特権とともに当然大きな義務もつきまとうことを竜崎は認識している。
『選ばれた人間だ。国をつつがなく運営して、守っていく義務を負っている。だから、いざというときは、真っ先に死ぬ覚悟をしている』

ちょっと長いが、竜崎の行動原理と組織論に関わる箇所を引用する。
『竜崎は、これまでたてまえを貫くことが本当の役人の仕事のやり方だと思ってきた。
 そして、できるかぎりそれを実行してきたつもりだ。ときにはままならないこともある。だが、大筋では貫いてきたと思う。
 たてまえを貫くいうことは、つまりは原則を重視するということだ。ケースバイケースという言葉が嫌いだった。それは、いい加減さを表現する言葉だと、竜崎は思っている。
 原則を大切にしなければ、システムは腐敗する。何が重要なのかわからないから、無能な役人は法の条文や通達の文面だけをなぞって、それを闇雲に実行しようとする。そして、前例だけを重視するようになる。いわゆるお役所仕事だ。それは、疲弊した役所のシステムだ。本当に有能な官僚を集めた、有効なシステムというのは、原則を大切にした、即応性のある、柔軟なものだというイメージがあった。』

このホンネとタテマエを使い分けない姿勢により、竜崎は職場でも家族にも常に『変人』扱いされる。

タテマエを貫く竜崎の行動が、時には滑稽に見えて笑いを誘うこともあれば、この行動原理に則って難局を乗り越えていく様が、日々ホンネとタテマエを使い分けて生きることに歯痒さを感じている読者にとって痛快で感動を与える。ここに本書の最大の魅力がある。