名鉄谷汲線 (岐阜県/黒野-谷汲) その4
●「谷汲線」の廃線探索は今回から後半戦へと入って行きます。
今回は山間部へ差し掛かりこの外周を回るコースで二つの駅を辿ります。
前回最後の地点、「八王子坂駅」跡を少々出た地点の廃線跡です。
外側を向くガードレールに石垣、廃線ムード満点です(黒野方面)。
そこから1Kmも進まないうちに次駅へ到着しました。
「北野畑(きたのばた)駅」です。かなり荒れているようです。
「駅入口」があったと思われる部分から、ちゃんと入りました(笑)。
しかしこの駅は他に比べると荒れ方が酷いです。まともに地面を歩けません。
ホームまで来ました。黒野方面です。左側、柵のある部分から先には
かつては立派な駅舎が建っていたのですが今は残されておりません。残念。
下り線側の廃線跡です。このような有様で軌道上へ降りるのも憚られる状態です。
しかしホーム上には雑草に見え隠れしながら現れる白線に嬉しさがこみ上げます😆

では先へ進みます。山の外周を回るルートも間もなく終盤です。駅を出ると
これまで一緒に沿って進んできた「根尾川」がすぐ脇にまで迫ってきます。
すると橋台跡を発見。後ろの左へカーブする廃線跡もグッドです。
この付近は自然もタップリ、車窓からの景色もさぞ美しかったことでしょう。
次駅「赤石(あかいし)駅」跡へ到着です。残念ながらホームはありませんがよく見ると
盛り土が残りホーム跡がハッキリと分かります。なお奥にある山の左側を走ってきました。
では盛り土ではありますが「アレ」をやりましょうか。「ホームで列車を待ってみました」ですw
ちなみにボカシてある部分はお墓でして・・・どうもお騒がせしてすみませんでした。m(_ _)m
このサプライズに涙しながら引き続きホーム上から谷汲方面を見ます😭
それにしてもステキ★すぎる景色ですねぇ。個人的に大好きな絵です😍
先へ進みます。これまで山の外周を進んできましたが実は当初はこの山をブチ抜いて
「稲富-明石」間をトンネルでという構想がありましたが資金難により実現はなりませんでした。
橋梁跡に差し掛かりました。こちらは「管瀬川橋梁」跡です。でもこの川の名って
「根尾川」では?と思って調べたら、しっかりと「根尾川」の支流に属していました。
ではこの付近の状況を空撮で確認してみましょう。橋が架かって
いるのが分かります。また偶然にも列車が走っているのも見えます😝
その4は以上となります。次回はいよいよ最終回、「谷汲駅」までの廃線跡を辿ります。
名鉄谷汲線 (岐阜県/黒野-谷汲) 最終回


現役時代からある「自転車置き場」らしいんですよね、助かりました。


「長瀬茶所(ちゃじょ)駅」跡の筈なんですが・・・特定できませんでした😪


右側に駅跡のようなものが見えますが、正直場所は特定できておりません。





もう夕方ということもあり人も居ないので、ジックリと拝見させていただきます😁

素晴らしいですね。おや?奥に見えるのは・・・気になりますね、見てみましょう。

大事に保存されている様子が伝わってきます。しかし細いですね。

自分は見ても意味不明のチンプンカンプンなんでこれで十分です😅

「黒野駅」から先の「市内線直通線」があったということでしょうかねぇ?


恐らく現役時代とさほど変わらぬ景色なんでしょうね。

末期はこの左側のホームしか使用していなかったようです。

置かれていました。こちらの行き先表示は「黒野」ですね。


設けられています。こちらは廃線当日のようすですね。すごい混雑です。

ところでこの駅、やたら新しいと思ったら立て替えてまだ5年だったそうです。
くりはら田園鉄道 (宮城県/石越-細倉マインパーク前) その1
【開業】1921年(大正10年)12月20日 【廃止】2007年(平成19年)4月1日
【魅力】まだ新しい廃線跡ということで遺構の数は申し分ありません。
ただしほぼ全ての駅の撤去が進むなど管理体制を見ると、
遺構減少に加速も・・・。 【訪問日】10.07.24
当HPでは最北端となる宮城県へやって来ました。もちろん宮城県も初上陸です。
「くりでん」の愛称で親しまれた「くりはら田園鉄道(線)」の
廃線跡探索にやって来ました。前日に宮城入り、
「くりこま高原」駅近くのホテルで一泊し、当日はレンタカーを借りて回りました。
そのため遺構の数的には申し分のない廃線跡となっています。
ただし清算手続きがしっかりしているせいか遺構撤去のスピードも早く、
現在残る遺構も何時まで残っていてくれるのかは微妙なところです。
とはいえ、回ってみて気付いたのは「くりでん」に対する愛情なのか、
遺構保存運動も強いようで完全に痕跡が無くなることは無さそうです。
その例として現在、駅のホーム等は殆ど全てが撤去されてしまいましたが、
その駅のあった場所ひとつひとつに記念碑が建てられています。
それ以前は「栗原電鉄」でした。ただ愛称は「くりでん」のままな訳で、
当時は上手く「愛称を変えずに名称を変えた」んだなぁと思わず
勘ぐってしまいました。もちろん私の勝手な想像ですが、案外そうだったりして?

では今回の道のりをご紹介しましょう。スタートは「石越駅」で、
西にある「細倉マインパーク駅」を目指します。

こちらは出発前、ホテルの窓から撮った一枚です。
どうです、青い空に白い雲、なんという良い景色でしょう!

こちらは「くりこま高原駅」で新幹線専用駅です。何気なく撮った一枚
でしたが、まさかこれから借りるレンタカーが正面に写っているとは(笑)。

そして車を借りて移動すること約20分、今回の出発地、JR「石越駅」へ
到着しました。さて、「くりでん」の「石越駅」はドコでしょうね。

JR東北本線の「石越駅」入口脇に案内板を発見。「あるかなぁ?」と
思ったら、やっぱり。旧名「栗原電鉄」としてそのまま載ってました。

では行ってみましょうか。こちらが「くりでん」の「石越駅」跡です。
残念ながら駅舎は既に撤去済みで、何も残っていませんでした。

しかし嬉しいことにホーム跡が健在でした。線路のあった部分は
埋め立てられてしまいましたが、その奥にあるのはまさしくホームです。

この位置に駅舎はあったようです。本当に何ありませんでした。

でも。ホームがあるなら「アレ」をやりましょうか。
「(ホームで)列車を待ってみました」シリーズです(笑)。

ホーム前は埋め立てられてしまいましたが、しかしその先はレール健在。
切断された切り口にはご丁寧にタイヤのゴムが取り付けられています。

先へ伸びる赤錆びたレール。これぞ廃線跡です。恐らく架線柱を
撤去された以外は、当時とほぼ変わらないの景色ではないでしょうか。

ローアングルで撮ってみました。結構好きな構図なんですよね。
天気も良いので、この廃線跡がクッキリと良く映えます。

では「石越駅」跡を離れ先へ進みます。奥に見えるのは東北本線です。
また、ご覧のように鉄道標識は各所でそのまま残されています。

こちらは「石越駅」跡へ向かう最後の右カーブ入口です。
「制限、35」とでも言ったのでしょうか。

「ガタンガタン」。列車の音が聴こえてきました。ま、まさかココ!?
なんてね(笑)。東北本線を走る貨物列車でした。
その1は以上です。今回は全部で18の駅を回る予定で、間違い無く長編となるでしょう。
現在は全8回で収める予定ですが、場合によってはもう少し伸びるかも知れません。
ひょっとしたら過去最長も・・・ということで次回は「荒町駅」~「若柳駅」を探索致します。
くりはら田園鉄道 (宮城県/石越-細倉マインパーク前) その2
車輌停車場にもなっていた「若柳駅」までの探索編です。ではどうぞ。

早速「荒町駅」跡へとやって来ました。残念ながら解体済みでした。

実は事前情報によると、ほぼ全ての駅は解体されてしまったそうです。
と、その代わりに記念碑があるそうです。コレは駅跡確認に助かりますね。

こちらは「荒町駅」前にあったと思われる踏切跡です。
右手が「荒町駅」で、踏切部分は舗装し直されて痕跡はありません。

では次の駅、「若柳駅」跡へ参りましょう。こちらは駅舎も

しかし、いざ到着してみると、事前情報とは些(いささ)か違う部分が。
駅は西側で寸断され、中へは入れないように施されていました。

こちらは駅舎の中を外から撮影しました。
当時の運賃表(若柳起点)がそのまま残されていました。

こちらは何でしょう? 奥の丸っこいゲージのあるヤツです。
駅名が入っていたのですが自分にはサッパリ。電報、じゃないよね?

駅舎横には真新しい記念碑が建てられていました。
それもその筈で日付を見れば、建てらえたのは先月でした。

こちらは駅東側からの撮影です。中に入ろうと思えば余裕で
入れましたが、どうも気が進まず遠くからの撮影で我慢しました。

そしてこちらがホームをブッタ切って造られた道路です。
少々つらい光景ですが、逆に残されていることに感謝でしょうか。

今度は西側からの撮影です。こちらもロープ一本で立ち入り禁止を
促しており、どうも入り辛い雰囲気なので今回も遠くから撮影します。

中にはこのように当時活躍した車輌たちが静かに眠っています。
ちなみに一部は動態保存されているそうです。

では道路より向こうの探索を致しましょう。ちなみに申し遅れましたが、
同駅は先月6月13日、「鉄道公園」として生まれ変わったそうです。

道路に寸断され、残った「線路の切れ端」が点在しています。
ちなみにこの付近は、車輌基地でした。そして、ここで振り返ると・・・

そこには「くりでん」くんが眠っていました。ただ、中へは入れません。
ちなみにヘッドライトはカンテラをモチーフにしたそうです。
その2は以上です。次回は少々スピードを上げ、
4つ先の駅「沢辺駅」までの廃線跡をご紹介致します。
くりはら田園鉄道 (宮城県/石越-細倉マインパーク前) その3
4つ先の駅、「沢辺駅」までを辿ります。ではご覧下さい。

「若柳駅」跡構内、西端部分です。そこにはボロボロになった貨車が。
ただその上には真新しい屋根が。何故、このような処置を?

ではそろそろ「若柳駅」跡を出発しましょう。再びここから単線となり
先を目指します。腕木式というやつでしょうか。信号機が残っています。

「若柳駅」を出て1.5Km、次の駅「谷地畑(やちはた)駅」跡へ到着しました。
ここにも記念碑が建てられています。駅は線路の右側にありました。

こちらは「谷地畑駅」跡のやや「若柳駅」跡寄りから撮影しています。
このように鉄道施設が所々に残されています。

では先を急ぎましょう。次の駅は「大岡小前駅」跡です。
実は1995年に建てられた新しい駅で、僅か11年半の実働でした。

こちらは「大岡小前駅」跡を少々出たところです。この付近はのどかな
田園地帯を真っ直ぐ突っ切る区間が続きます。おや?あの高架は?

「東北新幹線」の高架です。実は当初、この「くりでん」との接続駅の話が
あったようですが、こじれて頓挫、接続の夢は叶わなかったそうです。

「くりこま高原駅」がここにあったなら・・・残念な話ですね。
ところでその向こうには「東北自動車道」の高架が見えています。

次の駅、「大岡駅(石岡方面)」跡です。記念碑の位置に駅がありました。
以前は交換可能駅でもあり、反対側奥にもホームがありました。

今度は「沢辺駅」方面を見て撮影しています。奥の高架は「東北道」で、
この駅は「新幹線」と「東北道」の間にある駅でした。

「大岡駅」跡を離れ、「東北自動車道」の下までやって来ました。
「くりでん」のために設けられた高架下のスペースが、空しく残ります。

振り返って撮影します。画像では分かり辛いのですが、
先ほど立ち寄った「大岡駅」跡が見えています。

今度は「沢辺駅」跡、駅前へやって参りました。今は取り壊されて
しまいましたが、この正面・やや右側に立派な駅舎がありました。

駅跡へ入ります。ナント、予想外にもまだホームが健在でした。
ただし、いずれは撤去・取り壊されるという話も聞こえてきます。

「ホームで列車を待ってみました」シリーズ、石越方面です。2面3線の
駅でしたが、もう片方のホームは既に撤去されてしまったようです。

この渡りを使い反対側ホームへ移動したようです。またくりでんでは
珍しい有人駅で、末期まで列車交換が行われていたようです。
以上「若柳-沢辺」間の探索でした。
次回は「津久毛(つくも)-鳥矢崎(とやさき)」間、3駅を辿ります。















