行程表とは | 大器は早成し、小器は晩成する

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今朝ワイドショーを見ていたら、コメンテーターが行程表って最悪のことを想定した内容でしょう、と東電の原発事故の行程表を批判していました。


原発事故への対応が、リスクが分からないと言うリスクにさらされていることは、国民みんなの共通理解だと思っています。その状況でも、原発事故について何らかのスケジュールを示してほしいというのも国民の感情だと思います。


ということで、政府や東電は行程表を作ったわけです。


それに対して、最悪の場合を想定した行程表を作れというのは、酷じゃないですか。というか、そんなのは出来ないし、作っても意味がないと思いませんか。


楽観的な行程表を国民に示すことで、当面の責任逃れにしか過ぎないとみることもできます。じゃあ、最悪のケースは、チェルノブイリのように25年経っても事故は収束できない、住民は戻れないということで、スケジュールは立てられませんということで良いんですか。


だいたい、東電の行程表が最悪の事態を想定したものでなければいけないと、誰が言い出したんですかね。


行程表があってこそ、それを基準に議論ができると思うのですが。事態が変化すれば、その都度議論・批判すれば良いだけです。


議論は同じテーブルにいてこそ成り立ちます。議論を始めてから、主題そのものの定義や意味を問い直すことは止めないと、議論ができません。


こういう現象は、最近のワイドショーやトーク番組でよく見ます。議論についていけない人(論理が組み立てられない人、知識がない人)が、浅知恵で、どこかの政治ショー番組で使われる手法を真似ているわけです。


※ 政治ショー番組は、面白おかしく視聴者に見せるために、論議の前提を否定したりずらしたりしているわけで、まじめに問題を議論しているわけではありません。念のために。