のぼこの庵

のぼこの庵

ふるさと富山その他のテーマに関して私なりに調べたこと考えたことを記事にしています。
大河ドラマの史上最高傑作『独眼竜政宗』(1987⇒2014再放送)と『平清盛』(2012)その他の感想も。
なお、コメントは受け付けておりません。

にごり酒は好きで、たまに飲むのですが、これはとろみが強く、アルコール度数も17度と高いため、実に飲み応えがあります。

 

 

ちなみに、「白真弓」は「飛騨(ひだ)」の枕詞ですが、幕末の巨漢力士「白真弓肥太右衛門(しらまゆみひだえもん)」も、その名のとおり飛騨国出身でした。

六尺八寸五分(208cm)、四十貫(150kg)の体格は、全盛期のジャイアント馬場の209cm、320ポンド(145kg)とほぼ同じ。

ペリー来航の際、黒船に米俵を運び入れるパフォーマンスで怪力を発揮し、米国船員の度肝を抜いたことで知られています。

 

※白真弓肥太右衛門(しらまゆみ ひだえもん)は、飛騨国大野郡(現在の岐阜県大野郡白川村)出身の大相撲力士。体格は六尺八寸五分(208cm)、四十貫(150kg)。最高位は前頭筆頭。本名は東屋勇吉(後に奥右衛門)。文政12年(1829年)生まれ。嘉永5年(1852年)25歳の時に高山陣屋地役人指田孝勝の勧めで江戸へ出て浦風部屋に入門する。 嘉永6年(1853年)11月場所に初土俵(張出前頭)を踏む。相撲の実力とは別に、恵まれた体格が売り物となって注目された。嘉永7年(1854年)、ペリー来航時に黒船に親善で訪問。この時、五斗俵(60kg)を一度に12俵(8俵とも)担ぎ上げ、日米両方から賛辞を受けたという。当時の浮世絵には背中に7俵、首に1俵、両腕に各2俵括り付けている様子が描かれていたとされる。慶応2年(1866年)に年寄浦風を襲名し、11月場所からは浦風林右衛門の名で現役を続ける。明治元年11月9日(1868年12月22日)現役中に死去。直接の関係はないが、岐阜県飛騨市古川町の「蒲酒造場」が「白真弓」という銘酒を販売している。<wikipediaより一部加除>