埼玉県滑川・深谷・本庄方面に一泊旅行(二日目) | みいちゃんといっしょ

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 昨日に引き続き、埼玉県滑川・深谷・本庄方面に一泊旅行の二日目です。

 恒例の朝の散歩。国済寺は前回参拝済みなので、まずは国済寺の裏手にある「愛宕神社」へ。

 旧中山道に面し、江戸時代までは八町八反(約15ヘクタール)の広大な鎮守の森をもち、火防などの信仰があるということで「火之神」の碑が立っている。

 ここから更に北に進んで、見えてくるのが「旧東京第二陸軍造兵廠深谷製造所給水塔」。

 昭和19年頃建設された、鉄筋コンクリート造、5階建、高さ18mの建造物。
    周辺の軍施設に給水するために建設された塔で、一時期は松根油を採取する装置も設けられていたという。
  鉄筋コンクリート造のラーメン(額縁)構造が現れた特異な外観を持っており、国指の登録有形文化財となっている。

 ところが、昭和30年以降は住宅として改造され、現在も私有の建物で住宅兼カフェとなっている。Gemini によれば昭和29年に競売にかけられ国から民間に払い下げられたそうです。それを後から登録有形文化財にする(2003年)なんてずいぶん勝手ですね。


 飲み物の自動販売機にも「渋沢栄一」の顔が。キリンビールとの関係もあったのですね。孫正義みたいな当時の政商ですね。

 

 結局今回も国済寺の山門をくぐってホテルに帰ります。

 ホテルに着くと、いつもの通り朝ぶろ朝食を済ませ(今回もスパ入浴&朝食付き1人4,750円で泊まったのですが、一般の利用者のスパの朝食付き朝ぶろプランが1,300円となっていますから、3,000円ちょっとで宿泊できた(夜も風呂に入っているし)ことになります。いつもながら本当にこの料金でペイできるのか心配になるような料金です)、チェックアウトとして今日の目的地へ。

 恒例の農産物直売所。今回は国道17号深谷バイパス沿いにある 道の駅「おかべ」。

 始めてかなと思ったら、案の定2024年4月に来ていました。

 みやげ物売り場は「渋沢栄一」と「ふっかちゃん」で占領されています。

 農産物直売所で長雨で価格高騰の野菜を安く仕入れました(というか、埼玉は千葉と違って大雨の被害はない模様でした)。

 次の目的地は、前回(8月18日)歯が痛くて予定を中止した、本庄市にある「旧本庄商業銀行煉瓦倉庫」。
 明治29年に建設された旧本庄商業銀行の融資の担保となった大量の繭を保管するために建てられた煉瓦造の倉庫。

 ところが駐車場が満杯(多目的ホールがあるのでその利用客で埋まっていたのかも?)だったので、残念ながら次の目的地に向かいます(ここには縁が無いのかも)。

 次の目的地は、同じく本庄市にある「塙保己一記念館」。

 塙保己一(はなわ ほきいち、1746年 - 1821年)は、江戸時代後期に活躍した全盲の国学者・文献学者。幼くして視力を失いながらも、驚異的な記憶力と不屈の精神で膨大な古書を収集・編纂(群書類従)し、日本の文化的財産を守る国家的大事業を成し遂げた。のちにヘレン・ケラーが「人生の目標」とした人物としても広く知られている。

 とされていますが、いままであまり知らなかったです。情報を得ると、やっぱり偉人とされるだけあって驚異的な能力と魅力的な人格の人です。

  武蔵国児玉郡保木野村(現在の埼玉県本庄市)の農家に生まれましたが、病弱で7歳のときに病気(胃腸の不調や栄養状態の悪化などと言われている)により失明。

 母親「きよ」は、全盲となった保己一を熱心に世話し、物語の読み聞かせなどで彼の豊かな記憶力を育てていったが、これまでの無理がたたったのか、保己一が12歳のときに病気で亡くなってしまいます。

 最愛の母を失った保己一は、毎日杖を頼りにお墓へ通っては、墓石にしがみついて泣き崩れていたそうです。
 しかし、保己一は「このまま田舎で一生を終えたら、おっ母さんに申し訳ない。江戸へ出て学問で身を立てよう」と強く心に誓い、15歳で江戸へ出て盲人の自治組織である「当道座」の雨富検校に入門しました。

 江戸に出た保己一でしたが、最初は不器用さゆえに鍼や按摩、三味線の修行がまったく上手くいかず、師匠からも破門を言い渡されそうになり、前途に絶望して池に身を投げようとしました。
 そのとき、胸元で合わせた手に江戸へ旅立つときに持ってきた、亡き母親の帯の切れ端で作られた「手縫いの巾着」の感触があり、保己一は我に返り、自殺を思いとどまったそうです。
 その話に出て来た巾着が展示されています。(左は江戸に出るときに背負った素麺箱)。

 この保己一の幼少期から江戸へ旅立つきっかけに至るまでの、母親との涙なしには語れないエピソードをきいて、つい巾着袋のお守りを買ってしまいました。


 目が見えなくなる前に自分の目で見た風景や色彩を、生涯とても鮮明に記憶していて、後年、「ほおずきの赤、実った柚子の黄色、そしてスミレの紫の色は今でも覚えている」と語った「ほおずき」が付いているのが憎い演出です。

 

 保己一が守護神と仰ぐ菅原道真が編纂した歴史書『類従国史』の大半が戦火で失われたと知って「今自分が立ち上がらなければ、日本の古典や歴史の記録はすべて消えてしまう」という強い危機感が、「群書類従」編纂のきっかけになったとされているようです。

 日本最大の叢書である全530巻(のちに全666冊など)の『群書類従』の初版本の一部も展示されている。版木17,244枚は渋谷の温故学会会館に保存(なんと1冊7,000円から手刷りで作成してもらえるらしい)。


 ということで、先日出かけた左巻き区長を擁する杉並区立郷土博物館のそっけなさと比べたら、郷土の偉人に対する尊敬と愛着がひしひしと伝わる記念館でした。

 

   本日の日程は終了(墓参りに寄る予定でしたが圏央道が事故渋滞のための大渋滞だったので次回に譲ることに)。
 お昼は小川町にある 去年の12月にも寄った 「自然処 玉井屋」 さんに向かいます。途中(美里町猪俣)で造り酒屋 横関酒造 さんを見かけたので奈良漬けを買いました。明治13年創業、埼玉県でいちばん小さな地酒酒蔵だそうです。


 お昼の 玉井屋 さんは、同じく造り酒屋 晴雲酒造さんの食事処。


 定番の 月御膳 2,200円(税込み) 悪いものを一切使っていない安心の美味しさでした。