RC COLA
いやぁ~しかし今日は暑かったですねェ(;^_^A
こんな日はスカッとした話を♪
「コーラ」の歴史というのは、王者コカ・コーラと挑戦者ペプシの一騎打ちであるかのように思われがちだが、実はそうじゃないって知ってましたか?
世界的にみても実に多くの種類のコーラが存在します♪
中でもアメリカのマイナーコーラといったら星の数ほどありますからね(^.^)b
その理由として、それぞれのスーパーが自社のブランドの1つとして販売する“Homebrand”などもあるからだ。
ユニークなのは価格の低さが身の上である以上、缶のデザインなんかも簡略なモノが多く、また強烈なインパクトを持たせる必要もなくその色彩は“コカ・コーラ”と同じ、赤地に白と銀のデザインが圧倒的に多かったり(笑)
しかしながらコカ・コーラの発明以来、一体どれほどのコーラが世に送り出され、あるモノは競争を生き抜き、またあるモノは歴史の闇へと消えていったコトか…
ソレは値段を下げたり、カフェインを増やしたりと様々な試行錯誤を繰り返し、シェアの獲得を目指しながら現在も同じように続いている。
そんなあまりにも大きいコカ・コーラとペプシという巨人に真っ向から戦いを挑み続けるコーラがある。
ソレが「ロイヤル・クラウン・コーラ(RCコーラ)」だ♪
大人になってからはめっぽう飲んでないが、小、中学生くらいの時にはフツーにそこいらで売ってたし、よく飲んでた記憶がある^^
20世紀初頭のジョージア州、コカ・コーラ生誕の地アトランタから南へ100マイル、アラバマとの州境の町Columbusに1人の若き薬剤師が住んでいた。
彼の名は“Claud A.hatcher”そう、RCコーラの生みの親だ♪
薬剤師でありながら清涼飲料水の卸売りを始める…なんだか2大ブランドと同じような始まりだが、ソレはソレでいかにのどかな時代であったかが伺える(笑)
というのも当時は薬と清涼飲料の間には明確な違いがなく、多くの炭酸飲料が薬剤師によって生み出されていたからね。
命を削ってペンバートン博士が調合したコカ・コーラしかり、カレブ・ブラッドハム博士が胃腸薬を作っている時に偶然生まれたペプシコーラしかりね(^.^)b
ソレに比べると始まりは単なる卸売りとイマイチな感じだが^^;クラウドにはドワイルドなチャレンジ精神と商才があった♪
1905年、ジンジャーエールを作り、売り出したところ非常にウケが良く、そのジンジャーエールの名前こそが「Royal Crown」だったんだ^^
残念ながらネーミングの由来は明確にわかっていないらしいけど、当時、流行し始めたボトルの“王冠”からきているのでは?という説も。
この成功で彼はすぐにコーラの製造を始め“Chero-Cola”の名で売り出すとソレがまた大当たり♪
1912年、その資金で「Chero-Cola Co.」を設立した。
このチェロ・コーラがどれほどヒットしたかは不明だが、コカ・コーラ社の当時の資料の中に“コークの類似品”(;^_^Aの1つとして名前が挙がっているので、知名度はまんざらでもなかったのでは?(*^_^*)
そりゃあコカ・コーラからすれば“偽物のコーラ”の1つに過ぎなかっただろうが…(笑)
それでもチェロ・コーラは順調に業績を伸ばし、1925年にはアメリカ南部14州で315のボトラーと236の工場を所有するに至るんだ。
そして新製品飲料“Nehi”もヒットし、社名を「Nehi Corporation」に変更する。
って、新製品が出る度に社名を変えるとは…(笑)
1933年には新しいコーラを計画し、その名を一番始めのジンジャーエールに倣って“Royal Crown COLA”とした。
コレが「RCコーラ」の誕生だ♪
しかし、順風満帆な勢いも第二次世界大戦によって一時中断されてしまう。
戦争の激化にともない砂糖の価格が上昇、挙げ句の果てには政府の管理下に置かれ、トーゼンのごとくアメリカ政府は軍事物資にコカ・コーラを選んだワケ。
アイゼンハワー将軍が本国へ向けて打った電報「弾薬とコークを送れ」に象徴されるように、コカ・コーラは政府の後押しを受けて急成長していった。
細々と商売を続け、戦争が終わるのをジッと待ってたRCコーラは、第二次世界大戦、朝鮮戦争が落ち着いた1955年、一気に攻勢を開始した。
まず「Best by Test Taste」をスローガンにキャンペーンを展開、彼らが「unquestioned winner(疑う余地のない勝者)」であるコトを消費者テストのデータを元に宣言。
1959年には、お得意の社名変更で(笑)「Royal Crown Cola Co.」とした。
その2年後には“世界初”のダイエット飲料“Diet Rite Cola”を開発、コレは当時、健康ブームだったアメリカで大ヒットし、1年半で消費量全米第4位までランクインした。
1980年には“世界初”のカフェインフリーのコーラの開発にも成功、コレも健康志向のアメリカ人に広く受け入れられる。
1995年、素材にこだわりコーラの実とサトウキビから作った“世界初”のドラフトスタイルコーラ「RC Premium draft cola」を世に送り出すも失敗、たまにはソレもご愛嬌(笑)
他にだって“世界初”の缶飲料だったり、“世界初”の16オンスボトルを出すなど、RCが残してきた数々のその功績は“インダストリアル ファースツ”と呼ばれているんだ。
常に新しいモノに挑戦し続ける“コーラ業界のパイオニア”は現在も次々に新たなジャンルを開拓し、コーラの可能性を広げてくれている♪
このチャレンジが続く限り“コーラ”がコカ・コーラとペプシの独占商品になるコトはないだろう。
大きく水をあけられ第三のコーラと呼ばれようとも、2つの巨人の影でひっそり、しかし確実にドワイルドな歴史を築いいる名品、ソレがRCコーラなんだ☆
dowild.s


