43皿目 桜餅 ― 春は、色だけ置いていく ― | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―
小さなお祝いの日に
桜餅は、皿の上で静かに光を持っている。
白に近い淡い桃色が、夕方のやわらかい光を受けて、少しだけ透ける。
葉は落ち着いた緑で、つやがあって、光がすべっていく。
餅の輪郭は曖昧なのに、そこにあるのはちゃんとわかる。
ロクは何も言わずに、ひとつだけ置いた。
カウンターの端、
まだ少しだけ硬い布の気配がある。
ロクは一瞬だけそこを見る。
それから火元へ視線を戻した。
「今日は特別にもう一個つけるっす」
クゥーが、小さめの桜餅をそっと横に置く。
少し形がいびつで、葉の巻き方も甘い。
「……あ」
小さな声が、ひとつだけ落ちる。
「いいんです、それで」
少し遅れて、やわらかい声が重なる。
クゥーはうなずいて、
ロクのほうを見る。
ロクは何も言わず、皿の向きをほんの少し整えた。
扉が開いたとき、外の光がそのまま流れ込んできた。
一瞬だけ、店の中の色がやわらかくなる。
席に座った子どもは、まだ背筋が固い。
胸元の新しいボタンだけが、光を返している。
その隣で、同じ色の紙袋が静かに置かれている。
桜餅の淡い色が、その白にやさしく映る。
隣の常連が、小さくひとこと。
「似合ってるな」
誰に向けたのかは、わからないまま。
「……まあ、うちはこんなもんです。お腹も心も、また明日で。」
今日の注意書き
・お祝いはだいたい増えます
・形は気にしないでください
・静かな日はだいたい良い日です

