文章力アップの革命塾! 上手な自己主張でチャンスを生かせ! -124ページ目

久々にいろいろな皆さんのブログを徘徊、いや閲覧させていただきました!

みっくんです。
このところ忙しさにかまけて
ブログは日記程度の継続です。

まあ、それも自分流ってことでお許しを。
これが”義務”になってしまうと、
モチベーションがグッとダウンしそうなので。

さてさて、今日は少々時間があったので
アメブロ内のいろいろな記事を
拝見させていただきました。
こんなこと、久しぶりなんですね。
最近はこの世界から遠ざかっていましたから。

いやぁ、中身が濃くて、
引き込まれるネタや文章もあれば、
捨てるような記事もいっぱい。

まあ、自分もつまらない記事の書き手かも
知れませんので、この辺は突っ込むのを
やめておきます(笑)。

で、中身の濃い方のブログはどうしたかって?
そりゃブックマークですね。
ブログ内の読者登録は現在752名。
人数が多すぎて、
誰が誰だかわからないのです。

それよりも、自分がどうしても読みたい記事は
firefoxのほうにブックマークしておきます。

ブックマークする理由はその一記事だけでなく
「きっとまた面白い記事を書いてくれるに違いない」という
期待感。でも、つまらない記事が続くとブックマークは
解除になりますけど。

まあ、ブログの場合は、プロの作家と違い
その記事で原稿料を得ているわけでは
ありませんから、多少は気がラクなんでしょうけど。



老後の自分を想像できますか?

みっくんです。
いつかはやってくる老後の自分。

その時、伴侶とはどのような
運命でしょうか。幸せでいられるのか、
それとも死別しているのか、
いや、自分が捨てられているのかも(笑)。

こんな老後だったらいいな、と思わせたのが
「ナリナリドットコム」のこの記事。


先日、間もなく寿命を迎えようとしていた87歳の英国人女性は、74年間愛し続けていた夫へ、病院のベッドから“最後のラブレター”を送った。「どうして会いに来てくれないの? ダーリン」。

英紙ブリストル・イブニングポストによると、夫のテッド・ウィリアムスさんと妻メアリーさんは、74年前に教会で出会ったという。15歳のテッドさんを好 きになった13歳のメアリーさんは、当時異なる宗派間では結婚が認められなかったことから、テッドさんが信じるカトリックへ改宗。その後2人は順調に愛を 育み、テッドさん21歳、メアリーさん19歳のときに結婚する。

以来、ブリストルの家で60年以上一緒に過ごしてきたウィリアムスさん夫 妻。67歳の息子トニーさんによれば、2人はともに愛情あふれる人柄だったという。エンジニアをしていたテッドさんはそれなりの給料を稼いでいたそうだ が、「そのほとんどは友人や、大切な家族のために使っていた」。「彼らは少しの贅沢も望んでなかった。ただお互い一緒にいれば幸せだったんだ」と、トニー さんは2人の結びつきの強さについて語っている。

40代で心臓を患ったテッドさんは、50代半ばにして早めに仕事を引退。それからは、2 人仲良く幸せな時間を過ごし元気に暮らしていたが、そんな生活に変化が訪れたのは1年前のことだった。メアリーさんがアルツハイマー病を患い、介護が必要 な生活を余儀なくされることに。そのときテッドさんは、「それは私の仕事だ。彼女を愛しているし、彼女といたいんだ」(英紙デイリー・エクスプレスより) と周囲に話し、1人でメアリーさんの世話を始めた。

しかし厳しい寒さが影響したのか、今年2月にメアリーさんは肺炎を起こしてブリストルのソウスミード病院に入院。テッドさんは、毎日メアリーさんの見舞いに訪れていたが、今度はテッドさんの心臓の状態が悪化し、同じブリストルのフレンチヘイ病院に入院することになった。

突然夫が顔を見せなくなり、寂しい気持ちになったメアリーさんは、その気持ちを手紙にする。「テッド、あなたに会いたい。どうして会いに来てくれないの? ダーリン」(英紙デイリー・メールより)とつづられた愛の手紙。それに気が付いたソウスミード病院はフレンチヘイ病院へ連絡を入れ、テッドさんをソウス ミード病院に転院させ、メアリーさんの隣で看護したいと申し出たそうだ。

そして3月10日、テッドさんは無事にメアリーさんの隣に移り手 を取り合うと、メアリーさんは安心したかのように、再会から3時間後、87年の生涯を閉じる。一方テッドさんもその3日後、メアリーさんの後を追うように 90歳で人生を終えた。息子のトニーさんは、心遣いをしてくれた病院関係者に「とても感謝したい」(デイリー・メール紙より)と語り、3月25日には合同 の葬儀で2人一緒の“旅立ち”を見送ったという。


きっと、神様が導いてくれたんでしょうね。
天国でも寄り添っていることでしょう。

畑違いのコピーを書かなければいけない時、さあ、あなたはどうする?

みっくんです。
こんな仕事をやっていると、
どんでもないオーダーがきたりします。
依頼主は
「みっくんは器用だから何でも書けるだろ」くらいの
かる~い気持ちで頼んできます。

でもね、誰だって不得手な分野があるんですよ。

みっくんの場合は
例えば化粧品、恋愛(まだ現役でいたいけど)、
超高級グルメ、裏社会・・・、ダメなのはこのあたりかな。

先日も化粧品が来てしまいました。
オレ、ニューハーフじゃないだからさ。
勘弁してよ。

でもね、「できない」って返すのも
シャクだから、一応、それなりのレベルまでは
仕上げようとするわけです。要するに意地(笑)

どうやって?
まずは女性誌の言い回しを調べます。
WithやMORE、CanCanあたりを買って
見出しのチェック、ですね。

そうすると、女性誌特有の言い回しが
わかってきます。

今度は使っている人の意見。
コレは化粧品に特化したサイト、
例えば「@コスメ」

ここではユーザーの使用コメントが
載っているので、けっこう役立ちます。

まあ、ここまでくれば気持ちは”オンナ”に
近づいているワケで、なんとなく
その商品の位置づけがわかってきます。

仕上がったコピーもそれほど
違和感はないはずですよ。


もしかして「燃えよデブゴン」?

みっくんです。
あっ~、懐かしい!

「燃えよデブゴン」の
サモ・ハン・キンポーじゃないスか。

若い子たちは知らないよね。
動きのいいデブ!

サントリーの黒烏龍茶 のCMに出ている
オッサンですよ!

みっくんが若い頃は
ブルース・リーの「燃えよ! ドラゴン」全盛。
そのオマージュとして生まれたのが
「燃えよ! デブゴン」のコメディ功夫だったわけ。

デブなんだけど、やたらと動きがよくて
その意外性に感動させられたワケです。

一時期は車椅子の生活や死亡説が
流れたけど、元気で良かった!

それにしてもなんで
こんなオッサンに親しみを感じるんだろ。
会いたかった昔の友人に
駅前で偶然に出会ったような。

「TOKYO1週間」「KANSAI1週間」がとうとう休刊に!

みっくんです。
自分が関わってきた雑誌が
休刊になるのは、とてもさびしいことです。

好景気の時代は35万部(TOKYO)、38万部(KANSAI)を
誇ったエリアのエンタメ誌でしたが、最近はともに8万部まで
落ち込んでいたとのこと。

まあ、雑誌媒体で考えれば8万部って数字は売れているほうですが、
この編集部のパイで考えると、収支があわなくなってくるのでしょう。

週刊現代もそうですが、編集部へ足を踏み入れると
「えっ、こんなにたくさんのスタッフがいるの?」と
驚きます。6人(6デスク)くらいの島が10くらいは
並んでいるカンジ。

これだけの人員がかかわるわけですから
それなりの広告収入(本の定価はあまり実入りがありません)が
得られないと苦戦を強いられるわけです。

思い出深いのは
「KANSAI1週間」の創刊号で
8ページ分のドライブ特集を組んだこと。
わけのわからないKANSAIのトレンドを
地元のライター君とともに
探し回っていました。

まったく知らない土地は
ある意味新鮮で、
モチベーションを高めてくれました。
それもいい思い出かぁ。