先日依頼していた時計の電池交換と修理ができたというので、新宿に出かけ、ついでに(どちらが、ついでだかわかりませんが)早稲田にある「新宿区立 漱石山房記念館」に行ってきました。
最初は電池交換とばかり思っていたのが、時計の蓋のネジが固着して開かないということで、メーカーオーバーホールという大事になってしまい、目ん玉が飛び出るほどの修理代金になってしまいました。

Fender の American Professional II が買えたかな?
まあ、動かない時計を持っていても意味がないので、素直に受け入れて受け取ってきました。
さて、大江戸線にのって、牛込柳町駅へ向かうのですが、新宿西口が大改装工事中で、まったく様子が変わってしまい、大江戸線の改札にたどり着くにも苦労してしまいました。
早稲田は、外国人の人気スポット神楽坂が近いということで、結構外国人観光客が歩いていました。
「漱石山房記念館」のある当時の牛込早稲田南町は、夏目漱石が生まれ育ち、その生涯を閉じたまち。漱石が晩年の9年間を過ごし、数々の名作を世に送り出した「漱石山房」(漱石の書斎)のあった地に整備された記念施設。
この日は暑くて、坂の多い街で、すっかり汗をかいてしまいました。
1階は、グラフィックパネルや映像などにより、漱石と新宿の関わり、漱石の生涯、人物像、漱石の家族など、漱石を知る上で基本的な情報を紹介。
有料スペースでは、「漱石山房」の一部、書斎・客間・ベランダ式回廊を再現。書棚に納められた洋書は、当時の本の背表紙を撮影し、製作したというマニアックな造り。


© 2026 Natsume Soseki Memorial Museum
一緒に写真を撮れるスポットもあります。

2階では、《企画展》夏目先生―漱石の教師時代 が開催されていました。

漱石は、東京専門学校、松山の愛媛県尋常中学校、熊本の第五高等学校、第一高等学校、東京帝国大学と、朝日新聞社に入社するまで教職についていた(作家生活11年間よりも長かった)。
当時漱石が作成した手書きの試験問題や教え子に宛てた手紙等、漱石の教師時代が紹介されており、教育に真摯に取り組んでいた漱石に、変わり者というイメージの認識が改まりました。
建物の裏は「漱石公園」として整備されていて、漱石の没後、遺族が家で飼っていた犬、猫、小鳥の供養のために建てた猫塚がありました。


妻の鏡子と書生、女中、飼い犬や飼い猫 松岡譲 編『漱石寫眞帖』より
新宿駅の雑多な人種が交錯する喧騒から抜け出して、ゆっくりした時間を過ごすことができました。





