「日本九峰修行日記」を読むことが出来るのは | 大器は早成し、小器は晩成する

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「泉光院江戸旅日記」の「日本九峰修行日記」(文化9年から文政元年)解題で、日記の成立について書かれています。


☆ 泉光院は、佐土原島津家と総本山醍醐寺に清書本を提出/旅の終わりが文政元年(1818年)

☆ 西南戦争で、佐土原島津家本と野田家(安宮寺)原本が行方不明・散逸/明治10年(1877年)

☆ 五代孫の杉田直氏が、安宮寺原本を五巻(全六巻のうち第三巻、文化12年分欠)まで収集、また、醍醐寺の宝庫が室戸台風により大破して古文書を整理したところ、清書本が全巻発見される/昭和9年9月(1934年)

☆ 杉田氏が「日本九峰修行日記」を刊行。700部、500円/昭和9年11月13日(1934年)

☆ 三一書房「日本庶民生活史料集成第二巻」の巻頭に採録される/昭和44年4月(1969年)


「泉光院江戸旅日記」(石川英輔著)の刊行については以下の通りです。


☆ 泉光院江戸旅日記 ─ 山伏が見た江戸期庶民のくらし(講談社)単行本1997年5月

☆ 大江戸泉光院旅日記 (講談社文庫) 文庫 /1997年5月 ・・・改題して文庫化

☆ 泉光院江戸旅日記 ─ 山伏が見た江戸期庶民のくらし(ちくま学芸文庫)/2014年6月10日


著者の石川英輔氏が室戸台風の前年に京都で生まれ、当時1歳、家の中で寝かされていた畳が浮いたという話を書かれています。


私は母から、室戸台風では学校が倒壊して多くの子供が亡くなったという話を聞いたことがあります。朝小雨だったので学校に行ったところすぐに台風が来たとのことです。

母の通っていた学校は校舎がロの字形で無事だったようですが、隣の殿山第一小学校(枚方市)では校舎が倒れ先生と児童が亡くなったそうです。