何とかなるさ...の世界!? -9ページ目

何とかなるさ...の世界!?

いろいろごちゃ混ぜで書いてます。

 

 

第一列王記3章6節/1King 3:6 (HNV)

ソロモンは言った。「あなたは、あなたのしもべ、私の父ダビデに大いなる恵みを施されました。それは、彼が誠実正義真心とをもって、あなたの御前を歩んだからです。あなたは、この大いなる恵みを彼のために取っておき、きょう、この王座に着く子を彼にお与えになりました。

 

Shlomo said, You have shown to your servant David my father great lovingkindness, according as he walked before you in truth, and in righteousness, and in uprightness of heart with you; and you have kept for him this great lovingkindness, that you have given him a son to sit on his throne, as it is this day.

 

第一サムエル15章22節/1Sam 15:22

するとサムエルは言った。「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。---」

 

Shemu'el said, Has the LORD as great delight in burnt offerings and sacrifices, as in obeying the voice of the LORD? Behold, to obey is better than sacrifice, and to listen than the fat of rams.

 

ホセア書6章6節/Hosea 6:6

わたしは誠実を喜ぶが、いけにえは喜ばない。全焼のいけにえより、むしろ神を知ることを喜ぶ。

 

Behold, to obey is better than sacrifice, and to listen than the fat of rams.

 

第一列王記8章/1King 8

22)ソロモンはイスラエルの全集団の前で、主の祭壇の前に立ち、御手を天に差し伸べて、

 

Shlomo stood before the alter of the LORD in the presence of all the assembly of Yisura'el, and spread forth his hands toward heaven;

 

23)言った。「イスラエルの神、主よ。上は天、下は地にも、あなたのような神はほかにありません。あなたは、心を尽くして御前に歩むあなたのしもべたちに対し、契約右矢印恵み、真実)とを守られる方です。

 

And he said, LORD, the God of Yisra'el, there is no God like you, in heaven above, or on eretz beneath; who keep covenant and lovingkindness with your servants, who walk before you with all their heart;

 

24)あなたは、約束されたことを、あなたのしもべ、私の父ダビデのために守られました。また御手をもって、これを今日のように、成し遂げられました。

 

Who have kept witth your servant David my father that which you did promise him: yes, you spoke with your mouth, and have fulfilled it with your hand, as it is this day.

 

25)それで今、イスラエルの神、主よ。あなたのしもべ、私の父ダビデに約束して、『あなたがわたしの前に歩んだように、もしあなたの子孫がその道を守り、わたしの前に歩みさえするなら、あなたには、イスラエルの王座に着く人が、わたしの前から断たれない。』と仰せられたことを、ダビデのために守ってください。

 

 

Now therefore, LORD, the God of Yisra'el, keep with your servant David my father that which you have promised him, saying, There whall not fail you a man in my sight to sit on the throne of Yisra'el, if only your children take heed to their way, to walk before me as you have walked before me.

 

 

26)今、イスラエルの神。どうかあなたのしもべ、私の父ダビデに約束されたみことばを堅く立てられますように

 

 

Now therefore, God of Yisra'el, Please let your word be verified, which you spoke to your servant David my father.

 

 

神に聞き従う事とは、すなわち、義の道である誠実正義真心とをもって歩む事に繋がるのです。

 

Listening to and obeying God, in other words, leads to walking with truth, righteousness, and uprightness of heart the path of righteousness.

 

神は終わりの日に、御言葉そのものであるキリストを信じ、その御言葉に聞き従い、聖霊の導きの下に歩んで来た人々を立て上げて下さいます。

 

God will raise up in the last days those who have believed in Christ, who is the Word itself, and who have listened to and obeyed that Word, and who have walked under the guidance of the Holy Spirit which is not feminin spirit.

 

因みに、過去に何度も述べているように、聖霊は女性的な霊ではありません

 

By the way, as I have stated many times in the past, the Holy Spirit is not a feminine spirit.

 

聖霊は父なる神とキリストの霊(心)なのです。

 
The Holy Spirit is the Spirit (mind) of God the Father and of Christ.
 

神は、聖霊を女性神として創造などしていません。

 

God did not create the Holy Spirit as a female deity.

 

もっともらしいまやかしの教えに騙されないで下さい。

 

Don't be fooled by the plausible and deceptive teachings.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩篇46篇10節

「やめよ。私こそ神であることを知れ。わたしは国々の間であがめられ、地の上であがめられる。」

 

 

 

 

詩篇62篇1章

私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る。

 

 

 

 

マタイ25章

1)そこで、天の御国は、たとえて言えば、それぞれがともしびを持って、花婿を出迎える十人の娘のようです。

 

2)そのうち五人は愚かで、五人は賢かった。

 

3)愚かな娘たちは、ともしびは持っていたが、油を用意しておかなかった。

 

4)賢い娘たちは、自分の入れ物に油を入れて持っていた。

 

ルカ13章

24)「努力して狭い門から入りなさい。なぜなら、あなたがたに言いますが、はいろうとしても、はいれなくなる人が多いのですから。

 

25)家の主人が、立ち上がって、戸を閉めてしまってからでは、外に立って、『ご主人さま。あけてください。』と言って、戸をいくらたたいても、もう主人は、『あなたがたがどこの者か、私は知らない。』と答えるでしょう。

 

 

 

 

マタイ25章13節

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないからです。

 

 

 

昨日の朝見た夢の中で、私は初めての職場で賞与を貰っていました。

 

In the dream I had yesterday morning, I was getting a bunus at my very first job in my life.

 

入社三年目の先輩が教えてくれた彼女のボーナスの額は二十万円でした。

 

A senior colleague in her third year with the company told me that her bonus was 200,000 yen (around $1,300).

 

一方、私は上司から最初に渡された封筒を開けてみると、なんと百万円が入っていました。

 

Meanwhile, I opened the first envelope my boss handed me and to my surprise, it contained one million yen (around $6,400).

 

間違った金額だと思い上司にその事を尋ねると、それは彼のボーナスで、私に管理して欲しいとの事でした。

 

I thought it was the wrong amount and asked my supervisor about it, who told me that it was his bonus and that he wanted me to manage it.

 

それで私は了承して、それから自分のボーナスの封筒を開くと、二十二万円が入っていました。

 

So I agreed, and then I opened my bonus envelope and found 220,000 yen (around $1,400) in it.

 

先輩のボーナスとほとんど変わらないのでおかしいと思い、上司を訪ねたところ、「先輩と同じくらい信頼しているから、その額で間違いない」と説明されました。

 

I thought it was strange because it was almost the same as my senior's bonus, so I visited my supervisor, who explained that he trusted me as much as my seniors, so I was sure that was the right amount.

 

その後、夢から覚めて思いを巡らしていると、聖書に出て来る二つのたとえ話が頭に浮かんで来ました。

 

Then, when I woke up from the dream and was thinking about it, two parables from the Bible came to mind.

 

それらのたとえ話とは、「タラントのたとえ」(マタイ25章14-30節)と「狭い門のたとえ」(ルカ13章22-30節)です。

 

Those parables are the Parable of the Talents (Matthew 25:14-30) and the Parable of the Narrow Gate (Luke 13:22-30).

 

そして、特に以下の二つの御言葉がこの夢とリンクしているような気がします。

 

And I feel that the following two verses in particular are linked to this dream.

マタイ25章23節/Matthew 25:23 (ESV)

その主人は彼に言った。『良くやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』

 

His master said him, 'Well done, good and faithful servant. You have been faithful over much. Enter into the joy of your maser.'

 

ルカ13章30節/Luke 13:30

いいですか、今しんがりの者があとで先頭になり、いま先頭の者がしんがりになるのです。

 

And behold, some are last who will be first, and some are first who will be last.

 

 

 

 

時は縮まっています。

Time is short!

 

 

 

 

 

0:41

多くの場合、最大の戦いの場は、私達の教会の中で起こります。

 

このビデオでは、多くの人々を真の福音から逸脱させる原因となっている、悪魔の戦略をお見せしましょう。

 

注意深く警戒し続ける事が肝要です。

 

なぜなら、これは貴方の目の前で起きている事かもしれないからです。

 

0:57

兄弟姉妹、私達を惑わし、キリストの教えに従うという私達の目標から遠ざける可能性のあるものに対して用心深くなる事は、クリスチャンとしての旅路において窮めて重要な事です。

 

そこで、私達の目を逸らし、破滅させるために、悪魔が教会に潜入している方法をこれから紹介しましょう。

 

1)聞きたい事だけを話す説教

 

第一の攻撃は、「私達が聞きたい事だけを話す説教」です。

 

最近、クリスチャンコミュニティ、特にインターネットやソーシャルメディアで、興味をそそられると同時に、気になる説教のスタイルがある事に気が付きました。

 

いわゆる、やる気を起こさせるコーチングスタイルの説教です。

 

しかしそれは、励ましややる気を起こさせる言葉が重要である一方、神によって確立された真の道から人々を迷わせるかもしれません。

 

問題は、彼等が福音の真のメッセージを別の物に置き換えたり、取り消したりする時に生じます。

 

キリストに従う者として、クリスチャン生活とは、いつも気分が良く快適ではない事を忘れてはなりません。

 

兄弟姉妹、私達は、どんな代償を払ってでも霊的成長を追及する必要があるのです。

 

そして時には、その代償は非常に高いのです。

 

このような現代の説教は、殆どの場合、「神はそのままの貴方を愛しています。」とか、「貴方は変わる必要はありません。」、或いは「今のままで幸せなら、そのままで良いのです。神はそのままの貴方を愛しています。」というような歪んだ聖書の見方を助長しています。

 

しかしながら、兄弟姉妹、これは悔い改め明け渡し、そして新生の必要性という聖書の教えに反しているのです。

 

私達は、神が本当に私達を深く愛しておられ、私達のためにイエス様を遣わして死なせる事で、それを証明された事を理解する必要があります。

 

しかし聖書は、私達一人一人が自分の十字架を負い、それに伴う試練に立ち向かいながら主と共に歩まなければならないと、はっきり述べています。

 

慰めはするが挑戦はしない説教への需要が高まっている事は、悪魔が人々を信仰の本質から逸らす事に成功している事を明らかにしています。

 

使徒パウロは、第二テモテへの手紙の4章で、真理を無視して自分の欲望に合った作り話を好む人々について、既に警告していました。

 

ですから、この種の説教には細心の注意を払って欲しいのです。

 

2)やる気を起こさせる賛美

 

第二の攻撃は、「動機付け礼拝」です。

 

毎日のように、神への純粋な賛美というよりは、やる気を起こさせるメッセージのような賛美歌が生まれています。

 

このようなゴスペルソングは、感情に訴える効果があるにもかかわらず、主を賛美するよりむしろ、私達の自我に焦点を当てる事が多いのです。

 

聖書は、全身全霊で神を賛美する事の大切さを教えています。

 

詩篇95篇の冒頭には、私達は主に向かって喜び歌い、歌をもって賛美を捧げるべきだと書かれています。

 

更に、使徒パウロはコロサイ人への手紙3章16節で、キリストが詩篇、賛美歌、霊的な歌をもって互いに教え合いながら、彼等の間に豊かに住まわれるようにと促しています。

 

言い換えれば、これらの箇所は、私達が神を褒め称えるために礼拝を用いるべきである事を示しています。

 

キリストの無条件の愛と、私達の自我を傷つける事のないキリストの御業。

 

分かりますか。

 

聖書の詩篇はその好例です。

 

例えば、詩篇8章では、ダビデ王が真の礼拝のあり方について素晴らしい宣言をしています。

 

詩篇8篇3ー4節で彼が語っているのを見て下さい。

 

あなたの指のわざである天を見、あなたが整えられた月や星を見ますのに、人とは、何者なのでしょう。貴方がこれを心に留められるとは。

 

自分を高揚させるあらゆる理由を持っていたイスラエルの王が、神とその被造物の偉大さの前では、人間は取るに足らない小さな存在だと認めている事に注目して下さい。

 

3)新しい教義の出現

 

そして、敵からの第三の攻撃は、「新しい教義の出現」です。

 

これは、最近の教会内で大混乱を引き起こしている、最も危険な種類の攻撃です。

 

悪魔は、「神は罪を憎んでいるが、罪人を愛している」というようなメッセージを利用しています。

 

悪魔は多くの人々を欺き、生き方を変える必要はないと信じ込ませて来ました。

 

このような教義は、説教壇からの説教や歌から、ジェンダーイデオロギーや同姓婚のような聖書にそぐわないと分かっているテーマの需要まで、様々な形で現われています。

 

キリスト教を名乗りながら、LGBTの神学を採用している教会がある事は言うまでもありません。

 

更に、全ての道は神に通じると言う言説で、異なる宗教観を統合するエキュメニカル(教会一致から広がって宗教一致)な動きも浸透しています。

 

問題は、誤った教えが教会の本来あるべき姿を弱め、暗闇の中で光となる使命からクリスチャンを遠ざけている事です。

 

教会が世に似れば似るほど、その強さと証は失われて行きます。

 

だからこそ聖書は、この世の規準に合わせるのではなく、神の言葉によって新しくなり、変容を求めるべきだと警告しているのです。

 

4)神に育てられた指導者を貶める

 

そして、霊的攻撃の第四の種類は、「神によって育てられた指導者を辱める」事です。

 

教会を弱体化させようとする敵のもう一つの策略は、クリスチャンコミュニティ内の指導者や有力者を攻撃する事です。

 

悪魔は、ミニストリーの最前線にいる人々を倒そうと、たゆまぬ努力を続けています。

 

なぜなら、重要な人物の転落が教会の力を削ぎ、信者と部外者の両方にスキャンダルを引き起こす事を知っているからです。

 

これは嘲笑の理由になったり、他の人達がイエス様への信仰に改宗する妨げになったりします。

 

この悪意ある戦略の悲しい例は、成功を収め、多くの人生に影響を与えたゴスペルシンガー達が、結局は道を踏み外し、今ではメディアにネガティブに登場するケースに見られます。

 

ジョッタ・Aやプリシラ・アルカンタラのように、かつてブラジルの賛美と礼拝の中心的存在でありながら、後に道を踏み外してしまった人達...。

 

敵がどのようにインフルエンサーを使い、キリスト教のイメージに深刻なダメージを与えるかを示しています。

 

同様に、過去に神に力強く用いられた多くの牧師、説教者、伝道者達が、金や権力、肉の快楽に誘われてしまっています。

 

このような堕落は、彼等自身の評判を落とすだけでなく、未信者の教会に対する印象も悪くしました。

 

聖書は第一ヨハネの手紙2章で、この事を警告しています。

 

兄弟姉妹、私は誰よりも優れている訳ではないという事をはっきりさておきたいのです。

 

私は堕落してしまった指導者達よりも優れている訳ではありません。

 

結局のところ、聖書には「ですから、立っていると思う者は、倒れないように気を付けなさい。-第一コリント10章12節-」とあります。

 

このビデオで私が取り上げているのは、敵がどれだけ私達の中にスキャンダルを作り出し、多くの人々の信仰を弱めようと働いているかという事です。

 

さて、この件について私の意見を述べたいと思います。

 

私は教会が社会に適応する事に反対しているのではありません。

 

この二千年の教会の揺るぎない目的は、人々の必要と弱点を理解する事だったからです。

 

しかし、はっきりさせておきたいのは、私達は決して妥協してはならないし、神の言葉の原則が私達を導き、私達の知識と真実の拠り所となるべきなのです。

 

また、悪魔がどんなに私達にその事を忘れさせようとしても、地の光地の塩となるという私達の使命は変わっていないし、これからも変わらないという事を強調しておく事も重要です。

 

「神は罪を憎むが、罪人を愛する」という言葉は、非常に理にかなっています。

 

しかし神は、罪人が悔い改めてイエス様に立ち返り、イエス様を主であり救い主であると認める事を望んでおられるのです。アーメン。

 

もし、その人がこの招きを受け入れるならば、キリストと共に永遠の命を得る事が出来るのです。

 

神は聖なるお方なので、もし彼等が自分の意思に従って歩むなら、裁きの日に父と一緒にいる事は出来ません。

 

そして、イエス様の血によって清められた者だけが、父と共にいる事が出来るのです。アーメン。

 

 

 

 

 

あなたは非常に危険な場所にいます。

 

あなたはきらびやかな物でいっぱいの国に住んでいますが、それは金ではありません。

 

あなたは、嘘の約束でいっぱいの国に住んでいます。

 

あなたは、キリストからあなたを遠ざけるためにあらゆる力を尽くす国に住んでいます。

 

しかし、あなたが住む国はあなたに「神も世も手に入れる事が出来る」と言います。

 

「世を愛し、キリストを愛する事が出来る」と言う国に住んでいるあなたに、私はそれが嘘である事を知って欲しいのです。

 

それは嘘なのです。

 

私が怒っていると思わないで下さい。

 

私が意地悪をしようとしていると思わないで下さい。

 

私は、この国と地球を支配して来たどの政治的暴君よりも、多くの人々を殺して来た怪物からあなたを救うために言っているのです。

 

なぜなら、それは神があなたの内に働いた事がなく、救いの下で信じた事がなく、本当に改心した事がない証拠に過ぎないからです。

 

そして、もし主が本当にあなたを救うのであれば、あなたの内に良い御業を始められた方(聖霊)は、それを完成させて下さるからです。

 

なぜそんな事が分かりますか。

 

これは非常に重要な真実です。

 

なぜなら、主の名声がかかっているからです。

 

覚えておいて欲しいのは、神がどれほど力強いお方であるかを示すために人を救うのだということを。

 

そして、もし主があなたの内に御業を始められたなら、主はその力を示すためにそれを完成させるのです。

 

イスラエルがエジプトから出てきた時、彼等は神に対して多くの罪を犯しました。

 

そして神はモーセを試されました。

 

主はモーセに、「わたしはこの民を滅ぼし、あなた方から民を作る」と言われました。

 

モーセは、「いいえ、主よ。もしこの民を滅ぼせば、敵はあなたが彼等をエジプトの地から連れ出すには十分な力があったが、あなたが彼等に約束された地に連れて行くには、十分な力がなかったと言うでしょう」と言いました。

 

モーセが神の名声を気にしているのが分かります。

 

私は今日、ここで神の名声を気にしているのです。

 

私はあなたに神があなたを罪の責め苦から救い出し、本当にあなたを救われ、あなたを本当に義とされたのなら、その証拠となるものを知って欲しいのです。

 

主はあなたを変えるために、あなたの中で働き続けて下さっています。

 

なぜですか。

 

なぜなら、全てのクリスチャンは神の力の証明だからです。

 

主の名声がかかっているので、主は始めた御業を最後までやり遂げようとしておられるのです。

 

だからパウロはローマ人への手紙の中で警告しているのです。

 

彼は、神の御名は異邦人の間で冒涜されていると言っています。

 

なぜなら、ユダヤ人達は自分達を神と同一視しながら、神の命令に従って生きていなかったからです。

 

それと同様に、世界の多くの国々が、今この瞬間に私達がいるこの国、アメリカを嘲笑っています。

 

それは、アメリカがキリスト教国家だと主張しているからです。

 

しかし、世界を汚染する醜悪な物の殆ど全てが、アメリカから生まれているのです。

 

あらゆる道徳的汚点は、殆どここから始まっています。

 

だから分かるでしょう。

 

アメリカでは、悪魔のような生き方をしているにもかかわらず、自分達をクリスチャンだと信じている人達が多いのだから。

 

しかし、それ自体が彼等が神を知らない証拠なのです。

 

でもね、私達が話しているのは大勢の人達の事ではなく、あなたについて話しているのです。

 

改心した瞬間から、神があなたを聖なる者とするために、あなたの人生に働いている証拠があることを証明出来ますか

 

分かりますか。

 

あなたは本当にクリスチャンだと言えますか。

 

なぜなら、あなたが世を見、世に惑わされ、世に引き寄せられ、神があなたを懲らしめ、あなたが罪に加担する時、あなたはそれに絶えられなくなるからです。

 

それは、聖霊があなたを説得しているからです。

 

それとも、ただクリスチャンと名乗りながら、世と同じように見え、世と同じように行動し、世と同じように話し、世と同じような服を着て、世がする全てをする事が出来ますか。

 

今日のキリスト教信仰、福音主義において、その門についてはよく耳にしますが、その道については殆ど耳にする事がありません。

 

さて、どういう事でしょうか。

 

まず、門とは何ですか。

 

門とはキリストです。

 

扉はキリストの事です。

 

キリストの御姿、十字架上の御業、死からの復活、昇天、そして執り成し人、王としての現在の務めを通して、キリスト教信仰にどのように入れますか。

 

「クリスチャンというのは、世間と同じように色々な事をやって、ちょっとだけイエス様を加える事です。」

 

それは、キリスト教の教育システムにおける危険の一つです。

 

しかし、分かって欲しいのは、これは革命的だという事です。

 

それは革命的です。

 

それは人を完全に変え、生涯を通してその人を変え続けるのです。

6:27

 

今、この部屋には、死ねば天国に移され、言葉に出来ない栄光をその身に負う人達がいます。

 

そして今この部屋には、死んだら神の裁きによって地獄に直行させられ、そこで神の恩寵は完全に取り除かれ、本当の怪物である事が明らかになる人々がいます。

 

分かるでしょう。

 

福音を宣べ伝える私達は、あなた方を楽しませるためにここにいるのではありません。

 

私達は、どうすれば今の人生から最高の物を手に入れられるかについて、一時的な事を話すためにここにいるのではありません。

 

いいえ、私は今夜、あなたの自尊心など気にしていません。

 

私はあなたの札入れと小切手帳が釣り合っているかどうかなど気にしていません。

 

私には心配な事が一つあります。

 

ある日、あなた方一人一人が聖なる神の前に裸で立ち、裁かれるという事です。

7:26

 

イエス様は「時は成就し、神の国は近づいた」と言われ、マルコによる福音書には「悔い改めて福音を信じなさい」とあります。

 

「ポール兄弟、私は祈ってイエス・キリストを私の心に受け入れる事で救われたんです」とあなたは言うでしょう。

 

しかし、あなたは魔法の公式や、誰かの後について悔い改めた言葉によって救われた訳ではありません。

 

あなたが救われたのは、罪を悔い改め信じたからです。

 

そして、あなたは過去にそうして来ただけでなく、現在に至るまでそうし続けています。

 

というのも、イエス様が言った言葉を適切に訳すとこうなるからです。

 

「神の国は来た。時は今、成就した。残りの人生を悔い改め、わたしを信じて過ごしなさい。」

 

「ああ、それはしました。悔い改めました。信じました。」

 

友よ、私の問いは、「あなたは罪を悔い改め続けていますか」です。

 

あなた方の内に良い御業を始められた方(聖霊)が、それを完成させて下さるのですから。

 

彼はそれを成し遂げて下さいます。

8:25

 

もしあなたがクリスチャンだと自称していても、願望が殆どなければ、神の栄光のために全てを行うという言葉に興奮する事はありません。

 

もっともっとキリストのように成りたい、もっともっとキリストの役に立ちたいと願わなければ、神や人々への愛は深まらないのです。

 

あなたは恐れる必要があります。

 

あなたは心配する必要があります。

 

もし、あなたが隠れた大罪を犯しながら生きる事が出来るのであれば、恐れる必要があります。

 

なぜなら、イエス・キリストへの信仰告白が偽りである可能性が非常に高いからです。

 

それは、嘘、偽りです。

9:06

 

マタイ7章13節から27節まで読誦

10:46

 

救いは信仰だけによるものです。

 

しかし、救いは再生と呼ばれる神の超自然的な働きの結果であり、私達は新しく創造された者となるのです。

 

私達は生きている心(いのちの御霊)を持っていて、違う生き方をしようとします。

 

そして、その人がそのように歩み始める事がその(いのちの御霊を持っている)証拠なのです。

 

そして、彼等は父の御心を気にし始めます。

 

あなたの人生に対する神の御心は何ですか。

 

そして、彼等の生涯に関して、自分の人生に対する神の御心は何かというだけではなく、改宗した瞬間にクリスチャン生活について一つの事が分かって来ます。

 

あなたは何を始めるか知っていて、聖書を読み始めるのです。

 

なぜですか。

 

単に、聖句の暗唱大会で優勝するためですか。

 

いいえ、クリスチャンになった瞬間に聖書を読み始めるのは、神の御心を知りたいからです

 

だからこそ、その御心に従って生きる事が出来るのです。

11:43

 

このキリスト教信仰は文化的なものではありません。

 

このキリスト教信仰は、あなたの人生のほんの一部であるべきではありません。

 

日曜日に行う何かではありません。

 

キリスト教信仰とは、週六日この世的に生きながら教会に来る事ではありません。

 

キリスト教信仰とは、あなたがいつも世と同じで、日曜日に教会に来る事ではないのです。

 

もしそれがあなたのキリスト教信仰なら、あなたにはキリスト教信仰がありません。

 

あなたはクリスチャン(キリスト者)ではありません。

 

クリスチャンの家庭で育つのは危険な事です。

 

クリスチャンの共同体で育つのは危険な事です。

 

両親がクリスチャンだから、自分もクリスチャンだ、或いは苦難を味わった人々の集団の出身だから、自分もその栄光に預かろうと考えるかもしれないからです。

 

それは真実ではありません。

 

若者の皆さん、あなたはクリスチャンですか。

 

どうして自分がクリスチャンだと分かりますか。

 

自分が本当にキリストを知るようになったことを、どうやって知る事が出来ますか

12:43

 

言っておきたい事があります。

 

これから聖書に入りますが、それをありのままに見て欲しいのです。

 

クリスチャンと自称する人達と自分を比べるのは止めて下さい。

 

自分自身を聖書と比較してください。

 

ある若者が牧師や青年牧師の所に来て、自分が救われたのかどうか分からないと言います。

 

青年牧師はたいてい、「でもあなたの人生の中で、イエス様があなたの心の中に入って下さるように祈った時期があったでしょう」と決まり文句を言います。

 

「そうですね。誠実でしたか。」

 

「ええと、そうは思いません。」

 

「じゃ、悪魔にあなたを煩わせるのを止めるように言う必要があります。あなたが伝道師を疑った時にいつでも聖書を指し示す事が出来るように、聖書の奥付に日付を書きましたか。」

 

何という迷信が私達の宗派を覆っているのでしょう。

 

あなたは聖書がクリスチャンに語っている事を知ります。

 

自分自身を吟味しなさい

 

御言葉に照らして自分を試し、信仰に則っているかを確認して下さい

 

自分がクリスチャンかどうか自分で試してみて下さい

 

もし私がこのまま私達を解散させ、皆にこの街中のドアをノックして回るように言ったとしたら、どうなると思いますか。

 

少なくともこの街では、99%の人達が信者だと信じきっている事を知っていますか。

 

私は救われた後、故郷に戻って全てのドアを叩き、それで分かった事は、私の町の人達は皆クリスチャンだという事です。

 

彼等の85%は教会に行かないし、教会に行く人は神聖について関心がなければ、世から離れる事に関心もなく、福音が諸国民の間に宣べ伝えられる事にも関心がありません。

 

でも神に祝福されて、彼等は救われています。

 

なぜ、彼等は救われていますか。

 

説教に時間をかけず、聖書の研究にもっと時間を費やすべき伝道者達が彼等に語ったから、彼等は救われたのです。

 

そして、彼は次のリバイバルで何人が名乗りを挙げたかを自慢するために、それをやったのです。

 

私はあなたを愛しているし、あなたを愛している人達もここにいます。

 

神の御言葉に耳を傾け、自問自答を始めて下さい。

14:43

 

自分でこう問いただして下さい。

 

「私はキリストを知っているのだろうか。それが、何らかの形となって現われているのだろうか。」

 

つまり、キリストは最大の存在なのです。

 

キリストを知っていると言っても、それがあなたの人生に何の影響も与えないなら、あなたはキリストを知らないことになります。

 

 

 

 

第一コリント15章45節

聖書に「最初のアダムは生きた者となった。」と書かれてありますが、最後のアダム(キリスト)は、生かす御霊となりました。

 

ローマ8章2節

なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。