小さなお祝いの日に
席に座った子どもは、まだ背筋が固い。
胸元の新しいボタンだけが、光を返している。
その隣で、同じ色の紙袋が静かに置かれている。
桜餅の淡い色が、その白にやさしく映る。
隣の常連が、小さくひとこと。
「似合ってるな」
誰に向けたのかは、わからないまま。
「……まあ、うちはこんなもんです。お腹も心も、また明日で。」
夜になると、少しだけ静かになる。
店の灯りは、まだ落ちていない。
明日も、たぶん変わらず開いている。
少しだけ、やさしい色が残っている。
「……まあ、うちはこんなもんです。
お腹も心も、また明日で。」
「今日も頑張って生きましょ。」
新しい一週間、
ぼちぼちと、自分の歩幅で。
混ざりきらないままでも、いい。
今日も、ゆっくりでちょうどいい。
カウンターの端は、空いてます。
炊きたての飯から、白い湯気が立ちのぼる。
箸先で、中心を小さく窪ませる。
そこへ落とされた黄身は、
静かに揺れていた。
箸を伝わせて、
醤油を一筋だけ落とす。
「混ぜきらなくていい。白と黄、それぞれの領分を残しておきなさい」
箸が触れるたび、
白と黄の境目が、少しずつ動く。
「地味なのは卒業です!」
クゥーが差し出したのは、
揚げ玉と桜海老をのせた一杯。
表面が、にぎやかに揺れる。
油が光を拾い、
音まで変わる。
ロクが奥で、わずかに息をついた。
カウンターの端で、
スーツの男が器を前に止まっていた。
箸を持ったまま、
黄身を見ている。
「……一度割ったら、戻りませんよね」
ロクは答えず、
厚めに切った沢庵を置いた。
男は小さく頷き、
黄身を崩す。
白の中へ、
ゆっくりと色がほどけていく。
⸻
閉店後。
拭き上げた台に、
わずかな湯気だけが残っている。
クゥーが鍋を片付けながら言った。
「さっきのお客さん、最後は笑ってましたね」
ロクは手を止めずに答える。
「……どうだかな」
しばらくして、
ぽつりとこぼす。
「混ざりきらないままでも、いい。」
【今日の注意書き】
・黄身を割るタイミングに、正解はありません。
・醤油は入れすぎると、戻れません。
・クゥーの“お祭り”は、静かな日には向きません。

