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蒲原鉄道1 (新潟県/加茂-五泉) その2

●「陣ヶ峰駅」手前で終わった前回、今回はこの
「陣ヶ峰駅」から「狭口(せばぐち)駅」までの探索を行います。
 
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「陣ヶ峰駅」跡近くの橋台跡です。素晴らしい遺構です。
 
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では「陣ヶ峰駅」へ行きましょう。この上が駅跡なのですが、
ご覧のように雑草が凄いです。ある筈の階段が見えません。
 
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それでも突き進むのみです。すると最高の景色が。「陣ヶ峰駅」跡ホームです。
乗客はこのような景色を見ながら列車を待っていたのでしょう。
 
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そして振り返ると・・・恐ろしいほどの雑草群です。膝上くらいまでの
高さがあります。歩きたかったのですが、これでは・・・断念します。
 
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では「加茂駅」方面を見てみましょう。もう大興奮です!
良くぞこれまで残っていてくれました。素晴らしきかな廃線跡(笑)。
 
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近づいて良く見てみましょう。向こう側にも その1 で見た築堤跡が
少し残っているのが分かります。更にその向こうは築堤跡の空き地です。


次の場所へ向かいます。次は半メインにもなっていた物件なんですが、
アクシデントが起こります。これは実は「陣ヶ峰駅」を数百メートル
出たところにあるトンネルなんですが・・・とりあえず先へ進みましょう。
 
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そのトンネルは「農林トンネル(仮)」といいます。そこへ向かう
途中で撮影しました。これまでの位置関係が判る一枚です。
 
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そして移動途中でのことでした・・・ぐわぁぁぁ!もう見た瞬間諦めましたね。
どれも身の丈ほどの高さがあり、もう無理です。超残念な撤退を決めました。
 
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でも「トンネルには入口があれば出口もある」と反対側に
期待し移動します。半分無くなった築堤を発見しました。この先に・・・
 
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と、思ったら、こちらもとても進める状況ではありませんでした。それでも諦めきれず
高校の裏手まで(あと100mほど)来たのですが・・・そもそも築堤上もムリのようです。

ということで、残念でしたがこのトンネル(農林トンネル?)へのアプローチは
断念しました。また機会があれば雑草の無い冬場に来たいと思います。
では、スタートからこの周辺までの地図をみて位置関係を確認してみましょう。
 
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と、こんな感じでした。距離的には僅か 100mほどのトンネル
なんですけどね。仕方がないですね(クリックで拡大できます)。
 
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ということで気を取り直し次の駅、「東加茂駅」跡へとやって来ました。
横断歩道の辺りに駅舎、そのやや右奥にホームがあったと思われます。
 
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では空撮で確認してみましょう。かなり変化したように見えますね。
 
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「東加茂駅」跡を出発、やや右へ折れながら下り坂を下ると
「駒岡駅」跡へ到着します。画像の辺りに駅舎はあったようです。
 
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では先を急ぎましょう。この辺りから完全に「加茂川」と合流
するような形となり、暫くはこの川沿いを走ります。
 
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とてもいい場所を見つけました。カーブによりかなり遠くまでの
路盤跡を見渡せます。雑草は嫌いですが、この緑は良いですね。
 
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さぁ間もなく「狭口駅」跡に到着の筈です。
ん?路盤跡の奥、右に見える四角いものはもしや?


と、ここでお時間がやって参りました。今回はここまでです(笑)。
次回は「狭口駅」到着から「冬鳥越(ふゆとりごえ)駅」までの探索を行います。

蒲原鉄道1 (新潟県/加茂-五泉) その3

「蒲原鉄道」の探索は中間地点へ差し掛かって参りました。
今回は「狭口駅」から始まりここから二つ先の駅、
「冬鳥越(ふゆとりごえ)駅」までの探索を行います。ではご覧下さい。
 
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ではお待たせ致しました、「狭口(せばぐち)駅」跡に到着です。
駅舎は無くなってしまいましたが、ホームはそのまま健在でした。
 
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反対側から。手前にホーム上へ登る階段が見えますね。
待合室は左のブロック塀の位置する辺りにあったようでした。
 
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「狭口駅」を出て数百メートルのところに小さなガーター橋を発見。
当時のものだと思われますが、こういう小さなものでも嬉しいですね。
 
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では次の駅、「七谷(ななたに)駅」跡へ向かうことにしましょう。
と、その前に空撮画像で確認しておきましょうか。説明は不要ですね。
 
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この駅がどうなったのかというと・・・ご覧の通り健在でした。
この駅は空撮でも確認出来ますが、交換駅として存在していました。
 
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「七谷駅」跡全景です。一番右側には退避線もあったようで、
かなり広い敷地を構えていたことが分かります。
 
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反対側から撮影。実はズバリ、駅舎も健在で右側の建物がそうです。
そして草の中に、根元から切断された架線柱の遺構が残っていました。
 
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「七谷駅」跡を出て暫く進んだところです。この付近は築堤となって
いたようで、名残りがありました。今は国道290号線が横切っています。
 
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間もなく「冬鳥越(ふゆとりごえ)駅」に到着の頃です。
おや、車輌が並んでいるのが見えますね。どうやらここのようです。
 
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「冬鳥越駅」跡に到着しました。ご覧のように当時活躍していた
車輌たちが残されていました。現役さながらのような演出ですね。
 
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実は車輌のことは良く分からないのですが・・・ご覧の通りだそうで。^^;
カギが空いていたので、ちょこっと拝見させて頂きました。
 
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最後尾(加茂寄り)には塗装中の車輌が。帰宅後に調べてみたら
「ED1」と言って除雪用の車輌だそうな。昭和 5年の製造だそうです。
 
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実はこの「冬鳥越駅」は、「冬鳥越スキーガーデン」と隣接していました。
このスキー場は現在でも活躍中だそうです。右側がスキー場です。
 
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では空撮で確認しましょう。ここでひとつ疑問に思ったことがあります。
本来の位置は若干北側ではないのかと。真相はいかに。。。
 
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「冬鳥越駅」跡前です。当時レールがあったのは右側建物、一段上の位置に
あったようです。今、車輌が展示されているのは更に一段上の位置です。
 
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「冬鳥越駅」を出発します。すると、2つある蒲原鉄道のトンネルの1つ、
「冬鳥越トンネル(仮)」があるのですが・・・ま、また雑草で進入不可ですか!?


「また進入不可か」というのは、その2でご紹介した「農林トンネル(仮)」も
凄まじい雑草 により探索不可、断念していたためです。
ということは、「かんてつ」に存在した 2つのトンネルを両方とも
探索を断念するということになる? 一体どうなってしまうのか!?(笑)

蒲原鉄道1 (新潟県/加茂-五泉) その4

●前回は「一体どうなってしまうのか!?」なんていう終わり方をしましたが、
結論からいうと入ります(スミマセン)。四回目となる今回は、この
「冬鳥越トンネル(仮)」から先、「村松駅」までの探索を行います。ではご覧下さい。
 
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中には身の丈以上もある草もありましたが、ようやくトンネル入口まで
辿り着きました。既に向こう側の出口も見えており、短いトンネルです。
 
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少々中に入って振り返って撮影。こうして見ると、草だけの高さではなく
随分と土も盛られたようです。草ばかりで分かりませんけどね。
 
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少々進むと何やら「キーキー」という泣き声が。ふと上を見ると・・・
「ギョ!」 コウモリさんではないですか。初めてお逢いました。
 
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コウモリさんには「静かにしていてね」と伝え(笑)、先へ進みます。
反対側出口が見えて来ました。出口は切り通しになっているようです。
 
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抜けました。あわよくば先へ進もうと思ったのですが、この通りで断念。
ムリすれば進めそうですが、目に見えないクモの巣もモノ凄いんですわ。
 
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ということで引き返すことにして、振り返って反対側をパチリ。
トンネル内、左側手前の一部は壁が崩れ土砂が流れ出ていました。
 
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では先へ進みましょう。こちらは「土倉(つちくら)駅」跡です。
と言っても殆ど分かりませんけど。築堤上にあった駅でした。
 
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この辺りから大蒲原の平野を走り次は「高松駅」跡へ到着です。
駅跡は健在ですが、外側を残すのみで内側はスッカラカン。何故?
 
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次へ行きましょう。「大蒲原駅」跡を過ぎ次は「寺田駅」跡へ到着です。
このように「大蒲原駅」から先は今は道路へと変わりました。
 
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更に道路と化した廃線跡を進むと「西村松駅」跡へ到着します。
空撮で確認するとこの付近だと思うのですが、変わり過ぎてて分かりません。
 
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更に飛ばします。すると「村松駅」へと向かう途中の公園にこのような
ものを発見しました。もちろん当時活躍していた車輌です。
 
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そして道路と化した廃線跡は「村松駅」手前で終焉を迎えます。
少々右へ折れて、住宅街の裏側を走って行きました。


では今頃ナンですが、この「蒲原鉄道」の廃線年度をご説明したいと思います。
ここでこの説明をする意味は、廃線時期が分かれていたからです。

二回に分かれており、最初に廃線となったのが「加茂-村松間」で
1985年に廃線となりました。そしてそこから14年後の1999年、遂に残っていた
区間の「村松-五泉間」も乗客減少に歯止めがかからず、遂に廃止となりました。
ということで次の「村松駅」から 2つ先の終点「五泉駅」までは、最後まで残った区間で
これまでの廃線跡よりは若干新しい廃線跡となります。では続きをどうぞ。
 
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住宅街の裏手を抜け、左へ折れると「村松駅」に到着です。
こちらが駅構内ですが、この通り、当時の遺構は何もありません。
 
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しかし駅は健在でした。というのも今もバス会社として健在の
蒲原鉄道本社ですから当然ですね。「村松駅」の文字がステキです♪
 
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そして周辺をウロウロしてみたら、レールを発見しました。
調べてみたら廃線後暫くは、ここに車輌が残っていたようですね。
 
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では最後に「村松駅」の空撮を見てみましょう。
今はバスターミナルとなり、一部はコンビニにもなりました。


その4は以上で、次回にていよいよ「蒲原鉄道」編は最終回を迎えます。
次回はこの先の終点「五泉駅」までの探索と、「おまけ」を掲載致します。

蒲原鉄道1 (新潟県/加茂-五泉) 最終回

●当HP初となる全 5回構成の「蒲原鉄道」編もいよいよ最終回を迎えました。
最終回はもちろん残された部分の探索を行います。「おまけ」も付けてみました。
しかしこれほどまで展示物の多い路線は初めてでした。では最終回、ご覧下さい。
 
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「村松駅」を出て遂に終着駅「五泉駅」方面を目指します。とその時です。
道路沿いにこのように架線柱が並んでいるのを発見しました。
 
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架線柱どころではありません。当時活躍した車輌なのでしょう、
「かんてつ」の車輌も 2両、そして踏切等も保存されておりました。
 
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ホームは後から建てたものなのでしょうが、表示物は当時のもの?
 
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そして良く見たら入口にこのようなものが建てられておりました。
本当に長きに渡り愛され続けた鉄道だということを実感しました。
 
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「今泉駅」跡を過ぎると、「村松駅」からずっと平行して走ってきた
県道7号とお別れします。大きく迂回するような形で「五泉駅」へと接続します。
 
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今はもう何もありません。ただの空き地のように見えますが、
この縦長に続く空き地が廃線跡だということを教えてくれています。
 
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この辺りにはバラストが残っていました。さぁもう一息で終点です。
 
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結構キツい左カーブが続きます。すると、見えてきました。
終点「五泉駅」です。ちなみに路盤跡は道路ではなくその右側です。
 
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「五泉駅」跡、構内全体です。本当に何もありません。このやや左側に
かんてつホームはあったようです。右側は磐越西線のホームです。
 
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跨道橋に登って今度は上から撮影します。しかし余りに
寂し過ぎる風景なので当時の状況を再現してみました(笑)。
 
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殺風景過ぎる風景です。ところで画像手前に散らばる石板は
何か当時の名残りなのでしょうか。というか、名残りであって欲しいです。
 
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ではかんてつ編最後の空撮です。もちろん「五泉駅」の今昔比較です。
かんてつのホームだけがポッカリと無くなっているのが一目瞭然です。


ということで長かった蒲原鉄道の探索もこれにて全工程終・・・
ではありません。まだもうちょっとだけ続きがあります。

ここから直線距離で 6kmほど離れた場所(車で移動すると約 8km)に
ある「安田民俗資料館」へと向かいます。
事前情報によると既に閉館しているという話でしたが、
向かう価値は十分にあると見込んで現地へと急ぎます。
 
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「安田民俗資料館」へとやって来ました。一体ここにナニがあるのか。
遠目にですが、気付きましたか?駅名標が多数並んでいるのが。
 
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中へ入ると、やっぱりでした。雑草は伸び放題でクモの巣だらけでした。
家の中はというと、失礼ながらガラクタ倉庫の様相を呈していました。
 
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「かんてつ」の駅名標が並んでいます。この場所は
「かんてつ」の遺構が集められた場所なのです。
 
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裏手には(とりあえず?)車輌が保存されていました。
しかしここは一体どうなっているのだろう?HPはまだあるようだし・・・。


この「蒲原鉄道」の探索を終えてまず率直に思ったのが、「地域の発展に尽くし
地元の人々に愛された偉大な路線
」だったということを強く思い知らされました。

4ヶ所もの場所に車輌を保存・展示している路線なんて今までありませんでしたし。
ただ最後の放置状態にある「安田民俗資料館」の遺構たちは可哀想でした。
再開の予定はあるのでしょうか?早く何とかしてあげられると良いのですが・・・。

蒲原鉄道2 (新潟県/加茂-五泉) 前編

●データ 【所在地】新潟県加茂市~五泉市 【運営キロ】21.9Km
【開業】1923年(大正12年)10月20日 【廃止】1999年(昭和63年)10月4日
加茂-村松間(17.7km)は1985年4月1日の廃止。
【魅力】85年廃止の割に加茂-村松間の遺構の数に驚きます。
地元に愛され続けた路線という実感も。 【訪問日】10.01.11


●前回、「 伊香保ケーブル鉄道 」に続いてのリベンジ編で、
今回は「蒲原鉄道」です。 前回
の訪問は約半年前の夏でした。
こちら理由も同じく、夏場特有、「超絶雑草により行く手を阻まれ
探索を断念」した場所で、宿題を残していたのでした。
その宿題とはこちら
で、「農林トンネル(仮)」の部分です。
さて今回はリベンジ達成となるのでしょうか。ではご覧下さい。
 
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前回の訪問から半年、季節はすっかり冬となり所々に雪も見られます。
今回は新幹線で「燕三条駅」まで行き、「加茂駅」へとやって来ました。
 
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こちらは前回もUPした「加茂川」に残る「かんてつ」の橋梁跡です。
今回は加茂方面から別角度で撮ってみました。
 
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今度は真下から撮ってみました。まるで現役のように見えます。
未だに残る枕木も写っています(レールはありません)。
 
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そして驚くべき出来事が。前回と同じルートを辿っている筈なのに、
この正面に見える廃ガーター橋を見落としていたことに気付きました。
 
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こんなにデッカイ遺構を見落とすなんて・・・。しかもその先にも(加茂方面)
廃線跡が残ってるし。全然見落としてました。何やってんでしょうねぇ。

 

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更に先へ進みます。ありましたありました。前回も見た築堤跡です。
ちなみに前回
こんな感じ でした。雑草が見事に消え去っています。
 
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もう一枚。こちらは築堤跡らしく見えますね。左奥に「陣ヶ峰駅」も写っています。
 
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約半年振りに「陣ヶ峰駅」へと帰ってきました。相変わらず立派です。
ただし前回探索済みなので、今回は登ったりする予定はありません。
 
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反対側から見てみました。そういえば「前回はこの角度から見なかったな」
なんて思ってたら、あるモノを発見しちゃいました。矢印の部分です。
 
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ナント階段でした。どうやらこちら側にも駅の入口があったようです。
「陣ヶ峰駅・南口」と言ったところでしょうか。
 
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途中まで登ってみました。階段の途中、右側には枕木が束になって
放置されていました。それにしてもここも見落としてたとは。予習が甘いですね。
 
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登るつもりは無かったのですが・・・結局登ってしまいました(笑)。
見事に誘い出されました。何度行ってもいいところですけどね。
 
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そして再びホーム上へやって来ました。相変わらず良い眺めです。
ちなみにこちら
夏の写真 です。日本の四季を感じますね。
 
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こちらはこれから進む「農林トンネル(仮)」方面の築堤跡です。
こちらも 前回
と比較 してみましょう。ちゃんと階段も現れています。
 
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この分なら「農林トンネル(仮)」も順調に・・・と期待しながら、
目的地を目指します。この付近も前回は雑草だらけでした。
 
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そして遂に前回挫折した場所へ到着しました。前回の状況 はこうでした。
見違えるように雑草が激減しました。これで「行ける!」と確信しましたが・・・。


何処もかしこも雑草が激減している様子から、これで探索可能かと思っていた
「農林トンネル(仮)」でしたが、これがまたしても予定通りに行きませんでした。