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大器は早成し、小器は晩成する

50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

改めて、室戸台風のことを母に聞いていたら、殿山第一小学校で亡くなった女性の教師の方が、のちに母が嫁いだ先の向かいの家の親族だったという話もしていました。


さらに、殿山第一小学校は、1939年3月、禁野火薬庫の爆発でも焼失したとのことです。


母の実家は中宮でしたが、爆発の時は、家族は散り散りに逃げたそうです。知らない家に泊めていただいて、翌日家族全員の無事を確認したそうです。

家の屋根には砲弾が乗っていたそうです。


母にとっては、8歳で室戸台風、12歳で禁野火薬庫の爆発と、小学生で2度の災害にあったことが強く記憶に残っているようです。


小さいころに母の実家に遊びに行ったとき、廃線跡の線路で遊んだことを思い出します。

それは、片町線の津田から禁野火薬庫までの引き込み線でした。


今は、中宮平和ロードという名称になっています。

「泉光院江戸旅日記」の「日本九峰修行日記」(文化9年から文政元年)解題で、日記の成立について書かれています。


☆ 泉光院は、佐土原島津家と総本山醍醐寺に清書本を提出/旅の終わりが文政元年(1818年)

☆ 西南戦争で、佐土原島津家本と野田家(安宮寺)原本が行方不明・散逸/明治10年(1877年)

☆ 五代孫の杉田直氏が、安宮寺原本を五巻(全六巻のうち第三巻、文化12年分欠)まで収集、また、醍醐寺の宝庫が室戸台風により大破して古文書を整理したところ、清書本が全巻発見される/昭和9年9月(1934年)

☆ 杉田氏が「日本九峰修行日記」を刊行。700部、500円/昭和9年11月13日(1934年)

☆ 三一書房「日本庶民生活史料集成第二巻」の巻頭に採録される/昭和44年4月(1969年)


「泉光院江戸旅日記」(石川英輔著)の刊行については以下の通りです。


☆ 泉光院江戸旅日記 ─ 山伏が見た江戸期庶民のくらし(講談社)単行本1997年5月

☆ 大江戸泉光院旅日記 (講談社文庫) 文庫 /1997年5月 ・・・改題して文庫化

☆ 泉光院江戸旅日記 ─ 山伏が見た江戸期庶民のくらし(ちくま学芸文庫)/2014年6月10日


著者の石川英輔氏が室戸台風の前年に京都で生まれ、当時1歳、家の中で寝かされていた畳が浮いたという話を書かれています。


私は母から、室戸台風では学校が倒壊して多くの子供が亡くなったという話を聞いたことがあります。朝小雨だったので学校に行ったところすぐに台風が来たとのことです。

母の通っていた学校は校舎がロの字形で無事だったようですが、隣の殿山第一小学校(枚方市)では校舎が倒れ先生と児童が亡くなったそうです。






泉光院江戸旅日記というテーマを作りました。


読んでいくうちに、また読み返す度に学ぶべきことがたくさん出てきます。


泉光院は、旅する中で、その地で知識人と思われている人のところにも行くのですが、話してみて中味のない人だとわかると、黙って早々と立ち去るのです。

泉光院江戸旅日記: 山伏が見た江戸期庶民のくらし (ちくま学芸文庫)/筑摩書房
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大学の時にゼミで中央公論を読みながら大正デモクラシーと吉野作造について論文を書いていて、指導してくださった教授から、古川学人が吉野作造のペンネームだということを「やんわり」と指摘されたのを思い出します。別人だと思っていたんです。

ゼミ生だから、相手にしてくれたんですよね。アホな学生だったんです。

卒業して、40年弱、社会の波に揉まれて、たくさんの経験をして、本をいっぱい読んで、今ならもうちょっとましな卒論が書けそうな気がします。

まさに、「小器は晩成す」です。時間がかかるのです。

今、泉光院がいらっしゃったら、一晩ぐらい泊まって、一緒に話をしていただけるでしょうか。


「泉光院江戸旅日記」(ちくま学芸文庫、石川英輔著)をYahoo地図・Google地図を見ながら読んでいます。

泊まった場所、参詣したところをYahoo地図のブックマークに登録もしています。


この本は、宮崎の佐土原藩の安宮寺の住職(山伏)、野田泉光院成亮が6年余りかけて全国を旅した日記「日本九峰修行日記」を読み下して解説したものです。


著者が書いた時(1994年)には、Yahoo地図などない頃ですので、地図をみながら悪戦苦闘されたと想像されます。


僕は、パソコンの地図を見ながら読んでいるんですから、ずいぶん容易に、原著を楽しんでいます。


半分ぐらい読んで、今、野麦峠です。


改めて、江戸時代の素晴らしさを感じています。原著者は、6年間一度も野宿することなく旅を続けました。


余談ですが、NHKの大河ドラマも、もういい加減に明治維新による日本近代化の幻想から離れて、真の日本を作った時代、江戸時代にスポットを当ててもらいたいものです。


もっとも、注意を要するのは、街道筋の繁華な場所ではなく、田舎の人が親切だったことです。

都市化は、人から「もてなし」をなくすようです。


日本国中、都市化しつつある今、「もてなし」は姿を消しそうですね。

自民党が報道の中立を報道ステーションに求める文書を出したとのこと。


このことで、報道の自由とか言って非難しているジャーナリストがいます。

でも、政権による報道への介入は昔からあって珍しくはありません。


いやなら、当事者が撥ね退ければいいのです。


テレビ朝日が唯々諾々と聞いているなら仕方ないじゃないですか。


もともと、報道ステーションなどという番組は、何でもかんでもがーがー言っているだけで、本質を突くわけでもない、自己満足の似非ジャーナリズムでしかありません。


政権も、ちょうど良いガス抜き番組とうまく利用していればいいものを、短慮な方が何も考えず圧力をかけたわけです。


およそ、報道の自由などというレベルの争いではないのです。


だいたい、政権の報道の自由への介入がけしからんといのであれば、ジャーナリストは、あらゆる手段で戦えばいいのです。


秘密保護に対しても、暴露で戦って、捕まえられれば裁判で戦って、獄中でも闘争すればいいのです。


新聞や雑誌は、新聞紙条例も讒謗律もないこの時代に、勝手に委縮しているだけじゃないですか。