高田
友達に会いに上越市高田に行ってきたのだが、彼女の新居が素晴らしかった上、城下町で風情のある美しい町で、とても楽しんできた。
雪国ならではの雁木のある家々。
大雪が降ると、屋根から道路に雪を下ろすので、雁木の軒下だけが通り道になるという。
実は、大学生の時、建築学部の友達に誘われ、新潟県出雲崎町に雁木を見るためだけに行ったことがある。
たまたま友達のお友達が町家で組み木の展示会をやっていたので観にいったが、町家も作品も素晴らしかった。
なんとパートナーさんは私の実家の近所にあった造形大学の出身だということでローカルネタに。
それに、この吹き抜けと梁が、我が家に共通するものを感じ親近感がわいた。
このリビングに惚れ込んで購入を決めたと言っても過言ではない。。
友達もこだわりをもって新居を購入し、長い期間かけてリノベーションしただけに、家の話題も尽きることはなかった。
そのあとランチをしたラーメン屋の町家もよかった。。
旧師団長官舎
建設を指示した陸軍3代目13師団長、長岡外史は、初めてスキーを広めたひとらしい。
恩師のお墓参り
ご家族の案内で、恩師のお墓参りに行ってきた。
山好きの先生が、山の景色が美しい場所にと、ご両親のために買ってあったお墓だとのこと。
交通の便はイマイチでも、素晴らしい霊園だった。
生前に紹介できなかったのが悔やまれるがやっと彼を連れていくことができ、またお墓の前で私が恩師の専門とされる業界に転職したことを報告した。
お墓参りのあとは、恩師の好物であった蟹の専門店に案内していただき、奥様と娘さんと4人で思い出話にひたったのだった。
大学2-3年の恩師の専門科目の授業が面白くて、恩師の研究室を希望したこと
研究室に研修できてたデンマーク人は、恩師がアメリカの学会で会ったひとで、今年まで22年間同僚だったこと
修士2年のときに、恩師と学生3人で行ったヨーロッパ旅行が楽しかったこと
研究室で行った蓼科山登山で初めて森林限界の登山を経験したことが忘れられず、彼との出会いで登山を再開したこと
島根に移住したあと恩師のオフィスに遊びに行ってデンマーク人女性と出会い、デンマーク移住のきっかけになったこと
ヨーロッパ旅行のとき、ドイツで、ドライブしながら行き当たりばったりでホテルを探したのだが、なんと家族旅行でも同じことをやってたらしい。。。
異国で、暗くなってもなかなか見つからない心細さは同じように感じたらしい。
先生、、、
個性的な先生だったけど、それだけに濃い思い出が多く、何よりも私の人生のキーパーソンだった。
先生の存在無くして、今の私はなかった。
その感謝の意を伝えられなくて悔しいが、ご家族は喜んでくれたので今回お会いして本当によかったと思う。
奇しくも今日、恩師とアメリカで会ったデンマーク人の元同僚からメールがあり、お墓参りのことを伝えた。
里帰り
念願だった、実家近くでの里山ハイクができた。
昨日は八王子城跡の城山(深沢山)に登り、今日は小仏から景信山に登った。
景信山の下山のあとは高尾山口駅にある温泉施設へ。
平日なのに観光客が多くてびっくり。
観光地として年々バージョンアップしているのにも驚く。おしゃれなお店が増え、Salomonのショップもあったり。
私が住んでいた時は寂れていたのに。
昨日は八王子駅前のホテルをとっていたのだが、当日連絡で実家にも少し寄ってきた。
両親が歓迎してくれて、キュンとした。
父が認知症対策のための脳トレアプリや、今までの登山や旅行の記録を見せてくれたり。
やっぱり毎年日本に帰るべきかなと思ったり。
(というか、わたしの置いている荷物どうする?と聞かれ、近々片付けないと、、と思った次第)
私が実家に残している専門書や研究の資料。必要ないけど、捨てがたい思い出の品々。
昨日は八王子で飲んだがしみじみした。
よくディスられるけど、私の故郷は自然豊かでいいところだと思っている。
秋葉原
素晴らしい宿を出て、休憩を挟みながら那須塩原から移動して義実家に着いたのは14時頃。
一度は行きたかった秋葉原へ。
彼がエアロバイクで使っているタブレットに接続できる外付けキーボードを探したのだが、私もデンマークに戻る翌日にプロジェクトミーティングを単独ホストしなければならず、プロジェクターに繋げるアダプターを買わなければならないことを思い出し、デンマークに帰ってからだと時間もないしここで購入。
残念ながら、彼が欲しかった二つのキーがあるだけのキーボードはカスタマイズできるのがWindowsのOSのみだったため断念。まさかパソコンに繋げたくもないし。
だいぶ様相が変わり、インバウンド向けの店がメインになってしまったが、面白い店も僅かながら残ってる。
彼が電気工作の本を買ったので勉強する予定。
多分エレクトロニクス系のプロジェクトもグラント下りそうだし、勉強したかったけどもっと実装も学びたい。(定期)
コレクターのブースで面白いのを発見。
なんとGuardians of the Galaxyの主人公Peter Quillが母親の形見として大事に持っているWalkmanと同じモデルで、映画の影響で価値が上がったらしい。
この映画好きだった。。アライグマが好き。
OMM2日目
ものすごく寒くはなかったのに夏用シュラフで凍えたのかほとんど寝れず、朝4時半に起きて活動開始した。
しかし日本も夜明けは意外と遅く、6時近くまでヘッドランプが必要だった。
6時47分にスタート。
昨日、ゴール地点に移動することを優先して2時間も余ってしまったので、スタート地点から近くて難易度の高いポイントを稼ぎ、時間を見てゴールに向かうという戦略に変えた。
とにかく景色が素晴らしかった。
一つ目は人が多すぎてあまり難しくなかったので、二つ目は人の流れに逆らって独自のルートで探したら結構難しくて時間がかかり、そのあとはスムーズにポイント稼いだのにゴールに移動する時間がなくなってきてとても焦ったがなんとか時間内にゴールした。
最後から二番目のポイントのところ
秋は落ち葉で滑りやすくなっており(ガチで滑落もあり得るレベル)、オフトレイルで移動できるルートを見つけ出すのに試行錯誤したが楽しかった。。
コントローラーを探すことそのものよりも、どのようにアプローチするかで話し合うことが多かった。
またこの時期にあえて野営を張るのもポイント。つくづくノルウェーやTMBでキャンプの経験をしておいてよかったと思う。
忘備録として後日詳細のレポをしたい。誰のためでもなく自己満足の記録として。
てっぺんの向こうにあなたがいる
80歳の吉永小百合が主演なだけに、思っていたよりも登山の描写は少なく、家族や人間関係に焦点を当てた内容だったけど、52歳で間違いなく人生の後半、すなわち「下り坂」にいるわたしにとって、いろいろ考えさせられる映画だった。
本当に、「下りる」方が登山同様、実は難しいよな、とか。
映画のあと本屋で田部井淳子さんのご主人の本をチラッと読んだら、かなり映画に取り入れられたエピソードもあったが、中でも印象的だったのは、自分よりも女性だけでエベレストを目指すことの方がずっと面白くて意味のあるプロジェクトだと思ったから、応援する気になった、という文である。
エベレストは山行前の準備に4年かかり、山行には6週間かけ、不在の間旦那さんがワンオペ育児している。
田部井淳子さんは、旦那さんが10代のときに結核を患って3年間も動けなかったのに、元気になってから有名なクライマーにまでなったことに心から尊敬していて、自分のエベレスト登頂よりも「すごいよねー」というのは本心だっただろう。
互いに尊敬し合う夫婦だったからこそ、田部井淳子も登山家としてのキャリアをつめたのだとも思う。
今日のジョグ。
こんなんでも、久しぶりのせいかキツかった。
彼に、モンブラン目指すとしたら10kmは走れるようにならないとね、と言われた。
走るのは好きじゃないけど、走ると気持ちがいい。
もっと走らないとな。。(定期)
会社訪問
https://www.jftc.go.jp/shitauke/
残念なのは、某自動車企業が最高益を得ても、下請けから搾り取り続けること。
自分たちの利益だけにフォーカスするようなスタンスが日本社会全体にダメージを与えることに考えが及ばないのが不思議でしかたない。
こういうことも日本の経済が成長できなかった原因のひとつだったのだろう。





































