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「想定外」でいきましょう

ワタシなどがいうのは、おこがましい限りの話ですが…

潜在意識を活用することと、自我意識(認識)とは別の
領域に踏みいることはやはり違うことのように思います。

とはいえ新たな領域を知ってこそ、自我の範疇の意識を
変えることができるというのもまた事実のようで。

これまでの普遍的な苦しみから逃れるためという動機と
今風の幸せを手に入れたいという動機も同じコインの
裏表のように感じられます。

宗教がらみの儀式や禅や瞑想の他にも、さまざまな
メソッドがあるそうですが、いろいろこだわってしまい
あらたな縛りになってはいないでしょうか?

(不謹慎ながら^^;)その形式はなんでもよいけれど
それが「想定」する行為ではないことが重要なのだと
思います。

イメージでも,言葉でも、祈りでも、瞑想でも、問いかけでも
それが想定することではなく、「今」を成すこと。

これをやったら、こうなる
そうなるために、これをやる

↑まったくハナから「想定」ですよね。

それをするそのリアルタイムでの気が軽くなるラクさ
安心感や喜び、感謝
、今それを得る満足。
他にはなにも期待しない。

想定外は、そこから動き出し
現実をうま~く変えていきますよ^^

(気づきからの助言がすでに「想定」作りになってしまいそう
なので、この辺りは慎重に、あまり深追いをしないように
自戒することにします。)


「苦」にエネルギーを注がない

ふと実感したこと。

「なんだ、苦しむのをやめればラクなんだ。」

物事は勝手に移り変わっていきます。

ただ時折(人によってはつねに)ネガティヴな感情を誘う
イヤなこと、苦しいこと、不安なこと、許せないことが
起きてきます。

この時の苦しみ

それはありのままの現実のあり方に抗議する、つまり
「自分(の理想やコントロール)に反するよ」という
警告ブザーです。

でもね、その苦しみには現実を変えるチカラはない

お天気と同様に考えてみませんか?

雨が降ったことを嘆き続けるか、傘をさして出かけるか
(あくまでものの例え、悪天候に無茶は禁物です^^;)
そもそも恵みの雨だという場合もあるわけですし。

「うわ。土砂降り~あせる」以上。

嘆きは雨乞いのようなもの。
嘆くことをやめてみたら、素敵な傘があることに気づく

どうしてこのことに苦しむのだろうか?

溢れ出てくるもっともな理由をあえて脇に置いて
たんたんと現実に向き合っていく。

素敵な傘が見つかるのが先か、空が晴れ渡るのが先か
テルテル坊主晴れにまかせてしまおう。

晴れや曇りの日でさえ、雨を恐れて傘をさしたまま
歩いていたのはワタシです(笑)
あ~シンドかった。



反転させよう

•新しいことや知らないことに対する根拠のない恐れ
•望みを叶えたり喜びを得ることを拒もうとする気持ち
•不本意なことやイヤなこと、難しいことを選ぼうとする気持ち


一番上はずいぶん前から自覚していましたが
下の二つは最近になってハッと思い当たったことです。

もちろん「まさか、なんで~!?」とはなりますが
気持ちの反応や向き、その後の行動を目を背けずに直視すれば
なるほど納得の心のパターンです。

一番上はある年代までは好奇心の方が勝っていましたが
下二つは物心がつく頃には習性になっていたように思います。

そこには、罪悪感や怒り、メランコリー、被害者意識、劣等感
などがグルグル絡まって芋づる式に掘り起こされてきました。

これらをはらって、得るもの/拒むものを反転させよう。

今この瞬間に。

でもって、果報は寝て待つにひひ

ここに書き記して、この先ふり返った時に
どこまで「気が軽く」なっているかを計るための
目印にしようと思います。

うまくいっていたり、平穏だとなんだか落ち着かないような
感じがしませんか?

大変なのが当然、努力して頑張るっきゃない(でもシンドイ)
などと思っていませんか?

ご一緒に反転させてみませんか?^^
今一度、恐れを好奇心によって踏み越えて。