イシスが東京へ進出してから、二年が経った。

 

 麗からの連絡は一度もない。

 

 なまじ連絡すると、心が揺れるのを恐れているのかもしれない。

 

  健一も、そのほうが良かった。

 

 麗の声を聞いてしまえば、会いたくてたまらなくなるだろう。

 

 二年経った今でも、部屋は相変わらず、砂漠のように感じられる。

 

 部屋にいるときは、心も、砂漠で迷子になったように、あてもなくさ迷い続けるときがある。

 

麗を失ってから、健一の心は、飢えと乾きで悲鳴をあげていた。

 

それでも、涼子との約束は守っている。

 

会社にいるときは、そんなことはおくびにも出していないつもりだ。

 

涼子にも怒られたことがないので、多分、約束は守れているのだろう。

 

 東京に進出してからのイシスの活躍は目覚しく、公演のチケットは常に完売で、ネットオークションでは高値が付き、劇場の周りではダフ屋が出回っている有様だ。

 

 今では、団長を始め、瑞輝や春香、それに麗と、イシスの主要メンバーは、それぞれ個人でも活躍しており、よくテレビのトーク番組やバラエティーにも顔を出すようになっている。

 

 特に麗は、エキゾティックな顔立ちと見事なプロポーション。そして、その外見に似つかないあけすけな性格が受けたのか、他の三人よりも多くテレビに出演していた。

 

それだけ売れっ子になっているにもかかわらず、飾り立てることも気取ることもない。

 

そこがまた、売れる要因になっているのかもしれない。

 

彼女らがよくテレビに出ているのは、ネットの話題や涼子の話で知っているが、健一自身は、滅多に彼女らの出演している番組を見ることはない。

 

テレビを付けたときやチャンネルを替えたときに、偶然映っているのを目にするくらいだ。

 

仕事で忙しいのもあるが、彼女らの顔を見ると、どうしても麗との想い出が蘇ってきてせつない気持ちになるからだ。

 

とりわけ、麗本人の顔を見ようものならば、胸が締め付けられる。

 

 自分でも女々しいことはよくわかっているのだが、麗を忘れるには、まだまだ時間がかかりそうだった。

 

最近、テレビに映る麗の顔が、心なしか疲れているような気がしていた。

 

少し前に、たまたまテレビを点けたとき、麗が喋っているのが映しだされたが、そのときの麗を一目見た瞬間、健一は違和感に捉われた。

 

それから、麗の出る番組を見るようになった。

 

有名税とでもいうのだろうか、それとも本当のことなのかはわからないが、麗は最近、幾人かのイケメン俳優との密会現場が、女性週刊誌や写真雑誌などで取り上げられている。

 

そんなこともあり、麗は疲れているのかもしれなかった。

 

見るたびに、麗の顔から生気が失われていっているように思える。

 

健一は心配でいたたまれない気持ちだったが、かといって、どうしようもなかった。

 

健一の方から連絡を取るわけにもいかないので、ただ黙って見守るしかなかった。

 

イケメン俳優との浮名については、複雑な気持ちはあったが、健一はそれほど傷ついていなかった。

 

自分のことなど忘れて、新しい恋を見つけるのは、麗にとって良いことだと思っていたからだ。

 

もう、二人は、住む世界がまったく違ってしまっている。

 

今や、麗は、芸能界では時の人といっても過言ではない。

 

涼子から聞いた話では、映画やドラマのオファーも舞い込んでいるそうだ。

 

それも、主役でだ。

 

麗ほどではないが、他の三人もそれぞれ、助演級で映画やドラマのオファーがきているらしい。

 

健一はというと、会社を起ち上げてから二年、幸運にも潰れずに、まだ会社を続けている。

 

イシスほど飛躍的にとはいかないが、着実に実績を積み上げ、今では新しい社員も三人増えた。

 

ここまでこれたのは、ひとえに涼子たちのおかげだと、健一は思っている。

 

 

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