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ブライアン・ヘルゲランド監督、チャドウィック・ボーズマンハリソン・フォード出演の『42 ~世界を変えた男~』 。



1945年、ブルックリン・ドジャースの会長ブランチ・リッキー(ハリソン・フォード)は、黒人選手ジャッキー・ロビンソン(チャドウィック・ボーズマン)をドジャースの傘下であるモントリオール・ロイヤルズに迎え入れる。いまだ黒人への偏見が根強い時代でもあり、リッキーはロビンソンに「やり返さない勇気」を求める。やがて家庭を持ちメジャーデビューしたロビンソンだったが、白人選手たちのなかでたった一人の黒人である彼をいっそう激しい人種差別の壁が待っていた。


1940~50年代に活躍した実在のメジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンの伝記映画。

映画評論家の町山智浩さんの解説を聴いて、ハリソン・フォードが出ているのを知り興味を持ちました。

それと白人選手ばかりのメジャーリーグで試合以外での戦いも強いられつつ、偉大な業績を残した一人の黒人選手の物語にも惹かれるものがあった。

ただ、僕は野球(というか、スポーツ全般)にまったく興味がないので、それらについての知識はすべてネットで検索したものの受け売りです。

とりあえず読みかじったことを書き写しているだけなので、間違いがありましたらご指摘いただければ幸いです。


これは、第二次世界大戦が終わった直後の1945年から47年にかけて、グラウンドとプライヴェート、その生活すべてで孤独な戦いを続けた男の話。

一見すると“差別”などとは無縁にも思える僕たち(現実には差別などそのへんにゴロゴロしてるが)にとっても大切なことを教えてくれる作品でした。

映画を観る前にほかの人の感想を読むと、「いい映画だが教科書的」「史実なので仕方ないが、映画としては盛り上がりに欠ける」などというものがけっこうある。

観終わって、たしかに全体的に「そつのない作り」だったとは思いました。

ちょっと90年代ぐらいに観た何本かの真面目で手堅い作りの映画を思いだした。

そういう意味では安心して観ていられます。

ただ「映画」として不満な点としては、やはり史実をもとにしている分、登場人物たちの描き込みがフィクションのようにしっかりと「物語化」されていないこと。

たとえばドジャースの監督レオ・ドローチャークリストファー・メローニ)はなかなかいいキャラにもかかわらず、不倫によって監督からはずされ姿を消す。

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ロビンソン排斥の請願書を書いた選手たちに「優秀な選手であれば、肌が白かろうが黒かろうが縞模様だろうがかまわん」と言って叱りつけるところなど頼もしくてユーモラスな人物だっただけに、彼のもとで選手たちが一丸となっていくのを見たかった。

そのあとで代理で監督になったおじいちゃんは、リッキーから頼み込まれてしぶしぶ引き受けて、たしかにロビンソンがいるために選手たちを追い出したホテルの支配人に面と向かって抗議するなどいい人ではあるのだけれど、その後の試合ではまったく目立たなくなってしまうし。

これがフィクションならば、監督や選手たちのキャラをもっと立たせて試合をさらにドラマティックに演出することもできただろう。

でも描かれるのはあくまでも差別問題だから、ドジャースがついに勝利する、というスポーツ映画的なカタルシスは残念ながらさほど得られない。

すべてが予想したとおりに落ち着く。

だから「教科書的」というのは、そのとおりかもしれない。

「本当はもっと苛酷だったのではないか」という意見もあって、たしかに映画のなかではロビンソンとチームメイトたちはしばらくすると打ち解けるのだが、現実ではロビンソンには「自分がチームを儲けさせられるのがわかったからチヤホヤしているだけだろう」という冷めた思いもあったようだ。

それでも彼が差別に耐え続け、やがてその姿がチームメイト、そしてスタジアムの観客の心を掴んでいく様子にはウルッときてしまった。

「差別される側の視点で見てみる」というのは重要なことで、事実としてあったことを描くだけで、人が人を「差別」することがいかに下劣で人道にもとる行為なのかあらためて実感させてくれる。


さて、ハリソン・フォードが出演している映画を劇場で観るのは、僕は2008年の『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』以来5年ぶり。

まずポスターでの彼の顔がなんだかずいぶんとおじいちゃんになってて、最初は「イアン・マッケランじゃねーのか?」と思ったほど。

で、実際に映画を観てみたら、ちょっと淀川長治さんみたいになってたりもして。

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しかも猫背気味で歩くときもいかにもな“お年寄り”に見えるんで、それが役作りなのかそれとも素なのかわからなくてけっこうショッキングでした。

そりゃハリソン・フォードだってもう70代だから、世間一般ではじゅうぶん“おじいちゃん”なんだけど。

彼が演じるブランチ・リッキーは、それまでは黒人選手が入れなかったメジャーリーグにジャッキー・ロビンソンを引き入れる。

次第に黒人たちの権利が取り戻され中産階級化する人々も現われて、これから野球の観客としてたくさんの金を落としてくれるようになるだろう。

だから彼らの支持を得るために黒人選手も入れなければ、ということで。

ロビンソンの「差別される気持ちがわかりますか?」という質問に、白人のリッキーは「わからない」と答える。

それでも、自分をメジャー入りさせた本当の理由をたずねるロビンソンに、リッキーはかつて一人の黒人選手を差別から守れなかったことを話す。

そのときの悔いが、リッキーにメジャーリーグから人種差別を撤廃するための一歩を踏みださせたのだった。

ちょっとスピルバーグ監督の『リンカーン』の一場面を思わせもする。

ちなみに、ハリソン・フォードはユダヤ系の血を引いている。

彼に差別された経験があるのかどうかは不明だが、『スターウォーズ』の撮影中には共演のキャリー・フィッシャー(彼女もユダヤ系)とともに会話のなかに「Jew(ユダヤ人)」という単語を入れまくるおふざけを繰り返して監督のジョージ・ルーカスが苦い顔をする一幕もあったんだとか。

また彼はアーミッシュを描いた『刑事ジョン・ブック』にも出演しているし、人種や宗教による差別についてまったくの無関心ではないはず。


これは、ジャッキー・ロビンソンとともに映画の観客が人種差別を追体験する映画でもある。

1940年代当時、アメリカ南部の州ではジム・クロウ法によって有色人種は公共施設などの使用を禁止制限されていた。

黒人は「白人専用」のバスの座席やトイレを使えない。

白人とおなじホテルにも泊まれない。

スタジアムには「Colored(有色人種)」専用の客席が白人用とは別に設けてある。

異人種間の恋愛や結婚も認められていなかった。

そういう状態が20世紀も半ばを過ぎた1960年代まで続いていたという歴史的事実。

60年代が舞台の『ヘルプ ~心がつなぐストーリ~』でも同様の差別が描かれていた。

これらは白人たちによって差別を受けたアフリカ系アメリカ人たちを描いたものだが、当然ながら「人種差別」は黒人だけの問題ではない。

“有色人種”のなかには僕たち日本人だって含まれているのだから。

ロビンソンの妻レイチェルニコール・ベハリー)が、空港でこれまで住んでいたパサデナではなかったあからさまな差別待遇を目の当たりにして愕然とする場面は、この映画を観ている僕たちの視点でもある。


この映画を観ていて強く感じるのは、“差別意識”というのは個人の心のなかから芽生えるものだが、一方で親や所属するコミュニティによって植えつけられ受け継がれていくものだということ。

南部の球場で観戦していた普通の白人親子の父親が、ロビンソンが姿を見せると「ニガー、ひっこめ!」とヤジりだす。

親父の罵声を聞いた息子はいっしょになってロビンソンを口汚く罵る。

こういうことはよくある。

差別的なことを普段から平然と口にする連中は、家族やまわりの者たちも似たようなタイプであることが少なくない。

差別意識はそういう“教育”によってもたらされる。

今ならネットを介して、直接かかわりのない人々とも「差別仲間」である奴もいるだろうけど。

また、ロビンソンのチームメイトであるピー・ウィー・リースルーカス・ブラック)は、自分の地元で試合をする際に黒人選手といっしょに出場することは親族や友人知人たちが許さないので勘弁してほしい、とリッキーに泣きつく。

アメリカ人というのは個人主義だとよく言うが、この映画を観ているととにかくやたらと地元の人間のことを気にする。

彼らもまた、実際には自分が属する非常に狭い“世間”の影響を受け、そこのルールに縛られている。

自分の頭でものを考え判断するのではなく、まわりの意向が優先される。

みんながそう言っているから。昔からそうだったから。

ほかと違うことを言ったりやったりすれば、居場所がなくなってしまう。

そういう人は世のなかに大勢いる。

ロビンソンは、黒人であるというだけで自分に罵声を浴びせる者たちについて「彼らは無知なんだ」と言う。

レイチェルはそれに答える。「本当のあなたを知ったら、彼らは恥じ入るわね」。

自信と誇りに満ちた言葉だと思う。

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レイチェル・ロビンソン


日本でも特にネットで差別的な暴言を撒き散らしてるような手合いがいるけど、彼らは自分の頭でものを考えているつもりで実はどっかから移植してきた排他的で差別的な思想や価値観を鵜呑みにして、それを他者に受け売りしているに過ぎない。

レイシストたちが吐く言葉がどれも似たり寄ったりなのは、彼らが頭を使っていないことの証拠だ。

この映画を観ることは、いま一度、自分の姿勢や主張を省みる機会なのかもしれない。


そして、この映画は「人は良い方に変われるのだ」と説く。

ロビンソンの心のなかがいまひとつよく見えなかった、という指摘もあったが、これは主人公ロビンソンを通して、まわりの人々が変わる様子を描いた映画なんだろう。

だからこそ、最初は地元でロビンソンとともにプレーすることに躊躇していたリースが、グラウンドで客席から響くブーイングのなかロビンソンと肩を組む場面には胸を打たれる。

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ピー・ウィー・リース

これは「そういう良い白人もいました」という話ではなくて、「僕たちもこうなれる」ということを語っているのだから。

ほかの選手たちに気兼ねしていつもあとで一人きりでシャワーを浴びているロビンソンに「いっしょに浴びよう。いや、二人きりでじゃなくてみんなでだよ」と誘って、ロビンソンから「よせ」と笑われるラルフ・ブランカや、はじめはロビンソンといっしょにプレーすることに反対する請願書を提出しようとしたが、試合中の敵チームの監督のあまりにヒドい差別発言にロビンソンの代わりにキレるエディ・スタンキーたちも同様。

そしてロビンソンをかたくなに拒絶する選手の一人にリッキーが放つ、「君は死んだあと、神の前で“私は黒人を差別しました”と正々堂々と言えるか?」という言葉。

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(一枚目)ブランチ・リッキー 

人を見下し蔑む者は、人として恥ずかしいのだ。当たり前のことを言っている。


試合中に打席に立つロビンソンに向かって「ニガニガニガニガ…」と連呼して、およそありとあらゆる侮蔑的な暴言を吐き続けるフィラデルフィア・フィリーズの監督ベン・チャップマンを演じるアラン・テュディックは、どっかで見た顔だな、と思ってたら、『トランスフォーマー ダークサイド・ムーン』でジョン・タトゥーロの部下ダッチを演じてた人だった。

ベン・チャップマン本人と妙に顔が似すぎてて笑ってしまったw

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ジャッキー・ロビンソンとベン・チャップマン 「これなら直接ふれずに済むだろ」

ロビンソンに人種差別的な罵声を浴びせ続けたベン・チャップマンは、後年そのことを悔いて反省の言葉を残している。

あんな人物でさえ“変われた”のだということ。


町山さんによれば、劇中でロビンソンがチャップマンの罵詈雑言にベンチ裏でバットを叩き折って泣く場面は映画のためのフィクションで、実際にはロビンソンは人前では一度もキレることはなかったのだという。

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現実のジャッキー・ロビンソンは、映画のなかよりもタフだったのだ。

やり返せば自分だけでなく、あとに続くおなじ黒人選手たちの未来をも断つことになる。

だからけっしてやり返さない。つねに紳士的に。

彼はリッキーとの約束を最後まで守った。

それが途方もない忍耐を要するものだっただろうことは想像に難くない。

ジャッキー・ロビンソンの名が現在も深い敬意とともに記憶されているのは、もちろん華麗なプレーでファンを魅了して優秀な成績を残したからだが、同時にそんな彼が身をもって「報復しない勇気」を世のすべての人々に示したからだ。

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やられたからやり返す、言われたから言い返すのではなく、誇りを持って怒りを乗り越えて最後まで紳士であったことが、そしてそれが差別に苦しむ多くの人々を勇気づけたことが、彼の背番号“42”がメジャーリーグの全球団で永久欠番とされた最大の理由である。

ロビンソンの“勇気”は現在の僕たちに多くのことを教えてくれる。

また、彼を支えた黒人のスポーツライター、ウェンデル・スミス(アンドレ・ホランド)の「戦っているのは君だけじゃない」という言葉には、同時代、あるいはそののちに差別と戦った多くの人々の姿を象徴させてもいるのだろう。

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正直なところ、『ヘルプ』のときと同様にこういう題材は人種差別されてきた当事者である黒人の映画監督が撮るべきなんじゃないか、という気持ちは拭えないんですが(監督のブライアン・ヘルゲランドは白人)、それでも先ほど書いたように、これはジャッキー・ロビンソンという不屈の人を描いた映画であると同時に、彼によって周囲の白人たちが変わっていく話でもあるので、そこは黒人にかぎらず普遍的なテーマだと思いました。

ジャッキー・ロビンソンは1956年に球界を引退したあと、公民権運動に身を投じていく。

彼はまさにそのパイオニアだった。

ロビンソンは過激な黒人至上主義には反対して、つねに常識にもとづいて人種差別の撲滅を目指したという。

そして72年に53歳の若さでこの世を去った。

現在、ロビンソンがメジャーデビューした日を記念して4月15日は「ジャッキー・ロビンソン・デー」と呼ばれている。

彼の功績は今も多くの人々に称えられている。

「やり返さない勇気」は「あきらめ」ではない。

“腰抜け”には到底持てない真の力だ。

ジャッキー・ロビンソンのような特別な人にはなれなくても、僕たちは彼を侮辱し差別した者たちのような恥をかかずに済む人生を送ることはできる。

ジャッキー・ロビンソンが覚悟と信念を持って行なった世のなかの卑怯者たちとの正しい戦い方は、世界から差別を根絶する大きなヒントだと思います。



増田卓さんというかたの文章を参考にさせていただきました。


※チャドウィック・ボーズマンさんのご冥福をお祈りいたします。20.8.28


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