炊きたての飯から、白い湯気が立ちのぼる。
箸先で、中心を小さく窪ませる。
そこへ落とされた黄身は、
静かに揺れていた。
箸を伝わせて、
醤油を一筋だけ落とす。
「混ぜきらなくていい。白と黄、それぞれの領分を残しておきなさい」
箸が触れるたび、
白と黄の境目が、少しずつ動く。
「地味なのは卒業です!」
クゥーが差し出したのは、
揚げ玉と桜海老をのせた一杯。
表面が、にぎやかに揺れる。
油が光を拾い、
音まで変わる。
ロクが奥で、わずかに息をついた。
カウンターの端で、
スーツの男が器を前に止まっていた。
箸を持ったまま、
黄身を見ている。
「……一度割ったら、戻りませんよね」
ロクは答えず、
厚めに切った沢庵を置いた。
男は小さく頷き、
黄身を崩す。
白の中へ、
ゆっくりと色がほどけていく。
⸻
閉店後。
拭き上げた台に、
わずかな湯気だけが残っている。
クゥーが鍋を片付けながら言った。
「さっきのお客さん、最後は笑ってましたね」
ロクは手を止めずに答える。
「……どうだかな」
しばらくして、
ぽつりとこぼす。
「混ざりきらないままでも、いい。」
【今日の注意書き】
・黄身を割るタイミングに、正解はありません。
・醤油は入れすぎると、戻れません。
・クゥーの“お祭り”は、静かな日には向きません。
