やわらかこころ塾 since2007 -73ページ目

もうゴールにいる。

今まではアタマを使っているべき場所、すべきこと、あるべきあり方
みたいなモノを設定し、目指していたように思います。

今はなぜだかもうゴールにいるような気分。

そっか、流れに身も心も委ねていればいいだけなんだね。
では、おまかせでお願いしますにひひ



街はヒトが作る

街はヒトが作る

しごく当たり前、といえば当たり前。

…最近、異(国)文化の街を訪れる機会がありました。
久しぶりのカルチャーショック。

とあるビルの工事現場の前に立ち尽くしてふと思う。

好き嫌いや、良し悪し、比較といった余計な尺度を外して
ただただ見てみると

そこに集う人々の心象がそのまま作り上げられている。

文化や民族性などとアレコレ考えずに、ただ見てみる。

そのヒトの、その人々の内側が、街に、カタチあるものに
反映されていく。
もちろん抽象的な物事についても同様だろう。

きっと自分も。

当たり前に埋没して、たしかに目の前にあるのに
見えなくなっているものがあるだろうと実感しました。

なるべく外側の視点に切り換えようと思います。

その瞬間

うまく表現しようがなく、これまで保留してきたのですが
メモ替わりにここに書き置くことにしました。
感じたままに。

ある晩…ベッドに入って眠りにつく間際
ちょっとアレコレ考え過ぎて、重苦しくなっていました。
よくある思考の堂々めぐりのヤレヤレ状態。

煮詰まって、いい加減イヤになってきたその瞬間

うん?もしかして、この考えている「」も内容も
全部、ぜんぶ抵抗かぁ!

妙にストンとナニカがどこかに落ちた、とほぼ同時に
その思考が空け渡すと宣言。

その瞬間

アタマの中のお喋りがピタッビックリマークと止んで、静寂に包まれました。

まるで普段気にもとめていない周囲の雑音が、いきなり消えて
本来の静けさを初めて知るかのように。

その瞬間(だけね^^;)ココロの重苦しさも消え失せました。

その次には、なぜか可笑しくて笑い出してしまいました。

なぜって?すぐ脇にあった壁が自分と同じモノに思えて
仲間~♪などと思えてしまったから。

とうとう気がふれたかなぁ?と気になりつつも
とにかく寝てしまいました。

ただ翌日からは、ナニカが違う。

空け渡す心地よさというか、ラクさを反芻していると
目に映る出来事が、なぜかみな自作自演だと納得する。
絶妙な共演者が揃ったドラマもある。

もちろん「」も自作自演。
きっとこの内容も私の入れ子の中の自作自演。

本当はみんなが知っている。

は、いったい誰(ナニ)の自作自演?
私じゃないもの?

手垢のついたオカルティックな名称がまるでふさわしくなく
その名前を言い当てられずにいます。