長崎県の対馬(つしま)では、太陽の光が女性の陰部に当たると妊娠して子ができると云う「日光感精神話」がある。
太陽信仰の一形態として、そのようにしてできた母神を山麓に祀り、子神を山頂に祀った。子神は「天道法師」、「天童(てんどう)」と云われた。
聖地の山は「天道山」として崇められ、石積塔を建てて「太陽と天道山」を拝んだ。
同じ様な太陽信仰が弥生時代の伊都国(いとこく、福岡県糸島市)にもあったので、縄文時代から弥生時代の信仰形態だったのかもしれない。
「平原王墓の埋葬方向」をご参照ください。
対馬南部の長崎県対馬市厳原町(いづはらまち)豆酘(つつ)に高御魂神社(たかみむすひじんじゃ)と多久頭魂神社(たくづたまじんじゃ)が鎮座。
高御魂神社は高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)の子孫である津島下県(つしまのしもあがた)氏が代々祀ってきた。
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多久頭魂神社は天道信仰の社で、天道山(龍良山、たてらさん、558m)の遥拝所になっているが社殿は無い。厳原町浅藻にも同名の神社が鎮座している。
天道山には「恐ろし処(聖地・禁足地)」の八丁郭(はっちょうかく)があり、天道法師の墓がある。裏八丁郭には天道法師の母神の墓がある。
対馬北部の対馬市上県町(かみあがたまち)佐護西里(さごにしさと)に鎮座の天神多久頭魂神社(てんじんたくづたまじんじゃ)は天道山(174m)の遥拝所になっており、天道山頂に御子神を祀っている。
天道信仰のシンボルである2基の積石塔があり、石をピラミッド状に積んでいる。
南部豆酘(つつ)の多久頭魂神社と対になっている。
山麓佐護川沿いの神御魂神社(かみむすびじんじゃ)には天道法師の母神を祀っている。
神御魂神社(女神)は南部豆酘(つつ)の高御魂神社(男神)と対になっている。
天道法師(てんどうほうし、天童)の母子信仰伝承は、長崎県対馬の「対州神社誌」によると、対馬南部の豆酘(つつ)に照日権現(てるひごんげん)の娘がおり、白鳳13年(683年)に太陽光を浴びて妊娠し、生まれた神童が天道法師となった。
天道法師は9才で仏門に入り、奈良の都で修行、神通力を得て大宝3年(703年)に対馬に帰国した。
天道法師が33才の時に44代元正天皇(680年-748年)が病に倒れたため、都に急行し病を治し、「宝野上人」の号を賜い、地元豆酘(つつ)からの年貢や采女の献上が赦され、「天道の地(恐ろし処)」を許可された。
天道法師は「卒土(そと)の山」・「龍良山、たつらさん」(禁足地の恐ろし処)に埋葬され、母は6km北の久根之矢立山(648m)に埋葬された。
麓では古代米の赤米(あかごめ、あかまい)が栽培され、赤米神事が行われる。
古代米の赤米(あかごめ)神饌を伝統神事として実施している長崎県対馬市の豆酘(つつ)、岡山県総社市(そうじゃし)の国分寺、鹿児島県種子島の南種子町(みなみたねちょう)では、赤米神事が無形民俗文化財に指定されている。
歌手の相川七瀬さんが3か所の「赤米大使」として伝統神事を伝え、赤米フェスタ・コンサートを盛り上げている。
天道信仰には社殿が無く、磐座、石塔、神籬(ひもろぎ)、山などが信仰対象になっている。
対馬には天道信仰・母子信仰が多く、聖地が30か所以上もある。
和多都美神社(彦火火出見尊、豊玉姫命)と和多都美御子神社(鵜葺草葺不合命、うがやふきあえずのみこと)も親子で豊玉町仁位に鎮座している。
神功皇后(321年‐389年)と15代応神天皇(363年‐403年)の八幡信仰も母子信仰と重なって信仰された。
12月5日(金)の満月は数百年振りの「スーパームーン」でした。

印南神吉(いんなみ かんき)