カリフォルニアの建築家日記 -45ページ目

【心耕な街は可能なのか】人の心を耕す

【心耕】



心を育てれば
ルールは必要ない



心を育てれば
自然と共生できる



心を育てれば

全てが育つ



カリフォルニアの建築家日記
Sneak Preview of F-MP:マスタープラン(2000 Hectors)
農畜業・植物園・ホテル/リゾート・教育機関/研究所・商業施設・集合住宅・プレミア住宅



オーガニック生活とはケミカルを使わないということだけではないんだよ。 

育てられる側(家畜や野菜など)にたち
エコシステムを理解することで
自然と共生できるようになるんだよねぇ。




 


心を耕す。。



そんな場所に住みたいなぁ。







See ya,


:D

【:D流  恐怖・不安克服術 5つの方法】その2

【:D流  恐怖・不安克服術 5つの方法】 ~その2

カリフォルニアの建築家日記
source: Apple


前記事を読む→http://ameblo.jp/e-volution/entry-10878638016.html



2)すべての恐怖・不安を一度に克服する必要はない


誰だって不得意なこと、恐怖に感じる事は沢山あるよねぇ。
苦手なことは避けられるなら、避け続けたい気持ちは解るけど、
現実は避け続ければ避け続けるほど不安な気持ちになるもの。



僕のケースで例えると、恐怖・不安の一つとして「スピーチ」があった。


「人前で話す。。」





建築家としてアイデアを他人に明白にコミュニケーションすることは
欠かせないことであり、
コミュニケーション無しでは助けを借りる事もできないんだよねぇ。


増して、言葉が違う国々でプロジェクトを進行するんだから、
自身をもって公共でスピーチすることは当然だし、
開発地域では沢山のコミュニティーと将来のビジョンを話す責任があったり。。


英語など他の言語でスピーチするとなると
プレッシャーも2倍、3倍に感じたこともあったなぁ。。




「自分の言葉が通じなかったらどうしよう。。」

「みんなに笑われたらどうしよう。。」

「大事なポイントを忘れてしまったらどうしよう。。。」




将来起こり得る問題(スピーチ後)を頭の中に思い浮かべては
不安で心臓がドキドキしたこともあったなぁ。



実際は起きもしないことばかり考えては。。


「あ~なったらどうしよう。。」

「こうなったらどうしよう。。」




そんな、解らないことに沢山の時間を費やしたこともあったよ。。


やってみなければ、わからないのにねぇ。





最後の究極の答えは←答えになってない。。汗

「仮病を使って逃げよう」。。。とか。 笑



当時の自分は言語・見かけという壁がとても高く
努力する前から負け試合をしているような感覚だったんだぁ。。




「日本人だから英語が苦手。。。。」


「イタリア語はまだまだだから、プレゼンなんて不可能。。」



失敗するケースの方が成功するチャンスより当然多い。


恐怖・不安を克服する鍵とは
失敗する可能性を考えるより、
成功した時のインパクトを明白にすることなんだよねぇ。





【自信がない自分】

アメリカの大学に通う当初、

デザインコース中間発表で緊張のあまり言葉がでなかったことがあるんだぁ。

この世が終わりではないかと思えるほど辛く冷酷な時間を過ごした後、
教授はとても大切な助言をくれたんだぁ。



「君のデザインはすばらしい。 良く勉強しているし現実身もある。」


「しかし。。。アイデアを他人に表現できなくては
    それは良いデザインではなくなってしまうよ。」


「コミュニケーションは言葉が問題じゃない。英語のせいにするのはどうかなぁ。。」




正にその通りだった。



結果、大学の近くに隣接する短大で「スピーチ」のクラスをとることを決意した。
当時一番不安と思っていたこと「スピーチ」を克服したかったからねぇ。





【スピーチとは表現】

週二回、50分の授業だったなぁ。


「Hi. everyone.」


とっても明るい先生マーサはそう言うと早速スピーチレッスンに入った。


「今日から沢山の事柄をカバーするわよ。」


「まずは自己紹介から。。」



20分ぐらいだっただろうか。。


マーサがどこから来たのか、どのように育ったのか、家族構成から、彼女の趣味、
なぜここでスピーチを教えているのか? アメリカ人としての問題点と可能性。。
スピーチの素晴らしさ。。


一つの映画を観ているような思いで彼女のスピーチを聞く事ができた。
完璧どころか、彼女に親近感すら感じることができたんだぁ。




スピーチが終わると彼女は、

「さぁ。今度はあなた達の番よ。。」




「あちゃぁ!」


しかも、自分がクラスメイトの先頭をきって一最初に話すことになった。。



「はい。だいすけです。。 日本から来ました。。。。」


「。。。。。。。。。」


京都のお寺で座禅を組んでいるかのような静けさ。。

「。。。。。。。。。」





結果は。。



「最悪」 ・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 ←絵文字登場!


そのようにして幕を開けたスピーチのクラス。

大変は生徒を抱えてしまったなぁ。。とマーサは思ったことでしょう。。


クラスが終わり帰り際、


「だいすけ、だいじょうぶ。 ここは英語のクラスではないわぁ。」


「ここではスピーチ、表現を練習してほしいからぁ。」





【赤いリンゴ】

スピーチにもいろいろな表現の仕方があるよ。

事前に用意した「スクリプト」を読む方法、

言葉一つ一つを事前に暗記して、本番でそのままアクトする方法。

スピーチの内容からポイントだけをリストアップしてポイントづつ話す方法

または、究極の「フリースピーチ」




スピーチが苦手な僕にとって恐怖を感じていたの理由がいつかあった。

最初にその理由を紙に書く練習をした。 
結果、大きく分けで3つあった。


◯ 話しが途切れてしまったらどうしよう
◯ 上手く発音できなかったらどうしよう
◯ 笑われたらどうしよう


マーサはニコっと笑い、


「これは。。スピーチの内容ではなく、自信の問題。。」


じゃぁ、今日からあなたはフリー・スピーチねぇ。。。



「それじゃ、これから3分間、これを見て観察して。」




机の上に赤いリンゴがあった。。



3分後。。



「はい、これから15分間、このリンゴに関すること全て私に話して。」



「Ready, Go~!」




「ぎゃぁ~!」


突然のリクエストにおろおろする暇もなく、
彼女は時計を片手に僕を見つめているではないかぁ。。


「Well,.. Go ahead.. I am waiting..」
(はい.どうぞ。。 既に始まってるわよ。)


彼女だけではない、クラスメイトのみんなも見つめている。。


緊張、緊張から一言。。


「This is an apple..」


そうすると、みんなが大きな声を出して笑った。。。


「ショック。。」


でも笑っている顔を見ると自分もなんだか緊張がほぐれたような感覚だった。


「これはリンゴで、リンゴは赤くて。。」


「赤いリンゴは丸くて。。。上に、ほらぁ。 なんだか棒が。。」


「この棒、なんて言うの?」




「Stem!」



クラスのみんなが答えてくれる。。



僕は続けた。。


「リンゴにもいろいろな色があるよねぇ。」

「赤、緑、黄色。。」

「リンゴを絞ったリンゴジュースは好きだなぁ。」

「酸っぱいのはあまり好まないなぁ。」

「リンゴの皮むきは得意じゃないなぁ。。」

「リンゴというと僕はニュートンを思い出すなぁ」

「彼はリンゴが横で落ちるのを見て重力を知ったんだよねぇ。。」 

「どうやったらそんな創造力が養うのか。。」

「始めてリンゴを食べたの覚えている?」

「リンゴはいろいろな料理に使えるよねぇ。。」


「。。。。」





「リンゴ、リンゴ、、」




気がつくと15分を知らせるベルがなった。。



「それでいいのよ。。 スピーチって。」



顔を真っ赤にしながら話した僕のスピーチは当然最悪だったと思うけど、

スピーチを終えた時の感覚は言葉では表現できないくらい嬉しかったよ。




以後、ランダム・フリー・スピッチを毎週練習した。



今日は「たまごについて」



今日は「ゴキブリ。。について。」





練習する際、こんなことが解ってきた。



怖がっていることを最初にやってしまう!



◯ 話しが途切れてしまったらどうしよう
◯ 上手く発音できなかったらどうしよう
◯ 笑われたらどうしよう


リンゴのスピーチでは意図的ではなかったけれど、
最初の言葉でみんなが笑ったよねぇ。


これは僕がスピーチ前に怖かったことであり、不安だったこと。。


でも実際にその恐怖を体験すると
創造していたより全然問題ではないということを体験する。



そうなんだよねぇ。


恐怖・不安は勝手に自分が抱いた感情であって
実際経験すると大した事がないことが多いんだよ



小さな、スピーチを終え、次は政治について20分。

夢について30分っと徐々に時間を延ばしていく。



5人の前で練習し、

次は10人、50人、100人。。



今ではレクチャーや政府との会議などでステージに立っては
照明灯で眩しくてみんなの顔が真っ黒で見えないくらい大勢の前で
スピーチする機会もあるけれど、
全てを一度に克服したわけじゃないんだよねぇ。



当然、今でも沢山学ぶことがあるよ。
でもねぇ、恐怖・不安と感じることはなくなったんだよ。




反対に心臓がドキドキする瞬間が楽しくてエキサイティングするほどに。。。



不思議だよねぇ。



昔は一番大嫌いな恐怖であり、不安であったのに。。



すべての恐怖・不安を一度に克服する必要はない

小さなステップを踏めば、
どんな大きな恐怖・不安も克服するということなんだよねぇ。




“Baby Steps are Okay”









◎ 早速、トライしてみよう

今一番感じている心配ごと、恐怖・不安を紙にリストしてみよう。

その事柄を3ステップに分けて小さく、軽いことから練習してみよう。

どんなにクレイジーと言われていることも小さいことから練習すれば
恐怖を興味に変えることができるようになるよ。


関連記事を読む→http://ameblo.jp/e-volution/entry-10826180891.html






次は

3) 不安は「成長できるチャンス」と考えアプローチする
http://ameblo.jp/e-volution/entry-10893115049.html







See ya,


:D

【:D流  恐怖・不安克服術 5つの方法】

【:D流  恐怖・不安克服術 5つの方法】
カリフォルニアの建築家日記
Fear:恐怖や不安に感じることは常に悪いことではない。敵から身を守るために与えられたプロテクションであって生きるために必要な大切な感情の一つ。 でも自分でコントロールできるように練習しないと、不安という感情に振り回されてしまうよ。 不安を見方にして恐怖を追い出してしまおうよ!


恐れ、恐怖、懸念、心配、不安。。

英語では一つの言葉で表現することができねぇ。


“Fear”

どんなに強くて、大きな人でもFearはある。

Fearは人によって様々であり、考え方によって大きくなったり、
気にならなくなったり。。


高い所が苦手な人がいれば、高い所が大好きな人もいる。

子供の頃、ゴキブリを手に取って遊んでいた時もあれば、
今ではゴキブリの「ゴ」を創造するだけで、体がゾォ~っとするぐらい恐怖を感じる.。。

僕たちには様々な恐怖や不安があると思うけれど、
それらが自分が持つ可能性を越える「壁」となり、
成長や繁栄の妨げになる原因となっているのか?。。

または、
それらと正々堂々と直面し新しい世界へ踏み込むチャンスにするのか?。。


その選択を決めるのは。。他ではない自分次第なんだよねぇ。


Fear(恐怖・心配)は決して常に悪いことではないと思うんだぁ。
確かに心配することは起こり得る危機をさけるために必要は防御心であって 生きるために必要なサバイバル・ツールだと思う。
でもねぇ、自分が抱く恐怖や不安にコントロールされてしまったり、必要な時にリスクがとれなくなってしまっては、恐怖や不安がみんなの人生の可能性を制限してしまことになるんだよ。

以前の記事で紹介したことがあると思うけど、
リスクとは危機であって、計算されたリスクは危機ではないということ。

「安全・リスク回避」という言い訳で夢ばかりみているライフスタイルはどうかなぁ。。って思うんだぁ。





【恐怖・懸念・心配・不安を克服せよ!】

「大人なんだから、恐怖心だって克服できる。。」
考えてみれば、そうだよねぇ。

大人なんだから。

ちゃんと考えれば難しいことはないんだよねぇ。
魔法や才能もいらないと思う。

不安は大人になればなるほど増えるもの。
なぜなら、過去に様々な経験や失敗・失敗話を聞いているから。

僕は恐怖・不安は天気予報だと考えるようにしているんだぁ。

天気予報は予報であって、天気報告ではないよねぇ。
「明日雨が降るかもしれないから傘が必要だなぁ。。」と思うけど、
「雨が降る可能性を知りたくないから観るのは避けよう。。」とはならないよねぇ。

Fear: 恐れ・恐怖・懸念・心配・不安も
「予報」であって「注意すること」のレベルなんだよねぇ。


実際、天気予報が当らなかったケースを良く経験するよねぇ。
人生も同じこと。 実際は当たらないほうが多いから。。


僕は5つの方法を使ってこれまでに様々な不安を克服しているよ。


結果はいつも同じ。


「トライしてよかった。。」


みんなも独自の方法で様々な恐怖・不安克服してみるといいなぁ。

1)みんなが不安と思っていることを自覚すること
2)すべての不安を一度に克服する必要はない
3)不安は「成長できるチャンス」と考えアプローチする
4)不安を抱く自分に注意すること
5)失敗は決してこの世の終わりではない



 1)みんなが恐怖・不安と抱いてことを自覚すること

僕はゴキブリが大嫌い。

ゴキブリを発見すると大小、大陸、識別に関係なく森でクロクマに遭遇したかのように動けなくなってします。 まさに、死んだ振り状態。。


どんなに大きな家に住んでいても
彼が出没すれば全てが彼らの物となり堂々とマーチするのを待つしかない。。



秘書のケイラはウサギが嫌い。

白い小さな体に赤色の目。
しかもジャンプしながらどことなく走る姿は彼女にとって「計算できない動き」であり、整頓好きな彼女のライフスタイルと比べると天と地ほど違うのだろう。。



僕はそんなウサギを怖いどころか、可愛いと思う。


スタジオでゴキブリを発見した時(過去12年間2度遭遇)
ケイラは何もなかったように雑誌を丸め一撃で逮捕する。。




「。。。。。」



自分が恐怖・不安している事柄は
他人が同じように思っているとは限らないということ。


でも、誰もが恐怖・不安があるということを理解することで、
自分だけがそのような問題と直面しているという錯覚を避けることができる。



「不安なのは私だけじゃない。。」



確かに恐怖や不安は沢山あるけれど、
怖いからといって自分が「弱い人間」ではないということ。。
なんだよねぇ。


◎トライしてみよう
家族・恩師・近い友達と自分が抱く恐怖や不安を実際に話し合ってみよう。
他の誰かが既に同じ体験したことがあったり、その事柄の解決法を事前に学ぶことができるよ。 



「計算されたリスクは、もうリスクではない。。」


覚えておこうねぇ。




次回は

2)すべての不安を一度に克服する必要はない





See ya,


:D

【今月のテーマ】5月

【今月のテーマ】

2011年1月
“:Dream like a Child”
  夢を追い続けよう!
http://ameblo.jp/e-volution/entry-10756639809.html



2011年2月
“:Dare to :Dream”
  勇気をもって進め!
http://ameblo.jp/e-volution/entry-10789975668.html



2011年3月
“:Define Your Fears!”
  不安を定義せよ!
http://ameblo.jp/e-volution/entry-10789975668.html



2011年4月
“:Don't Lose Faith!”
  信じ続けること

http://ameblo.jp/e-volution/entry-10868709411.html



2011年5月
“:Conquer Your Fears!”
  恐怖・心配・不安を克服せよ!
http://ameblo.jp/e-volution/entry-10878638016.html


恐れ、恐怖、懸念、心配、不安。。
英語では一つの言葉で表現することができねぇ。


“Fear”

どんなに強くて、大きな人でもFearはある。

Fearは人によって様々であり、考え方によって大きくなったり、気にならなくなったり。。


高い所が苦手な人がいれば、高い所が大好きな人もいる。


僕のFearの一つを例えると。。

子供の頃、ゴキブリを手に取って遊んでいた時もあれば、
今ではゴキブリの「ゴ」を創造するだけで、
体がゾォ~っとするぐらい恐怖を感じる.。。




僕たちには様々な恐怖や不安があるけれど、

それらが自分が持つ可能性を越える「壁」となり
成長や繁栄の妨げになる原因となっているのか?。。

または、

それらと正々堂々と直面し新しい世界へ踏み込むチャンスにするのか?。。




その選択を決めるのは。。

他ではない自分次第なんだよねぇ。




Fear(恐怖・心配)は決して常に悪いことではないと思うんだぁ。

確かに心配することは起こり得る危機をさけるために必要は防御心であって 
生きるために必要なサバイバル・ツールだと思う。

でもねぇ、
自分が抱く恐怖や不安にコントロールされてしまったり
必要な時にリスクがとれなくなってしまっては、
恐怖や不安がみんなの人生の可能性を制限してしまことになるんだよねぇ。



以前の記事で紹介したことがあるけれど

リスクとは危機であって、計算されたリスクは危機ではないということ。



「安全・リスク回避」という言い訳を使って
夢ばかりみているライフスタイルはどうかなぁ。。って思うんだぁ。




続きを読む→http://ameblo.jp/e-volution/entry-10878638016.html  (5月4日水曜日発行)


【レクシーの夢】


【レクシーの夢】



カリフォルニアは本当に清々しい。

サンタモニカをブラブラしてから
ファーマーズマーケットに向かう。


カリフォルニアの建築家日記


ここは昔からローカルの人々にも愛されている
ちょっとした隠れ場。

ウィークデイというのに沢山の人々でにぎやっているよ。


観光客も多いけれど、
彼らは誰が居るかなんてわからない。


実は
以前ここで
とても有名な俳優さん、ディレクターと待ち合わせしたこともあるほど。




僕は時々、
Hazelnuts (ヘーゼル・ナッツ?)のコーヒーを買っては
ここで長時間デザインをすることがあるんだぁ。



人に囲まれながら、
誰にも邪魔されることなく。。
とてもピースフルで。。



いろいろなアイデアが浮かんでくる。。。







そんな時、




「何を描いているの?」



振り返えると小さな女の子。



「うん。 プロジェクトのデザインをしてるんだよ。」



「わぁー。 見せて見せて。」



彼女はずっと前から気になっていて、
遠くから、後ろから、斜めから、のぞいていたと言う。



「私も絵を描くのが好きなの。」



「わぁ。 それは素晴らしいねぇ。 どんな絵を描くのが好きなの?」



「。。。。。」



少し沈黙すると彼女は、





「あなたを描くわぁ。」





「えっ?!」




@ ̄Д ̄@; 

絵文字デス。 
こんなの描かれたらどうしよう?







「えっ、しかも、ここに描いちゃうの。。?」



カリフォルニアの建築家日記



な、なにやら。。

そう言うと僕のスケッチブックをとり、

“スラスラ~。”っと。。。。





ページ中央付近に元気いっぱい。



まずは口から。



それから鼻。



次に目。

あれ、ネコの目みたい。。。汗





髪を描いて、

最後はシグニチャーの“ヒゲ。。。。。?!”





ちょっと待てよ。。

彼女、僕の顔、一回しか見てなかったじゃん。。



つまり、
創造画?


主題が目の前にいるのに?!




「ぎゃぁ~。。。」


カリフォルニアの建築家日記
万年筆を始めて使って描いた彼女。 最初は持ち方もギクシャクしていたけれど、髪を描く時は既に線の太さも調整したいたよ。 
口を最初に描くとはビックリ。 最後はシグニチャーのヒゲまで丁寧に。。。。




“Awesome!!!”


これこそ、アートだねぇ。




シカゴに住む彼女は将来俳優を目指しているという。

年に一回のオーディションに参加し
ハリウッドの厳しい世界へのエントリーにチャレンジしている。



「今年で2年目なの。」


「今回もダメだったけど、何となくコツがわかってきたわぁ。」



「来年は今年失敗したことを克服するから、楽しみなの。。」




なんてしっかりした考えなのだろう。。




彼女の名はレクシー・コックス



“諦めず、やり続けることで人生の意味をさとる。”






「レクシー、その調子でがんばろうねぇ!」




カリフォルニアの建築家日記



See ya,





:D
 
 

【日の丸石けんで綺麗に寄付】


日の丸の石鹸買って日本を応援。

汚れ落として募金しよう。(^_^)

photo:01


赤色の部分は甘いさくらんぼうの匂いがするよ。

http://www.lushusa.com/shop/japan-relief/


see ya,


:D


iPhoneからの投稿

【今月のテーマ】4月 ←ちょっと遅すぎ?

【今月のテーマ】

2011年1月
“:Dream like a Child”
  夢を追い続けよう!
http://ameblo.jp/e-volution/entry-10756639809.html



2011年2月
“:Dare to :Dream”
  勇気をもって進め!
http://ameblo.jp/e-volution/entry-10789975668.html



2011年3月
“:Define Your Fears!”
  不安を定義せよ!
http://ameblo.jp/e-volution/entry-10789975668.html




2011年4月
“:Don't Lose Faith!”
  信じ続けること
http://ameblo.jp/e-volution/entry-10868709411.html


今月。。といってももう来週で5月。
とってもチャレンジな日々が続く。

問題が起きる時、人は過去を創造する。
なぜなら、昨日までなんとか生きているから。

問題が起きる時、人は未来を創造する。
なぜなら、将来の自分の存在に不安を感じるから。


昨日はもう戻ってこないし、明日は明日にならなくてはわからない。
人生とは、昨日なにをしたのか?ではなく、
今日どんなことをするのか?だと思う。


人生とは明日なにができるのか?ではなく、
今日どんな感情でいられるのか?だと思う。


どんなに絶望的な問題が起こっても、
僕は信じ続けたい。

最後まで諦めるのはいやなんだぁ。


続きを読む→http://ameblo.jp/e-volution/entry-10868709411.html



【Don't Lose Faith】

Don't Lose Faith
信じ続けること




信じること。

これほど強いパワーはないと思う。



時には、
後ろから頭をバットで殴られたほど大きな衝撃を受けるかもしれない。


時には、
絶望的な状況に置かれ、目の前が真っ暗になるかもしれない。




だからこそ、


Don't Lose Faith


ここで諦めたら、過去に支えてくらた人々の希望も否定することになるよ。


昨日散った桜のためにも。

今日目覚めたタケノコのためにも。



だからこそ、

Don't Lose Faith

あらゆる試練にも負けず信じ続けるためには、
シンプルに愛すること。


これから育つ子猫ちゃんのためにも。
今日までご主人様を守ったわんちゃんのためにも。



Don't Lose Faith



愛することをすれば、
自分を信じ続けることができる。

どんなことがあっても。

どんなものを失っても。





Don't Lose Faith
信じ続けること







See ya,



:D







【最後の瞬間を心に思い、毎日を過ごす】

「今、空港に向かって次のフライトをキャッチしたとしても、
セレモニーには間に合いません。。。」


「。。。。。」


沢山の映像が脳裏に移った。

カリフォルニアを経つ数日前、
リビエラで彼女といつもと変わらぬお昼を過ごしたばかりだったのに。



「大ちゃん、今日はハグはいいから、行ってらっしゃい。」


「帰ってきたらまた続きを話せばいいから。。」



通常、彼女と別れる時は、いつもハグをした。

ハグをする際、彼女はいつも耳元で「頑張ってらっしゃい」とつぶやいてくれた。



でも、
今回はなぜかハグをせず、そのもまま気軽に別れを告げた。


帰り際、少々ぎこちない感覚があったのを覚えているけれど、
あの時が彼女との最後のお別れになるとはどうしても創造できなかった。




人生、全ての事柄は点と点で繋がっているという。



ただし、
行動している時はそれが重要な点になるということがわからず、
未来に起こり得ることが確実に点になることもわからない。



「点」が「点」と繋がり人生という「線」になるのは、
過去を振り返った時始めて明白になるものであり、
それが「人生」の面白いところだと思う。



今、振り返ってみると彼女が言っていた言葉全てが点となって繋がっている。
彼女はいつも僕の先回りをして、一言で教えを表現したり、
時には大きな課題を与えてくれることもあった。



あの時、ハグをしなかったのは
僕に心配させたくなかったからだと思う。
病と闘いながら一生懸命体調を維持されておられたのだろう。



「行ってらっしゃい。」


いつもの決まりセリフで大きな笑顔。
彼女はそう言うと体全体を使って僕を送り出してくれた。





今、僕にできること。




今僕にできることは彼女の事を考えることだと思う。




彼女が残してくれたこと。
彼女がしたかったこと。
彼女が信じていたこと。
彼女が伝えたかったこと。。


人はこの世を離れた数日間、
暗闇の中をさまよいどこへ向かって歩いて良いのかわからないという。

そんな時、残された人々が思う心が
彼・彼女の周りに光を指すという。


だから、今僕にできることは彼女のことを思うことだと思うんだぁ。



さとこさんはとても小柄な方だった。

そんな小柄な体系とは正反対に堂々たる自信が溢れた彼女の姿は
一度会うと忘れることができないほどの存在感があった。



アメリカ西海岸ビバリヒルズ・ハリウッドを含める全てのリーダー核が集まるプライベートクラブ、「リビエラ・カントリークラブ(RCC)」を現地で仕切る総責任者が彼女であり、誇らしい日本人でもあった。



「ここに居るといろいろな人に会うことができてねぇ、
お話を聞いているとこっちもエネルギーがでてくるのよ。。」



彼女はいつも笑顔を欠かせない女性だった。


僕が彼女と会ったのは独立して間もない中、
RCC内のホテルに飾るポストカードのデザインをしたことがきっかけだった。



数少ない日本人ということもあり初日から会話も進んだけど、
当時はお互い英語で話していたのを覚えている。

変に日本かぶれしているのでもなく、世界標準で価値感を共有できた数少ない人。
彼女も世界中を旅して周り、カリフォルニアで人生の後編を過ごす1人だった。


以後、RCCの全体計画・マスタープランに携わりクラブそのものの歴史、政治的チャレンジ、アメリカ全土が誇る伝統など様々な方向から理解できることができたのも彼女のインサイトがベースであり、逆にそのことで彼女の事を深く知ることができるきっかけとなった。


「大輔さん、リビエラはね、プロジェクトではなく、人生なのよ。」


「アメリカの伝統の一つになるわけなんだから、
他人から見るアプローチではなく、内部の神髄から理解して経験しなくっちゃねぇ。」


「そんな渋さを理解しておられる方が社長であり、
あなたは社長が抱くビジョンのお手伝いをするためにここにいるのよ。。」



常にはっきりと一言、一言を発音する彼女のスピーチは
周りを説得する何か魔法みたいなものがあった。




「大ちゃん、建築家は建築だけじゃだめなのよ。」



「もっと、自由に遊びなさい。」

「そうすれば、もっと建築ができるようになるから。」

「真剣な顔をすると、簡単なことも難しく見えてしまうわよ。。。笑」




ゴルフを始めたのもそんな彼女の言葉がきっかけだった。



金銭的成功の裏腹に全く時間が無かった当時の自分のライフスタイルを考えると
「ゴルフ」という時間が掛かるアクティビティーなど創造もできなかったけど、
取りあえず始めることとなったのも、彼女のエネルギッシュな言葉からだった。


以後、仕事をサボってでもゴルフに夢中になったり、
ゴルフに行くために仕事を終わらせることがあるぐらいになった。


ゴルフばかりではなく、友達との時間、大好きな旅行、
ジェットスキーや最近ではスカイダイビングまで楽しむようになり、
仕事とホビーの両立は成立できる喜びも彼女から学んだ。




彼女の言葉を借りるならば、


「仕事とは人生であり、愛するものを言う」


愛することをする時、どんな作業をしていても
心輝き、同じ場所にいる必要はない。


愛にもメリハリがあり、
愛を育てるためには、時おり違った角度から愛を見る必要がある。


つまり、愛することをすることが仕事であり、
仕事のために働いている限り愛することはできないということだ。





「もし、大ちゃんが一週間後に死ぬとする。」

「そんな時、あなたは何をするのかしら?。。。」

「それがあなたが生まれてきた使命であり、愛することなのよ。。。」


リーマン・ショックから全てが危機に面した時も
彼女は笑顔で人生という大きな枠から物事を判断する大切さを教えてくれた。




彼女は、
旅経つ前日までRCCに常務し、彼女が愛する仕事を全うした。


彼女は、
娘・エマと社長へきちんと遺言を残していたという。


彼女は、
自分のお墓も既に準備され
彼女の突然の旅立ちに残された人々が動揺しないように
重要なことは既に済まされ、混乱や人に迷惑を一切掛けず、
静かに旅立った。




Begin with the End in Mind

最後の瞬間を心に思い、毎日を過ごす




こんなにカッコいい人生の過ごしかたがあるだろうか。

彼女は僕の人生の恩師であり、親友であり、クライアントでもだった。





彼女の旅立ちを知ってから数日間、
何をして良いのかわからなくなった。

どこか、自信を失った自分が居た。



心に大きな穴が開いたような気がした。

「将来、わからない事が起きたら誰に相談するべきなのか。。」



日常は普段と変わらぬ振りをしているつもりでも、
忘れ物をしてしまったり、ちょっとしたことでイライラしてしまったり。

自分らしくない自分がいた。。





彼女の言葉がとても懐かしく思う。


「大ちゃん、人生短いんだからあなたが信じたことをすればいいのよ。。」





夜中、突然起きて涙が沢山流れてきた。

とても熱い涙だった。

もし、こんなショボンとした僕を見たら、彼女はとても悲しく思うだろう。

もし、彼女の旅立ちを認めず「死」の原因を追求したり、
他を憎むことがあれば、彼女はどんなに深く惜しむことだろう。



頭でわかっていたけれど、どうしても体がついてきてくれなかった。



ちょっとした瞬間を見つけては、弱い自分が現れ目頭が熱くなり、
仕舞には熱にうなされダウンしてしまった。





彼女に手紙を書いた。

書きながら、また涙が流れてきた。



結局、最後まで手紙は書けなかった。

まだ、どこかにいるような気がして。



なんだか、
悪い夢を見ているような気がして
何度も何度も彼女から受け取ったメールを読み返した。


最後のメール交換は3月15日、震災の件で日本側安否確認のメールだった。

「大ちゃん、安心してお仕事をこなしてください。」



彼女の旅立ちを聞いてから5日後、アメリカに戻る決心をした。
夢ではない現実を、さとこさんがいないあの場所へ勇気を持って戻ろうと思った。


そう考えた瞬間、
今彼女が仮にいないとしても彼女がどんな表情でどんな言葉を話してくれるのかがわかるようになった。 


彼女の存在を感じることができるようになった。



僕たちは彼女の思い出と一緒に、もっと人生を楽しまなくっちゃいけないって。

喜びを体で表現し、
世界へ広めることが彼女が本当に求めた最大のギフトだっていうことを。


彼女と話した建築とは「先生」と振る舞い作品づくりを気取るものではなく、
楽しく、安心できて、気持ちのよい、人が経験できる環境であるということを。


建築は建物だけではなく、スピリチャルな要素をかなえていることを。。。


これから、そんな建築を創造していこうと思う決心がついた。
「スピリチャル・アーキテクチャー」をこの人生でマスターしたいと思うようになった。







【死とう概念】

十代後半、自分も「死」という事実に触れることができた。

その後も、何度か死んでもおかしくないようなイベントに巻き込まれたりしたけれど、ちょっとしたタイミングから生死が分けられた。


今も自分はこうしてみんなと話しをすることができるのは、
何かの意味があると思うし、
こうやって「死」について考えることができるのは、
「死」という事実を正面から受け入れようという無条件の力を感じるからだと思う。


自分にとってあの出来事は「死」という事実を一番身近に感じた経験で、
そのような経験はこれから何十年以上も体験したくないもの。




年齢はともあれ、経験者として思うこと。


それは、
「死」とは人が創造する概念ということ。



この世の中に死にたいと思う人なんて1人もいない。



天国に行くことを願っている人だって
そこに辿り着くために死ぬなんてイヤだって思うもの。



でもね、
「死」は生まれてきた全ての人びとに与えられた終着点であり、
誰も逃れることができない事実でもある。。。


だってそうだよねぇ。
「死」は生まれた時に与えられた使命であって
もしかすると、生命が造り出した最大の発明なのかも知れないと思う。


死は生命をクリーニングする浄化剤みたいなもので、
従来あるものを取り除き、新たな役割を造り出す。


死はこれまでに出来なかった常識を覆し、
情熱というきっかけを作る活性剤みたいなものでもある。



時間という軸がある限り、死は何れ訪れる。



今は若いと言って沢山の時間があると思いがちだけど、
徐々に歳をとり残りの時間を数える時がくる。



結果、何れ僕たちも死という概念を体験し
この人生に終着点を打つことになる。


新たな人生への旅立ち。
残された人への思いや希望。


とってもドラマチックで否定的なニュアンスに聞こえるかもしれないけれど、
事実には良し悪しはない。




人生の時間には限りがある。




だから、
彼女の言うように生きようと思う。




「もっと自由に好きなことやればいいのよ。。。。」



「人の目なんて気にすることなく、
会社の大小や組織なんかに溺れることなく、
あなたが心に感じることを、真っ直ぐ、素直にやり通せばいいのよ。」



「他人の野望や社会が作った間違いのためにあなたの人生を費やすのではなく、
自分の人生を命いっぱい生きればいいのよ。」


                 Satoko Stachowicz 1948-2011


カリフォルニアの建築家日記
2011年春、クラブハウス前の顔「チャンピオンズ・サークル」が完成し本当に嬉しそうだった彼女。 彼女との思いでを大切に、これからも命いっぱい人生を楽しんでみよう。





自分勝手ではなく、自分らしく。





さとこさん、
本当に、本当に、喜びを伝えてくれたありがとう。






谷垣 大輔
2011年4月
上海


関連記事:
http://ameblo.jp/e-volution/entry-10808471111.html

彼女からの言葉




「大ちゃん、 人生は建築だけじゃだめなのよ。」


「建築が好きなら、建築以外の世界も知らなきゃだめよ。」



「人生、短いんだから、無理する事なんてないのよ。」



「宇宙っていう存在を感じるようにするといいわよ。」


「私はねぇ、どんなことがあっても笑顔をつくるようにしているのよ。」


「大ちゃん、あなたと会う度にエネルギーをもらえるわぁ」









彼女のためにも人生を楽しむことはわかってるんだぁ。

でもねぇ、 

やっぱり、

涙が止まらないんです。


夜中になるとやっぱり波が出てくるんです。


どうしても、


どうしても、


もう一度、会いたいです。




一度だけでいいから、

もう一度、会いたいです。