MENTOS
ドワイルドな皆さんは最近の 「メントス」のCMはもうご覧になりましたか?
思わず笑っちゃいますよね^^
ノリノリのアメリカ~ンな感じなんだけど、なんだかキモカワイくて(笑)
今までも時折目にするメントスのCMは、ワリとインパクトのあるモノが多くて「あっ、メントスだ…懐かしいなぁ♪」なんて思うも、最後に食べたのはいつだったっけ?という感じですが^^;
しかしながら今回のCMのアニメは“Mr.メントス”“Ms.クリーム”に“ウメちゃん”とキャラも勢揃い♪
“Mr.グレープフルーツ”に至っては、レイザーラモンHGにしか見えないし(笑)
ヘンテコリンなアフロヘアーで、ウォータースキー乗ってお尻をブリン、ブリン振り、とにかくキョーレツな印象のCMでしたね(^.^)b
このメントスというと、2~3年前にインターネット等で話題になった“メントスコーラ”を思い出します。
知ってる方も多いのでは?
コーラのペットボトルにメントス1~2粒を入れると、急激に炭酸が反応を起こし中身が勢いよく一気に吹き上がる“メントスガイザー”なる現象を♪
実際にやったコトはないですが、You Tubeとかで画像見て「おォ~スゲェ!」なんて思ったモノです^^
科学者のあいだでは、この現象についていろんな理論が真剣に討議されてるらしく、コレは化学反応だ、いや物理的な反応だのなんだの…
コレに関しては、どっちでもよくねーって感じですが(笑)
ただ、ほんの2ヶ月前の中国で、女子大生がコーラを飲んで直後にメントスを食べたところ、口と鼻からコーラが噴出し、病院に運ばれたというニュースにはビックリしました(@_@;)
メントスガイザー現象を知り、興味が湧いてのコトだったそうですが、想像しただけで分かりそうなもんですけどね…(汗)
ドワイルドな良い子は(どんなだよっ・笑)絶対にマネしないように(^.^)b
何はともあれ、ユニークなCM見たせいで、久しぶりにメントスのあの独特な食感、ジューシーな味わいを食べたくなりました(*^_^*)
GOOD TIMES MENTOS♪
メントスを食べれば、みんなといる時間がドワイルドに楽しくなる!…ハズです☆
dowild.s
Pinup Girl
本格的な夏も近いのでトップはこんなピンナップガールの写真で^^
“ピンナップ”とは文字どおりピンで留めて壁などに飾る写真のコトを言うんだけど、特に女性のヌードや水着姿のモノを指す場合が一般的になっている(*^_^*)
その写真に写った、あるいはイラストとして描かれた女性たちを「ピンナップ・ガール」というワケだ♪
ヌードグラビアがまだなかった1910年代から1940年代のフランスやアメリカで、セクシーなピンナップ・ガールたちが大旋風を巻き起こし、カレンダーや様々なグッズ、雑誌の表紙などを飾り、1960年代くらいまでそのブームは続いた。
ことアメリカでは、男と女とのあいだの外見上の性差、簡単に言うと服装の差が文明国とは思えないほど大きい。
腕力や武力が今でもあっさりとキメ手になるのだから、根っこの部分ではやはり野蛮国というコトなのかな?!(笑)
ともあれ腕力や武力が男のモノだとするならば、ソレに対して張り合いつつ、ソレを自分に引き寄せるために女性は性的な魅力を総動員しなければならず、そのコトの結果として、大人の男女のあいだにはまず服装において大きな性差が生まれてくるワケだ。
たとえば脚であれ胸であれ、その出来栄えが多少とも評価され得るモノであるなら、ソレはとにかく最大限に増幅したカタチで誇示しなければ相手にされない、置いていかれる、という強迫観念がさらに性差を拡大していくんだと。
そんな男のドワイルドな部分が要求してやまない(内面ですよ^^;)女性の性的魅力を、商業的なカタチの作品としてひとまず完成させたのが“ピンナップ”だったのでは?
歴史的にみるとソレは第二次世界大戦に従軍したアメリカ軍の兵士たちによって、一気に完成の域へと高められた。
ノーズアート(戦闘機の機首に描かれたアートペイント)やフライトジャケットの背中に思い思いの女性の絵を描き、勇気をもらい、また故郷の恋人を思い出したりと…
性差というものの、女性の側における極限的なグラフィック表現であるピンナップが、戦争を背景にして完成した事実はかなり興味深いモノがある^^
ピンナップの王道は、傾けた顔をやや下からアップで撮った、あるいは描いたモノ。
次に水着あるいはソレに類した服装での脚を強調した立ち姿、そして膝、太腿、尻、腰、胴、胸、首、顔や髪などすべてを、斜めという有利な視点から見るコトが出来るポーズだ。
皆さんもよくご存知のマリリン・モンローの出現まで、アメリカのセックス・シンボルと言われた女優のリタ・ヘイワースは、アメリカン・ピンナップの完成に多大な貢献をしたひとりだ。
彼女の全身のポーズは、ピンナップの原点とも言われているからね(^.^)b
俺も中、高校生くらいの頃は、アグネス・ラムやファラー・フォーセットなんかの雑誌の切り抜き写真やポスターなどをよく飾ったもんです(*^_^*)
いつの世も、グラマーでセクシーな女性に憧れる男って生きモノは、ピンナップ・ガールに無意識のうちにそのドワイルドな母性を求めているんだと思う☆
dowild.s
Island Zouris
沖縄の人々に愛用されている履き物で"島ぞうり"ってご存知かな?
白のソールに赤・青・黄の鼻緒がカラフルなゴムぞうりで価格は300円程度の代物。
そう、ようはビーチサンダルの事^^
沖縄では、ビーチはもちろん普段履きとして小さな子供からお年寄りまで全ての世代に愛用されているんだ。
人々に「島ぞうり」や「島サバ」の愛称で呼ばれているこのサンダル、40年前もから沖縄でしか販売されていないそうだ。
もちろん他のビーサンも販売はされているが、手頃さと履き心地などからやっぱりコレが定番アイテムなんだよね。
あまりの普及度・人気度から、沖縄の人にとってビーチサンダルとは別物だそうだ。
足に鼻緒の"Vサイン焼け"が出来れば、あなたも立派な島人になれるかも(笑)
ところで、ソール上部の白い部分にデザインを彫刻をしたモノが人気なんだよね♪
下部の色がアクセントになって、キュートでオリジナリティ溢れる島サンダルが完成するって訳だ。
ハイビスカスや亀、魚、波、シーサーなど、沖縄ならではの模様や、名前やメッセージなど、全て手彫りで製作されている。
もともと、戦後の物資不足時代の沖縄では靴を買えない多くの子供達が島ぞうりを履き、他人のぞうりと区別するために線香(ヒラウコウ)で自分の名前や屋号を焼き付ける習慣があったという。
それがルーツとなって、今ではこんな楽しいアートとして普及したんだよね。
カッターを使って自分でも簡単にできそうだから、夏に向けてキュートでドワイルドなオリジナルの"My 島ぞうり"を作ってみようかな?
dowild.m
CASIO DIVER'S
南国や海に行く時には必ず愛用しているのが、このダイバース・ウオッチ。
型番は「ADP-800」、1990年位に発売されたんじゃなかったかな?
今や人気のCASIOだが、当時はまだG-SHOCKもブレイクする前。
そんな時代に気合を入れて作られたダイバーズだったんだけど、そのデザインに一目惚れをして手に入れたんだ^^
ボリュームのあるゴツいケースに、ゴールドを大胆にあしらった存在感。
今では軽くて丈夫なチタン素材を使ったモデルが多いんだけど、これはステンレス素材だからズッシりと重くて。
水深計や潜水時間など、ダイビングのログをメモリーする機能が付いている。
(左側に付いている大きなパイプがそのセンサー)
本格的なダイビングはやらないからこの機能は使わないんだけど(笑)、"海に似合う腕時計"として愛用しているんだ。
この色合いと巨大なフォルムはかなり存在感があって、日焼けをした腕にピッタリで^^
これを着用しているとかなり目立つようで、「何?その時計」やら「譲ってくれ!」やら、やたらと声を掛けられる・・・。
特にハワイのサーフ・ショップの店員には(笑)
実はこのモデル、当時あまり売れなかったモデルだっただけに、生産数も少なく今ではほとんど市場に出回っていないんだよね。
他の人が付けているのを見た事がないし。
これからやってくる待望の夏にはビーサンと共に欠かせない(笑)、俺のタフでドワイルドな相棒なんだ。
dowild.m
Hemingway and the Sea
アーネスト・ヘミングウェイに関しては過去にも何度か書いたコトがあるが、そのライフスタイル、持って生まれたヒロイズム、そしてソープ・オペラ的な私生活と(笑)どれをとっても実にアメリカ的な生き方をした人物だ。
アメリカの文化に憧れる人にとってソレは、今なお理想であり“パパ・ヘミングウェイ”の愛称とともに永遠のアメリカン・ヒーローであり続けている♪
そんな文豪ヘミングウェイは何故、海を愛したのか?
生前、彼は朝日が昇る前に起き、早朝の5~6時間は執筆に専念し、5月から9月の間で風と海の具合がよければ愛船「ピラール号」で カリブの海に出てカジキを追っていた。
陸ではフロリダのキーウエストであればスロッピー・ジョーの店に、キューバのハバナであればフロリディータに向かい、いつもの席でフローズンダイキリを頼みアメリカからの友人たちを楽しませたという♪
イングリッド・バーグマン、エバ・ガードナー、ゲイリー・クーパー、マレーネ・デートリッヒといった世紀の大スターたちをだ^^
東アフリカではサバンナでの狩猟を楽しみ戦争の現場には従軍記者として出かけ、常に生と死を見続けた。
1926年4月『日はまた昇る』が完成したこのとき二人目の妻となる“ウ゛ォーグ”の記者ポーリーンとの新しい生活が始まっている。
この小説でフィッツジェラルドと並ぶ時代の寵児となったヘミングウェイは、友人の作家ドス・パソスの薦めるフロリダの南端キーウエストに向かう。
そこでの生活はソレまで川釣りしか知らなかったヘミングウェイに海での大物釣りの醍醐味を教え、すっかり虜にしたんだよ。
そう、海を愛する文豪のイメージはここから始まったんだ♪
やがて1934年にニューヨークのボート・ビルダーに作らせた38フィートのフィッシングボート「ピラール号」を操り、シーズンのほとんどをカジキ釣りに費やすようになっていった。
その後キューバでの新しい生活を次なる結婚相手マーサと送るべくキーウエストを引き払うのだが、「ピラール号」はキューバでの20年間、カジキやマグロ釣りの海の狩猟に付き添っている。
あのノーベル文学賞に輝いた1952年の『老人と海』もこの「ピラール号」での経験と知識が存分に生かされた。
生涯4人の女性と結婚したが、このボート「ピラール号」だけは手放さなかったんだ^^;
実はこのボート、何本もラインを流せるようにアウトリガーを持ち、操船席を二階のフライブリッジにも設定するなど現代のスポーツフィッシャーの原形となるモノだったんだよ。
さらにヘミングウェイは徹底的にカジキやマグロの生態研究をし、メキシコ湾流の調査をしながら今に至るゲームフィッシングにおけるルール作りの貢献者ともなった。
職業漁師ではない趣味で釣りをする人は、機械の力や人の手を借りてただ大物を釣るのではなく、マナーとルールが必要だとの主張もした。
ソレはロッドやリール、使うラインなどを細かく決めたIGFA(国際ゲームフィッシング協会)のルールとなって現在も生きている。
ヘミングウェイには、自らの夢のためにとことん人生を注ぎ込んだ代償として、心も身体もボロボロにしたからこそ生み出せる美学があったように思うんだ^^
フィッシングボートが停泊するポンツーン付きのウ゛ィラ、フロリダに限らずそんな風景をアメリカではよく見かける。
今ではアメリカのフィッシングボートはクルマと同じく豊かな人生と時間の象徴だ。
中でも東海岸に住む多くの人たちが海と釣りを楽しみボーティングに親しむ姿には、あたかもヘミングウェイの末裔でも見てるかのよう^^
誰よりも長く愛された「ピラール号」と共に、輝く海へ、ドワイルドなヘミングウェイの海へ出かけたいと願って…☆
dowild.s
GRAF VON FABER-CASTELL
自ら愛用するモノに関してもそうなんだが、なににつけ“シルバー製品”って大好きなんだ♪
平面的な着色だけではない“素材感”まで含む3次元の要素で構成される色だからこそ、単なる“スタイリッシュ”ではなく、また機能だけを追い求めた“プロフェッショナル”でもない所がイイ。
モノ選びにおいて“本物”を追求した時、その答えの行き着く先には必ず“シルバーデザイン”があるって感じかな^^
前から1本は欲しいと思いつつ、なかなか手に入れる機会がなくまだ持ってはいないんだけど、ドイツの老舗鉛筆メーカー「グラフ・フォン・ファーバーカステル」のシルバー製品には、その魅力がたっぷり詰まってるんだ♪
ブランド自体は、8代目にあたる現在の当主、アントン・ウ゛ォルフガング・フォン・ファーバーカステル伯爵によって1993年に創立された新しいモノ。
しかし、その生み出される製品は、ファーバーカステル社の247年以上に及ぶ歴史を背景にしたモノなんだよ。
1761年、家具職人だったカスパー・ファーバー氏がドイツのニュールンベルグ郊外のシュタインという町に鉛筆工場を建てた当時、鉛筆はグラファイト(黒鉛)の芯棒を木の軸や金属の鞘に入れる形で使われていた。
この形態は、鉛筆が普及するにつれて装飾性を増し、単なる筆記具からジュエリーのような製品も多く登場するようになっていった。
そんなファーバーの鉛筆を産業化し、1851年に六角形の鉛筆を発明、芯の長さ・太さ・硬さを世界基準とするなど、現在の鉛筆の基礎作りに大きく貢献した4代目当主ローター・ファーバー氏も、自社の製品の中に素晴らしい装飾を施した銀などの金属性の鞘に収まったポケットペンシルを加えていたんだ。
時は経ち1986年、そのファーバー製の銀のエクステンダーやプロテクターのコレクションを当代アントン氏が入手し、それらのコレクションをヒントに作り出されたのが、グラフ・フォン・ファーバーカステルの最初の製品“ペンシルエクステンダー(パーフェクトペンシルの原型)”だった。
元々ドイツ人は金より銀を好むというコトもあるが、ローター氏が作らせていた銀のエクステンダーの美しさと、ファーバーカステル社の鉛筆へのこだわりを現代の製品として見事にまとめ上げたのが“パーフェクトペンシル”という他に類を見ない製品なんだよ。
ローター氏の跡を継いだのは孫娘のオッテリー嬢だったが、今年のペン・オブ・ザ・イヤー「サテンウッド」は、このオッテリー嬢のプライベートサロンを飾っていた寄木細工をモチーフにしたモノなんだ。
オッテリー嬢は、後にアルグザンダー・ツ・カステル・リューデンハウゼン伯爵と結婚。
会社の後継者には必ず“ファーバー”を付けなければならないというローター氏の遺言で、ここに“ファーバーカステル伯爵家”が誕生したワケだ♪
このアレグザンダー・フォン・ファーバーカステル伯爵が1905年に、鉛筆のプロダクトとしてのひとつの完成形といわれる「カステル9000番」を発表、コレは現代までパッケージを変えながら鉛筆のスタンダードであり続けているからね(^.^)b
リリースされる筆記具たちの洗練されたフォルムはどれも伯爵の名に恥じない高貴な気品さえ漂っている♪
そんなアレグザンダー氏の孫であるアントン氏が生むパーフェクトペンシルをベースにした「クラシックライン」は、グラフ・フォン・ファーバーカステルの原点にして基本形、氏が背負う歴史から抽出されたドワイルドな筆記具なんだ☆
dowild.s
PIERCE
突然ですが、皆さんはピアスを付けていますか?
今では男女問わず、ファッション的にすっかり市民権を得た感じがするピアッシング。
耳だけでなく、体中の様々な場所でボディピアスを装飾している人もよく見かけるよね。
俺は左の耳たぶに1ヶ所だけ開けているんだ^^
そこにクロムハーツのクロスボール・スタッドを付けるのが定番のスタイル。
大きすぎず小さすぎずの絶妙なサイズ、着用した時のバランスが気に入ってずっと愛用しているんだ♪
現在ではファッション・アクセサリーとして楽しまれているピアスだが、そのルーツはタトゥと同様に邪悪なものから身を守る魔除けであった。
また古代エジプトやインドでは身体を飾る装飾品として、20歳になったら「貴族の証明」としてピアスをするのが王族や貴族などの間では慣わしだったり。
古代ローマにおいては、男性の乳首へのピアスはマントやケープを身体に留めるための、実用的かつ一般的な装飾だったそうだ(汗)
その他、仏教などの宗教や部族の慣わしなどその意味合いは様々だが、ボディピアス含め古くから世界中でピアッシングは親しまれていたんだよね。
ヨーロッパでは現在でも幼児の頃にピアスを開ける習慣があり、誕生石などの守護石を身につけさせることにより身を守る意味も含まれているそうだ。
俺は18歳位の時に自分で穴を開けたんだけど、ガツンと一発!痛かったな~(笑)
その頃、100人に1人位の割合でピアスの穴から白い糸が出てきて引っ張ると失明する・・・、なんて都市伝説があって脅されたっけ(汗)
とりあえず、今は何の目的も意味合いもないからこれ以上増やす予定はない。
あんまりコテコテって柄じゃないしね(笑)
改めて、何かの記念か意味があったらその時にもう1個くらいピアスを開けてもいいかな?
ちなみに片耳だけのピアスの場合、右耳は"守られる人"、左耳は"守る人"という意味合いがあるという。
そして男性の左は"勇気と誇りの象徴"、右は・・・(笑)
古代ヨーロッパでは出兵する恋人が「再び戻れるように」との願いを込め、対のピアスを片方ずつ付ける習慣があったそうだ。
男性は左側に女性は右側に付け、決して外れる事のない護符(アミュレット)に願をかけたのだ。
ピアスをファッション的に楽しみながらも、そんなロマンチックな意味合いに想いを馳せるのもドワイルドじゃないかな?
dowild.m
Heineken Extra Cold
いやいや、まだ梅雨明けもしていないのに暑い日が続きますね(汗)
ジメジメとしたこの時期の不快さもなく、さんさんと輝く太陽の日差しを浴びられるって、夏が大好きな俺にとっては嬉しい事^^
暑ければ暑いほど、ワクワクして外に出掛けてしまうんだよね。
健康的な汗を掻きながら終えた一日のスケジュール、暑い日だったからこそ、そこで飲み干すビールは最高に美味い♪
その一杯の為に、その一日を頑張ったような(笑)
冷たいビールと温かい心、そして太陽・・・
最高だよね^^
そんな今の季節にピッタリのビールが日本に上陸した。
それは1864年の創業以来、世界170ヵ国以上で親しまれている"ハイネケン"、緑のラベルがお馴染みだよね。
今回日本初上陸となるのは「Heineken Extra Cold」
その名の通り、これまでにない冷たさ・クールなスタイルで味わえるドラフト・ビールなんだ。
もう既に世界100ヶ国以上で展開されているそうだ。
「0℃以下で味わうハイネケン」
まだ導入したお店は少ないんだけど、何度か行ったことのあった都内のダイニングに設置されたというので早速行ってみたんだ。
その仕組みはビール・サーバ自体を冷却する事により、通常5℃~7℃でサーブされるビールが0℃~-2℃の温度で楽しめるってわけ。
本物の氷で覆われているドラフト・タワーは、見るだけで涼しげでスタイリッシュだった。
勢いよく飲んでみると(笑)、喉から胃に伝わる冷たさは爽快で、苦味の抑えられた澄み切った切れ味が最高♪
美味いよ、コレ^^
今までちょっと味わった事のない、新感覚のビールなんだ。
これから多くのお店に導入される予定らしいので、ぜひビール好きな方は試してみてね。
今年も猛暑が予想されているけど、このハイネケンのエキストラ・コールドを飲んでドワイルドに乗り切ろうゼ!
dowild.m
WHOLE EARTH CATALOG
昨日に引き続き暑いです…暑すぎます(´Д`)
我慢できず、キンキンに冷えたビール飲みながら書いてます(^^ゞ失礼(*^_^*)
地球温暖化に伴う環境のコトなんぞを考えながらね(^.^)b
そんな今日は、こんな話題を♪
1968年、スチュワート・ブランドという当時29歳の若者が一冊の画期的なカタログ雑誌を創刊した。
“Access to Tools”というコンセプトで発刊されたその雑誌は、自然回帰を唱えていたアメリカンヒッピーらの間でベストセラーとなり、社会に大きな波紋を投げかけたんだよ。
ソレがカタログ雑誌の元祖ともいわれる「ホールアースカタログ」だ♪
罪もない子供や老人たちが弾丸の雨の中で倒れ、生まれて間もない子供たちが飢えて死んでいく…
明日の希望も見えないまま働く弱者…
一部の層だけに富が集中する資本主義という怪物は、文明という魔法のようなコトバを巧みに使いすべてを飲み込んでいった。
消費が目的となって、浪費を善とするありえない価値観。
そのために純粋な命が犠牲になる矛盾…
まさにそんな時代に生きていた彼が「そうじゃないんだ!」と、強く意識をシフトし、具体的な形として作ったのがこの雑誌だった。
単に“消費”に向かって駆り立てるためのモノではなく、自分たちが地球というこの惑星の上で人として自立して生きるための“手掛かり”を提供しようとしたカタログなんだ。
ソレを象徴するのが、ホールアース(全地球)であり、表紙の地球の写真というワケ。
ブランドは名門スタンフォード大学で生物学を学んだ後、ベトナム戦争に2年間従軍。
60年代は当時まだまだ合法だったLSDで^^;集団トリップする「トリップス・フェスティバル」なるイベントを主催した元ヒッピーだった。
ホールアースカタログの成功後もニューエイジ系雑誌を創刊したり、“WELL”という先駆的なパソコンネットを創設したりもしている。
また、後にアップルコンピュータを作ったスティーウ゛・ジョブスも元ヒッピーでブランドの友人だったというのだから、彼らこそこの時代の非社会的な頭脳集団だったといえるだろう。
当時のヒッピーたちは、都市文明の儚さに失望し、文明の先端技術の届かない自然の中で“コミューン”という自分たちで農業などしながら自給自足の生活を送る共同体として生きていた。
また、コミュニケーションの重要性を唱え、遠く離れた仲間たちと親密な情報交換をするために、矛盾してるようだが(笑)今でいうネット通信の原型のようなモノを考案するなど、当時としてはかなり斬新で画期的なコトを行っていたんだよ。
1971年には全米で3000ものコミューンがあったと言われる。
そんな彼らが、自然の中で生きるために必要とする基本的なノウハウや道具などの情報を一堂に集めたのが、ホールアースカタログの内容だ。
当時は、ちょっとした物事でも直接アクセスするのはとても困難な時代。
そんな中で、まさに“Access to Tools(道具へのアクセス)”というコトバ通り、様々な情報源を紹介しているんだ。
結果、「オルタナティウ゛な暮らし」という新たな価値観を与えたんだと思う。
西暦2008年、人類が築き上げてきたこの文明社会は今、あきらかな転換期を迎えた。
しかも、この文明社会を“単純に白紙に戻す”のではなく、どのように“自然と人が上手にやりくりできるのか?”どのように“デザインし直すのか?”が問われている。
便利なモノはどんどん利用すればイイ。
しかし一方で、便利にする必要のないモノはオリジナルを大切にしたい。
情報化の中で重要なのは、個人の“independence(自立)”な選択眼とリアルな道具たち、そしてタフで潔い気持ちだ♪
ホールアースカタログのコンセプトが人々の心を魅了したのは、ページをめくる度に、まさにそのドワイルドなヒントが伝わってくるからなのだろう☆
dowild.s
RC COLA
いやぁ~しかし今日は暑かったですねェ(;^_^A
こんな日はスカッとした話を♪
「コーラ」の歴史というのは、王者コカ・コーラと挑戦者ペプシの一騎打ちであるかのように思われがちだが、実はそうじゃないって知ってましたか?
世界的にみても実に多くの種類のコーラが存在します♪
中でもアメリカのマイナーコーラといったら星の数ほどありますからね(^.^)b
その理由として、それぞれのスーパーが自社のブランドの1つとして販売する“Homebrand”などもあるからだ。
ユニークなのは価格の低さが身の上である以上、缶のデザインなんかも簡略なモノが多く、また強烈なインパクトを持たせる必要もなくその色彩は“コカ・コーラ”と同じ、赤地に白と銀のデザインが圧倒的に多かったり(笑)
しかしながらコカ・コーラの発明以来、一体どれほどのコーラが世に送り出され、あるモノは競争を生き抜き、またあるモノは歴史の闇へと消えていったコトか…
ソレは値段を下げたり、カフェインを増やしたりと様々な試行錯誤を繰り返し、シェアの獲得を目指しながら現在も同じように続いている。
そんなあまりにも大きいコカ・コーラとペプシという巨人に真っ向から戦いを挑み続けるコーラがある。
ソレが「ロイヤル・クラウン・コーラ(RCコーラ)」だ♪
大人になってからはめっぽう飲んでないが、小、中学生くらいの時にはフツーにそこいらで売ってたし、よく飲んでた記憶がある^^
20世紀初頭のジョージア州、コカ・コーラ生誕の地アトランタから南へ100マイル、アラバマとの州境の町Columbusに1人の若き薬剤師が住んでいた。
彼の名は“Claud A.hatcher”そう、RCコーラの生みの親だ♪
薬剤師でありながら清涼飲料水の卸売りを始める…なんだか2大ブランドと同じような始まりだが、ソレはソレでいかにのどかな時代であったかが伺える(笑)
というのも当時は薬と清涼飲料の間には明確な違いがなく、多くの炭酸飲料が薬剤師によって生み出されていたからね。
命を削ってペンバートン博士が調合したコカ・コーラしかり、カレブ・ブラッドハム博士が胃腸薬を作っている時に偶然生まれたペプシコーラしかりね(^.^)b
ソレに比べると始まりは単なる卸売りとイマイチな感じだが^^;クラウドにはドワイルドなチャレンジ精神と商才があった♪
1905年、ジンジャーエールを作り、売り出したところ非常にウケが良く、そのジンジャーエールの名前こそが「Royal Crown」だったんだ^^
残念ながらネーミングの由来は明確にわかっていないらしいけど、当時、流行し始めたボトルの“王冠”からきているのでは?という説も。
この成功で彼はすぐにコーラの製造を始め“Chero-Cola”の名で売り出すとソレがまた大当たり♪
1912年、その資金で「Chero-Cola Co.」を設立した。
このチェロ・コーラがどれほどヒットしたかは不明だが、コカ・コーラ社の当時の資料の中に“コークの類似品”(;^_^Aの1つとして名前が挙がっているので、知名度はまんざらでもなかったのでは?(*^_^*)
そりゃあコカ・コーラからすれば“偽物のコーラ”の1つに過ぎなかっただろうが…(笑)
それでもチェロ・コーラは順調に業績を伸ばし、1925年にはアメリカ南部14州で315のボトラーと236の工場を所有するに至るんだ。
そして新製品飲料“Nehi”もヒットし、社名を「Nehi Corporation」に変更する。
って、新製品が出る度に社名を変えるとは…(笑)
1933年には新しいコーラを計画し、その名を一番始めのジンジャーエールに倣って“Royal Crown COLA”とした。
コレが「RCコーラ」の誕生だ♪
しかし、順風満帆な勢いも第二次世界大戦によって一時中断されてしまう。
戦争の激化にともない砂糖の価格が上昇、挙げ句の果てには政府の管理下に置かれ、トーゼンのごとくアメリカ政府は軍事物資にコカ・コーラを選んだワケ。
アイゼンハワー将軍が本国へ向けて打った電報「弾薬とコークを送れ」に象徴されるように、コカ・コーラは政府の後押しを受けて急成長していった。
細々と商売を続け、戦争が終わるのをジッと待ってたRCコーラは、第二次世界大戦、朝鮮戦争が落ち着いた1955年、一気に攻勢を開始した。
まず「Best by Test Taste」をスローガンにキャンペーンを展開、彼らが「unquestioned winner(疑う余地のない勝者)」であるコトを消費者テストのデータを元に宣言。
1959年には、お得意の社名変更で(笑)「Royal Crown Cola Co.」とした。
その2年後には“世界初”のダイエット飲料“Diet Rite Cola”を開発、コレは当時、健康ブームだったアメリカで大ヒットし、1年半で消費量全米第4位までランクインした。
1980年には“世界初”のカフェインフリーのコーラの開発にも成功、コレも健康志向のアメリカ人に広く受け入れられる。
1995年、素材にこだわりコーラの実とサトウキビから作った“世界初”のドラフトスタイルコーラ「RC Premium draft cola」を世に送り出すも失敗、たまにはソレもご愛嬌(笑)
他にだって“世界初”の缶飲料だったり、“世界初”の16オンスボトルを出すなど、RCが残してきた数々のその功績は“インダストリアル ファースツ”と呼ばれているんだ。
常に新しいモノに挑戦し続ける“コーラ業界のパイオニア”は現在も次々に新たなジャンルを開拓し、コーラの可能性を広げてくれている♪
このチャレンジが続く限り“コーラ”がコカ・コーラとペプシの独占商品になるコトはないだろう。
大きく水をあけられ第三のコーラと呼ばれようとも、2つの巨人の影でひっそり、しかし確実にドワイルドな歴史を築いいる名品、ソレがRCコーラなんだ☆
dowild.s


























