番外編1 湯気のあと ― ちょうどいいの、少し後ろ ― | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

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町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。

湯気が、少しだけ遅れて立ちのぼる。

カウンターの端。
いつもの席に、いつものカップが置かれる。

「熱いから、気をつけて」

ロクが言う。

紅茶は、少しだけ色が深い。
淹れてから、ほんの少し時間が経っているらしい。

クゥは何も言わない。
ただ、カップの縁を指でなぞっている。

一口。

熱すぎない。
ぬるくもない。
ちょうどいい——よりも、ほんの少しだけ後ろ。

「……少し、過ぎたな」

ロクが、ぽつりとこぼす。

その言葉に、クゥーが小さく笑う。

「でも、それくらいが落ち着きますよね」

差し出された小さな豆皿には、二つの琥珀糖。
薄い水色と、淡い琥珀色。

光を透かすと、微かな気泡が閉じ込められているのが見える。

指先でつまむと、ひんやりと乾いた感触。
奥歯で噛めば、シャリ、と小さな、けれど明瞭な音がした。

「……静かだな」

クゥが呟く。

「ああ。……砂糖の砕ける音しかしない」

紅茶の深い渋みの後に、
角のない甘さがゆっくりと溶けていく。

湯気はもう、ほとんど見えない。
カップの中で、色だけが静かに残っている。

ロクは何も言わない。
クゥも、何も足さない。

ただ、時間だけが、少しだけ長く伸びた。

——ここは、急がなくていい場所だ。

何も起こらない時間が、しばらく続いた。