S・S・ラージャマウリ監督、N・T・ラーマ・ラオ・Jr.、ラーム・チャラン、アジャイ・デーヴガン、アーリヤー・バット、シュリヤー・サラン、サムドラカニ、レイ・スティーヴンソン、ラーフル・ラーマクリシュナ、アリソン・ドゥーディ、オリヴィア・モリスほか出演の『RRR』。テルグ語。

 

1920年。ゴーンド族の幼い少女マッリを英国人のインド総督スコット・バクストン(レイ・スティーヴンソン)とその妻キャサリン(アリソン・ドゥーディ)にさらわれたビーム(N・T・ラーマ・ラオ・Jr.)は、彼女を取り戻すためにデリーに潜伏する。一方、英国に立ち向かう仲間たちに武器を調達するために警察に入ったラーマ(ラーム・チャラン)は、列車事故で協力して少年を救った縁で知り合ったビームと互いの素性を知らないまま兄弟分のような関係になる。しかし、ビームの正体を知ったラーマは…。

 

ネタバレがありますので、これから鑑賞されるかたはご注意ください。

 

「バーフバリ」二部作のS・S・ラージャマウリ監督の最新作。

 

 

今年観る初インド映画。

 

上映時間は179分で、ほぼ3時間。鑑賞中に尿意で苦しまないように気合い入れて臨みました(途中で「INTERVAL」と字幕が出るが、休憩はなくてそのまま上映続行)。

 

『バーフバリ』は古代の架空の王国を舞台にした壮大なスペクタクル史劇でしたが、今回は英国の植民地下にあるインドで抵抗を続けた実在の人物、“ラーマ”は反乱の指導者・活動家だったアッルーリ・シータラーム・ラージュ Alluri Sitarama Raju (1897 or 98-1924) 、“ビーム”はコムラム・ビーム Komaram Bheem (1900 or 01-1940) をモデルにしている。

 

…んだけど、まぁ、撮ってるのが『バーフバリ』の人だから、史実通りの映画が出来上がるわけがなかったw

 

ガチムチ兄貴たちが飛び、潜り、踊り、最新の武器を持った英国の軍隊相手に弓矢で戦う。

 

 

 

 

ラージャマウリ監督も二人の主人公たちを「半神のように描いた」と語っているように、舞台を近現代に移したもう一つの「バーフバリ」なんだな(^o^)

 

奇しくも今年はダイアナ元妃の映画が2本公開されていて、またエリザベス2世が崩御。それから、先日は英国史上最も短い任期で首相が辞任して、インド系の新首相が誕生。

 

英国にまつわる出来事が目白押し。

 

で、この『RRR』も英国がしっかり関係している。

 

この映画では思いっきり悪役なんですが。

 

史実ではA・ラーマ・ラージュとコムラム・ビームは活動した時期も地域も異なっていて彼らが知り合いだった事実もないんだけど、それを「この二人が出会って協力し合いながら英国の総督と戦ったら」という「もしも」の世界を展開。

 

だから、実在の人物の名前や背景は使っていても作品自体はどっからどう見てもフィクション。

 

それはまぁ、何万という群衆相手にたった一人で戦うラーマや二人が機関車の爆発から少年を救う場面のアクロバティックな演出、動物たちを使ったジュマンジみたいな襲撃シーンに二人が「合体」してミラクル・カンフーみたいになったりと、オモシロ要素てんこ盛りな映像で明白なわけですが。

 

映画の冒頭で薪ざっぽで殴られて目ェ見開いたままこと切れていたはずのお母さん…あれ?生きてたの!?とか、かなり大雑把なところもあるし^_^;

 

 

 

 

 

ビーム役のN・T・ラーマ・ラオ・Jr.がちょっと顔がジョン・ベルーシに似てて、戦えば無茶苦茶強いんだけど、でもどこかユーモラスで可愛くもあるんだよね。

 

一方のラーマは男前で影があるんだけど、でもビームといる時には恋バナで盛り上がったり一緒にツーリングしたりとラブラブで、山田孝之ばりの濃い髭の兄貴ぶりにうっとりですよ。

 

 

 

 

 

物語自体は、さらわれた少女を救い出す、という単純明快な勧善懲悪モノで、いくらでも他のアクション映画の内容と取り換えが利くものだけど、それを英国支配下のインドを舞台にして英国人のインド総督を悪役にして描く、というところがミソで。

 

ラージャマウリ監督は『バーフバリ』の公開時に「メッセージを発信しようとは思わない」と語っていて、今回も政治的な意図はないのかもしれないけれど、でもこの映画の中の英国人たちのインド人に対する差別描写には強い怒りが込められているし、差別に対して「ダンス」で対抗する、というのはやはり一つのメッセージではあるんじゃないだろうか。

 

ラーマもビームも、自分たちを差別する英国人たちを誰でも彼でも見境なくぶっ飛ばすわけじゃなくて、暴力ではない方法で互いにリスペクトし合えることを身をもって示している。

 

ラーマとビームを演じるN・T・ラーマ・ラオ・Jr.とラーム・チャランは二人とも俳優であると同時にダンサーでもあるんだそうで、彼らの力強いダンスがやがてパーティの白人たちにも広がっていって、踊る喜びに繋がっていくところは、アクション映画とミュージカル映画の幸福な融合のようで観ていてちょっと胸が熱くなった。

 

かつて、ブルース・リーは彼の肉体美とその躍動で肌の色の違いを超えて世界中の人々を熱狂させたけど、それに通じるものを感じるんだよね。

 

差別への怒りは『ドラゴン怒りの鉄拳』を思わせるし、田舎から出てきた主人公が時々笑いも巻き起こしながら最後には悪と戦う、というのは『ドラゴンへの道』など、ブルース・リーの映画のフォーマットにぴったりハマるんですよ。

 

あと、まだ香港が返還される前に作られて、20世紀初頭の英国統治下の香港を舞台にしたジャッキー・チェン監督・主演の『プロジェクトA』なんかも。ラーマはあの映画でのジャッキーやユン・ピョウの役回りに近い。

 

全体的にラジニカーント主演の『ムトゥ 踊るマハラジャ』を思い出すし(あの映画のラジニカーントにも“ドラゴン”入ってた)(^o^)

 

ラジニカーント主演の『ボス その男シヴァージ』でヒロインを演じていたシュリヤー・サランが、『RRR』にはラーマの母親役で出演しています。

 

 

 

 

また、ラーマの恋人シータ役のアーリヤー・バットは、2019年に観た『ガリーボーイ』でおきゃんなヒロインを演じてました。

 

 

 

 

インド映画には詳しくないけど、知ってる俳優さんが出てると嬉しいですね。

 

でも、シータは出番はそんなに多くはないし、ラーマやビームのように勇ましく戦いもしない。シュリヤー・サラン演じるラーマの母は、幼い次男とともにあっけなく敵に殺されてしまう。せっかく素敵な女優さんたちが出ているのに、あまり活躍しないのはもったいない。

 

『バーフバリ』で神話の世界の理想の王を、また『RRR』で素晴らしいブラザーフッドを描き出したラージャマウリ監督には、ぜひ「シスターフッド」を描いたアクション映画を撮ってほしいなぁ。

 

今、女性のアクションがトレンドだから、というだけじゃなくて、まだまだ抑圧されている立場である女性たちが活躍する物語は現実の世界が目指すべきものを描けると思うから。

 

現実の歴史では捕らえられて処刑された活動家のラーマとビームを映画の中で侵略者に勝利する英雄として描けたのなら、女性たちが抑圧に打ち勝つ映画だってできるはず。

 

オリヴィア・モリス演じるジェニファーがビームに好意を持って、最後に伯父であるインド総督スコットが殺されても平然としているのはあまりにご都合主義的ではあるけれど、そして劇中での白人女性である彼女の扱いはほとんど“トロフィー”のようで感心しないんですが(そこんところは映画の作り手は大いに反省する必要があると思う)、同じ白人女性でもスコットの妻キャサリンとの対比で、一応は何が「正しくて」何が「正しくない」のかが描き分けられてはいる。

 

 

 

そういえば、インド総督の妻キャサリンを演じていた女優さんのお顔が頭のてっぺんから皮膚を引っ張ってるような『メン・イン・ブラック』の宇宙人みたいな(わかる奴だけわかればいい)状態だったのですごく気になったんだけど、その女優さんが『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』でヒロインのエルザ役だったアリソン・ドゥーディだったと知ってなかなかの衝撃だった。まぁ、あれから30何年経ってますからね。お元気そうで何よりですが。

 

彼女が演じたキャサリンは「もっと血飛沫が見たいのよ!」と言って残酷な拷問を命じるなど、もう絵に描いたような悪役なんだけど、そして夫のインド総督スコットもこれまた実にわかりやすいラスボスなんですが、デフォルメして描かれているとはいえ、現実に白人による僕たちアジア系も含む有色人種への酷い差別はいまだに行なわれているし、映画で描かれていたインド人に対する英国人たちの差別行為はけっして誇張されたものではない。

 

 

 

 

ただし、ここで注意すべきなのは、では差別するのは白人だけなのか、ということ。

 

インドには女性差別も、それからカースト制度による身分差別も、宗教をめぐる対立もある。

 

僕らが住む日本にだって、同様にいたるところに差別はあるでしょう。

 

先日も沖縄の人々を侮辱して差別的な発言をしていた人がいたし。

 

映画を観て我が身を省みる必要がある。エンタメ映画だからこそ、なおさらに。

 

それから、この映画ではラーマが英国の最新式の武器を大量に手に入れて仲間たちに渡すことこそが自分たちの国を守るために必要なのだ、という結論を出していたけれど、そこにはまったく同意できないんですよね。

 

現在のインドは核兵器を持っているし、ロシアと深いかかわりを保ち続けている。

 

それは果たして「正しいこと」だろうか?

 

軍備に金を費やす代わりに使うべきことがもっとあるんじゃないか?

 

そういう、彼らの国の政策を正当化することに繋がるようで非常に危ういものを感じる。…これはインドのことだけを言ってるんじゃないですが。

 

では、ロシアの侵略に抵抗するウクライナが諸外国から武器を供与されてるのはどうなんだ?と、さまざまな疑問や矛盾が出てきてしまう。

 

『バーフバリ』は古代を舞台にした“ファンタジー”で片付けられるかもしれないけれど、1920年を舞台にした『RRR』ではそうはいかない。

 

いろいろ複雑なことが絡み合い、何が正しくて何が間違っているのか、判断するのがとても難しくなっている。

 

たとえ『RRR』がS・S・ラージャマウリ監督が『バーフバリ』について語ったのと同じく「メッセージを発信するつもりはない」作品であったとしても、ここで訴えられているのは「人の命は銃弾より重い」「差別をするな!」ってことだろうと理解したい。それから、「ダンス最高!」ってことも(^o^)

 

第95回アカデミー賞歌曲賞受賞。

 

※レイ・スティーヴンソンさんのご冥福をお祈りいたします。23.5.21

 

 

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