本日、三重県議会第114代議長を退任し、服部富男議員(自民党県議団6期)に引き継ぎました。一年間、小林副議長はじめ議員の皆さんのご理解とご協力、議会事務局の皆さんの力強いサポート、知事はじめ執行部の皆さんのご協力をいただき、本当に楽しい充実した時間を過ごすことが出来ました。

就任時に、議会改革の更なる推進、若者の政治参加と主権者教育の推進、海外との連携の推進の3点を申し上げました。

 

この一年間を振り返ると、東海北陸議長会を三重県で開催したり、三重県議会主催で8年ぶりの議会改革シンポジウムを「若者と女性の政治参画」をテーマに四日市で開催しました。また、請願のオンライン申請が可能となるよう制度を整えました。

 

若者の政治参加、主権者教育の推進では、みえ高校生県議会をバージョンアップしたり、出前講座を初めて大学で開催したり、地元中学吹奏楽部の皆さんによる議場コンサートを行いました。

 

海外との連携では、各議連の活動が活発化するよう後押しを行うため、各国大使館、領事館との交流を積極的に行いました。また、全国の自治体議会では初めて、インドネシア共和国友好議員連盟を設立しました。GWには知事や議連メンバーと共にインドネシア共和国を訪問し、人材交流に関するMOU締結、共和国議会、バンテン州議会との交流も図りました。

 

議会事務局の皆さんの支えや議員各位のご協力がなければこれらの活動を行うことは出来ませんでした。心から感謝申し上げます。

 

また、天皇陛下からご招待をいただき、春の園遊会に妻と共に出席させていただいたこと、F1日本グランプリ―開催に際し、三重県にお越しいただいた三笠宮の彬子様に二日間随行させていただいたこと、天皇皇后両陛下、秋篠宮皇嗣殿下、紀子様ご臨席の大阪関西万博開会式並びにレセプションに出席させていただいたことは、生涯忘れることのない思い出となりました。

 

一年間、本当に多くの貴重な経験をさせていただきました。また新しい名刺ファイルが溢れるくらい、たくさんの新しい出会いをいただきました。これからは、この得難い経験と出会いを大切にし、私自身の政治活動に活かしていきたいと思います。

議長を退任し、会派に戻り、令和7年度の新体制では、再び、最大会派新政みえの代表を務めることとなりました。ホッと一休みすることなく、県政発展のため、県民の幸せのため、今日から気持ちを新たに全力を尽くして参ります。四日市のケーブルテレビCTYが私の議長退任にあたって取材をいただきました。ぜひご覧ください。

【ケーブルNews】間もなく任期満了 稲垣昭義三重県議会議長 | CTY・CNS 地域情報サイト

 

5月5日~8日の3泊4日でインドネシア共和国を訪問しました。三重県内企業の人手不足が深刻な状況の中、インドネシア政府との間で人材雇用や、人材の技術力向上について協議を行うことを最大の目的として、知事がこの期間インドネシア共和国を初めて訪問しました。県庁のミッション団、民間の経済団、介護・看護団、そして私たち議連5名がそれぞれの目的を持って訪れました。

保健省のブディ大臣、労働省のヤシエリ大臣との会談には、私も議長として同席させていただきました。保健省とは、昨年7月に介護、看護分野の人材交流に関する覚書(MOU)を全国で初めて締結しましたが、今回更に内容を具体化して更新しました。労働省とは、様々な業種の技能実習生人材を三重県に積極的に送って頂くことと、本県が日本語教育の支援、人材の保護に協力することを盛り込んだMOUを締結しました。これは宮城県に続き2例目となります。

また、民間の送出し機関事業者が加入する協会(APPI)とも、三重県に優先的に人材を送っていただくようMOUを締結しました。インドネシア大学では、いわゆる技人国といわれる高度人材についての協力についてMOUを結ぶため教育省とも今後協議をすることが確認されました。私は別の日程で同席出来ませんでしたが、昨年新しくできた移住労働者保護省とは、知事と大臣との会談で、特定技能など様々な人材の交流についての協議を今後続けることが確認されました。

今回、知事と3大臣が会談し、具体的なMOUを3本結ぶことができたのは大きな成果だと思います。インドネシアのお国柄もありますが、事前の協議は非常に難航したようです。それだけ双方が内容の重要性を認識し、真剣に取り組み、当日まで、一言一句ギリギリの協議を重ねた結果であり、関係者の皆さんの粘り強いご努力とご苦労に敬意を表します。

 

知事の日程と離れて議連独自の活動としては、インドネシア共和国議会(BKSAP)を訪問しました。マルダニ議長、ゴベル日本インドネシア議連会長はじめ国会議員と懇談を行いました。三重県とインドネシア政府との人材交流を議会としても支援できるよういい会談となりました。その様子はBKSAPの公式動画で配信されています。

 

 

また、バンテン州議会も訪問し、アンドラ州知事と副議長と面談しました。バンテン州の州都セランはジャカルタから西に車で1時間半くらいで、州の人口は約1200万人、物流、港湾の要所です。政府と三重県の間で結んだMOUについて具体的なアクションについて話し合うことが出来ました。こちらも訪問の様子がバンテン州の公式TikTokで配信されています。

Hari ini Pak Gub menerima kunjungan Kenegaraan Ketua dan Anggota DPRD ... | TikTok

 

インドネシアと三重県の関係を強固にしていくためには今後の議連の活動も需要になってくると考えます。三重県議会は、41人の議員が参加して、地方自治体議会では全国で初めてインドネシアとの友好議連を立ち上げましたので、今後議連の会長として、今回のMOUが効果的に機能するよう取組んで参ります。

 

非常に有意義な実り多きインドネシアの旅となり、感謝です。

今春、県立みえ四葉ケ咲中学校が開校しました。県内初の夜間中学校で、中学生の不登校生徒も入れる学びの多様化学校を併設した形は全国初となります。

私は、不登校やひきこもりが増加する中、学び直しの機会をどのように作るかが大きな課題だと考えています。私のブログを見返すと、6年前からこの夜間中学校の議論が始まりました。当初は義務教育を受けていない外国人を対象とした夜間中学校が必要ということからスタートしました。

 

私も、全国初の県立夜間中学校を設置した高知県や、民間の夜間中学校が先進的な取組をしている岡山県、あるいは札幌市などの夜間中学校の視察をしながら、三重県にどのような夜間中学校が必要かの議論を重ねて参りました。夜間中学校のニーズや課題把握のため、夜間中学校体験教室(まなみえ)を津市と四日市市に2年間開設し、その後具体的な検討に入るとの方針が示された時に時間をかけ過ぎではないかと質疑したことを記憶しています。

 

開校式に出席して、入学生が「26年間学校に行ったことがなく、まなみえで初めて黒板や先生を見ました。人と一緒に学ぶことの楽しさを知りました」とあいさつされているのを聞き、約5年じっくりニーズを把握し、準備してきたことは正解だったと感じました。関係者の粘り強いご尽力の効果で、当初の見込みを大きく上回る70名が入学されました。

 

10代~80代の入学された皆さんには、このみえ四葉ケ咲中学校にて、それぞれのペースでじっくりと学んでいただいただきたいと思います。学ぶことの楽しみを感じてもらいたいと思います。

 

3月の内覧会では、スタッフに私の高校の同級生がいました。開校式では教員に、中学校の同級生がいることを知りました。また広報を担当しているスタッフは、昔からよく知っている仲間でした。思い入れのある夜間中学校に多くの仲間が関係してくれていることをうれしく思います。関係者の皆様が生徒と一丸となって、より良いみえ四葉ケ咲中学校の歴史を作っていってくれることを期待します。

本日、EXPO2025大阪・関西万博が開幕しました。昨日は開会式が開かれ、三重県議会議長として出席させていただきました。天皇皇后両陛下、秋篠宮皇嗣同妃両殿下もご臨席され、開会式では天皇陛下から、レセプションでは秋篠宮皇嗣殿下からお言葉を賜りました。石破総理はじめほとんどの閣僚も出席され、まさに国家プロジェクト、国家イベントであることを実感しました。

1970年以来55年ぶりの大阪での開催ですが、前回は日本が高度経済成長を経験して、国民も若く非常に勢いがあった時に、テクノロジーの進化を予感する万博だったと思います。今回は、日本は少子高齢化時代を迎え、国際社会も不安定な中での開催となりました。テーマは、「いのち輝く、未来社会のデザイン」ですが、生命、多様性がキーワードの万博になるのではと感じます。

 

開会式は、多くの出席いただいた国々の代表から、日本は素晴らしい国だと感じていただけるような奥深いものでした。個人的には日本人であることに誇りを感じました。大屋根リングに立ち、会場を見るとワクワク感と高揚感を感じました。日本館に入り、世界最大級の火星の石を見ましたが、館内は様々な工夫がなされ、生命、技術、未来を感じる学びの館でした。

160を超える、国、地域、国際機関が出展をされていますので、10月までの開催期間に、あらためてゆっくりと訪れてみたいと思います。私は、前回の大阪万博は生まれていませんが、20年前の愛・地球博は記憶しています。愛知万博は、環境、共生社会といった方向に時代が大きく変わるきっかけであったと感じます。歴史の節目となる万博を体感し、未来を創る力になりたいと思います。

3月26日に第9回全国自治会議会改革推進シンポジウムを四日市で開催しました。三重県議会は、全国で初めて議会基本条例を制定し、議会改革の先進県として様々な改革を行ってきました。議会改革の取組みを全国に広めて行きたいとの思いで、これまでも議会改革推進シンポジウムを三重県議会主催で開催しており、今回は9回目の開催となります。約10年ぶりの開催となりましたが、私が議長就任時に、議会改革の更なる推進のため、久しぶりに議会改革推進シンポジウムを開催したいと申し上げ、議員各位と議会事務局職員の皆さんの尽力で開催することが出来ました。

全国36都道府県から約260人の自治体議会議員の皆さんに四日市にお越しいただきました。テーマは「議会改革の推進と女性や若者等多様な人材の活躍」として開催しました。駒澤大学名誉教授の大山礼子氏による「多様な意見を反映する議会へ」と題して、基調講演をいただき、私もパネリストとして参加して、パネルディスカッションを行いました。

私は、私自身が26歳で銀行を辞めて選挙に出た時に経験したことや、落選経験から感じたことなどをお話しました。また、議長として、県内経済団体をまわり、立候補に伴う休暇制度の新設や議員との副業、兼業の容認について要請活動を行ったことなど、立候補しやすい環境をどのように作っていくかといった取組みについて話をしました。

交流会でもたくさんの方と意見交換を行うことが出来ました。このシンポジウムでの気づきや出会いが、各自治体議会での更なる改革の推進につながってくれたらと願います。私にとっても、志を新たにする貴重な経験となりました。感謝です。

昨日は、国道1号北勢バイパスの日永八郷線から国道477号線までの間の開通式に出席しました。まさに私の地元三重地区の間であり、この開通式に議長として出席できたことをうれしく思います。

祝辞では、これまでの北勢バイパスに関わって頂いた方々への感謝を述べましたが、様々な思い出がこみ上げてきました。私が県議に初当選した22年前は、大矢知地区の工事に関して地元との協議が行われていました。用地に、久留倍官衙遺跡が発掘されたため、何度も議論を重ね、遺跡を残し、道路も通すといった知恵を絞りだしていただきました。

私のブログを検索すると、何度も北勢バイパスについて書いていますが、10年前の垂坂から山之一色間が完成した時の記事を懐かしく読みました。当時から、名四カントリークラブの下をトンネルで抜ける工事は非常に難所であると言われていました。施工者の高い技術力で、その困難を乗り越えていただきました。

北勢バイパスについて | 三重県議会議員 稲垣昭義 オフィシャルブログ「 初心、継続。」Powered by Ameba

 

2007年には、三重地区連合自治会で北勢バイパスに伴う地元課題についても要望を取りまとめていただき、県や国に提出しました。これまでの間、これらの地域の要望に関しても県や国にて丁寧に対応いただきました。

第3回定例会開会 | 三重県議会議員 稲垣昭義 オフィシャルブログ「 初心、継続。」Powered by Ameba

 

多くの地元の皆さんの思いと関係者の皆さんのご尽力が詰まった道路です。感謝の気持ちでいっぱいです。この先、中勢バイパスまでの間、一日も早い全線開通に向けて取組んで参りたいと思います。

昨日本会議の後、日本・インドネシア共和国友好三重県議会議員連盟の設立総会を開催しました。41名の議員が入会いただき、私が会長に選出いただきました。在大阪インドネシア共和国総領事館によりますと、都道府県議会でのインドネシア議連設立は全国初とのことです。

インドネシアは人口約2.8億人で世界で4番目に大きな国です。少子高齢化が進む日本の平均年齢は49歳ですが、インドネシアの平均年齢は29歳と非常に若い国です。今後更に発展する勢いのあるインドネシアと三重県の交流連携を更に深めていきたいとの思いで設立致しました。

昨年、三重県は、全国で初めて、インドネシア保健省と介護、看護分野の人材交流についての覚書を締結しました。今年は、介護、看護分野のみならず様々な分野の人材交流を進めるため、インドネシアの移住労働者保護省と協議をしており、知事はインドネシア訪問も計画しています。今後、議会としてもこれらの三重県の取組みをバックアップするため、インドネシアの議会との交流連携の取組みを進めたいと考えています。

 

昨日は、設立総会にあたり、在大阪インドネシア共和国総領事のジョン・チャヤント・ブスタミ氏による記念講演をいただきました。また当初は、昨年10月にプラボウォ・スビアント大統領の肝いりで、新たに設置されました移住労働者保護省のアブドゥル・カディール・カーディング大臣が来日し、三重県にお越しいただく予定でしたが、来られなくなったため、アビ・レクソ・パンガリー大臣付特別専門官が大臣のビデオメッセージを持って出席いただきました。

 

三重県でも特に介護分野の人材不足は深刻です。今後、議連の活動を活発化して、これらの課題解決の一助になれればと考えております。

 

昨日の設立総会をNHKでも報道いただきました。

介護看護分野でインドネシア人材受け入れへ 県議会が議員連盟|NHK 三重県のニュース

 

 

 

 

3月26日(水)13:00~、都ホテル四日市4階伊勢の間にて、第9回全国自治体議会改革シンポジウムを開催します。

 

三重県議会では、改革先進議会として、これまで全国から多くの自治体議会議員に集まっていただき、議会改革シンポジウムを開催してきましたが、新型コロナ等の影響もあり、間があいてしまいましたが、今回久しぶりに、開催することになりました。

 

今回のテーマは、「議会改革の推進と女性や若者等多様な人材の活躍」ということで、特に若者と女性の政治参画に重点を置いて開催します。多様な方々が立候補しやすい環境を整えていくためには、企業や社会の理解が必要です。そのため、今回は、全国の自治体議会議員の皆さんはもちろんですが、経営者の方や、選挙に出たいと思う(思ったことがある)けど壁があると感じている方々にもぜひご参加いただきたいと思います。

 

私も、主催者として、パネルディスカッションに登壇し、自分が26歳で県議会議員選挙に初挑戦した時に感じたことなどもお話したいと思っております。

 

皆さん、下記ホームページの申込フォームからぜひ参加登録いただきますようお願い申し上げます。

三重県議会 第9回全国自治体議会改革推進シンポジウム

2月4日~6日新政みえの視察が行われました。4日は、議員会館にて、103万円の壁や社会保障制度改革についての研修が行われましたが、私は議長定例記者会見等公務が入っており、夕方からの参加となりました。

夜は、東京ミッドタウン八重洲にて、新政みえ主催の三重の食材を楽しみながら三重の魅力を語る会を開催しました。新政みえの20名の県議が地元の物産を持ち寄り、おもてなしをしました。初めての企画でしたが約150名の方がご参加いただき、東京で三重の魅力を発信することが出来ました。新政みえの底力を感じたイベントとなりました。

 

翌日は、石川県の輪島市で震災の復興状況調査の予定でしたが、あいにくの大雪のため、金沢市の県立図書館視察に変更しました。こんな図書館なら一日中いたいと感じる素晴らしい図書館でした。「しゃべってもいい図書館」とのコンセプトもよく、世代を超えて多くの方が毎日来館されています。

四日市市は、10年前から新図書館建設を進めていますが、建設場所等で迷走しており、具体的なビジョンが見えてきません。どんな図書館を作りたいのかビジョンが本当に大切だと感じました。ぜひ四日市にもこんなワクワクする図書館が欲しいと感じました。

 

新型コロナ前は、新政みえでは、研修や視察を行っておりましたが、最近あまり出来ていませんでしたので、このように会派のメンバーが一同に会する機会は非常に重要です。雪に悩まされましたが、実り多き視察となりました。

昨日は、歴史ある紀州口熊野フルマラソンに出場しました。和歌山は隣県ですが遠いため、前泊で乗り込みました。

市民マラソンランナーの栄誉と言われるサブ4(フルマラソン4時間以内の完走)を目指して、練習を重ねてきましたが、結果は、4時間2分23秒で目標を達成することは、出来ませんでした。自己ベストを15分近く更新することが出来たのですが、2分23秒(約400m)サブ4に足らずに本当に悔しい思いです。この無念さを次のバネにするため、今回のレースを振り返り、ブログに残しておこうと思います。

前日からの雨は上がりましたが、ハーフまでは降ったりやんだりのお天気でした。コースは舗道を走ることも多く、水たまりも多く、コンディションはあまり良くありませんでしたが、風がないのは幸いでした。

私のレース計画は、30キロまではキロ5分30秒ペースで行き、30キロ以降は、キロ6分~6分30秒で行きたいとのイメージを持ちスタートラインに立ちました。スタートして、まわりの人の流れに乗り走り出すと、キロ5分15秒ペースだったので、当初の計画より速すぎると思いましたが、まわりの方々のリズムと合っていたので、このままのペースで行きました。

 

20キロまでは、このペースで行き、ハーフは1時間52分とかなりハイペースで通過しました。17キロ~19キロ過ぎまで登坂が続きましたので、ここで結構体力を消耗したように思います。20キロを過ぎてからは、5分30秒ペースに落として30キロまで順調に行きました。この時点では、残り12キロをキロ6分ペースで十分サブ4が達成できると思い、キロ6分くらいで走りましたが、38キロあたりで両足のふくらはぎに痛みを感じました。

 

何とか40キロまで到達し、残り2キロをキロ7分で走っても十分サブ4達成できると思った矢先に、両足がつり、痙攣して、足が言うことをきかなくなりました。気力で何とかと思いましたが、気力、体力共に限界を超えて、残り2キロ、17分かかってしまいました。

 

この40キロにあった大きな壁を突破できるよう、今後精進したいと思います。松阪フルマラソンほどは沿道からの応援はありませんでしたが、所々でいただく声援は本当に励みになりました。また、35キロあたりのエイドで食べたチョコレートパンが無茶苦茶美味しく、力になりました。

 

今日は朝から全身疲労が溜まっていますが、走り終わった後の充実感は、マラソンの醍醐味です。次回こそはサブ4達成できるよう、走り続けます。