湯気が、少しだけ遅れて立ちのぼる。
カウンターの端。
いつもの席に、いつものカップが置かれる。
「熱いから、気をつけて」
ロクが言う。
紅茶は、少しだけ色が深い。
淹れてから、ほんの少し時間が経っているらしい。
クゥーは何も言わない。
ただ、カップの縁を指でなぞっている。
一口。
熱すぎない。
ぬるくもない。
ちょうどいい——よりも、ほんの少しだけ後ろ。
「……少し、過ぎたな」
ロクが、ぽつりとこぼす。
その言葉に、クゥーが小さく笑う。
「でも、それくらいが落ち着きますよね」
差し出された小さな豆皿には、二つの琥珀糖。
薄い水色と、淡い琥珀色。
光を透かすと、微かな気泡が閉じ込められているのが見える。
指先でつまむと、ひんやりと乾いた感触。
奥歯で噛めば、シャリ、と小さな、けれど明瞭な音がした。
「……静かだな」
クゥーが呟く。
「ああ。……砂糖の砕ける音しかしない」
紅茶の深い渋みの後に、
角のない甘さがゆっくりと溶けていく。
湯気はもう、ほとんど見えない。
カップの中で、色だけが静かに残っている。
ロクは何も言わない。
クゥーも、何も足さない。
ただ、時間だけが、少しだけ長く伸びた。
——ここは、急がなくていい場所だ。
何も起こらない時間が、しばらく続いた。