42皿目 卵を割る前 | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。


炊きたての飯から、白い湯気が立ちのぼる。

箸先で、中心を小さく窪ませる。

そこへ落とされた黄身は、  
静かに揺れていた。

箸を伝わせて、  
醤油を一筋だけ落とす。

「混ぜきらなくていい。白と黄、それぞれの領分を残しておきなさい」

箸が触れるたび、  
白と黄の境目が、少しずつ動く。

「地味なのは卒業です!」

クゥーが差し出したのは、  
揚げ玉と桜海老をのせた一杯。

表面が、にぎやかに揺れる。

油が光を拾い、  
音まで変わる。

ロクが奥で、わずかに息をついた。

カウンターの端で、  
スーツの男が器を前に止まっていた。

箸を持ったまま、  
黄身を見ている。

「……一度割ったら、戻りませんよね」

ロクは答えず、  
厚めに切った沢庵を置いた。

男は小さく頷き、  
黄身を崩す。

白の中へ、  
ゆっくりと色がほどけていく。


閉店後。

拭き上げた台に、  
わずかな湯気だけが残っている。

クゥーが鍋を片付けながら言った。

「さっきのお客さん、最後は笑ってましたね」

ロクは手を止めずに答える。

「……どうだかな」

しばらくして、  
ぽつりとこぼす。

「混ざりきらないままでも、いい。」




【今日の注意書き】

・黄身を割るタイミングに、正解はありません。  
・醤油は入れすぎると、戻れません。  
・クゥーの“お祭り”は、静かな日には向きません。