杉並区立郷土博物館に「開高健 杉並での足跡」展を見に行ってきました。
大阪から杉並へ転居した開高健が、同じ杉並に暮らす、釣り仲間でもあった井伏鱒二との交流を取り上げた展覧会ということです。
開高健については、ベトナム戦争の取材や、サントリーの広告ぐらいしか、馴染みのない作家なのでしたが、
準常設展に井伏鱒二の業績と、交流のあった青柳瑞穂・上林曉・外村繁・太宰治などの「阿佐ヶ谷会」の文士の業績も併せて紹介してあるというので、どんなものなのか見に行ってみたわけです。
井の頭線 永福町で降ります。永福町の駅で降りるのは半世紀ぶりぐらいで、すごく大きな駅になっていました。当時は木造平屋の駅舎だったような気がします。

駅から20分近く歩くというアクセスは非常に悪いところに郷土博物館はあります。

2016年(平成28年)3月28日にリニューアルオープンしたらしい本館の中に展示されています。

特別展示室が会場になっていました。
杉並区立郷土博物館では、「杉並文学館」と銘打って井伏鱒二と周辺の文士たちを紹介する「準常設展」という扱いのになっていて、通年で常に展示されているわけではなく、特別展や企画展が開催されていない期間を中心に「準常設」という形で公開される仕組みなんだそうです。今回はその特別展のようです。

展示室内は写真撮影が禁止でしたが、昭和2年(1927年)に荻窪へ移り住み、60年以上を杉並で過ごした井伏鱒二の生涯や作品にスポットを当てた、直筆の創作メモや書簡などが展示されていました

そして、井伏を慕って集まった太宰治、青柳瑞穂、上林曉、外村繁などの「阿佐ヶ谷会」の文士たちの関係性や作品も併せて紹介されていましたが、どれも小規模な展示でした。
井伏鱒二は、太宰治が井伏鱒二の『山椒魚』を「天才の作品」と絶賛し、生涯にわたって自身の文学の絶対的な指標としていたくらい、日本近代文学において極めて重要で、唯一無二の地位を占める巨匠なわけです。
その巨匠が平成5年(1993年)に95歳で亡くなるまでの約66年間を、杉並の下井草(のちの清水町)の自宅で過ごし、多くの文人と交流していたのですから、もっと大々的に研究・展示がされているのかと思い、拍子抜けがした感じでした。
やっぱり、グローバリストの左巻きの区長が長い間政権を取っていると、文学のような文化には縁遠くなってしまうのですかね。
同様に、本体の郷土博物館も力のこもらないそっけない展示でした。


庭に移築された古民家(旧篠崎家住宅:江戸時代の寛政年間(1789年〜1800年)頃の建築)も、間取りなどの原型が変えられていて復元とは言えないものになっていました。

この間行ってきた「新宿区立 漱石山房記念館」などと比べると、やっています感満載の博物館でした。
まあ、高校時代のホームグラウンドだった下井草の地にまつわる文士たちのことが分かって、何だかその時代に引き戻されたようで、懐かしい気分には浸ることができました。

帰りがけにびっくりしたのが、「大勝軒」の行列。食べたことが無いのですが、30分以上店の外で並んで、1,000円以上するラーメンが食べたいと思うかと聞かれれば、自分としては到底理解できない行動です。

そうそう、小麦に含まれるタンパク質のひとつ「グリアジン」が、体のいたるところでエラーや炎症(特に小腸で)を引き起こしてしまい、小麦を食べ続けていると、「頑張れない体」になってしまうという記事が Yahoo に載っていましたね。暑い外で1時間近く頑張れるのだから、この人たちは問題ないのでしょう(もしくは無理しているのか?)。
久々に電車に乗って気分も変わったし、いいお盆休みのスタートになりました。

