出雲国風土記の意宇郡(おうぐん)飯梨郷(いいなしごう)の記述に、「大国魂命(おおくにたまのみこと)が天から降って来た時、この地でお食事を召し上がったので地名を飯成(飯梨、いいなし)と云う」とある。

 現在は、島根県安来市(やすぎし)飯梨町(いいなしちょう)と周辺地域になっている。

 

 

東には飯梨川が流れ、西の岩舟町には国指定史跡の岩舟古墳(6世紀頃)がある。

南方には有名な足立美術館がある。

 

大国魂命の父は大歳神(おおとしのかみ)、母が伊怒比売命(いのひめのみこと、出雲の神活須毘の娘)である。

大国魂命の兄弟は韓命、曾富理命、白日命、聖命で、後付けとして渡来系の秦氏が関わっているかもしれない・・・

大国魂命は素盞嗚尊(すさのおのみこと、140年頃‐200年)の孫になっている。

 

 

 大和国(奈良県)の大和神社(おおやまとじんじゃ)の祭神は日本大国魂大神になっている。

 摂津国兎原郡の河内国魂神社、尾張国中島郡の尾張大国霊神社など各地に地主神を祀る「国魂神社」がある。

 大阪市天王寺区生玉町の生国魂神社(いくくにたまじんじゃ、難波大社)が有名。

    

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 私は今年で83才になるので体は年を取る毎に劣化していきますが、マインドは「絶好調」です。

 「宇宙とつながっている」ことが関係していると思います。瞑想も大事です。

 経済的にも豊かになります。

 

印南 神吉(いんなみ かんき)

 阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)は、古事記の神世7代の第6代の女神で、男神は於母陀流神(おもだるのかみ)になっている。

 日本書紀では、惶根尊(かしこねのみこと)と面足尊(おもだるのみこと)と表記されている。

 

 

 古事記によると、

 男神の「おもだる」の名は、君は綺麗だねと女神の美貌を讃美したので、その言葉を名にした。

女神の「あやかしこね」の名は、男神の讃美を受けて「畏れ多くてもったいない」と応えたので、その言葉を名にした。

 

 面足神社(おもだるじんじゃ)などの祭神名説明には、「おもだる」は「整った容貌」、「あやかしこね」は「畏れ多い女神」の意味として、神徳は芸能上達、夫婦円満などになっている。

 

 中世の神仏習合時には、倭王兼6代目奴国王の於母陀流神と阿夜訶志古泥神を「第六天魔王」の垂迹(すいじゃく)として修験道などで信仰された。

 戦国時代に寺社を攻撃した織田信長(1534年‐1582年)は第六天魔王の化身として恐れられた。

 第六天魔王を祀る寺院は、明治の神仏分離令により「第六天神社」、「面足神社」などに改称した。

 

 陸奥国一宮の近津神社(茨城県久慈郡大子町下野宮1626)の祭神は、面足尊、惶根尊、級長津彦命(しなつひこのみこと、風の神)である。

 社伝によると、当社は日本武尊(やまとたけるのみこと、302年‐332年)が東国遠征時に創建したと云う。

 第六天榊神社(東京都台東区蔵前1-4-3)も第六天神総本宮として日本武尊の創建と云う。

 

 

 印南 神吉(いんなみ かんき)

 三笠紀(みかさふみ)は大鹿島命(おおかしまのみこと、中臣氏の祖)が12代景行天皇に提出した。

 神代の物語・歴史などを神代文字のヲシテ文字で五七調の長歌として表した古文書で、全64章のうち現在は9章分が残っている。

 大鹿島命は中臣氏の祖なので、中臣神道の「大祓詞(おおはらえのことば)」の一部が三笠紀に記されている。

 

 三笠紀は偽書とされており、他には秀真伝(ホツマツタエ)、九鬼文書(くかみもんじょ)、竹内文書、上紀(うえつふみ)、宮下文書、東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)、物部文書、フトマニ、契丹古伝(きったんこでん)、宇佐家伝承などの古文書も偽書とされている。

 ホツマツタエ(秀真伝)は三輪氏の祖である大田田根子(おおたたねこ)がヲシテ文字で記し、12代景行天皇に提出した。       

  三笠紀の「埴祀りの文(はにまつりのあや)」の内容は、

  クニトコタチノ カミノヨニ       国常立の 神の世に   

  ムノタミメヨリ  ムロヤナル      ムのタミメより ムロヤ成る

  マヅハオナラシ スギハシラ       先ず場を均し 直ぎ柱

  ムネヲカツラニ  ユヒアハセ      棟をかつらに 結い合わせ

  カヤフキスミテ  コノミハム      茅葺き住みて 木の実食む

  ヲシヱヲタミニ  ナラハセテ      教えを民に 習わせて

  クニトコタチノ  カミトナル       国常立の 神となる

  アナニスマエハ  ヒトナラズ      穴に住まえば 人ならず

 

 私見では、国常立命は西暦元年生の初代奴国王で、西暦57年に後漢に使者を送り、「漢委奴国王」として金印紫綬を受けた。

 初代奴国王の国常立命が人々に勧めた「竪穴住居」はヲシテ文字の「ム」に似ているので「ムロヤ」と云った。

         

 

  当時活躍していた天孫族(天皇家)、海人族(安曇氏、宗像氏、海部氏、尾張氏など)は縄文系①縄文系②であったので、16,000年前から開闢し、8,000年ほど前に世界に拡散した最古の縄文文明の担い手であった。

 世界に拡散した後、縄文人は各地の民族と供に日本列島に戻ってきた。

 

 

印南 神吉(いんなみ かんき)

 兵庫県相生市(あいおいし)相生2丁目10-15 

 

 当社は相生天満神社が兼任している。

 1月の十日戎は大賑わいとなる。 商売繁盛、長寿祈願。

 

 祭神 蛭子命(ひるこのみこと)、(蛭子神社)。

 

    表津少童命(うわつわたつみのみこと)、中津少童命

                                                                        (なかつわたつみのみこと)、

    底津少童命(そこつわたつみのみこと)、(海神社)。

 

    表筒男之命(うわつつのおのみこと)、中筒男之命

                                                                             (なかつつのおのみこと)、

    底筒男之命(そこつつのおのみこと)、(住吉神社)。

 

 寛文5年(1665年)に蛭子社を建立。

 安永5年(1776年)に西宮神社から勧請。

     

 

 

 すぐ近くに相生湾があり、「相生ペーロン海館」がある。

 昨日(5月31日)に「相生ペーロン祭」がありました。

 

 

 

 

 

 蛭子神社の入口。

 

 境内

 

 拝殿

 

 

 

扁額には「海神社」、「恵美須神社」、「住吉神社」。

 

 本殿

 

 

 蛭子命の石像。

 

 

印南 神吉(いんなみ かんき)

 兵庫県相生市(あいおいし)那波本町(なばほんまち)17-31   電0791-22-0718

 車を境内に停められる。

 

 祭神 誉田別命(ほんだわけのみこと、15代応神天皇)。

 


 創建は文治2年(1186年)に大島城主・海老名家季(いえすえ)の孫・盛重(もりしげ)が鎌倉八幡宮を勧請した。

 安永年間(18世紀後半)に焼失したが、天明2年(1782年)に再建。

 

 入口の灯籠と鳥居。

 

 

 境内

 

 

 

 

 手水舎

 

 

 拝殿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蘭陵王の絵馬。

 

 

 天照大神と天岩戸の絵馬。

 

 

 本殿

 

 

 

 

 本殿後ろの竹林。

 

 

 

 

 境内社の厄神社。

 

 

 

 

 松尾大天王。 稲荷神社(宇迦之御魂神)、明治40年に大島山頂から遷座。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 印南 神吉(いんなみ かんき)

 兵庫県相生市(あいおいし)相生1丁目7-1   電0791-22-1528  

 境内に車を停められる。

 相生(おお)の天神さん。

 

 祭神 菅原道真公(すがわらのみちざねこう、845年‐903年)。

    学問の神様。

 

 

 

 関東武士の海老名家季(いえすえ)が長治元年(1104年)に播磨国の那波(なば)に移住、播州海老名氏の祖となり、在地領主として活躍した。

 当社の創建は、海老名家季(いえすえ)が戦場で菅原道真公の像を拾い、これを受け継いだ孫の盛重(もりしげ)が建久2年(1191年)に当地で宮を建て奉斎した。

 

 小川を渡ると鳥居。

 

 

 境内右に社務所。

 

 階段の上に右が天満神社、左が金刀比羅神社。

 

 手水舎と神使いの牛石像。

 

 鳥居と拝殿。

 

 

 

 拝殿右に旧社務所か。

 

 本殿

 

 

 境内社の金刀比羅神社に三神が祀られている。

 天照皇大神(天照皇大神社)、大物主神(金刀比羅神社)、稲倉神(稲荷神社)。

 

 

 

 

 

 

印南 神吉(いんなみ かんき)

 兵庫県小野市菅田町568   境内に車を停められる。

 播磨国賀茂郡鎮座の延喜式内社。

 

 現地より少し南部に鎮座していたが、12世紀前半に当地に遷座した。

 

 祭神 天目一箇神(あめのまひとつのかみ)、

    住吉大神(底筒男命、中筒男命、表筒男命、気長足姫命)、

    大山咋神(おおやまくいのかみ)。

 

 当社は2km北東の垣田神社が兼任している。

 

 

当社は住吉大神を合祀し住吉神社と称したが、日吉神社(大山咋神)を合祀し山王権現とした。

明治以降に菅田神社(すがたじんじゃ)と改称した。

 

奈良県大和郡山市の菅田神社や菅田比売神社と同じく、製鉄族の菅田氏が播磨国賀茂郡に居住し、製鉄の先祖・菅田比古命、製鉄の祖神・天目一箇神(あめのまひとつのかみ、天久斯麻比止都命)を祀ったと考えられる。

播磨国も蹈鞴製鉄の盛んな地域であった。

加古川流域の発展により、当社も住吉大神を合祀するようになった。

 

神社の西方を望む。

 

鳥居、西向き。

 

壊れた鳥居。

 

拝殿

 

 

 

覆い屋に保護された本殿。

 

 

境内の左(北側)に石の祠。

 

境内の右手前(南)に境内社の金毘羅大権現。

 

 

 

印南 神吉(いんなみ かんき)

兵庫県加東市(かとうし)小沢(おざわ)504   車を停められる。

 

祭神 大山咋神(おおやまくいのかみ)

     

当地は後鳥羽院が江州日吉大社に寄進したので、日吉大社神領となった。

分霊が厚利(あつとし)に祀られたが、分かれて当地にも祀られた。 

 

 

立派な梅の木。

 

入口

 

境内

 

社殿

 

拝殿

 

 

 

本殿

 

 

本殿左に秋葉神社と二代目ご神木。

 

境内社の八幡神社。

 

八坂神社(素盞嗚尊、大山咋神の祖父)。

 

金刀比羅神社。

 

弁才天。

 

右から山口神社(大山祇大神)、伊邪奈伎神社(伊邪奈伎大神・伊邪奈美大神)、

大地神社(大地王大神)。

 

 

 

印南 神吉(いんなみ かんき)

兵庫県加東市(かとうし)厚利(あつとし)535  鳥居横に車を停められる。

 

祭神 大山咋神(おおやまくいのかみ)、

   大己貴命(おおなむちのみこと、大国主命)、

   誉田別尊(ほんだわけのみこと、15代応神天皇)、

   秋葉大神(あきばのおおかみ)。

 

大山咋神は父が大歳神(饒速日命、にぎはやひのみこと)、母が天知迦流美豆比売(あめちかるみずひめ)。

大山咋神は鴨玉依姫を妻とし、賀茂別雷神(かもわけいかづちかみ)を産む。

当地は後鳥羽院の寄進により、江州日吉大社の神領であったので分霊を祀った。

 

 

入口の素晴らしい山王鳥居。

 

 

 

畑の中に参道が続いている。

 

灯篭と上り坂が急。

 

 

階段を上ると右手に舞殿。

 

境内

 

拝殿、中央は神輿の間、

右と左に祭神が祀られているのでそれぞれに鈴緒と賽銭箱が設けられている。

向かって右に大山咋神と大己貴命、左に誉田別尊と秋葉大神か。

 

 

拝殿の絵馬。

 

蟇股(かえるまた)。

 

 

 

拝殿と一体型の本殿。

 

 

 

本殿右にご神木。

 

 

境内社

 

拝殿左に境内社。

 

本殿後ろの磐座。

 

昔の井戸と歯車。

 

 

 印南 神吉(いんなみ かんき)

 兵庫県加西市(かさいし)別府町(べふちょう)甲1084-1   

 無料駐車場あります。

 

 大歳神社(おおとしじんじゃ)が正式名称で、通称が大宮妙見宮。

 播磨国には大歳神社が多い。

      

 祭神 大歳神(おおとしのかみ、饒速日命、165年頃‐210年頃)、

 配祀 鴨玉依姫神荒魂(かもたまよりひめのかみのあらみたま)、

    大名持命(おおなもちのみこと、大国主命、160年頃‐220年頃)、

    素盞嗚尊(すさのおのみこと、140年頃‐200年)、

    天兒屋根命(あめのこやねのみこと)。

 

 巨大な杉林に多くの白鷺が飛び交い、鳴き声と羽音に驚く。

 

 

 

社叢から北方を望む。 

 

 

入口の鳥居、扁額は「妙見社」。

参道には大きな枝が落ちてくるので東の入口を利用するようにとある。

 

 

東の入口。

 

境内

 

拝殿、神額は大宮妙見神社。

 

 

 

 

 

本殿、明治15年(1882年)に改築。

 

 

 

手水舎と神庫。

 

境内社、建部大神と大原大神。   

 

一番奥の境内社。

 

境内社、兵主大神と春日大神。

 

大宮妙見神社(大歳神社)の北隣に大将軍神社が鎮座。

陰陽道で方位を司る星神「大将軍」を祀り、厄除け・方除けの神。

祭神 磐長姫神(いわながひめのかみ)、大歳神(おおとしのかみ)。

 

拝殿

 

本殿

 

 

 

印南 神吉(いんなみ かんき)