今日は私の誕生日です。SNSは嬉しいもので、FB、Twitter、Instagramでたくさんのお祝いのメッセージをいただきました。心から感謝申し上げます。今日も朝から本会議が開かれ慌ただしい一日でしたが、帰宅し、ささやかに自宅でフランス南ローヌのロゼスパークリングを飲みながら皆さんからのお祝いメッセージを読ませていただいております。
50歳の誕生日というのは私の中で大きな意味があります。44歳の時、私は県議を辞し四日市市長選挙に挑戦しました。四日市の未来を誰よりも考え、自分自身のすべてをかけて戦いましたが結果は敗戦でした。自分自身を見失いそうになった時に、武田邦彦先生からお誘いをいただき、人生は2回あるとの話を聞かせていただきました。人生100年時代に入り、50歳からを第二の人生と考えられるかどうかが重要とのお話をいただき、44歳で第二の人生の準備をする機会を得られたことはラッキーだと言われ、私は目から鱗が落ちました。
それから私は、第二の人生の準備として、学び直すことを決意し、明治大学大学院に通うことにしました。金銭的にも時間的にも正直かなり大変でしたが、多くの出会いと学びを頂きました。またこの間、ワインエキスパートという魅力的な資格も取ることが出来ました。
この間、今まで自分が信念を持って取組んできた政治についても見つめ直す機会となりました。何度も自問自答しながら、価値観の共有、参加型、当事者意識の3つを大切にして、世代間の対立がある課題に対して必ず次世代の立場に立つとの思いでもう一度政治をやりたいと考え、46歳で再び県議選に挑戦をしました。県議選では素晴らし得票をいただき、多くの仲間に支えられ今日の自分があります。
いよいよ、私なりにしっかりと準備してきた50歳を迎えました。コロナによるパンデミックやウクライナ戦争などこれまでの人生で考えられないことが重なって起きています。このような時代に入り、最近つくづく準備をしてきた自分の役割があることを感じています。
私の26歳の初陣の旗差しは「明日に一番近い男」でした。この初心を忘れることなく、次世代のために命をかけて戦うことを誓います。
両親、家族はじめ多くの仲間に支えられ50歳という節目の年を迎えられたことに感謝申し上げます。今日から私自身第二の人生がスタートです。第二の人生もよろしくお願い申し上げます。












