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ロボット』のシャンカール監督、“スーパースター”ラジニカーント主演の『ボス その男シヴァージ』。2007年作品。



アメリカからインドにかえってきた実業家のシヴァージ(ラジニカーント)は、おじ(ヴィヴェク)とともに故郷のチェンナイに貧しい人たちのための無料の病院と学校を建てようとするが、悪徳実業家のアーディセーシャン(スマン)の妨害に遭う。気がすすまないながらも悪しき慣習としてはびこっている役人への賄賂のために大金を費やしながら、計画はなかなかすすまない。一方で花嫁探しをしていたシヴァージは、タミルセルヴィー(シュリヤー・サラン)という美女に一目惚れする。


ずいぶん遅くなってしまいましたが、あけましておめでとうございます。

新年1本目の劇場鑑賞映画は、ラジニカーント!

昨年はひさびさに日本で彼の主演映画『ロボット』が劇場公開されたけど、僕はレンタルのDVDで観たため歌と踊りがいくつかカットされた短縮ヴァージョンで悔しい思いをしました。

今回の『シヴァージ』も3時間を越える『ホビット』並みの上映時間なので、またしてもDVDでカットされたらかなわん、ぜったい映画館で観ようと思っていた。

ラジニカーントの最新作、というふれこみではあるけれど、じっさいにはこの映画は2007年制作なので2010年制作の『ロボット』よりも前の作品。

なんでもインドでは『ロボット』が公開されるまではナンバーワンのヒットを記録していたんだそうな。

でも、すでに観た人たちの感想を読むと「『ロボット』ほど面白くなかった」「踊りが長い!」「ギャグが笑えない」などと、けっこう厳しめの意見も。

で、観終わったあと、たしかにどちらかといえば僕も『ロボット』の方が面白かったような気はするし、ギャグがずいぶんといにしえの感覚なんで「笑えない」というのもわかるけど、でも「踊りが長い」という意見に対しては、『ロボット』の感想にも書いたようにラジニの映画で歌や踊りがみじかかったら面白さは半減しちゃうんだから、これぐらいのヴォリュームでちょうどいいんじゃないのかなぁ、と。

“ラジニ映画”においては、ドラマ部分よりもむしろミュージカル場面の方が主役でしょうに。

僕は踊りについてはもっと観ていたかったぐらいだけど。

ラジニ映画のダンスシーンってようするにミュージッククリップみたいな感じなんだけど、つづけて観てるとちょっとしたトリップ感覚をあじわえるんだよねヘ(゚∀゚*)ノ






インドの映画館の客席ではみんないっしょに踊ったりしてるんだろうか。

3時間という長時間だまってお行儀よく映画を“鑑賞”してるのはなかなか苦痛でもあるし、きっとこういう作品って『ロッキー・ホラー・ショー』みたいに観客もいっしょに踊ったり歌って楽しむのが正しい観方なんだろうと思います。

ラジニのファンの不満としては、やはり寄る年波には勝てないようで「ラジニの踊りに昔ほどのキレがない」ということみたいだが。

だから『ロボット』のときと同様にワイヤーワークやVFXでそれをおぎなっているんでしょうな。

ただ、インド映画に明るくない僕でもラジニの主演映画を観るのもこれで3本目ともなると、もはや映画の出来うんぬんよりも年に一度の縁起物みたいな気分で楽しめました。

映画出演もすくなくなったこの人の主演作品が日本で観られることだけでも貴重だと思うし。

なにしろ彼は“スーパースター”ですから。

以下、ネタバレあり。



今回もラジニは金持ちの独身青年役。キメ台詞は「COOL!」。

主人公シヴァージはもともとは両親も貧しかったという設定。

それがいまでは事業に成功した屋敷住まいの金持ちで、自分の財産をなげうって無料の病院と学校を作ろうとする。

しかしインドでは役人に賄賂をわたさないと施設を建てる許可が下りないため、シヴァージはしぶしぶそうするが、しばらくすると工事現場に別の役人がやってきて書類の不備などを理由に工事の中止を命令してくる。

そのたびにシヴァージはおじさんとともにまた話をつけにいって、そこでまた賄賂を要求される、という具合でいっこうに彼の計画は前にすすまない。

こうして大金だけが消えていく。

また、無料で医療や教育を提供されては自分の商売の邪魔になるので、横槍を入れてくる者もいる。

ちなみに劇中、PCのパスワードを知るためにシヴァージのソックリさんをさがす場面で「俳優のシヴァージじゃない!」というツッコミが入るけど、この映画はじっさいに実在の俳優シヴァージ・ガネーシャンの人生をモデルにしているんだそうな(未見だが、シヴァージ・ガネーシャンは99年の『パダヤッパ』でラジニの父親役を演じている)。

もちろん、どう考えたって大幅に脚色されてますが。

ラジニカーント自身もインド映画界ではめずらしく中産階級出身でスターにのぼりつめた人で(しかも彼の本名も“シヴァージ”というらしい)、また福祉活動に力を入れて庶民派として多くの人々から慕われているラジニの人生もまた、主人公のキャラクターに投影されているはず。

ラジニカーントという人は、かつては人々からもとめられる“ヒーロー像”とみずからのギャップに悩んで酒やクスリにおぼれたこともあったらしく一時は引退まで考えたそうだが、そこから立ちなおった人間臭い人物だからこそ多くの人々に敬われ、映画には“スーパースター”の称号が付されるのだろう。


『ロボット』でも娯楽活劇のなかにときどき顔をのぞかせていたインドの人々の貧富の差やさまざまな差別などの社会問題が、今回の『シヴァージ』ではよりストレートに描写されている。

ヒロインのタミルセルヴィーがシヴァージに求婚されて「あなたは肌の色が黒いから」という理由で結婚をことわる場面で(じつはそれには別の理由があったのだが)、シヴァージのおじが「タミルでは貞節と肌の色の話題はタブーだぞ!」といって怒る場面などギャグとして描いてるけど、現在でもけっこう根深い問題だったりするのかな、なんて思った。

肌の色の違いによる差別というのはカースト制度の原点でもある。

このあと、シヴァージは「色白」になるためにあらゆる手段を使って驚愕の「白ラジニ」になるのだったΣ(゚д゚;)




ラジニカーント主演映画はいつもヒロインが美人だなぁ、と思ってたんだけど、今回もタミルセルヴィーを演じるシュリヤー・サランはとても綺麗な女優さん。

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ただ、これまで観てきたラジニの映画のヒロインたちは、やはりお国柄もあるのだろうが、貞操観念や彼女たちの描かれ方自体がよくいえば古風、悪くいうと保守的なキャラだったけど、それはこの『シヴァージ』でも変わらない。

近代的な建物が立ち並ぶ町が舞台でも、若い女性が自分を強く主張することはほとんどなくて、結婚するときも相手の男性や家族間での取り決めでどんどんすすめられていってしまう。

可笑しかったのが、ラジニ演じるシヴァージは貧しい人々のために病院と学校を建てようと奮闘してそれはじつに高潔な行為なのだが、それと並行して描かれる彼の故郷での嫁さん探しのエピソードでは、一目惚れしたタミルセルヴィーの家に家族全員で押しかけていって、迷惑がるタミルセルヴィーと彼女の両親にもおかまいなしで強引にもほどがある方法で求婚する。

多分ここは笑いどころなんだろうし僕もところどころ笑いましたが(唐辛子イッキ食いとか)、この金にものいわせた成金のあまりの暴走ぶりがこれまでの貧しい人々たちへの彼の善行をすべてチャラにしてしまってもいて、ラジニもかつてかみさんをこんなふうに強引にクドいたんだろうか、なんて思ったりしたのだった。

このあたりの描写はもうご都合主義どころではないテキトーぶりで、「嫌な金持ちだ」とあんなにシヴァージたちをウザがってたタミルセルヴィー一家がいきなり態度を急変させて彼らをあたたかくむかえる顛末とか、いつもの僕ならツッコみまくってますが、まぁ、ラジニ映画なんで(^▽^;)

こうしてタミルセルヴィーはシヴァージとの結婚に同意するかに思えたが、占い師に「結婚すれば夫が死ぬ」といわれて結婚を拒絶する。

こういった描写も、もしかしたらインドの迷信などについて語っているのかもしれない。

とにかくタミルセルヴィーには主体性がなくて、まわりに振り回されっぱなしなんである。

タミルセルヴィーは後半にシヴァージのためにある行動に出るのだが、彼女がほんとうにシヴァージに好意をもち、彼を愛していることがわかる描写はない。

単に成り行きで結婚することになってしまったようにしか見えない。

そういう意味では、劇中で延々と主人公とイチャついてバカップルぶりを発揮していた『ロボット』のヒロインの方がまだ現代的といえるかもしれない。

昨年、少年と会話していた娘に両親が火をつけて焼死させた事件が報道されたように、インドではいまだに貞操観念についていろいろと厳しい考えをもつ人々もいるようだけど、その一方で映画のなかでは綺麗な女優さんたちが肌もあらわな衣裳でなかなか魅惑的なダンスを披露してたりして、そのへんの線引きがどうなってるのか不思議でならないんですが。

ダンスしてるときのタミルセルヴィーはとてもセクシーだし、だから僕は、いまだに女性に貞淑さがもとめられるインド映画ではダンスシーンにこそほんとの彼女たちの魅力が映しだされているんではないか、と勝手に思っています。


この映画で描かれるようにインドの役人や富裕層が賄賂と裏金にまみれているのかどうかは知らないけれど、娯楽映画であえて描いているということはそれだけ人々が痛感している現実の姿なのかもしれない。

もう首相から政府の役人まで汚職まみれなのだ。

そして法は彼らを正しく裁かない。

僕にはこれは「誰かこんな状態を変革してくれ!」という人々の叫びにも感じられた。

やがてシヴァージはアーディセーシャンの裏工作によって無一文になる。

貧しい人々に施しながら、けっきょくはデカい邸宅に住み多くの使用人をかかえていたシヴァージは、ここではじめて彼が救おうとした人々とおなじ立場になるのだ。

アーディセーシャンから1ルピーをわたされて「物乞いになれ」といわれたシヴァージは、ついに復讐に転じる。

日本のかつてのTV時代劇にも似たノリで、これはつまり庶民から金を巻き上げてのさばっている政治家や金持ちたちに“正義”の鉄槌をくだすヒーロー物である。

富裕層がこぞって裏金を貯めこみ税金逃れをするために国に金があつまらず、貧しい人たちに福祉がいきわたらない。

このような問題をシヴァージが池上彰並みにわかりやすく解説してくれるのでじつに勉強になる。

だからシヴァージは彼ら富裕層の裏金をうばって貧しい人々のために使い、すべてが終わったら自首するつもりでいる。

でもまぁ、彼がおこなうその方法はこれまでのアメリカでのコネクションを使った大掛かりなものだったりして、生粋の平民ヒーローとはいえなかったりもするんだが。


シヴァージは自分を襲ったアーディセーシャンの屈強な手下たちを返り討ちにして、逆に彼らを自分の配下につける。

悪人の手下たちが主人公の味方になる、というのもなかなか新鮮ではあった。

手下を使って金持ちや有力者たちから裏金を押収したシヴァージは、その金を洗浄して財産を増やしていく。

もちろんそれは病院と学校を作るためだったが、いまや彼の勢力はインドの国じゅうにひろがって、ほとんど私設国家を形成するまでになっていた。

…こういった大ボラもまた、インド国民の夢みる物語なのだろう。

僕はこの映画を観て、かえってインドという国がかかえる困難を想像してしまった。

アメリカなどもそうだが、国民が“救国のヒーロー”“偉大な指導者”をもとめるというのは、それだけ現実が苛酷な証拠でもある。

偉大な指導者とされる人物はたしかに現実にも存在するが、それでもひとりのスーパーヒーローが国や世界を救うことはありえない。

じっさいには多くの名もなき人たちの努力や尊い犠牲によって、世界は一歩一歩、ゆっくりと前進していくのだ。

シヴァージ=ラジニカーントという、貧しき者の味方が「悪」を倒して自分たちを救ってくれたらどんなにいいだろう。

これはそんな多くの人々の夢が具現化した物語なのだ。


この映画は悪人には容赦しない。

アーディセーシャンの口利きで首相になった男はシヴァージに腹をナイフで刺され、貧しくて学費が払えないので金を貸してほしい、という学生に耳を貸さなかったアーディセーシャンは、最後にその学生に踏み殺される。

因果応報ということでしょうか(;^_^A

『ロボット』がコメディタッチのなかに予想外の残酷シーンがふくまれていたように、これも「やりすぎ」におもえる場面ではあるが、インドの映画の作り手や観客たちにしてみれば、「映画なんだから悪人はおもいっきりぶっ殺されればいいんだ」ということかもしれない。


エンドロールでは、「未来のインドの歴史」が語られる。

シヴァージの尽力によって、その後インドではクレジットカードが普及して裏金は姿を消し、2015年には世界の主要10ヵ国の仲間入りを果たす。

“夢はかなう!”と。


誰にでもお薦めできるかといったらできないし、じっさいに観てみたら最初に紹介したほかの人たちの感想のように「面白くなかった」という人も大勢出てくるだろうと思う。

「肌の色の違い」のギャグはなかなかキワキワだったけど、それでもこの映画の笑いのセンスはやはり現在の日本人にはあまりにベタすぎというか、昔の子ども向け番組レヴェルなので(って、現在の邦画の笑いのレヴェルだってインド映画をバカにできた代物ではないと思うが)、かなりの寛容さを必要とするのもたしかではある。


僕はインドという国にもインドの人々にもなじみは薄いけど、それでも映画をとおしてなにか民族学的な面白さも感じたのでした。

現在公開中のハリウッド超大作『ホビット』を観る予定はないけれど(あいにく『ロード・オブ・ザ・リング』にはハマらなかったので)、おなじピーター・ジャクソン監督による『キング・コング』がこの『シヴァージ』のある場面でなぜかフィーチャーされている。

ボリウッド”のハリウッドに対する対抗意識のあらわれなのか、特に深い意味はないのかわからないけど、現在のインドの人々はかつての日本人のように「欧米に追いつけ追い越せ」という心境なんだな、ということはこの映画を観ていてよくわかりました。

西欧コンプレックスもふくめて、正直ある種の痛々しさも感じるんですが、一方でこの映画にはこれからも「古きよきインド」を大切にしていきたい、という想いもうかがえて、それがつまらないナショナリズムではなくて自分たちの文化や伝統への純粋な愛着であるならばけっこうなことだと思う。


いつものとおりラジニの髪はフッサフサですが、じっさいの彼は髪の毛もけっこう後退しているふつうの初老の男性。

終盤、一度死んだシヴァージは医師の蘇生措置で息を吹きかえし、ひらきなおったかのように頭を丸めて再登場。アーディセーシャン一味を退治する。

マトリックス風味のアクションは『ロボット』でも披露されるけど、しかし息が長いなぁ、マトリックス^_^;

『ロボット』を観たときにも思いましたが、ラジニカーントって歌って踊ってアクションもこなすけど、ただカメラ目線で不敵な笑みをうかべてるだけのヒゲのおっさんじゃなくて、ふつうの芝居も達者なんではないか。

僕はミュージカル映画以外の彼の出演作品を観たことがないんでなんともいえないけど、悪役からキャリアをはじめた人だけに時折見せるシリアスな演技に説得力があるんだよね。

“スーパースター”ラジニカーントの“COOL!”な作品をこれからも観つづけたいな、と思います。



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