机の上は頭の中
携帯を見たら、小生の机の上の写真が入っていました。
これは一月ぐらい前、いった片付けたときの写真? 机の上はいつもこうありたいですね。
一昨日までは、あっちの机も、こっちの机もさらに書棚の上も、資料と色校の山。そうそう、床まで使っていました。資料の山は頭の中を現している、というのが小生の持論なので、だれからも、片付けろ、とはいわれませが、ほんとうに大変でした。
気持ちを切り替えて、次の仕事をしなくっちゃ。
(どうしてもタテ位置の写真がタテになりませんでした!)
『横丁と路地』発売は来年1月!
横丁と路地をテーマに原稿を書いています。というか、去年の年末には書き下ろし、某社から3月15日に発売することが、決まっていましたが、自分自身納得いかない部分を書き直し、しっかり四六判の単行本で発売することが決まりました。というのが数ヶ月前の話。ところが、こんどは、新刊予定と営業の意向もあり、来年1月発売、というのが今日出されました。
いままで、こんなに遅れたことは、ありませんでしたが、その分、内容が充実しています。「まだ出ないの~! 毎日立ち飲みばかり寄って、ぜんぜん原稿書いてないんじゃないの」という皆さん、もうしばやくお待ちください。
本籍なんて覚えてる?
戸籍謄本を取るため、近くの区役所の出張所に出かけたところ、ふと、気づきました。そういえば、最近、本籍なんて思い出したことがありません。区と町、丁目までは忘れていませんでしたが、その先がまったく思い出せず。でも、さすが、年の功、ほとんどこれかな、というような数字は思い出せました。ところが、申請書に書いて、そこに小生の名前がなかったら、結果としてデタラメな申請になってしまうため、わが子にメール(実は、小生も、娘もそこで生まれたわけではなく、小生の父親ないし、祖父が生まれた、というだけの所)。でも、仕事中でレスポンスなし。で、わが妹に、こちらは電話に出ず。なんてことで、てんやわんや。まあ、連絡がついたときにはあっちからもこっちからも。すごいのは、みんな同じ所番地を教えてくれたこと。記憶力に驚きです。
といことで、今日の自転車通勤は浅草経由(近所の区役所では戸籍謄本が取れませんでした)。途中、インド人の親子に道を聞かれたり、小生の顔見りゃ、横文字が判らないことぐらい判るだろ! 他にもいっぱい人がいるのに、なんて思い ながらもにこやかさでごまかし、でもひどい会話で、反省の半日でした。
第8回「橫丁・小径学会」四谷荒木町遊歩
来月の横丁・小径学会は小林が神楽坂を担当させていただく筈でしたが、なんとも徹夜に次ぐ徹夜が続き、先が見えない状態のため、急遽七郎さんに頼み込み、今人気の四谷荒木町に連れて行っていただくことにいたしました。
開催日:9月21日(土)
ナビゲーター:望月七郎
集合場所:東京メトロ丸の内線「四谷三丁目駅」改札口前4番出口付近
時間:午後3時
http://www.tokyometro.jp/station/yotsuya-sanchome/yardmap/index.html
内容:
望月七郎さんからのメッセージ
「四谷荒木町」一帯は、明治維新の頃までは美濃国高須藩藩主・松平義行(摂津守)の屋敷があった場所。何とNHK大河ドラマ「八重の桜」ですっかり有名になった会津藩悲劇の殿様松平容保の生まれ故郷です。
明治時代には東京近郊でも名の知られた景勝地となり、料理屋が軒を連ね芸者らが行き交う風情ある花街になったといいます。
現在は花街の風情を残しつつ、昭和レトロも感じられる路地裏が混在し、魅力的な街を形成しております。
しばし「荒木町」路地裏ラビリンスをお楽しみください。
もちろん参加費無料。参加ご希望の方は小林までご連絡ください。
小菅刑務所
さっき、資料をあたるため、『神殿か獄舎か』(長谷川堯著)という古い本をひっくり返していました。するとそのなかに小菅刑務所の写真が一ページ全面を使って掲載されていました。その写真を見ると〝ドイツ表現主派〟そのもの。たしかに、小生も、これって〝セセッションだよな~〟なんぞと呟きながらシャッターを押したこともありましたが(小菅刑務所→現・東京刑務所 正門前でカメラ等をもってウロウロしていると、敷地内に立ち入ってはならない! と退去させられるので注意。路上と思われるところも敷地内です)、小生自身がそれほどの表現主義とは考えていないため、まあ普通のパノプティコン。
金持ちは崖っぷちの家に住む?!
先日、近代建築の原稿を書いていた際、変なことに気がつきました。
というのは、大正~昭和初期にかけて、金持ちが世田谷などの近郊に別邸を建て、週末をそこで暮らす、というライフスタイルが流行りましたが、崖っぷちに建てています(古河邸などは、巣鴨の本宅も崖っぷちです)。これは回遊式庭園などを造る際、崖斜面が必要、と思っていたんですが、世田谷の斜面の場合、田畑にも使えず、宅地としても成立しない、ということに気づきました。
いずれも、大きな開発業者が宅地開発する前、個人的に土地を買い求めているのも興味がわきます。
なぜ、〝崖っぷち〟なのか、調べてみると面白そう!
「橫丁・小径学会」月島遊歩を行いました。
暑い中、多くの参加者にお集まりいただき、ありがとうございました!
今回は、防火水槽を調べている方が初参加。防火水槽は個人所有のもので、それぞれがもっている、とのことでした。まあ、なんともこれは目から鱗。しかし、大学で文学の先生をしている友人(もう、定年退職してしまったので、教授という肩書きはなくなりました。どういう職種も同じです)はかつての五人組の名残りということはありませんか? ということで、精査したい、と新たな目標も誕生しました。
防火水槽を辿っていくと、なにが見えてくるのか。ボクには、現状、古くからのまちにしかない、という漠としたイメージしかないんですが、結構ワクワクしています。
第7回「橫丁・小径学会」月島遊歩の日程が決まりました!
7月13日(土) 時間:午後3時(いつもより1時間遅い、軽めの遊歩です)
集合場所:東京メトロ有楽町線・月島駅改札前
ナビゲータ:散策家・志歌寿ケイト
行程(予定):佃島の路地と船だまり―佃天台地蔵尊(路地の中の地蔵堂)―新佃島東町の段差路地―東仲通り界隈―西仲通り商店街界隈
内容:月島地区は明治以降に埋め立てられて街ができたにもかかわらず、横丁と路地のある江戸のような町割りをしています。また佃島は江戸時代からの漁師町で、狭い路地と船だまりがあるのんびりとした風景が人気です。現役バリバリの生活路地が100本以上残る月島・佃島の中から、志歌寿ケイトさんが特におすすめする路地を案内してくれます。
参加をご希望される方は、橫丁・小径学会(http://yokochogakkai2012.jimdo.com/
)、
ないし小林まで声をかけてください。
参加はもちろん無料です。