一番大将
昨日は京都では、時代祭り。
京都の神社は、地域ごとに神社さんのテリトリーが決まっていて、ここは祇園さん。
ここは、お稲荷さん。そして向こうは松尾さん。吉田神社に下鴨、上賀茂。
仏教でいう、檀家さんのような感じで、住む地域によって、護ってもらう神社が決まっている。
ところが、明治の遷都以来、寂れかけた京都を何とか復興しようと開かれたのが内国博覧会。
この博覧会の会場になって、その跡地にできたのが、京都では新参者の平安神宮。
この平安神宮の祭りが時代まつりなんやね。
でも、この新しい神社には、他の神社のような地域的なテリトリーがない。
だから京都市全部から割り振って、この地域はこの時代の担当。この地域はまた別の時代の担当ということにしている。
そして、私の住む格致という学区は、他の9学区とともに、鎌倉時代の城南流鏑馬列というのを担当している。
毎年持ち回りで、2年に一度、5人の大将さんを演じてもらうのやけど、この大役になるのが一番大将。
10年に1度、他の学区の役の方たちをお世話して、衣装や馬の手配やら、お食事やらすべてを仕切るのやね。
名誉なことやけど、正直大変。これを終わったら、皆がへとへとになる。
まあ、こうして京都三大祭りの一つは、町衆によって、維持されているのやけれどね。
もしもピアノが弾けたなら
先週、俳優の西田敏行さんが、お亡くなりになった。
結構、急死やったみたいやね。
少し前に、ドクターXの宣伝で出てはったのに。
実は大昔やけど、祇園のクラブで、1度だけ、ご本人をお見かけしたことがある。
この方、サービス精神旺盛で、カラオケで持ち歌の「もしもピアノが弾けたなら」を熱唱されていた。
それも、じっとしてないのやね。踊りながら。
店内のお客さんみんなに挨拶しながら。
まるでディナーショーみたいな感じ。
テレビや映画で見る西田さんと、全然変わらず、あのまんまやった。
訃報を聞いて、真っ先にあの日の夜のショーを思い出したわ。
ええ人やったのに、少し早すぎるわ。ご冥福をお祈りします。
給付より減税を
またまた、選挙になったら公明党が低所得世帯に10万円を配ると言い出した。
これ、形を変えた票の買収に近くないか。
それに、人を所得の多寡で差別するなって思うのやね。
配るぐらいなら、最初から公金を多く集めるなって話なんやて。
お金をばらまくのより、集める税金を減らして、国民の負担を減らすべきやて。
最近は、小さな政府を目指すのが、流行らないのかな。
国民の人口がどんどん減っていくのに、税金だけ負担が増え続ける。
税金で飯を食っている人達も、人口減に併せて減らしていかないと、おかしいことになる。
民間企業がダメになって、世の中が役人さんばかりになってみ。
税金を納めてくれる人が減って、その税金で食っている人ばかりになったら、国は破産するで。
公金は必要最小限を集めて大事に使う。この大原則に立ち戻るべきやて。
外交カード
それにしても、もう戦後になって来年には80年にもなる。
毎年の恒例行事のように、靖国神社の秋の大祭で、誰が参拝した。
真榊だけ奉納したとか。
もう、つまらないこと、止めないか。
家族や国を守ろうとして、命を落とした人たち。
この人たちのおかげで今の日本はある。
その方たちが祀られているのが靖国神社。
殉死した方たちを悼む気持ちを、誰に邪魔する権利があるというのやって。
A級戦犯が祀られているから、そこに参ることは、軍事国家再建を企んでいる。
戦前の軍隊を賛美するのは、日本が反省してない証拠。
これって、朝日新聞が言い出して記事にしたこと。
これは使えると、韓国と中国が政治家の靖国参拝自身を「外交カード」に使いだした。
それ以来、靖国はタブー視するのが正しいかのような、間違った歴史観をマスコミは国民に植え付けることに、まんまと成功したのやね。
私ね。靖国参拝する議員になぜ参拝するのかを聞くのより、参拝しない議員になぜ参拝しないのかを聞くべきやと思うのやね。
そりゃ、間違った政治観により、無理やり戦争に巻き込まれて亡くなった方が殆どやと思うけど。
その方たちを国民の代表である議員さんたちは、お参りするべきやと思うのやけれどね。
お参りするのが当たり前の日本人の歴史観。
これを批判する人達がいて、それこそ、内政干渉だと怒らない人達がいる。
嘆かわしいやないの。
内心の自由も無い国やないわな。日本は。
最も配慮すべきは、外国政府の人じゃなくて、日本人の多くの遺族の方たち。
そんなこと、当たり前やないの。
富を生まない人達
実は、この世の中には、2種類の人たちがいる。
一人は、普通に稼いで、所得を得て、あるいは利益を上げて、納税してくれる人たち。
そして、もう一人は、その集まった税などを基にして生活している人たち。
税金や公的なお金でお仕事している人達は、実は、あまり富を生まないで、使うだけのお仕事なんやね。
問題はこの公金に依存している人達の比率が、近年上がり続けていることなんやね。
人口が減少して行っている日本で、富を生む人たちより、富を生まない人達の比率が上がれば上がるほど、経済の規模がどんどん縮小してしまうことは、火を見るよりも明らかなんやね。
だから、日本の経済を拡大させていこうと思えば、公金に家計を依存している人達の比率をいかに下げられるかにかかっているのやね。
なのに、お役人さんたちは、既得権益は手放さないし、逆にお仲間を増やすことに勤しむ。
一大の関心事は天下り先で、良い再就職をすること。
こんなの続けてたら、シロアリさんたちに、日本は食いつぶされるって。
大事なことやのに、何で選挙の争点にならないのかなぁ。
論点
今度の選挙で、マスコミさんたちは、各候補者にアンケートをお願いして、それを記事にしている。
NHKがやっていたのは、減税をするかしないか、夫婦別姓問題やら、女系・女性天皇を肯定するか否定するか。
対立点を明確化したい意図は分かるけど、この設問は、かなり誘導的やね。
問題をマスコミさんたちが作るのやから。
石破さんって、財務省の言いなりになりそうだから、下手すりゃ消費税の増税を言い出しかねない。
この点は、皆がNOって言ってほしいところやね。
日本の消費税は、付加価値税ではないと、国会答弁でまで言っているのだから、輸出企業に消費税の戻し税をしているのは、矛盾してないか。
戻し税を廃止すれば、消費税増税なんてしなくてよくなる。
国債発行とか、償還を杓子定規にする必要はないと思うのやね。
だから、政府は財政出動を通貨発行を増やして国債を召喚せず借り換えし続けて、日本の遅れた30年を取り戻す努力を、今はすべきやと思うけどな。
男女差別とかを踏み絵にしているより、もっと、前向きにどうしたら、もっと日本が良くなるかを論点にしてほしいけどな。
スーパームーン
今夜は、日本から一番月が大きく見えるスーパームーンの日なんやそうな。
月の軌道は実は楕円軌道だから、地球から見える月も、遠い日と近い日があるってこと。
でも、月を観るなんて、この忙しい時に、なかなか無いけどね。
気持ちにゆとりがなかったら、月を観るなんてめったにないかもね。
何でも、今日の月は2月の最も遠い満月の時より、14%も大きく見えるのやそうな。
月を観るなんて久し振り、なんて方も、今夕の17時ぐらいにぜひとも空を見上げてみてください。
お天気が良くて、タイミングが良ければ、今年一番の月が見られるはずです。
今年新しい携帯電話を新調された方、カメラでスーパームーンを狙ってみてはいかがですか?
吉田拓郎の旅の宿でも、鼻唄で歌いながらね。
そこやない
衆議院選が始まって、街は街宣カーの声が響き渡る季節になった。
新聞などは、野党の訴えに共鳴して、裏金議員を許さない・・なんて論調なんやけど、これどうなのか。
もともと、議員さんたちが、頑張ってパーティ券を売って、それが、派閥の決めたノルマを超えてしまっていた。
そんなノルマ関係なしに、全部を派閥の会計に入れておけば、何んの問題もなかったはず。
なのに、ノルマを超えたお金。せっかく自分たちが頑張って集めた金。
これをありがたい寄付金として、議員事務所が持ったままにしていた。
政治資金報告書に書けば、非課税だから、問題が無い。
でも、ノルマ以上のお金は書きにくかった。
だから、事務所で持っていた。
これは、雑所得として報告しないといけないお金。つまり、脱税になる。
これを野党は追及しているのやね。
でもね。我々からしたら、そのお金。
自分の懐から出した金でも何でもない。
政治家だけズルいは、あるけど、所詮どこかの企業さんが寄付した金なんやろ。
公金使った訳でもないから、関係ないと言えば、我々は全然関係ない金やわな。
どこぞの誰かが、政治的に有利な立法をしてもらおうと、思ったかどうかはあるけどね。
この選挙の争点として、裏金議員かどうかを踏み絵にするのは、そこや無い気もするけどね。
我々の関心事は、税負担の軽減と、財政出動をちゃんとやってくれて、景気が悪くならないように、下支えをしてくれることやからね。
だから、争点はそこやないわ。
忘れたらあかんこと
今年のノーベル平和賞が、日本被団協に決まった。
来年で、広島・長崎に原爆が落とされて80年。
このタイミングでのノーベル平和賞の受賞というのも、ウクライナやパレスチナでの戦争で、核使用の危険性が高まった事と無関係ではないわな。
ノルウェーのノーベルアカデミーも、すぐ近くにロシアという、核保有国があり、核の脅威に常に晒されていることからも、実感として伝わってくる。
日本は世界唯一の被爆国であり、核兵器の恐ろしさを嫌というほど、知らされている唯一の国。
核兵器をタブー化することの重い意味を、唯一、アピール出来る国であるということ。
忘れたらあかん。
ただ、そう言いながら、日本はアメリカの核の傘の下にいることを選択し、核拡散防止条約を批准してないという、矛盾も抱えているわな。
現実の核の脅威と、思想的な非核という、相反する選択をしていること。
仕方ないのかも知れないけど、世界はどう見ているかやね。
ただ、ノーベル・アカデミーが、「ヒバクシャ」という言葉とか、「ヒダンキョウ」という日本語の省略形を、公用語的に使っていることに、少し違和感を感じた。
日本人かて、「ヒダンキョウ」が、日本原水爆被害者団体協議会の省略形だってこと、ほとんどの人が、知らないし、無理に日本語に特別な意味を与えなくてもなぁ、とも思ってしまう。
ただただ、原爆被害の恐ろしさを訴え続けたことが、少しでも核ミサイルのボタンを押すのを躊躇させ続けてきたことは、素晴らしいことやと思う。
長い間、この活動にかかわり続けた皆さん。本当に、おめでとうございました。
対立を煽るな
マスコミさんという人種は、バトルがお好きである。
誰かが喧嘩をしていると、皆が喜んで寄ってくる。
皆の野次馬根性を煽り立てて、商売をしているのがマスコミさん達なんやね。
いつも、大変だ、大変だと叫んでないと、新聞や週刊誌は売れないからね。
その中でも、最近気になったのは、格差を煽ることなんやね。
マスコミさんたちにとって、大金持ちの人たちは悪で、貧しい人たちは善。
我々は正義の味方だと、いつも言いたいのやね。
確かに、今の日本人の平均を見ると、給与所得者で、458万円。
月収に直すと38万円。手取りは30万円となるそうな。
そして、平均貯蓄額が1077万円。
この数値より上か下かで、人を区別する意味あるのかって話なんやね。
現実は、大金持ちが、その平均値を引き上げているから、本当のところは、もっと下になる。
世界的に見れば、日本は情けないことに、年収200万円台の国というのが現実なんやね。
だから、税金はたくさん資産のある人から取って、ない人に使う、再分配のルールに意味がある。
だけど、対立の構造に持っていくのに無理があると思うのやね。
そして、最近は、お年寄りと、若い世代を喧嘩させようとしている。
誰が言ったかしらんけど、年寄りは集団自殺してくれなんて、過激なことを言う人まで出てきた。
お年寄りはたくさん年金もらうは、医療費たくさん使うから、若い世代の負担が重すぎると言いたいのやろうけどね。
でもね。あんたらもあと数十年後には年寄りになるのやで。
そんな自分に世の中のために自殺するべきやて言えるのかって。
順送りなんやから。
喧嘩なんかしていないで、自分の人生を全うする。
「善く生きる」のがすべての人の目標。
そこに対立は無いはずなんやけどね。