昨日に引き続き、牛久・柏旅行の2日目。
恒例の朝の散歩。朝から強烈な暑さなので、水分補給をしながら気を付けて出かけます。

20分程で、牛久沼にそそぐ稲荷川にかかる三日月橋のほとりに出ます。
牛久沼と言えば河童伝説なんだそうです。

昔、牛久沼に住むいたずら好きの河童が村人に迷惑をかけていたため、村一番の力持ちが河童を捕まえ、沼のほとりの松の木に縛り付けました。河童は二度と悪さをしないと謝り、村人は河童を許して沼に帰しました。その後、河童は草刈りなど村人の手伝いをするようになり、村人は感謝の気持ちを込めて、旧暦12月1日に餅を沼に投げ込むようになったと伝えられているのだそうです。
側にある「あやめ園」にも河童が隠れています。

でも、なんだかさみしそう。この馬鹿な世の中を憂いているのかも。

汗びっしょりになってホテルに戻り、シャワーを浴びて朝食です。和食と洋食が選べます。
何か民宿のような雰囲気でホッとします。

旅行に行ったときにしか見ないテレビ。
相変わらず、朝から頭の悪くなる、くだらないことを垂れ流していますが、それでもアホの小泉進次郎の備蓄米放出政策が失敗に終わりそうなニュアンスの報道をしているのには驚きました。世の中変わってきているのかもしれません。

さて、出発。今日の第一の目的地は、つくばみらい市にある「間宮林蔵記念館」。 田んぼの中の畦道のような細い道を通って到着(このカーナビ、細い道が好きなので困ります)。

間宮林蔵は、江戸時代後期の探検家。伊能忠敬の弟子でもあります。特に樺太(サハリン)を探検し、樺太と大陸の間にある海峡「間宮海峡」を発見したことで知られています。

銅像が迎えてくれます。手には鉄製の鎖と木製の浮き。これは、海上測量に使われた測量器具で、鉄製の鎖はメジャーの役割を果たし、木製の浮きは測量の基準点となるものだそうです。

残念ながら、館内は撮影禁止でした。
館内の展示は、間宮林蔵に関係するもの及び彼の生きた時代背景などで構成されています。最初に見るビデオがよくできていて、間宮林蔵のすばらしさ(幼少から神童でかつ冒険心と研究心にとんだ強い意志の持ち主)がよくわかります。更に現子孫宅に伝わる遺品は、まるで当時のことが目に浮かぶようで素晴らしかったです。
1971年移築復元した生家が記念館の庭内にあります。中はひんやりとして、これならクーラーいらずで暮らせたなという感じでした。

次は、お馴染み「道の駅」探訪。千葉県柏市、手賀沼のほとりにある道の駅「しょうなん」

なぜ、ここに「しょうなん」の名前なのかと思ったら、千葉県北西部、東葛飾郡にあった旧町名(沼南町)。 現在は柏市の東部を占める地域のことを言うそうです。
農産物直売所で野菜を購入。値段はともかく、種類が豊富でした。

もう一か所回ります。手賀大橋を渡って、我孫子市側にある「白樺文学館」

白樺派の中心人物の一人であった柳宗悦が、手賀沼のほとりに移住したのが1914(大正3)年の秋。続いて翌大正4年に柳の強い誘いで志賀直哉、1916(大正5)年には志賀の友である武者小路実篤など、相次いで白樺派の仲間が住むようになる。白樺派文人たちは、我孫子の地で創作活動を大きく発展させたといわれている。
白樺文学館では、白樺派と民藝運動に関する資料、近代我孫子の文学、美術資料などを所蔵。
ちょうどピアノコンサートが行われていたので、これを鑑賞してから展示物を見ました。

杉村楚人冠と交流のあった南方熊楠や夏目漱石の自筆の書簡が展示されていました。
お昼は、近くのはま寿司で久々の回転寿司。値段は上がっていましたが、食べる量が減っているのでかつて頻回訪問していた時と同じ金額ですみました。

本日最後の訪問地は、以前にも訪問したことのある成田市にある「麻賀多神社」。

なぜまた訪問したかというと、前回勉強不足で、岡本天明が、1944年(昭和19年)に麻賀多神社の末社である天日津久神社で、神示を自動書記したのに、その神社を参拝しないまま帰ってしまってこころ残りだったからです。
本殿の右に入ったところに「天日津久神社(あめのひつくじんじゃ)」がありました。

しっかりと礼拝させていただきました(啓示は特になかったような)。
もちろん樹齢千三百有余年を誇る東日本一の大杉も礼拝しパワーをいただきました。

そして、近くに岡本天明の住居跡もあるというので、こちらも訪問。

民有地とおぼしき土地の中に、家の土台の跡のようなものがありました。

画家 岡本天明(信之)は幼少の頃から、他人には見えないものが見えたり、聞こえたりと、霊能力を持っている子供だったという。
1944年(昭和19年)6月10日、麻賀多神社の末社である天日津久神社を参拝。その直後、同神社の社務所で大本系の関連啓示となる『日月神示』を自動書記する。この自動書記現象は以降約17年間にわたって続き、後に全39巻(本巻38巻、補巻1巻)にまとめられた。
岡本天明と出口王仁三郎(大本教の教祖)は、それぞれ『日月神示』と大本教を通じて、日本の宗教界に大きな足跡を残した。両者には直接的な師弟関係はないが、『日月神示』の内容や、岡本天明の宗教活動に、出口王仁三郎や大本教の影響が見られるといわれている。
ということで、今回の旅行は、なんだか少し教養があがった(ような気がする)旅行でした。





