小学校・中学校・高校と英語を勉強しましたが、この頃は英文を見たり英語を聞くと、学校の教室やテスト問題が連想され、吐き気がしました。
語学は外国人と交流するツールなのですが、私の中の英語イメージに外国人が登場せず、しかめっ面をした英語の先生と、受験に合格しなければという焦燥感だけが思い出されました。
大学へ入り、ニューヨークを旅行して、外国人と英語で交流する機会を初めて持ったことで初めて「楽しい」と思いました。
このあと、英文を読んだり英語のリスニングをするとニューヨークを思い出して気分が高揚するようになりました。
しかし社会人に入り、英語を仕事で使うようになると、英語が仕事を連想するようになり、また英語を遠ざけるようになりました。
そんな折、あることがきっかけで中国語を勉強するようになりました。
学生の頃から中国は好きで何回も旅行へ行き、中国人との交流もありましたが、中国語自体を勉強する機会はありませんでした。
当時、中国語は仕事では全く使いませんでしたし、学校で習うこともありません。
中国語を勉強すると、頭の中に中国の深山幽谷の山水画のイメージや、美味しい中華料理、三国志などのイメージが想起され、とてもリラックスできました。
中国語の勉強を進めていくと、漢文も少し分かるようになり、親戚の法事でお寺へ行きお経を読んだ時も少し意味が分かり、「あ、お経もやっぱり中国語なんだな」と感慨深い気持ちになりました。
英語はすっかり仕事のイメージが定着してしまったのでモチベーションが上がらなかったのに対し、中国語は単語帳を見ただけで中国の街並みを思い出して旅行気分に浸ることができたので、ぐんぐん伸びました。
そして、中国語を使う仕事へ転職し、中国に住む機会も得ました。
仕事で中国語を使うのは非常に奇妙な感覚でした。
もともと英語は学校や仕事のイメージがベッタリ付いていましたが、自分にとって中国語はずっと趣味の世界のものだったので、仕事とは全く関係なかったので、変な感じでした。
この違和感を例えると、お正月にしか顔を合わさない親戚のおじさんとおばさんが、高校の同窓会に現れて同級生と交流しているような感じです。
仕事で中国語を使うようになると、中国語力は伸びましたが、やはり中国語に仕事で感じるストレスのイメージが纏わりつくようになり、勤務時間外で中国語に触れたくなくなりました。
しかも、中国に住んでると中国共産党のスローガンもたくさん見ますし、テレビを見ても社会主義の素晴らしさを宣伝する偏った内容が多いので、辟易するようになりました。
中国では、たまに英語の記事を読んだり、BBCの英語ニュースを聞くと、息継ぎをしたような感覚でリフレッシュできます。
日本語だと、日中関係の狭い枠組みから出られない感覚がありますが、英語に触れると世界の広さを思い出し、西側の資本主義の空気に触れることもできます。
そんなこんなで、中国での仕事を通じて中国語にネガティブなイメージが付いてしまいましたが、中国での仕事を辞めて日本へ戻ってくると、また中国のイメージが徐々に戻ってきました。
日本にいると海外と触れる機会が少ないので、中国語を見て中国旅行を思い出したり、中国古典に触れて世界を広げることがリフレッシュになります。
この経験から感じるのは、語学にはイメージが非常に重要だということです。
幼い頃から狭い教室に座って英語を勉強してばかりだと、英語に対して苦痛なイメージが付いてしまって、嫌いになるんじゃないかと思います。
言葉が通じなくても、もしお金に余裕があるなら1週間のフィリピン語学留学に連れていくなり、日本国内で外国人コミュニティを探すなり、とにかく英語で外国人と交流する機会を作った方が子供が自発的に英語に興味を持つのではないでしょうか。
英語を見たり聞いたりした時に、楽しいイメージを想起することができれば、英語の勉強が楽しくなるはずです。