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大器は早成し、小器は晩成する

50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

菅さんは、不信任決議案が可決されそうなので、近い将来の退陣を約束して、収拾をはかりました。

不信任可決なら解散総選挙が筋ですから、それを回避するために膝を屈したのです。


原発推進政策や原発建設において、また東京電力の原発管理や経産省の監視体制の構築と維持に、圧倒的な責任を有する自民党から、無能と罵倒されている菅さん。


長年、責任与党と称して政権を担ってきて、原発にも応分の責任があると思われる公明党からも存在自体を否定されている菅さん。


原発事故が発生した時に的確な対応できたかどうかは、その99%が、それまでの準備にかかっていたはずなのに、一人で責任を背負い込んで、「これまでの政権の責任」をいわない菅さん。


新聞から週刊誌、ワイドショーで、叩かれまくっている菅さん。


被災地に視察にいって、被災民から悪口雑言を浴びても黙っている菅さん。


首相が尊敬はおろか敬意もあらわしてもらえない日本という国の不幸なリーダーの菅さん。


もう少し頑張って、それで首相を辞めて、議員も辞めて、静かな生活を送ってください。


僕はありがとうといいます。




菅降ろしの大合唱を聞きながら考えました。


菅さんはなぜ評判が悪いのか。

もしかしたら、国民は幻想を見たいのに、菅さんがちっとも与えてくれないからなのかもしれません。


原発はすぐに終息し、復興需要で景気が良くなり、国内に新たな産業が勃興して国民が豊かになる、というような絵を提供しないから駄目なんですね。


1000兆円の借金、20兆円の原発処理費、サプライチェーンから外れないために海外に出ていく企業、法人税減税の見送り、消費税が10%、生活保護世帯が最大に、鉱物資源の値上げ、電力料金の値上げなどなど


みんな菅さんが辞めれば回避できるという夢が見たいんです。


不信任案が可決され、解散して、全国から幻想政治家が選出されて、幻想日本がお気楽に船出する、めでたいです。

今月、原材料費の高騰により、商品の値上げを行いました。

今時、飲食店が値上げですから、お客様の反応が心配です。弊店の商品が、お客様に多少とも付加価値を認められているのかどうか。


開店当時に比べ、商品原価率が7%前後上がっています。経営者じゃないと言われそうですが、人件費を削ることは最初から考えていませんので、弊店の場合は値上げという選択肢しかありませんでした。

選択肢がない分、決断は簡単だったと言えます。


今回の大震災で、ルネサスエレクトロニクスの工場が損傷して、マイコンの供給が途絶え、自動車生産に支障をきたしているとのことです。日経によると、これだけ重要な部品を作っているのに儲かっていないのは、マイコン開発の主導権を自動車メーカーに握られて下請けをやっているからだとのことです。


日本の企業家(特に下請けの中小企業や中小飲食店)は、儲からなくても我慢してやるのが当たり前のようになっています。

それに安心しているのか、元請け企業や消費者は、さらに激しく値下げやサービス向上を求めてきます。鍛えていると言えば聞こえはいいですが度を越しています。


下請けの中小企業や中小飲食店のみなさん、身銭を削って商品を作るのは止めましょう。正々堂々と値上げを要求して、駄目だったら、事業を清算して、違うことを始めましょう。



東日本大震災では、政府の責任というのが当たり前のようになっています。


でも、政府の責任って、誰が責を負って、経済的な負担をするのか、ちょっと考えれば簡単にわかります。


菅さんに、政府の責任でと言わして、みんながすきっとしているというのは何か不思議な光景ですね。


それなら、菅さんとしては、「みんな政府の責任です。被災者のために無制限の経済的支援をおこないます。」と言った方が気が楽のような気がします。


でも言わない。そりゃ言わないでしょう。国が潰れてしまいます。それって、菅さんの保身ですか。そんな馬鹿な。まともな政治家なら、何でもかんでも国がやるなんてことを言えるはずがありません。


第二次世界大戦時の国家予算みたいになってしまいます。


負担には限度があります。

耐震偽装の被害者はマンションを建て直して2重ローンを負担しています。


ワタミは今回の大震災による需要減退で25店舗を閉鎖するようです。飲食店や宿泊施設は、地域に関わらず、大量に閉店に追い込まれるかもしれません。


でも、みんな自分の責任と受け入れるしかありません。

今朝ワイドショーを見ていたら、コメンテーターが行程表って最悪のことを想定した内容でしょう、と東電の原発事故の行程表を批判していました。


原発事故への対応が、リスクが分からないと言うリスクにさらされていることは、国民みんなの共通理解だと思っています。その状況でも、原発事故について何らかのスケジュールを示してほしいというのも国民の感情だと思います。


ということで、政府や東電は行程表を作ったわけです。


それに対して、最悪の場合を想定した行程表を作れというのは、酷じゃないですか。というか、そんなのは出来ないし、作っても意味がないと思いませんか。


楽観的な行程表を国民に示すことで、当面の責任逃れにしか過ぎないとみることもできます。じゃあ、最悪のケースは、チェルノブイリのように25年経っても事故は収束できない、住民は戻れないということで、スケジュールは立てられませんということで良いんですか。


だいたい、東電の行程表が最悪の事態を想定したものでなければいけないと、誰が言い出したんですかね。


行程表があってこそ、それを基準に議論ができると思うのですが。事態が変化すれば、その都度議論・批判すれば良いだけです。


議論は同じテーブルにいてこそ成り立ちます。議論を始めてから、主題そのものの定義や意味を問い直すことは止めないと、議論ができません。


こういう現象は、最近のワイドショーやトーク番組でよく見ます。議論についていけない人(論理が組み立てられない人、知識がない人)が、浅知恵で、どこかの政治ショー番組で使われる手法を真似ているわけです。


※ 政治ショー番組は、面白おかしく視聴者に見せるために、論議の前提を否定したりずらしたりしているわけで、まじめに問題を議論しているわけではありません。念のために。