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赤谷線 (新潟県/新発田-東赤谷) その1

●データ 【所在地】新潟県新発田市 【運営キロ】18.9Km
【開業】1920年(大正9年) 【廃止】1984年(昭和59年)4月1日
【魅力】50%以上が(推測)遊歩道化されており、非常に辿り易い廃線跡です。
遺構数は残念ながら少ないものの、雰囲気を味わえる廃線跡です。


●今回は新潟県新発田市へやって来ました。最近は新潟県が多くなっていますが、
理由は「冬を迎える前に」行っておきたいから。新潟県といえば冬は豪雪地帯、
格段に危険度が上がり探索どころでは無くなるので冬到来の前に・・・という訳です。
 
では本題です。今回は新発田-東赤谷間を走った全長約 29Km、赤谷線の探索です。
場面は新発田駅北口からスタート致します。ではご覧下さい。
 
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やって来たのは新潟県新発田(しばた)市JR羽越本線の新発田駅です。
ちなみに「赤谷線」のホームのあった場所は向こう側(東口)です。
 
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では出発の前に毎度恒例、空撮にて現地の状況を確認しておきましょう。
もう一目瞭然ですね。駅から伸びる右曲がりのカーブが「赤谷線」です。
 
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「新発田駅」のホーム、酒田方面です。この時は判らなかったのですが、
「制限25」の右側、右カーブをし草の中へと消える線路が赤谷線跡です。
 
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こちらは新潟方面ですが、どうやら遺構らしいものはもうゼロと
考えて良さそうですね。どこがホームだったのかも分かりません。
 
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では駅を出ましょう。駅を出るとすぐに右カーブが始まります。
廃線跡上に家々が並んでいます。おや?手前に何かありますね。
 
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これは「赤谷線」の線路跡末端のようです。車止め付きのようですが、
暫くは「引込み線」のような形で使われていたということなんでしょうか?
 
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振り返って駅方面をみます。草に埋もれ錆びたレールがシビれますね。
ちなみにこの先の廃線跡には、もうレールは登場しませんのでありからず。
 
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住宅地や空き地となった路盤跡を過ぎると、この先は遊歩道となります。
この遊歩道は「新山内駅」跡過ぎまで続き、全体の 65%を締めています。
 
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駅を出てからまだ最初のカーブの途中です。
 
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ようやく直線に入りました。所々に距離標(右下)があるので便利です。
 
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相変わらず遊歩道と化した廃線跡が続きますが、この右側にあるのは何でしょう?
 
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最初の駅「東中学校駅」跡に到着しました。駅は既にありませんでした。
 
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駅はこの左側の建物の辺りにあったと思われます。
現在はスーパーとなっています。「新発田駅」から2.9Km地点です。
 
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ではこの「東中学校駅」の様子を空撮で確認してみましょう。
駅が分かりますか?比較的長いホームのように見えます。
 
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では先へ進みましょう。この先は同じ遊歩道ながら
少々様子が変わって脇には花々が咲き小さな池もあります。
 
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間もなく次の駅、「五十公野(いじみの)駅」跡へ到着となりますが、
それにしてもこれは難読駅ですねぇ。あの奥の建物が駅跡でしょうか?


今回はここまでです。次回はこの「五十公野駅」から「新山内駅」までの探索です。

赤谷線 (新潟県/新発田-東赤谷) その2

●新潟県新発田市にある「赤谷線」探索の第二回です。
前回到着直前で終了した「五十公野(いじみの)駅」跡からの再開です。
 
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ホームが見えます。どうやら「五十公野(いじみの)駅」跡へ到着したようです。
 
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何とホームが健在でした。ただ、ホームのタイルはどうやら
張り直した感じがします。ただ、こういうものは嬉しいですね。
 
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こちらは農協の倉庫らしいのですが(現役かどうかは不明)、当時から
あったもののようです。「右書き」なのもグッドです。年月を感じますね。
 
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「ホームに立って列車を待ってみました」(笑)。 新発田方面です。
こういうマネするのが、結構好きだったりします。^^;
 
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では先へ進みましょう。次の駅「新江口駅」跡を目指します。相変わらず
遊歩道が続いていますが、ただ周りの風景は大きく変わってきました。

 

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そして何事もなく「新江口駅」跡へ到着するハズでしたが・・・
これがなかなか見つからず。かなり苦労してようやく見つけました。
 
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そして駅跡はというとご覧の通り、休憩所として立て直されたようです。
ちなみにこの休憩所の裏には本来の駅入口と思える道がありました。
 
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では次の駅の探索へ参りましょう。こちらは「米倉駅前通り」です。
そして駅はというとこの後ろにあります。で、どうなったのかというと・・・
 
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こちらが「米倉駅」跡です。この駅には駅らしく「駅前広場」のような
スペースが存在しました。奥に駅名標らしきものが見えますね。
 
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近づいてみます。確かに駅名標でしたが、これは・・・新し過ぎますね。^^;
少々残念ですが、仕方ありません。どうやらここにホームがあったようです。
 
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「米倉駅」跡からこの先、「新山内駅」方面を見てみます。
こちら側には路盤跡脇に小公園が設けられておりました。
 
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一歩退いて駅全体像を撮影。このように駅前は少々広くなってます。
タクシーも数台、バスも待機出来るようなスペースがあります。
 
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次の駅「新山内駅」跡にやって来たつもりなんですが、またしても迷いました。
駅は何処なんでしょう? ちなみに、こちらは「新山内-赤谷間」の廃線跡です。
 
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引き続き駅跡を探します。「おや?あの右側に屋根のある建物がそうか?」
 
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しかしどうも違うようでした。私が事前にチェックした場所とは
少々離れていたんですよね。今度は元の場所に戻ってみます。
 
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と、その前に。先ほどから気になっていたこの橋を撮っておきましょう。
架け替えられたのでしょうが、下にガーターが残って・・・無いですね(笑)。


と今回はここまでとなります。次回は最終回で、「新山内駅」跡探しから
始まり、終点「東赤谷駅」までの探索を行います。

赤谷線 (新潟県/新発田-東赤谷) 最終回

●「新山内駅」跡が分からず、迷いながら終了した前回でした。ではご覧下さい。
 
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私が最初にチェックした場所というのはこの辺なんですよね。やっぱり
ここかなぁ?と、思ったその時です。おばあちゃん(中央)を見つけました。
 
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これはもう聞いてみるしかありません。さっそく聞いてみます。
「新山内駅はドコだったのでしょうか?」に「あ、ここだよ」の回答でした。
 
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ようやく判明しました。やはり最初のとおりで良かったようです。
お礼を言って撮影開始します。このスペースが「新山内駅」跡だそうです。
 
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これでようやく先へ進めます。こちらは次駅「赤谷駅」方面の廃線跡です。
相変わらず遊歩道となっていますが、この歩道もそろそろ終焉を迎えます。
 
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「新山内-赤谷」間です。一見左のトンネルが廃線跡と思いがちですが、
実は廃線跡はその右側。ちなみに「角(かど)石原隧道」といいます。
 
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そしてこのトンネルの横を過ぎると遂に遊歩道が終了しました。
しかしまだ一段低くなった廃線跡が続きます。上は水道施設でしょうか?
 
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では「赤谷駅」を目指しましょう・・・と思ったら、ココですか???
事前調査場所より、ちょっと早い登場のような気がするのですが・・・。
 
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しかも「新発田藩」に「会津藩」って・・・その場で本物かを確認します。
結果、やはり到着が早過ぎます。よってフェイクと断定しました(笑)。
 
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危うく騙されるところでした(汗)。そしてこちらが本当の「赤谷駅」跡となります。
このスペースが駅跡と思われます。遺構らしいものは殆どありませんが・・・
 
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でも一箇所だけ、この建物が駅跡だったことを証明しています。
これは当時の駅舎で、現在は集会場として使われているようです。
 
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次はいよいよ終点の「東赤谷駅」跡を目指します。
でもその途中に、アレがあるはずなのですが。ありましたありました。
 
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見事なガーター橋です。またこの錆び具合がグッドですね。
出来ることなら登りたかったのですが、雑草が酷くて断念しました。
 
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ということで一気に終点、「東赤谷駅」跡へ到着しました。
この付近が駅跡のようですが、現在はご覧の通りで判別不能です。
 
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この「東赤谷駅」、実は当時はスイッチバック方式の駅でした。
詳しくは上記画像をご覧下さい。カーブの途中から先が駅跡か?
 
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遺構らしきものが見つからない「東赤谷駅」跡でしたが、周辺を
探索してみると、このような石垣を発見。恐らく当時のものかと思います。
 
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では最後に当時の「東赤谷駅」を空撮で見てみましょう。
細かいところまでは判別出来ないものの、このような状況でした。


以上で「赤谷線」の探索は終了となります・・・が。
終点「東赤谷駅」の先にも実は路線が存在していました。

これは「赤谷鉱山鉄道」といい、鉱山用の専用線で
1955年頃まで活躍していたそうです。
 
実は終点この「東赤谷駅」を探索している途中で、
「赤谷鉱山鉄道」の鉱山で働いていたという方と偶然にも
お会いし「東赤谷駅」から先の部分の廃線跡や
そのすぐ近くにあった工場についてのお話を伺うことが出来ました。

この内容についてはいずれ探索を行うであろう
「赤谷鉱山鉄道」の時の役にでも立てようかと思います。
この方とお会いしなければこの「赤谷鉱山鉄道」を知ることは
無かったかも知れませんし感謝です。以上「赤谷線」レポートでした。

真岡鐵道長倉線 (栃木県/茂木-下野中川) その1

●データ 【所在地】栃木県茂木町 【運営キロ】6.0Km 【開業】開業せず。
工事開始は1937年(昭和12年)、3年後には完成も戦争等の環境変化により廃止に。
【魅力】正直、未成線ということで「どんなもんかな」という部分がありましたが、
行ってみたら予想外の廃ぶりでした。遺構も多いです。 【訪問日】09.08.22

●今回は栃木県真岡(もおか)市へやって来ました。天気は多少雲が出ていた
ものの、おおむね晴れ、気温は30℃に届くか届かないかという夏らしくない気温で、
廃線跡探索日和でした。そして今回は、これまでには無かった「お初」のことがあります。

それは「未成線」。つまり未完成及び計画線で終わってしまった路線」のこと。
これまでは「廃線跡」ばかりでしたが、今回は初めてこの「未成線」を取り上げます。

実際には「走る」ことの無かった路線ではありますが、事前調査では
ほぼ完成し一部ではレールも敷いていた」ということなので、扱い的には
廃線跡と同じです。では前書きはこのくらいにして先へ進みましょうか。ではどうぞ。
 
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真岡鉄道と言えば「SL」(実は知らなかった)、そして「SL」の形をした
駅があるというのでさっそく真岡駅へやって来ました。これは凄い(笑)。
 
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そしてちょっと南へ行くとこんなものがありました。車輌には詳しく
無いので型式は判りませんが、こういう古びたモノは好きですね。
 
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一気に、真岡鉄道北の終点、「茂木(もてぎ)駅」へ移動します。
現在と過去を混同したようなやや古風な駅の造りでした。
 
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すると裏から汽笛の音が。で、「なんぞや?」と、ホームを見ると
ご覧のようにたまたまSLが来ていました。SLの勉強会のようでした。
 
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そしてここから先が・・・ようやく私の出番ですね(笑)。
この先が開通することの無かった真岡鉄道線・未成部分となります。
 
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ちょっと寄って見ましょう。ホラ、あそこから築堤が・・・え?なんと築堤が
ありません。しかも重機が入って工事までしてるじゃないですか!!
 
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これは一大事です。状況を確かめるべく真岡鉄道の最北端へ移動。
こちらはこのように落ち着いたモノですが、反対側はというと・・・
 
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アァ・・・築堤が崩されて道路(or遊歩道?)にしようとしているではありませんか。
一歩遅かったか。でも、向こう側に築堤を発見、これを見て少々安心しました。
 
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さぁそのムコウへやって来ました。いやはや、これは見事な廃線・・・
いや、未成跡ですね。しかしここからだと、古墳にも見えますね(笑)。
 
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そして更に先へ進むと、今度は完璧な築堤跡出現しました。
決して営業路線ではありませんでしたが、雰囲気は一緒ですね。
 
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「茂木駅」方向を見ています。立派な築堤です。
 
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先へ進みます。この辺りから道路となり、これが数百メートル続きます。
 
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そして再び道路と未成跡が分かれます。黄色いラインが未成跡です。
 
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未成跡へ行ってみました。何故か車の轍のような跡が。
冬場の草が無くなる頃には車でも通るのでしょうか?
 
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こちらには、美しい切り通しがありました。
やはりこちらにも車と思われる轍の跡が。農耕車でも入るのかな。
 
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さぁここからは脇に道路もなく、未成跡の一本道となります。
そしてここから 1Km少々先に未成トンネルがあるそうです。


と、今回はここまでです。次回はこの先にある「名も無きトンネル」までの探索を行います。

真岡鐵道長倉線 (栃木県/茂木-下野中川) その2

●第二回です。今回はこの先にある「名も無きトンネル」とその手前、
約 1Kmの未成跡の探索を行います。
 
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車でも行けそうでしたが、ここは基本にかえりジックリと歩いて行きます。
するといきなり前方に見事な切り通しを発見。
 
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通り過ぎて振り返って撮影。左側の山などは見事に
「削り取りました」なんて切り口ですね。
 
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と、この辺りまでは順調でしたが、この先はご覧のように草木が
生い茂ります。気を引き締めて進む(スズメバチ等)ことにします。
 
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そして遂にソレらしい場所を発見しますが、それはそれは
このように、凄まじいジャングルの様相を呈してました。
 
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でも引き返す訳にも行きません。とりあえず出来ることはやってみます。
身の丈程もある雑草を書き分け少しずつ前進します。するとあれは・・・
 
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トンネルポータル部分が見えて来ました。あともう少しです。
しかし今更ですが、夏場の探索というのは毎回草と格闘ですね。
 
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そして遂に到着です。ところが、妙なことに気付きませんか?
トンネル出入口の雑草が妙に少ないんです。不思議ですね。
 
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振り返って撮影します。切り通しであることが分かります。
しかし汗ダクでクモの巣だらけになってしまいました。うわ、気持ち悪っ。
 
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ではお待たせしました。中へ入ってみましょう。短いトンネルのせいか
トンネル独特の「ジメッ」とした感じは余り受けませんでした。
 
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するとどこからか妙な音が聴こえて来ました。「キュ~」とか「キ~」とか
言ってます。これはどこかで聞いたことが・・・と思ったらやっぱりでした。
 
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前回「 蒲原鉄道 」編に続いてのコウモリさんの登場です。
ここでも「大人しくしていてね」と言い聞かせ先へ進みます。
湿っぽさは無いのですが、水溜りが多く歩き辛いトンネル内です。
 
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長さ 100m少々のトンネルなのですぐに出口を迎えましたが、
外を見ればこちら側もこりゃまた凄い藪でございますこと。
反対側以上です。もうパッと見で探索不可サインを出しました。
 
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それでも反対側トンネル入口の映像を納めたく、クモの巣を幾つも
幾つも払い(クモさんゴメンね)スペースを作り写真に収めました。
 
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振り返ってみれば、先の方はもうどこが路盤かも分かりません。
予習段階ではこんなハズじゃなかったんですけどねぇ。
 
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ということで先へ進むのは不可能なので、一旦戻って先回りする形で
探索を再開します。ところでこのトンネルの造り、ちょっと変わってますね。
 
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そして再びトンネルへ足を踏み入れると、何やら先程とは違う雰囲気が。
羽音?ま、まさか・・・コウモリさん達の大運動会が始まっていたのでした!


記憶では相当数のコウモリさん達がブラ下がっていたハズで、
その全部が飛び交っているとすると一体何匹になるのでしょう。
中にはワザとしているかのように、自分の顔スレスレに飛んでくる
ヤツも居ます。一体どうなってしまうのでしょう。ではまた次回に。