Hemingway and the Sea | dowild<ドワイルド>blog

Hemingway and the Sea

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アーネスト・ヘミングウェイに関しては過去にも何度か書いたコトがあるが、そのライフスタイル、持って生まれたヒロイズム、そしてソープ・オペラ的な私生活と(笑)どれをとっても実にアメリカ的な生き方をした人物だ。

アメリカの文化に憧れる人にとってソレは、今なお理想であり“パパ・ヘミングウェイ”の愛称とともに永遠のアメリカン・ヒーローであり続けている♪

そんな文豪ヘミングウェイは何故、海を愛したのか?

生前、彼は朝日が昇る前に起き、早朝の5~6時間は執筆に専念し、5月から9月の間で風と海の具合がよければ愛船「ピラール号」で カリブの海に出てカジキを追っていた。

陸ではフロリダのキーウエストであればスロッピー・ジョーの店に、キューバのハバナであればフロリディータに向かい、いつもの席でフローズンダイキリを頼みアメリカからの友人たちを楽しませたという♪

イングリッド・バーグマン、エバ・ガードナー、ゲイリー・クーパー、マレーネ・デートリッヒといった世紀の大スターたちをだ^^

東アフリカではサバンナでの狩猟を楽しみ戦争の現場には従軍記者として出かけ、常に生と死を見続けた。

1926年4月『日はまた昇る』が完成したこのとき二人目の妻となる“ウ゛ォーグ”の記者ポーリーンとの新しい生活が始まっている。

この小説でフィッツジェラルドと並ぶ時代の寵児となったヘミングウェイは、友人の作家ドス・パソスの薦めるフロリダの南端キーウエストに向かう。

そこでの生活はソレまで川釣りしか知らなかったヘミングウェイに海での大物釣りの醍醐味を教え、すっかり虜にしたんだよ。

そう、海を愛する文豪のイメージはここから始まったんだ♪

やがて1934年にニューヨークのボート・ビルダーに作らせた38フィートのフィッシングボート「ピラール号」を操り、シーズンのほとんどをカジキ釣りに費やすようになっていった。

その後キューバでの新しい生活を次なる結婚相手マーサと送るべくキーウエストを引き払うのだが、「ピラール号」はキューバでの20年間、カジキやマグロ釣りの海の狩猟に付き添っている。


Hemingway and the Sea


あのノーベル文学賞に輝いた1952年の『老人と海』もこの「ピラール号」での経験と知識が存分に生かされた。

生涯4人の女性と結婚したが、このボート「ピラール号」だけは手放さなかったんだ^^;

実はこのボート、何本もラインを流せるようにアウトリガーを持ち、操船席を二階のフライブリッジにも設定するなど現代のスポーツフィッシャーの原形となるモノだったんだよ。

さらにヘミングウェイは徹底的にカジキやマグロの生態研究をし、メキシコ湾流の調査をしながら今に至るゲームフィッシングにおけるルール作りの貢献者ともなった。

職業漁師ではない趣味で釣りをする人は、機械の力や人の手を借りてただ大物を釣るのではなく、マナーとルールが必要だとの主張もした。

ソレはロッドやリール、使うラインなどを細かく決めたIGFA(国際ゲームフィッシング協会)のルールとなって現在も生きている。

ヘミングウェイには、自らの夢のためにとことん人生を注ぎ込んだ代償として、心も身体もボロボロにしたからこそ生み出せる美学があったように思うんだ^^

フィッシングボートが停泊するポンツーン付きのウ゛ィラ、フロリダに限らずそんな風景をアメリカではよく見かける。

今ではアメリカのフィッシングボートはクルマと同じく豊かな人生と時間の象徴だ。

中でも東海岸に住む多くの人たちが海と釣りを楽しみボーティングに親しむ姿には、あたかもヘミングウェイの末裔でも見てるかのよう^^

誰よりも長く愛された「ピラール号」と共に、輝く海へ、ドワイルドなヘミングウェイの海へ出かけたいと願って…☆


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