今日は憲法記念日のため日本国憲法について私が今感じていることを書きます。戦後70年が経ちこれまで一度も改正されなかった憲法の改正が現実味を帯びてきました。私は20年ほど前、確か中山太郎元外相が会長をつとめてみえた国会の憲法調査会が憲法改正について国民の意見を募集しており意見を出した記憶があります。

 

その時、私が提出した意見の詳細を記憶していませんが、当時、私の考えの基には米国が一週間で作った憲法を日本人の手で作り直すべきといったものでありました。

 

あれから20年、多くの方と出会い、また自分自身の学びによって、日本国憲法誕生について私の考えは改められました。GHQからの提案はあったものの敗戦後の厳しい状況の中で多くの日本人の努力によって憲法が誕生したこと、この日本国憲法を多くの日本人が大切にしてきたこと、そして、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重という考え方は決して間違っていないということです。

 

国際社会において我が国の置かれる環境が大きく変わってくる中で、私は憲法改正の議論も必要と考えます。時代に合った憲法を新たに作っていく気概を私自身は持っているつもりです。しかしその議論の土台は、憲法の三原則を尊重し、戦後日本国憲法と共に歩んできた我が国の発展と平和を尊重することが必要と考えます。

 

戦後70年間の日本国憲法の評価に対する認識に欠ける人が閣僚にいる状況で憲法改正の議論をすることは危険です。SNS上で軽い改憲論や、誤った現行憲法否定が広がる中、日本人が本当に苦労して作り、日本人が知恵を絞って守ってきた日本国憲法との認識を深めることがまず求められるように感じます。

 

朝から息子の少年野球三泗地区親子野球大会に参加し、ほのぼのとした天気のもと子ども達の活躍を応援しながら、こんな時間が長く続いてほしいなと感じました。平和で豊かな日本を次世代に引き継ぐため我が国は非常に難しい局面に直面しているように感じます。

先日、四日市高校ラグビー部創部40周年の企画が行われました。昼間は母校でOB戦、毎年年末に行われるOB戦より参加者も多く楽しみました。40歳を過ぎてからプレーを自粛していましたが40周年ということで10分出場し、翌日体中の痛みに襲われています。

夜は記念式典を都ホテルで行いました。100名を超えるOBが出席し盛り上がりました。20周年、30周年、40周年と元気に出席出来たことに感謝です。50周年までの間にぜひ現役が花園出場を果たし花園でOB会が出来たらと夢をみています。

私にとって高校、大学と7年間お世話になったラグビーはかけがえのないものです。ラグビーといえばこの二つの言葉ですが、あらためてその重みを再認識しています。

 

「one for all all for one」、一人はみんなのため、みんなは一人のためです。最近の世相を見ていると、自分は大事だが、自分と考えの違う人たちを攻撃したり、認めなかったりといった雰囲気を感じます。みんなは多様であり、多様な人の中、自分を大切にする社会にしていきたいと思います。

 

もう一つは「ノーサイド」です。ラグビーは紳士のスポーツで、フェアープレイでお互いが全力でぶつかるため試合の後は敵味方なくノーサイドだと私はラグビーから学び、好きな言葉です。しかし最近はこの言葉が軽く、あるいは都合よく使われるようになったなと思います。フェアープレイで全力でぶつかることが尊いということを大切にしていきたいと思います。

 

四日市高校ラグビー部を卒業し、世界中あるいは全国各地で活躍している多くの人材がいますが、帰る場所があることは幸せなことです。恩師荒井先生はじめ歴代顧問の先生方も全員出席いただきました。こんな部活はそうないのではと思います。二次会三次会と同級生たちと美味しい楽しいお酒となりました。素晴らしい仲間たちと楕円のボールを追いかけた学生時代は私の大きな宝物です。

昨年大好評の「落語ってなんや!?」、今年も6月から毎月開催します。昨年初代桂文治没後200年ということから命日である11月29日に落語会を企画しました。しかし落語って私たちの世代やもっと若い世代にはあまり馴染みがないということで、毎月「落語ってなんや!?」という企画をしました。

桂文我さんとメリーゴーランドの増田さんが語る落語の魅力に私も引き込まれた一人です。残念ながら昨年私は四日市市長選挙に出馬表明をして7月以降忙殺されましたので夏以降ほとんど参加出来ず不完全燃焼に終わりました。今年は出来れば毎月参加して落語の世界を楽しみたいと思います。

 

6月22日からスタートして10月26日まで写真の通り毎月開催します。皆さん一緒に落語を楽しみませんか?前売り券がお得です。ご希望の方ご連絡下さい。前売り券お届させていただきます。

 

「落語ってなんや!?」で落語を学び、今年も11月29日に初代桂文治没後201年イベントを企画しています。今年は四日市にある初代桂文治さんのお墓参りの企画も検討しています。ぜひこちらもご期待ください。

三重県立美術館が35周年ということで6月18日までベストコレクション展が開かれています。今日は、津でいろいろと予定があり、久し振りに県議会にも寄り新政みえ会派控室にもお邪魔しました。その後、県立美術館でベストコレクションを鑑賞しました。

県立美術館は約5000点の収蔵品がありますが、今回その中から選りすぐりのものが展示されているため必見です。私たち県民にもあまり知られていませんが、県立美術館開館以来、岡田文化財団からシャガール、モネ、ルノワールなどの素晴らしい作品が毎年寄贈されており、その数は439点に達しています。

 

これらの素晴らしい作品を県立美術館が収蔵しており、津で観ることが出来ることは大きな財産だと思います。また今回は、曽我蕭白の「旧永島家襖絵」(国重要文化財)など三重県にゆかりのある方々の作品も観ることが出来ます。

 

私は文化とか芸術のセンスはなく、その良さもよく分からない無骨な者ですが、心ある人により寄贈されたり、学芸員さんの努力で大切に収蔵されていることに敬意を表します。

 

ゆっくり作品を観させていただき、文化の薫り高い三重県の魅力をあらためて感じました。皆さん、身近なところで世界を代表する素晴らしい作品を観ることができます。ぜひベストコレクション展に足を運んでみてください。

昨日は、子ども達が振替休日のため朝5時に四日市を出て香川県に車で向かいました。私は、うどんやラーメンなど麺類が大好きなため一度讃岐うどんをはしごして食べる旅をやりたいと思っていました。そんな話をしていたら同じことを考えている人はいるもので、しかもかなり讃岐うどんに詳しい方に出会い、これ以上ない行程をプロデュースいただき今回の旅となりました。

 

一軒目は、「なかむら」です。やわらかめのうどんでしたが釜玉うどん最高で、あまりの美味さに息子がお替りしそうな勢いでしたがこの先もあるということで次に向かいました。

二軒目は、「松岡」です。看板もなく普通の家のような感じですが暖簾をくぐるとお客さんいっぱいでした。うどんはもちろんですが、藤原屋のゲソ天がお勧めと聞いていたためいただきました。これも最高です。

三軒目は、「山越うどん」です。行列が出来ており、お店もおしゃれな感じで広く、もちろんうどんも最高でした。お土産販売もしており購入しました。

四軒目は、「谷川米穀店」です。徳島県との県境まで30分ほど走ったためお腹も膨れてきましたが、醤油と酢と青唐辛子で食べるうどんは病み付きになりそうです。山奥ですがかなりの行列でした。どこのお店も美味しかったのですが、今回の旅で一軒だけに絞れと言われればここのうどんかなと思います。

五軒目は、「山内うどん」です。ここも山奥で、入り口がよくわからない所にありましたがお店はにぎわっていました。さすがに五軒目で子どもたちはもう食べられないと言ってましたが、うどんが出てきたら食べれてしまいます。また「松岡」で美味しかった藤原屋のゲソ天がここにもあり再度食べることが出来ました。

同じような写真ばかりですみませんが、やはり本場の讃岐うどんは違います。どのお店も本当においしかったです。うどんの消化のため金毘羅山の階段1368段をのぼり、奥の院に参拝して、こんぴら温泉で汗を流し、22時30分に無事四日市に帰りました。この強行なうどん旅、少し若返った気分です。私の念願が叶い、幸せな濃い一日でした。

昨日、衆議院の区割りを検討する政府の審議会は、10都道府県97選挙区の区割り見直し求める案を首相に勧告しました。小選挙区の定数は6減され、一票の格差は1.9999になるとのことです。

 

三重県はこれまで5区の選挙区に分かれていましたが、1減の4区となり、区割りも大きく見直されました。私の住む四日市市はこれまで三滝川を境に南部を2区、北部を3区に分かれていましたが、勧告では、その境が南にずれて3区のエリアが広がったことになります。

 

選挙区や定数の議論は議員にとっては死活問題で非常に困難な議論になります。三重県議会においても3年前に選挙区調査特別委員会を設置して議論しましたが非常に難しい議論でした。(下記ブログ参照)

http://ameblo.jp/dream-21/entry-11846708323.html

 

この難し議論を審議会にて、何とか一票の格差を2倍以内に抑え、区割りの見直し案を取りまとめられたことに敬意を表します。

 

今秋にも衆議院の解散総選挙がささやかれる中、選挙区が1減して区割りも大きく変わった県内にて様々な動きが今後あると思います。現職、新人合わせた今後の動きに注目です。

プロ野球が開幕して3週間が経ちますが、わが愛する中日ドラゴンズは開幕から低空飛行です。私は小学校4年か5年生の時だったと思いますが、近藤監督の時、野武士軍団として中日ドラゴンズが優勝した頃から野球に興味を持ちドラゴンズファンになりました。

子どもの頃はほとんどテレビ中継はなかったので毎日、基礎英語のラジオ講座を聞いてから(全くものになっていませんが・・・)ラジオで応援していました。成長と共に熱心なドラファンではなく、時間があったらテレビで観て試合結果は新聞で気にしている程度になってきました。

最近では、息子が野球を始めて、私が小学生だった時と同じように中日ドラゴンズの試合を毎日インターネットやケーブルテレビで観るようになりました。私は当時中日の一番バッター平野謙選手のファンでしたが、息子は一番バッター大島選手のファンです。息子を見ていると自分の子どもの頃と重なり懐かしく感じています。

 

今シーズンは残念ながらまだ3勝しかしていません。ラッキーなことに14日にナゴヤドームに息子と観戦に行き、今シーズン最もいい試合を観戦することが出来ましたが、残念な試合が続きます。

 

プロ野球には夢があります。子ども達のあこがれがあります。親子一緒に熱くなれるものがあります。ぜひ中日ドラゴンズの選手たちには奮起をしていただき、いい試合を見せてほしいと願います。

 

今シーズンは童心に帰り、中日ドラゴンズをしっかり応援しようと思っていたのに心の中のその灯が4月で消えてしまいそうです。このグランド狂気に乱舞する熱い試合をみたいです。

私が昨年夏に執筆した「四日市の未来へ」、最近本屋ではあまり見かけることはありませんが、インターネットでは購入することができたまにチェックし在庫が減っているとうれしく思います。

先日、お世話になっている会社の会長から、「四日市の未来へ」在庫ありますかと尋ねられました。出版社との契約で私が買い取った分がまだ残っておりそのことをお伝えすると、友人にお分けするのに購入したいとのことでした。

 

この本は、私にとって4期14年間の県議会議員としての歩みと四日市市のビジョンを描いた思いの詰まったものです。残念ながら私の力不足でそのビジョンを実現する役割を担うことは出来ませんでしたが、私の本に付箋をつけて丁寧に読んでいただき、仲間にも配りたいと言っていただけることは本当にうれしく思います。

 

訪問すると、私の本を事務所の玄関にずっと置いてくれている会社もあります。

 

今なお私のビジョンに共感いただく方がいてくれることに感謝です。まじめに政治をやってきたことを見てくれている人がいる、気にかけて頂く人がいることに感謝です。恥ずかしながら下手な字ですがサインを書いてお届けさせていただきます。

朝鮮半島情勢が緊迫しています。北朝鮮のミサイル技術の向上や核開発の進捗をみると第二次朝鮮戦争が勃発した時の我が国の被害は非常に大きくなると危惧されます。

 

先週本屋で、山崎豊子さんの遺作「約束の海」の文庫本が目に留まりました。発売された時に読んだ記憶はありましたが、何となく購入しあらためて読みました。

この「約束の海」は山崎豊子氏のご逝去により未完となりましたが、戦争の時代に生きた著者が書かなければいけないとの使命感から書き始めたもので、私たちは読まなければいけないと感じます。もし彼女が生きていたら今我が国がおかれている現状をみて第二部、第三部をどのように描いたか見てみたかったと思います。

 

戦後70年続いた平和な時代から大きく時代が変わろうとしています。我が国の「戦争をしないための軍隊」はその存在を否定する人たちや戦前回帰の人たちといった両極端な人たちの間でバランスを崩しかねない状況になっています。

 

北朝鮮にとんでもない指導者がいて、米国にもよくわからない指導者が誕生しました。韓国は無政府状態と言っては言い過ぎですが、政治的に混乱しています。第二次朝鮮戦争前夜の空気を感じる中、我が国の政権が安定していることはせめてもの救いだと思っています。日本の指導者が冷静に、冷静にこの難局に対峙することを祈ります。

 

山崎豊子氏は、日本海、東シナ海における戦争の火種となる事態を想定し、武力ではなく、先の戦争の英霊が今も多く眠っている海を鎮魂の海として静かに守ることができるかを模索されていました。

 

戦後、平和な時代が続いているのは、平和を唱えていたからではなく、その時代時代で政治のかじ取りが間違っていなかったからだと思います。無責任な威勢のいい言葉や激しい言葉を耳にしますが、政治が冷静に慎重に道を誤らないことを祈ります。

昨日はポートメッセ名古屋で開催された航空宇宙産業展にお邪魔しました。経済産業省の北廣室長、川崎重工業(株)の石川副社長のご講演を聞かせていただきました。

民間航空機市場は年率約5%で成長が見込まれる成長市場であり、我が国の産業規模は現在約1.7兆円で米国の13分の1、欧州と比較しても小規模であり、今後世界市場が拡大する中、成長余地が大きいとのことでした。

また我が国の航空機、部品生産の5割以上を中部地域が占めていて、国も航空産業ビジョンを策定し(H27.12月)、政府一丸となって支援する体制を整えていることから名古屋を中心に四日市も大きな可能性があると思います。

講演では、航空機部品メーカーの松阪クラスターが先進的な取り組みとして紹介されたり、鳥羽高専で講演された様子が紹介されたりと三重県のことを多く紹介いただきましたが、私はものづくり産業の集積した四日市がもっともっとかかわっていくべきであると考えます。

 

今後、四日市で航空機産業クラスターを新たにつくっていくことや、中小企業の航空機産業参入支援、人材育成、実証インフラ整備の誘致など新たな産業の柱をつくっていく取り組みを四日市の未来に期待したいと思います。

 

各企業の出展ブースは非常に活気がありにぎわっていました。そんな中、四日市の企業を見つけることができうれしく思います。