初釜の準備稽古
1月にある社中だけの初釜は、私を除きほとんど初心者なのに茶事形式で行い、順番に懐石を出したあと、お茶はわたしの台子重ね茶碗濃茶のお点前のみにするそうで、最初で最後のお稽古を昨日やった。
それもあって、久しぶりに着物を着ることにしたのだが、、、、、
大失敗。
気を付けていたのに、おはしょりの仮紐の位置が高すぎて、裾がまとまらず、柄杓をもって台子の正面から点前座の間を座ったまま回るたびにはだけてきて大変だった。柄杓は酌立てからの扱いで、頻繁に動かなければならないのに。言い訳だけど、この度の激太りでお腹周りの肉がすごいことになっていて、もはやウェストという概念はなく腰の位置がわかりにくい。。
本番では絹の紋付の着物に、日本で購入したばかりの帯を着付ける予定なので、家であらかじめ着付けの練習をしておこう。。。
ホルモン問題
生後一か月半の赤ちゃんを見にいってきた。
子宮口全開から出産まで3時間もかかる難産だったそうで、体の回復に時間がかかり、産後一か月間は大変だったらしい。
母乳の出も悪く、がんばってみたはものの混合もあきらめたそうだ。
わたしは入院してから4時間のスピード出産で、体の負担は軽かったにもかかわらず、ほぼ孤独な子育てで産後鬱になってしまい、母乳の出も悪く、悪露も1か月で止まらず、それでも母乳にこだわり(というか母乳信仰を押し付けられた?)、その結果娘に哺乳瓶を拒否され、混合がこじれにこじれたので、その大変さをとても共感してしまった。
話しながら、26年前のことなのに生々しく思い出してしまい、ついついヒートアップしてしまった。
というか、今でもその苦しみを覚えている自分に驚いた。
まさかそんなに大変だとは、自分が経験するまで知らなかったと言われ、わたしも子供をもたないひとに積極的に自分の出産経験を語ることはしてこなかったけど、でもあの苦しみは語ってわかってもらうことも不可能だと思う。
自分が死にたい、と思ったのは、あとにも先にもこの一度きりである。
今となっては、ホルモンの仕業だったと認識できるけど、あの苦しみは筆舌に尽くしがたい。
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26年たった今は、別のホルモン問題に翻弄されている。
更年期による激太りである。
まぁ、転職して7月から新しい職場でフルタイムになり、夏休み明けの8月から、
- 早朝出勤による寝不足
- 職場での朝食(それまで5年以上朝食を抜いていた)
- サラダビュッフェがある食堂でのランチがなくなり、ご飯メインのお弁当か職場に残っているパンを食べるようになり野菜不足
- ラボテクニシャンとのいざこざによるストレス
- 勤務中はほぼ移動がなく歩かないし、帰宅してもエネルギー切れでジョギングをする余力もなく運動不足
- やたらお腹が空いて、帰宅してすぐにスナックを食べるだけでなく夕飯に毎回お茶碗二杯分のご飯を食べるなど、食べ過ぎ
で、8月頭にTMBから帰ってきたときに比べ、5kgも増えたのは心当たりありすぎて驚きはしないが。
幸いラボテクニシャンとの関係は落ち着いて、出勤時間を1時間遅くし、ストレスもだいぶ軽減はしたけど。
来年4000m超の登山をしたいわたしにとっては激太りは由々しき事態。
OMMも結構大変で、走って移動することが全然できずポイントをあまり稼げなかったけど、登山ではもっとクリティカルで、この体重だと登坂が厳しいし、下山で腰を痛めるリスクが高くなってしまう。
年末から雪山登山のトレーニングを始め、イースターでは雪山のGaldhøpiggenに登るつもりなのだが。
なので、日本から帰ってきてからも頻繁に走る習慣をつけるようにして、平日は2kmを、週末に長めにジョギングしているが、まぁ、、、、体重は全然減らない。
ジョギングで冬鬱対策になっているので、やることの意義は大きいが。
これを読むと、筋肉量が減るのと、女性ホルモンのエストロゲンの減少で脂肪がつきやすくなるのと空腹感が増大するので、有酸素運動で脂肪を燃焼させるだけでなく、筋トレで基礎代謝を上げる必要があるっぽい。。。
そして、繊維をとるのと、筋肉のためにタンパク質を増やすなど食事も変える必要があると。
昨日は、米は抜きで、じゃがいもとキャベツのポトフに、レタスとアボガドのサラダ、鶏肉のローストを食べ、今日は朝食は抜き、ランチはポトフの残りと蜜柑、夕飯は朝のうちに大根と卵を大量に入れたおでんを作っておいた。
今後はササミのメニューを増やしていこう。。
筋トレは、とりあえず自宅でスクワットをやってもいいそうだが、ずーっと興味がなくて渋っていたジムに入会することも考え始めた。
登山は全身運動なので、下半身だけでなく上半身も筋力をつけたいし、体幹を鍛えたいので。
なんとしてでも、登山ができるようにがんばりたい。
スキーシーズンスタート
スキーしにオスロに来ている。
今年の2月にオスロのスキー場の年間パスを買ったものの、その3週間後に一軒家を引き継ぐことになって来る余裕がなくなり、もったいないからとこのタイミングで来たが、暖かくて、スウェーデンノルウェー国境での車中泊もまったく凍えず快適に寝れたくらいで、まともなスキーはできないと思ってた、、、が、
雪が降ってる!!
下界は雨なのに、標高530mでこの違いとは。
表面に自然雪がついてて意外に悪くない。
ただ、まだ雪が少なすぎて短い上級コース一本しか開いてないため、最初はリセットされてて怖かったのと、だんだん人が増えてきて芋洗い状態になり、斜度のある斜面はこぶこぶに。
でも雪景色の中滑ることができて楽しかった。
去年は混んで入れなかったカフェテリアも空いてて楽々に席をとってランチを食べられた。
今回は初めてオスロのキャンプ場で宿泊。
ファシリティも綺麗で充実しててなんで今まで使わなかったのか、、、
2月にきた時はわざわざ国境までいって車中泊したのに。
なんでもたまたまGoogleマップに出てきてキャンプ場を見つけたらしい。
まさか冬でも開いてるとは思わなかったが、ここは年中開いてるっぽい。
アプリを入れてシャワーやトイレの建物にアクセスできるようになってて、清掃以外ほぼ無人で運営しているように見える。
ノルウェーのスキーリゾートもアプリを使うけど、こうして人を減らしてる。
そしてシーフードカレー。
暖房かけて車中泊したので、残念ながら保冷バッグに入れていた冷凍のシーフードミックスは保冷剤のかいもなく解凍されていたが、朝スキー場で保冷バッグに雪を詰めて保冷した。
一応バッグアップとしてツナ缶も持ってきてたけどやっぱりシーフードカレーは美味しい。
やっぱりバンの旅は楽しい。
クリスマスに1週間スキーリゾートで過ごすけど、その後の年末年始はバンで適当にキャンプ場を転々とする予定である。
高い生産効率性
今年、うちの会社はとても大きな売り上げを記録し、クリスマスランチで予告されていたように、先月ボーナスが急遽振り込まれた。
前職では18年間働いて一度だけ支給されたことがあるけど、それよりも多く、しかも入社して1年も経っていないのに運がいいと言えるのだろうか。
だいぶ毛色の異なる会社に転職し、アカデミア色の強かった前職に比べてだいぶ泥臭い業界に入ったとはいえ、実は色々学ばさせられることが多い。
コンサル業を営む前の会社では、エンジニアの時間がそのまま売り上げになったので基本どんなプロジェクトも受注していたけど、今の会社は商品を売っているので、利益に結びつくような時間の使い方をするべく、勝てる競争しかしないし、スケールの大きさによってエネルギーのかけ方も調整したりする。
前職では、私がやりたいことは大体やらせてもらえていたけど、今は釘を刺されることもものすごく多い。
面白そうだと思った化学工学系のプロジェクトは、私が勉強してまで参加しようがしまいが会社には1円のプラスにもならないことから参加させてもらえなくなり、来週招待されていたスウェーデンの会社でのインスペクションは、言語の障壁で得るものが小さいとして快く承認してもらえず見送ることに。多分、言語ではなく、あまりにもプロセスが違いすぎて参考にならないことが本当の理由だと思うけど。
そして、私が携わることになっていた、環境マネジメントの仕事は、別の人がガッツリやることになったので私は外された。
今は、私と2年後に定年退職を控えているボスニア人しかできないラボタスクに注力させられている。
もちろんだからといって、ただ受け身になってもダメなので、例えば昨日電子顕微鏡を使いにきたお客さんと話して、私が以前やっていたことに関連していることもあったので、社長に、もしそのお客さんの会社から受注されることになったら私も参加したい、とアピールしておいた。
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デンマークが、生産効率性(business efficiency = GDPと労働時間から算出)が5年連続1位で(日本は5年連続50位前後で今年は51位)、フルタイム週37時間という短い労働時間でも高いGDPであることから、デンマーク在住の日本人の人が記事を出したり、本を出したりしているのが見られるが、イマイチ的を得ていないなと感じる。
最近では、日本でジャーナリストとして働いていたデンマーク在住者の人が記事を上げていたが、合鍵を作ってもらっても使えない鍵になるなど決してデンマーク人の能力は高くないのに、なぜGDPが高いのか不思議、ということを書いていて、本当にジャーナリスト?と思ってしまった。
合鍵のサービスは、たかだか100krで作ってもらう精度の出ない切削機械で提供されるものなので、人のスキルに関係なく、子供コピーは良くても孫コピーは使えないリスクが高いものである。ちなみに私はいつも親鍵で合鍵を作っているので使えないという経験はない。
もし子供コピーから100%使える合鍵を求めるのだとしたら、もっと高額な精度の高い機械を使うしかなく、多分500krとかはかかるかもしれない。でも合鍵に500krも出すくらいだったら、鍵穴ごと変える方がいいので、需要もあまりないと思う。
デンマーク人の能力の低さを示す事象としても、高付加価値産業が多いデンマークの特徴を示すにしても、100krそこそこの合鍵サービスを例に出すのは全くふさわしくない。
うちの社長や次期社長の営業のやり方を見ても、競合相手がなく、単価を高くできる業界で需要があり、高付加価値を生む商品の営業にフォーカスしているように見える。
彼の会社は、ある事業で競合相手が現れたため、無理やり戦うのではなく、すっぱりと戦略を変えて新しいビジネスができたそうである。
人材の流動性が高いのもデンマークの強みだけど、やっぱり私は、デンマークがニッチな産業を選んで発展してきたことが大きいと思っている。自動車産業もかなり早々に諦め、家電も早々に撤退している。
レゴがものすごく苦しくなった時、思い切って大人でも遊べるおもちゃを作ることに舵を切り見事立て直したように、痩せ薬の模造品が出て売り上げが落ちてしまったノボも戦略を変えてくると思っている。
そのドラスティックな変化を受容するのもまた強みなのだろう。
黙想会
台天目を稽古し、唐物での茶筅の置き方が特徴的であることに気が付き、師匠にその旨伝えたところ、このような動画のリンクを送ってくれた。
この先生の動画はいろいろ見ているけど、ここまではっきりキリスト教との関係について語られるのを見るのは初めてで驚いた。
曲げの水指を水に濡らすのは、受洗する際に水に入るのに等しいことだと。
そして、柄杓と茶筅の置き方は、十字架を示すものだと。
奇しくも、曲げの水指を新しいカップボードに鎮座させたばかり。
水を通すのは清める意味があると思っていたけど、毎回新しい自分になるくらいのきもちになるべきだったのか。。。
大宗匠の本でも、躙り口がマタイの福音書で出てくる「狭い戸口」からアイデアを得たものではないか、と書かれていたが、大宗匠は同志社大学卒だし、奥様が渡辺和子シスターとご交流されていた関係で個人的にキリスト教に通じられているのかと思っていたが、千利休がキリシタン武士と交流しキリスト教に影響を受けていたことは、ほぼ一般的な認識になっているらしい。
まぁわたしのなかでも、茶道とキリスト教がなんら違和感なく調和しているのだけど。
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元牧師さん宅での黙想会に行ってきた。
テーマはアドベンツだった。
Under en stjernes lys over jorden
Til hvert et hjerte og hjem
Står vi i natten, stille mens håbet
Tændes i verden igen
Tag med din julefred
Som kun denne nat kan give dig med
og lad glæden række ind i året der kommer
Julen i hjertet
Barnet i verden
Himlen der kommer til os
(地上のすべての心と家に星の輝きが注がれ
希望に満ちた光を静かに待つクリスマスの平安
この喜びは来る年にも届くよ
神の御子が来られる、心にクリスマス)
牧師さんが流してくれたこの歌をえらく気に入ってしまい、日本語の歌詞になるよう訳しながら、自分なりのjulefred(クリスマスの平安)を振り返ってみた。
デンマークに来て初めてのクリスマスは、冬鬱になりそうな暗い気候でのイベントに心が躍ったし、クリスマスにデンマークならではの文化がすべて詰まっているのではというほど盛沢山なのでひとつひとつ楽しんだけど、少しずつ重くなっていったというか、クリスマス期間はデンマーク全体で国をあげての大イベントになるので、逃げ場がなくストレスになっていったようにも思う。
転機になったのは、クリスマスを誰とも過ごすあてもなく、実家にも帰らせてもらえなくて闇落ちし、信仰を得て、娘と二人で静かにイブを過ごした2016年のクリスマスである。
それから真にクリスマスを楽しめるようになったと思う。
自分が寂しい人間と認めるのが嫌で参加していたクリスマスランチも、実は苦手なイベントであることを素直に認められるようになったし。
暗いからこそ、光を見出すことの喜びを知ったから、むしろ暗いのはどんと来いという感じ。
まぁ彼のおかげでウィンターアクティビティに嵌ったのも大きいけど。
今ジョギングも頻繁にやろうとしているが、フィジカルでも動いておかないとメンタルの助けにならないので。さすがに信仰だけで冬鬱は乗り越えられない。
12月にわざわざもっと暗いノルウェーにいくのも乙なものである。
第一アドベンツ週末
今日は第一アドベンツ。
教会には行けなかったが、ヒュゲリなクリスマス週末を過ごした。
昨日は、来年の4000m級登山の準備で始めたトレーニングのために、昼間のうちにいつもより長めの10kmジョギングをしたのだが、ついでにクリスマスツリーを買おうと思っているところでもう販売が始まっているのかどうか偵察に行った。
他のところでもクリスマスツリーが売られはじめていたのであるだろうと思ってたけど、まだ11月なのに結構買いに来る人がいてビックリ。
このタイミングで室内に入れると、クリスマスまでもつかどうかわからないので、皆外に置いておくのだろうか。
うちは冷蔵庫並みの温度になっているオランジェリーに置くので、痛む心配はないのだけど。
17時くらいに娘が来て、約束していたライスプディングの作り方を伝授。今年はBFと二人のクリスマスなので、自分で作れるようになりたいらしい。
1時間、1Lの牛乳で1カップの米を、焦がさないように煮る。
しかし、夕飯に坦々麺を作ったら満腹になってしまい、ライスプディングが入る余地がないということで牛乳粥を作ったところでストップし、今朝、ライスプディングを作った。
安定の美味しさ。
これを朝ごはんがわりにし、Helsingørに向かった。
クロンボー城でのクリスマスマーケットに3人で行ったのだった。
彼は初めて、娘もほとんど記憶にないという。
私も、訪れたのは数えるほどで、スウェーデンに近く要塞に使われた城である認識はあったけど、詳しい歴史は知らず。
クロンボー城は、1574年に税関のためにフレデリック2世が建てたものだが、マルグレーテ1世の養子Erik af Pommernが建てた要塞Krogenを基礎にして建てられたらしい。
試食して美味しかった、デザートワインとチーズとフルーツビネガーを購入。
家で早速食べたが美味しかった。。。
ワインもコニャックが入ってて香りがよく、デザートワインの割に甘ったるくなくていい。
デンマークのクリスマスマーケットって、作家さんやこういう小さなビジネスを知る機会になるので面白い。
家に帰って、昨日偵察したところでクリスマスツリーを買いに。
まだ濡れているので、しばらくしたらオーナメントを飾ろうと思う。
追記
新居でのクリスマスデコレーション
カップボードが来るまでペンディングしていた壁の飾りに着手することに。
写真をとってもらい、結構いい感じだと思ったので、スペインで買ったお皿とポルトガルで買ったタイルをカップボードの横に飾ることに決定。
また彼は、家具を動かすためのツールを買ってくれて、浮かせてスライドさせ、裏についているケーブルをコンセントに入れてくれ、照明を入れられるようにしてくれた。
実は、前のオーナーがつけたコンロの壁のタイルもポルトガルのもののようで、調和とれている。
これからシャンパングラスやワイングラスを入れていくつもりだけど、とりあえず今はクリスマスの飾りを入れてみた。
壁に穴をあけたついでに玄関の壁にもネジを打ってもらい、いつものクリスマスカレンダーをかけた。
テーブルにはこれ。
今年は出遅れたのでカレンダーろうそくはないけど、12月は出かけることが多いのでまぁいいかなと。
この週末は、クッキーとライスプディングを作り、クロンボー城のクリスマスマーケットにいき、近所の宮殿の前の広場でモミの木も買いに行く予定だし、楽しみである。
駐在帯同児童の現地校就学について
昨日、スレッズ上で繋がっているアカデミアの方がこんなポストをあげた。
わたしは「本当にそのとおり!!」を思えるポストだったが、批判的なリプのみが複数ついていたので、すかさずフォローのリプをわたしがポスト。
元ポストの言わんとするところは、下の学年をオファーされたからといって、会社が負担してくれるインターをやめて、より社会的コストのかかる現地校にわざわざ変える意味はないのでは?ということだったけど、税金について言及したことによって、ある人たちの逆鱗に触れてしまったっぽい。
駐在のひとたちも納税しているのに、なぜ現地校を選んではダメなんですか、と。
つっこみポイントをここに挙げたい。
1 デンマーク語を解さない子供は普通クラスに入ることはできない。しかし外国人の特別クラスを創設するには2500万円かかる。一人あたりおよそ400万円。
なんでも、デンマーク語を解さない場合、普通学級に入る前に、特別学級に入らなければならないが、実際そういうクラスをアレンジしているのはコムーネの72%で、56%のコムーネで、デンマーク語を解さない子供を普通学級に入れてしまうこともあるそうである。
わたしが住むコムーネでは、2023年のとき、直近二年で4度も特別学級を新設したが、一度につき2500万円かかっているという。つまり総額1億円。特別学級は5ー6人の枠なので、一人あたり400万円かかっていることになる。
つまり、その予算を引き出せないコムーネはルールに反していることを認識していながら、やむをえずそういう外国人児童に対し無策になってしまっていることが考えられる。
そのあたりうちのコムーネは規則に順しているとはいえ、この新聞記事の見出しの市長のセリフとしてこう書いてある。
「数年しかいない外国人の子供が、英語での教育にとどまらせないこと(=デンマーク語教育を供すること)はコストがかかりすぎて馬鹿げている。」by L kommuneの市長
まさに、元ポストの方がおっしゃっているような、数年しか住まない日本人の子供にわざわざデンマーク語教育の機会を与えることは馬鹿げていると言っているのである。
でも、日本でだって、移民の子供の教育にひとり400万円かかるなんてことになったら絶対大騒ぎになりそうである。
2 駐在員世帯の納税額はデンマークの世帯納税額に比べ少ない
デンマークの子供の親はほとんどがダブルインカムで、平均年収額から算出すると平均世帯収入はおよそ2700万円ほど。たぶん、この額を超える年収の駐在員はあまりいないと思う。
それどころか、最近の労働ビザの最低年収額は1200万円ほどだが、その条件を満たすことが年々厳しくなっており、駐在員も減少傾向にあるらしい。駐在員は家計をもっとも圧迫する住宅などを提供されているので、ダブルインカム世帯並みの生活を送れるから納税額も大きいと勘違いされるが、実はそんなことはない。
3 教育法が違いすぎて、現地校の敷居はとても高い
デンマークは1975年の教育改革でドラスティックに変化し、従来のディスプリンから、自己責任、共同作業、社会への寄与など、民主主義社会の一員として育つような教育に変わっている。しかも、親の責任も重くなっている。
§ 1. Folkeskolen er den kommunale skole, der tilbyder undervisning efter denne lov.§ 2. Folkeskolens opgave er i samarbejde med forældrene at give eleverne mulighed for at tilegne sig kundskaber, færdigheder, arbejdsmetoder og udtryksformer, som medvirker til den enkelte elevs alsidige udvikling.Stk. 2. Folkeskolen må i hele sit arbejde søge at skabe sådanne muligheder for oplevelse og selvvirksomhed, at eleven kan øge sin lyst til at lære, udfolde sin fantasi og opøve sin evne til selvstændig vurdering og stillingtagen.Stk. 3. Folkeskolen forbereder eleverne til medleven og medbestemmelse i et demokratisk samfund og til medansvar for løsningen af fælles opgaver. Skolens undervisning og hele dagligliv må derfor bygge på åndsfrihed og demokrati.
日本でも変化はしてきているみたいだけど、デンマークに比べるとまだまだ知識偏重だし、親もそこまで関わらなければならない感じではないと思う。
デンマークの現地校は、子供だけでなく、親もかなり戸惑うと思う。
ただ、授業を聞いていればいいのではなく、授業に参加しなければならないのだから、言語がわからなければそもそも授業に出る意義が問われてしまう。
実際に、日本人の子供で、授業についていけず、その問題に親が関与しなかったことで、小学校から市のほうに通報された夫婦もいるそうである。
別の日本人家庭では、最終的に子供が登校拒否になってしまい、旦那さんの帰任を前に、奥さんと子供だけが本帰国されたとか。
残念ながら、デンマークでは、そういう就学困難児を救うシステムは充実していない。まぁ、デンマーク人でもさんざんドロップアウトしているひとがいるほどで。
4 言語よりもアカデミックの学びが大事
しかも、あとで知ったことだが、元ポストのお子さんは9歳と12歳だとのこと。
9歳の子はギリギリなんとかなるかもしれないが、12歳の子は新しい言語を学ぶにはトウがたちすぎインターにしても下手すると中学校の教育ロス期間をつくってしまうことになりかねないので、よくよく教育について考えるべきだと思う。
つまり、新しい言語を学ぶことにエネルギーがとられて、中学校で学ぶべき内容そのものを喪失してしまうリスクがあるということである。
12歳ころにデンマークに移住してきた子について聞いたことがあるが、大学どころか、高校にも行けなかったらしい。
大人になって移住したひとは、高校にも大学にも行けていて、デンマークで教育を受けなおしている日本人を山ほど知っているのに、タイミングを間違えるとこうなるのか、、と。
中学校の内容をすっとばしてしまうことの大きな代償をつくづく認識されるべきだと思う。
5 サービスを享受できる権利を主張する前に、享受できるありがたみを意識したい
実は、これが元ポストの駐在家庭や、批判リプしたひとたちと、ポスト主とわたしの意識の大きな違いかな、と。
わたしやポスト主さんは、あくまでも保険としていざとなったら享受したい、と思っているので、(だから、イマイチな医療サービスになんら不満なし、介護もできる限り受けたくなく生涯現役でいたい)もし駐在のひとたちで、デンマークで納税しているのだからサービスを享受できて当然!!と思うのであれば、正直、駐在の意義さえ考えてしまうほど。
サービスを使うことを当然と思われて、デンマーク人を雇うのではなくわざわざ日本人、しかも奥さんと子供の人生に影響させてでも日本からきてもらうことの意味とは、、、と思ってしまうかな。
だからこそ、駐在員を派遣する会社のほとんどがインターの負担をオファーしているのだろうし。
でも印象としては、外国での子供の就学について安易に考えているひとが多い感じ。
駐在はともかく、あえて親子移住とかいって、移住しやすいオランダに目的もなく子供同伴で移住している人もいたり。
あと、むしろ子供をデンマークの学校に入れることをメインの目的にサバティカルで来ようとしているひとがいたり。
子供であっても案外と外国語の習得は簡単ではないと思うのだが。
OMM忘備録 おまけ
せっかく温泉地でOMMがあるのだからと、イベントの前と終わった後に一泊ずつ旅館に泊まることにしたのだった。
前泊は鄙びた旅館で、終わった後はもっとモダンな温泉宿に泊まったのだが、それぞれ違う良さがあった。
後泊の方は、ベッドもある和洋折衷の部屋で、食堂で他の宿泊客と一緒に食事するタイプだった。
伝統的かどうかに関係なく、私は後泊の方が気に入った。
前泊では、スーツケースを広げると布団を敷くスペースはギリギリで、一部テーブルと布団が干渉し合ってしまい、私の足元の上にテーブルがある状態で、パッキングをするのにあまりプラクティカルではなかった。
二つ目の宿の方は洋間だけでもスペースがあってシュラフなどを干すことができた上、さらに和室でスーツケースを広げることができ、個別の露天風呂をサービスしてくれて彼と二人で入ることができ、食事の時には日本酒をオファーしてくれて、二つのテイスティングセットを頼んで6種類の日本酒を飲み比べすることができた。
まぁ、当然後泊の方が2万円ほど高く、単に値段に見合ってた内容、ということかもしれないが。
OMM前は初めてのオリエンテーリング参加に緊張していたから、いずれにしてもリラックスして楽しむことができなかったので、大会が昼前に終わってチェックインまで時間を持て余したくらいだったが、あえて帰らずに旅館に泊まって良かった。しかもいい宿に。日本酒も遠慮なく飲めたし。
ちなみに、レースが終わった後は、スキー場の食堂で食事してもまだ13時とかで、日帰り温泉の費用を払ってお風呂に入りたいと宿に言ったら、特別無料にしてくれて、それだけに長湯はせずにさっと入らせてもらい、まだ時間があったので、ドライブがてら町に下りて道の駅にいくことに。
生モノを買えないので何も買い物しなかったが、イートインできるジェラード屋さんに入り、日本ならではのフレーバーのジェラードを食べた。栗もさつまいも味も美味しかった。
その時にOMMの参加者の人に話しかけられ、私たちが最初にポイントを取ったコントローラーを見つけることができず、道に迷って自分たちの居場所がわからなくなり、最終的にチートしてスマホで場所を確認したら思っていたのと全然違う場所にいることがわかって仰天したとのことだった。
後から振り返ると、私たちは初日は最後の方のスタートだったので、最初から人は少なくオリエンテーリングの技量を試されたが、二日目は最初の方のスタートだったので人が多くつまらなかった。話しかけてきた人は遅いスタートで人が少なく、見つけるのがより難しくなっていたかもしれない。
那須塩原に来たときはあまりにもいいところだったので、帰りに色々寄ってもいいねと話していたが、どっぷり自然につかったOMMの後は、ドライブして止まって写真を撮ることがとても虚しいことに感じてしまい、翌朝宿をチェックアウトした後は牧場でソフトクリームを食べた以外はどこも止まらずに東京に帰ったのだった。
ほうじ茶ソフトクリーム。日本のソフトクリームはなぜこんなに濃厚なのだろう。。
OMM忘備録5
DH40から1時間半かけてBM30を獲得してから、頭痛を解消するための鎮痛剤を飲み、行動食を食べてから、まだ2時間半残っているので、また欲張って高得点ポイントBJ40を目指すことにした。
オフトレイルだが、東側の谷に沿うようにして南に登っていけばトレイルに辿りつくし、トレイルをトラバースして谷を越えてすぐにトレイルにアクセスできれば行けるとして、ものすごく簡単にポイントを獲得した。
これが40ポイントと思えないほど、簡単だった。
この時点で残り時間は2時間弱。この先の50ポイントBA50も難しくないのかも、と欲が出そうになったが、間に合わなくなるリスクも考え、AS20を獲得してゴール地点に向かうことに決めた。
この決断はとても正しく、AS20の獲得は簡単だったが、思っていたよりもゴールはものすごく遠くて、最後のほうはかなり焦った。舗装路に出たときに1時間を切っているうえ、ずっと登坂なのでかなりキツかった。
最後の10ポイント獲得のためにショートカットしようとしたら、リフトがあって引き返し、半分キレながらゲレンデをのぼってCA10に向かったのだった。
ゲレンデを下って、制限時間15分前に無事ゴール。
ゴールに向かうことを決めたBJ40からゴールまでの距離と、スタート地点からの距離がほとんど同じということがわかる。。。やっぱりBA50を目指さずにゴールに向かってよかった。。。
トータル140ポイント。107組中83位。
苦労したBM30を目指さず、スキー場周辺のポイントを稼ぐことにフォーカスすればもっとポイントを稼げたかもしれないけど、やっぱりDH40からBM30を目指したのは、地形図をみながら場所を探す楽しさを味わえたので全然後悔はない。
逆に、どうやったらアプローチできるか自力で考えるシチュエーションがないと面白くないというか。。。
順位はいまいちでも、とても楽しめた満足の二日間だった。














































