廃線跡訪問記 ブログ版 -38ページ目

日立電鉄線 (茨城県/常北太田-鮎川) その2

●殆ど先へ進むことなく「常北太田駅」周辺をウロウロしただけで終了した
前回でしたが(笑)、今回は本格的に先へ進んで参ります。ではご覧ください。
 

前回最後の橋台跡より先を見ると・・・何と美しい廃線跡でしょう😍
私お気に入りの一枚です。「誰が見ても分かる絵」ってやっぱりイイです😆
 

カーブが終わると直線に入りました。奥に見えるのは国道349号線の
跨線橋です。その手前にも何か構造物が見えますね。行ってみましょう。
 
再び橋台跡でした。先程のものより大掛かりなものです。名称は不明ですが、たいてい
このような橋梁は川の名前がつくもの・・・ですが、そもそも川の名前が分かりませんw
 

ということでお分かりになる方、情報をお待ちして申しております。笑
写真は別角度より撮影したもので、この遺構は今も現存しているようです。
 

更に進みます。間もなく「里川橋梁」という手前でこのような橋台跡を発見しました。
実はこの遺構、当時は2対4基あったのですが現在は1基のみとなってしまったようです。
 

その4基はこの写真の前方と後方にありました。今はこの奥にある
「里川」手前の1基のみのようです。この築堤も今は撤去されてしまいました。
 

こちらがその里川橋梁直前の橋台跡です。今は左の橋台を撤去し道路を拡張
右側の橋台のみが残ります。なお、ここはグーグルストリートビューでも確認できます。
 

そしてこちらが「里川橋梁」跡です。もう何もありませんでした。
土手も直し方から見て、あったであろう橋脚跡も絶望的と諦めました😔
 

橋を渡ると、渡る前の逆再生映像を見ているかのような景色が広がります。
しかし違うのはこの200mほど先に「駅」があるということ。おや?アレかな?😄
 

到着しました。こちらが最初の駅「小沢駅」跡です。現役時の映像を見ると
左側にある建物も確認できました。1面1線の駅だったようですがそれにしてはこの・・・
 

広さはなんぞや?と思ったら、側線を有し貨物の取り扱いもあった
時期もあったそうな・・・それで合点がいきました。写真は常陸太田方面です。
 

それでは空撮で確認してみましょう。写真で見る限り貨物の側線はどうやら南側に
あったように見えますが、1948年まで遡ってようやくそれらしいものを確認できました。
 

駅を出ましょう。ここは前駅を出て約700mの地点、とある橋梁跡の手前。
そこから振り返って撮影しています。このバラストの残る路盤跡、タマりませんねぇ😍
 

そして前を向けばこのような橋台跡が。川の名前が茂宮川なのでほぼ
「茂宮川橋梁」になるのかな? そしてその奥には・・・広場が見えますねぇ😍
 

先へ進みましょう。駅手前にこのような踏切跡を見つけました。こちらは
「ストビュー」でも確認できますが、現在レールは撤去されてしまったようです。
 
先ほど見えた「広場」へ到着しました。そうです、こちらが次駅の「常陸岡田駅」です。
しかしここも広い敷地を構えた駅ですねぇ。それでは探索していきましょうか・・・と

いうところですが残念ながらお時間になってしまいましたw この続きはまた次回😅

日立電鉄線 (茨城県/常北太田-鮎川) その3

●前回は「常陸岡田駅」へ到着したところで終了しました。では続きをご覧ください。
 

前駅「小沢駅」も広かったですが、ここも負けじと広いですねぇ。
それもそのハズで2面2線の対向式ホームだったようです。ナットク。
 

振り返って鮎川方面を見ます。いやぁホント広いです。というこのもこの駅も
以前は貨物の取り扱いがあり、駅舎もあったそうです(残念ながら1967年に取り壊し)。
 
それでは常陸岡田駅を空撮で確認してみましょう。対向式ホームがハッキリと
写っていますね。それにしても土地柄なのか40年前と殆ど変わら・・・スミマセン😅💦
 
それでは出発しましょう。こちらは駅をでてスグの踏切跡です。
ストリートビューによるとこちらの遺構、今でも現存しているようです。
 
角度を変えて常陸岡田駅方面を見て撮影しています。このような
踏切の遺構は一度残ると比較的長く残ることも多く嬉しい限りです😆
 
先へ進みましょう。前の地点から500mほど進みました。
ここで出発後初のアンダークロスシーン登場となります。上は国道293号線。
 
潜り抜けて振り返ります。この路盤跡もタマりませんねぇ♪
なお、ここにも小さな踏切跡がありましてよくよく見ると・・・
 
バーナーでブッた切った感じの切り口です💦
まぁしょうがないですね。それより残されていることに感謝です。
 
どんどん進みます。ここでストリートビューのチカラもお借りして当時と今の
ビフォーアフターをやってみましょう。舗装化されており可能な限り再現してみました。
 
上の写真・左下の小さな橋台跡にスポットを当てたのがこちらの写真。
上の写真にも少し写っていますが、現在は完全に取り壊され作り直されました。
 
もう一枚、比較できそうな写真がありました。もちろんバラストの方が
良いのですが、この舗装されたカーブも廃線跡丸出しでGOODです😍
 
ビフォーアフター、まだ行きますよ^^ もうお忘れかも知れませんので
おさらいをすると、ここは「常陸岡田-川中子(かわなかご)」間の廃線跡です。
 
その川中子駅へ到着しました。もちろんウソではありませんw
完全に「乗っかってます」な😅 駅跡には農協サンの建物が建ちました。
 
当時はまだご覧のように踏切にレールが埋まっていましたが、今は舗装し直され
痕跡はありません。路盤跡自体も舗装されているのでもう忘れ去れられる一方なのかも😪
 
それではこの川中子駅を空撮で振り返ってみましょう。現在を見るともうドーン!って
感じですよねw ご覧のように1面1線の駅でしたが、かつては側線も存在したようです。
 
川中子駅西側からビフォーアフターをやってみましょう。私の撮影位置に
踏切がありました。2008年の状態であれば即廃線跡と分かりますが今は・・・。

以上でその3は終了です。次回は日またぎレポのため少々イレギュラーします。

日立電鉄線 (茨城県/常北太田-鮎川) その4

●なかなか時間が取れず、最近は更新頻度が2週間に一回となっております💦
たいへん申し訳ありません😓 ということで前回までは全行程の約1/4、
川中子(かわながご)駅までを終えておりましたので、今回はもちろんこの
続きからスタートするのですが、このレポは日没サスペンデッド、日またぎと
なっておりますので今回はイレギュラーします💦 ではとりあえず続きをどうぞ、、、
 
ちらは「河原子駅」から300mほど進んだ地点の廃線跡です。ストビューで
ちょうど良いアングルが見つかったのでビフォーアフターをやってみました😄
 
前の写真、奥に見えた常磐自動車道のところまでやってきました。
ここにも埋まったままの踏切跡が。こちらは今も現存しているようです。
 
当然この常磐道と交差します。そして問題はこの先で発生しました。
それは、この路線のメインにも近い「大橋架道橋」を見逃してしまったのです😭
 
この「大橋架道橋」、ナント集落の真ん中を突っ切っていたというのです。
距離にして約200mほどなのですが、実は何故このような形になったのか不明と
いう架道橋でした。若き日の自分はこんな大物件を見逃してしまったのです😭
情けないですなぁ😫 ということでネットの力を借りてご紹介したいと思います。^^;
 
コレしかないでしょう、空撮で検証します😓 こんな感じで集落を貫いていました。
恐らく私が行った2008年ならまだ痕跡も残っていたでしょうが・・・残念無念です。OTZ
 
もう一枚、ストリートビューの力をお借りします。こちらは未だに残る高度を増す築堤跡。
このすぐ先で高架区間となりました。なおこの区間、今は痕跡探しが難しくなっています。
 
ということで「幻」の大橋架道橋を過ぎて次駅「大橋駅」へやってきました。
この駅は相対式ホームということでかなり広い敷地でした。しかし・・・
 
今はどうなったかというと、路盤跡は完全に道路へ転換され駅跡というのも
全く分からなくなっています。周囲の家々が大きく変わったのも理由でしょう。
 
どのくらい変わったのか。ハッキリと見て取れる絵ができましたのでご紹介します。
比較して当時と比較対象できるのは、左側の家と奥の道路国道6号線のみでしょうか。
 
今は車の行き交う幹線道路となりましたが、私が赴いた時はこんな感じで
時が止まっていました。この踏切だった路盤を横切る道路は今でもあるようです。
 
予定ではこの日は「大橋駅」で終了する予定でしたが、もう少々先まで
行ってみます。するとビフォーアフターのできる場所が見つかりました😁
 
国道6号線との交差地点ですがこの変貌ぶり、伝わりますかねぇ?
ということで一日目はこれにて終了、二日目の探索へと移っていきます。
 
ちなみに一日目の探索は2008年の12月、二日目は2009年の1月でした。
おさらい、一日目は「常陸太田-大橋」間を、二日目が「鮎川-茂宮」間を探索しました。
しかし二日目が何故一日目の続き、「茂宮」からではなく「鮎川」からだったのか。
今となっては忘れてしましました。何か理由があったのでしょうね😅 では続きをどうぞ。
 
ということでこの日立電鉄線の起点でもある「鮎川」へやって来ました。
ここから「茂宮(もみや)」を目指して参ります。写真はもちろん鮎川駅跡です。
 
当時でもすでに何も残されておりませんでした。ということでこの鮎川駅を空撮で
確認してみましょう。南側に駅が、北側には引き上げ線のようなものも見えますね。
 
ここちらがその引き上げ線側です。ということは必然的に今居る場所が踏切跡と
いうことになります。左を走っているのは常磐線で「常陸多賀-日立」間です。
 
鮎川駅ホームがあったであろう場所まで南下してきました。
映像で見るとこの付近がホーム南端及び駅入り口だったようです。そして・・・
 
右にある白い建物の前に駅舎があったようです。写真は同じ地点より
振り返って撮影したもので、線路が集約されていく感じがまだ残っていますね。
 
進んでみましょう。よく見ればまだバラストが残っています。右を走るのは常磐線で
基本的に南へ並行して走りますが再びここまで最接近するのは5つ先の駅までありません。
 
小さな踏切跡みっけ😁 やはりこういう部分は何かと(撤去が)面倒なんでしょうねぇ。
でもこれはここに限ったことではなく、この他にもこのような場所をたくさん見てきました。

ということでその4は以上となります。次回は2つ先の駅までを探索して参ります。

日立電鉄線 (茨城県/常北太田-鮎川) その5

●時間的に余裕がなく最近は更新が停滞しております。今後は基本的に
2週或いは3週間に一度の更新とさせていただきますことをご了承願います。m(_ _)m
 
前回はこの路線の起点でもある「鮎川駅」を出発したところで終了しました。
今回は2つ先の駅までを進んで見たいと思います。それでは続きをどうぞ。
 
(起点から)最初の駅へ到着しました。こちらは「桜川駅」跡。ぬ?
何やら怪しく「こんもり」した場所が見えますね。さっそく行ってみましょう。
 
と、途中で振り返って路盤跡を確認します。この先に見える地点はもちろん
踏切跡なのですが実はここ、ちょっと変わった交差点でした。後ほどご説明します。
 
ここが駅入り口になります。奥に見える青い建物は病院でこの病院の最寄り駅でした。
そして左側手前にある商店、利用されていた方にはお馴染みで懐かしいのでは?😜
 
では空撮で確認をしましょう。先ほど「変わった交差点」と言った理由がコレです。
なんでこんな形になったんでしょうねぇ。そしてホームは2面2線の相対式でした。
 
それではお待たせしました、「こんもり」を確認しましょう♪ っていうかコレ
もうホーム跡丸出しじゃないの😍 なおこの遺構は今でも現存しているようです。
 
ちょっと気になる場所があるので先ほどの「変わった交差点」を超えて歩いてみます。
まだバラストの残る廃線跡ですが、それにしても妙に綺麗です。手入れしてるとか !?
 
到着しました。事前にちょっと怪しそうな場所を見つけたので来てみましたが無事
遺構発見、ムダにならずに済みました(笑)。なおこの遺構は今でも現存しているようです。
 
振り返って桜川駅方面を見ます。この路盤跡、空撮で見ると当時よりも
今の方が綺麗になっている印象を受けます。連絡路にでもなっているのかな?
 
それでは先へ進みましょう。ほぼ並行して進んできた国道245線に別れを告げ
市街地へと入っていきます。そして辿り着いた次駅がココ・・・どぉ~ん!胸踊ります😍
 
ここちらは「河原子(かわらご)駅」です。ちょうど写っている階段を登った直後に
ホームがあったそうです。こうして下からみると結構高い位置に駅がありました。
 
こここで空撮を見てみましょう。実はこの駅の築堤、この廃線跡を利用して今流行り(?)の
BRT(バス・ラピッド・トランジット)導入の際に残念ながら解体撤去されてしまったそうです。
 

駅入り口です。結構急で、かつ一段の幅が狭い階段が待ち受けます。汗
しかしこれって酔っ払いとか居たら・・・😱💦 ではそろそろ登りましょうか😁
 

ハイ、登りました♪ 分かり辛いのですが路盤跡は真っ直ぐ奥に続いています。
そして手前のコンクリートはホームの名残り、登ってすくに駅舎があったようです。
 

そしてふと脇を見ると・・・ナント太平洋が拝めるじゃないですか❗😆
ホーム上へ行けばばもっとハッキリ見えます。素晴らしい駅ですねぇ😍
 

そして今登ってきた階段にふと目をやると・・・ゾォォォ😨
ね、結構急でしょ? コレ、踏み外したらガチヤバいヤツだって💦
 
ということでホーム上から常陸太田方面を見ます。この両脇に道路があるのですが
この先でこの道路が徐々にせり上がってきて、最終的に線路の高さを超えて行きます。
 
同じ場所から振り返って鮎川方面を見ます。すぐ先には跨線橋がありましたが
今は撤去されてありません(繰り返し、現在においてはこの築堤さえありません)。
 
それでは最後に・・・この河原子駅、実は二代目の駅でして初代は現在地よりも
鮎川側に300mほど行った位置にありました(1948年まで)。こちらがその詳細です。

今回は以上です。次回は3つ先の大甕(おおみか/書けねーし読めねーw)まで行く予定です。

日立電鉄線 (茨城県/常北太田-鮎川) その6

●完全フルリメイク版、第6回目となりました。知識も経験も薄っぺらい当時は全5回で
この掲載を終えていたのでもうその回数を超えました。ヌルかったですねぇ😅 では続きです~
 

こちらは河原子駅を出て約300mの地点です。実はここから先が激変した区間で前回も
ちょっと触れましたが廃線跡を利用した「BRT」路線になります。前回と比較してみました。
 

では次の駅へ行きましょう。1Km少々進むと次駅「大沼駅」となります。こちらがその
駅跡ですが、ここにも鮎川駅のようにこんもりとしたホーム跡が残っていました・・・当時は。
 

しかし現在は激変したようです。空撮で確認してみましょう。
レールから道路へ転換されているのが分かります。では現地写真です。
 

「ストビュー」を使って当時との比較をします。当時はホームの山が残っていましたが・・・
ん?待てよ?アノ位置、考え方によっては今も残っていると言ってもイイかも知れませんね😁
 

そして同じ位置から右を見ます。ホーム構内だった場所です。これを見る限りここも
左右の擁壁(?)は駅跡の山を利用して造られていると言っても良いかも知れませんね。
 

では次の駅へ向かいます。次は約1.5Km先にある「水木駅」です。これは駅跡に
立っていた案内板ですが、やはりこの駅もほぼほぼ更地になっており、この案内板が・・・
 

駅跡だと確認してくれました。まぁここまで広いスペースが確保されているので
迷わないのですが、問題なのはこの時ではなく今現在の状況なんです。驚きました💦
 

それでは空撮で確認してみましょう。やはりここにもBRTが通り、通ったのは良いのですが
区画自体も大変貌してしまい、当時の名残りを見出すのが難しくなってしまいました。
 

では探索しましょう。この道路の奥、突き当り付近に駅への入り口がありました。
今となってはこの道路さえも無くなってしまい、この場所にはBRTとお店が建っています。
 

同じ場所から振り返って撮影します。今現在は区画自体が無くなっているので
推測になりますが右側は道路拡張に、左の残りはBRTが使用していると思われます。
 

それでは駅を出ましょう。駅を出るとこの先で再び再会する常磐線とオーバークロス
するために少しずつ高度を上げて行きました。なお右の道路も今は整備され名前も・・・
 

「大甕(みか)水木連絡道路」と変えてます。走行しているうちにとある架道橋へ
到着しました。この架道橋、当時は名前を知ることができなかったのですが・・・
 

リニューされた今、このグーグルマップで名前を知ることができましたw😅
もちろんBRTとして再利用するために生まれ変わったものですが少し幅、広くなった?
 

先へ進みます。この先は藪が濃くなってしまい進めなくなりましたので脇から
撮影します。左から進んできた日立電鉄線はこうして常磐線とクロスして行きました。
 

ではこの付近の空撮を見てみましょう。もちろんBRTへと変化した訳ですがこうしてみると
やはり路線幅、拡幅されてますね。そしてこの常磐線を跨いだあとに次駅到着となります。
 
それでは次駅へ向かいましょう・・・と、ここでお時間となってしまいました😓
なお奥に見える橋は駅のものではなく道路橋です。ここも今は様変わりしました。

以上、その6でした。残す回も見えてきてあと二回あれば終了できそうですね。
ということで次回は難読駅名(かつ書けねーw)で知られる駅からスタートでします✋