廃線跡訪問記 ブログ版 -37ページ目

赤城登山鉄道 (群馬県/利平茶屋-赤城山頂) その2

●当HP「廃線跡訪問記」史上、最悪の事態(当時)を招いた「赤城登山鉄道」です。

前回は旧「利平茶屋駅」へ辿り着くまでの経過をご紹介しました。今回はいよいよ廃線跡を
辿って行きます。ちなみに今回は「死闘」を分かりやすくするため時刻入りで掲載しています。
 

裏には廃線跡、ここが「利平茶屋駅」跡ですね。現在は休憩所のようです。標高は1,030M、ここから
1,393Mまで登ることになります。時刻は13:37、出発してから間もなく1時間が経過しようとしています。
 

ちなみにこちらは当時の駅の様子を写した写真です(赤城山頂駅・資料室より)。でも駅舎と
いうよりは何か「おそば屋さん」みたいな感じですね(笑)。どうやら開通間もない頃のようです。
 

「利平茶屋駅」跡の脇を流れる「鳥居川」。この時は流れる川の音に耳を澄まし・・・など
リラックス
していましたが、まさかこの川と深~い関係になるとは・・・この時は知る由もありませんでした😅
 
こちらは駅の裏手になります。ここにあるのは案内標でいいのかな?どうせなら
「駅跡」と入れて欲しかったですね。そして・・・一番見たかったものがようやく目の前です😍
 

廃線跡へやって来ました。ようやくスタートです。そしてこの右側がホーム跡のようです。左脇には
「近道」の案内標が。これは登山者向けの看板?ということはこの場所、普通に使われているのかな?
 

これを見るに両側にホーム、中央に車輌のスペースのようですね。そしてホーム、
通例は右側が下車口で左側は乗車口となるのですが、ここもそうだったのかな?
 

ではそろそろ出発・・・の前に、先ほどから気になってるのがあるんです。このカゴみないなものは
いったい何でしょう? 実はここだけに限らずこの先何カ所にもありました。分かる方、居ます?🤔
 

レールこそありませんが、中央部分にはまだ枕木の埋まった場所が各所に
点在しています。駅から近いからかこの付近の傾斜はまだそれ程ではありません。
 

では出発します。すると程なくして中央に一輪の黄色い花に目が止まりました。ていうか絶対
目に
止まるでしょう、ここだけなんですもの😄 「絶対に撮って♪」とでも言われた気がしたので撮影👍
 
振り返ってみます。駅の形状や傾斜がまだキツくないことが分かりますね。右側には
避難保線用(?)階段が。なおこの階段はこれからもずっと脇に一緒に続いていきます。
 

廃線跡の脇には「利平茶屋駅」跡から「鳥居川」がずっと並行して流れています。
相変わらず心休まる音色を奏でています。マイナスイオンたっぷりって感じです😝
 

登山者向けの「近道」と思われる区間が終了すると急に道が険しくなってきました。
それは当然ですが、ただこの程度であれば可愛いものです。この程度であれば・・・。
 

スタート時よりずっと続いていた脇の保線階段が半分落ちて傾いています。
強度はまだ保っているようですが、わざわざここを進むこともないでしょう😅
 

ちょっと脇へはみ出して撮影してみました。なるほど、階段の下はどうやら
一部ですが石積みになっているようです。こんなものを一から造ったんですねぇ。。。
 
と、この頃から徐々に傾斜がキツくなり始めました。そして
同時に露出したバラストが現れ始め廃線跡らしくもなってきました。
 

いよいよ路盤上に草木が覆い始めてきました。進むのには問題ありませんが少々厄介でイラッと
する程度に繁殖してます。ところで右側の電柱は当時のもの?碍子が付いたままになってますね。
 

ここからは道中をダイジェストで。それにしても毎回ながら思うのが
この木々の生命力。
どんな隙間からも割って伸びてきます。雑草と同じく計り知れないパワーを感じますねぇ。
 
おや?ここまでバラストだった路盤がコンクリートの仕様に変わりました。これってスラブ軌道とは
違いますよねぇ?枕木の替わり(?)か鉄板のようなものも埋まってるし、こんなの始めて見ました。
 
そして。どうも先ほどから先が見渡せないと思ったらここで路盤はエンドでした。どうやらここからが
橋梁部分だったようです。でも慌てるなかれ。事前調査では迂回路があった筈です。行きましょう。

しかしその1でご紹介したように「迂回路」という情報は
誤情報であり・・・次回は探索開始から
71分が経過、いよいよ試練の開始となります。舞台は「橋梁跡探索編」へと突入して行きます。

赤城登山鉄道 (群馬県/利平茶屋-赤城山頂) その3

●予習不足・・・というかほぼ予習などせずに向かった「赤城登山鉄道」、その報いか
罰を受け続けた出足となりましたが、その後は一応順調な展開に。しかしそうは問屋が・・・。
 

前前回の終了部分です。「道」が無くなってしましました。でも慌てるなかれ、どうやら
迂回路があるそうですから、進んでみましょう。でもどこにあるの? が、その前に・・・
 

橋台跡を拝見させていただきましょう。やはり今まで見てきた橋台跡とは違い
少々変わっているようです。それにしても高いですね。下までは4~5mあるのかも。
 
向こう側には最初の橋脚が木々に隠れながら見えています。その橋脚までの
距離は約50mほどといったところでしょうか。それでは「迂回路」を探しましょうか。
 
・・・しかし。ソレらしい「道」がありません。ひょっとしたら雑草に隠れているかもしれないので
ここから飛び降りて探してみることにします。帰りは脇にある木をよじ登れば帰って来れそうです。

が。草を掻き分け掻き分け藪漕ぎするも結局は見つからず。最初から迂回路なんて
無かったのです。しかし何故こんな誤情報を掴んでしまったのか、今もってナゾです😔
 

そして、こんなところで留まっているワケにもいかないので次の手を打つことにします。

浮かんだのは次の二つ。今の「藪漕ぎを強行突破」か、戻って「登山道を使い廃線跡を辿る」か。
 

前者はこの先の情報は一切持っておらず、それこそ遭難の可能性アリで危険につき即却下。

そして一方の策は決行すると確実にその1の「御神水」まで戻れるのですが、これまでの道中を
考えるとかなりの体力消費となり自信が持てず、時間的にも読めないため実行をためらいました。

そこでふともう一つ思いついたのが、「利平茶屋駅」からずっと並行して流れている「鳥居川」の

存在です。先ほどから見ているとどうも使えそうなんですよね。この先に見える橋台の横も流れて

いるようだし、かつ視界も開けているようなので結果、この川沿いに進むという決断を下しました。

 

少々戻って先ほど見た堰堤(えんてい)から川へアプローチすることにします。ここから
飛び降りてこの川を登って行きます。そしてまずは先ほどまで居た橋台跡を目指します。
 

足場はご覧の通りで、岩には苔も生えており時折足を取られます。そして四苦八苦しながら進んで
行くと見事な橋脚跡の横まで出ました。ん?待てよ?なぜ橋脚なん?橋台じゃないのか? そう・・・
 
橋台ならばこれで(足場のある)路盤に戻れると思っていたのに、これで意気消沈となりました。
チョット前まではこの遺構を見ることにより体力回復できたのですが、その効果も薄れてきました。
 

真横まで到達。しかしホントに橋台ではなく橋脚だったのね。正面からのあの角度では分かりません
でした。しかしノドが乾いてきたなぁ・・・もちろんこんな長丁場になるとも思っておらず水などありません。
 

振り返れば、先ほどまで自分が立っていた場所があそこに。知らないうちに通り過ぎていました。
しかしあそこから雑草地帯を突っ切らなくて正解でした。遭難は無かったと思いますが危険過ぎでした。
 

そして先を見れば再び人工物が。今度こそ橋脚ではなく対面の橋台跡だと思われます。
これでこの悪路ともお別れできそうです。体力も相当キツくなってきました。み、水ぅ・・・😱
 
・・・ところが。橋台跡だと思ったらまたしても橋脚でした。OTZ 本来は嬉しいはずなのに。。。
し、仕方がありません、これをやり過ごし先へ進みます。というかもう先へ進むしかないのです。
 

そして次の遺構が見え後ろ側を覗くと・・・ようやく高架の廃線跡が。橋台跡でした。
これでやっと「本線」へ戻れると安堵しました。とにかくあそこまでアプローチしましょう。


とにかくここから先は体力勝負となってきました。水があればかなり体力を回復できる筈
なんですが、当然こんなところに水道などはあるハズも無く・・・でも、あともうひと辛抱だと
自分に言い聞かせながら眼の前の川を「よっ!」と渡ろうとした・・・その時でした。

・・・ツルっ!どっぼ~ん!!!

川へ落ちた音です・・・実はこのような場所たるもの、苔はあちらこちらにある訳で、
ずっと気をつけてはいました。また、当たり前ですがこの苔が滅茶苦茶滑るんです。
とにかく当初からこのコケにはずっと気を使って来たのですが、予想以上に体力が
落ちていた
のか、川を渡ろうと岩場に足をかけて蹴った瞬間に膝の力が抜け・・・

川へ転落、「ズボッ!」と一気に腰まで水に浸かってしまいました。まぁ幸いにして
両足が即着いたので良かったのですが、次の瞬間に冷たい感触が伝わってきました。
しかし不思議なもので「やった瞬間」というのは何が起こったのか、全く理解ができず
「ボーッ」としてしまうものなのですね。それでもそういった時間は僅か数秒だったとは
思いますが、その僅か数秒でもビショビショになるには十分過ぎるほどの時間でした。

そして我に返った私は急いで川から上がりました。しかし・・・時既に遅し。
下半身はビッチョビチョのグッチョグチョです。そしてもっと重要なことに気が付きます。

ズボンの「ポケットに入れていたデジカメの存在」です。

普段はデジカメを首から下げるスタイルで持ち歩いているのですが、今回はこれまでの
写真のように岩場ばかりでこれら岩をよじ登る際にガンガンと岩に当ってしまうのです。
実際に何度かぶつけてしまっていたので、壊さないためにもデジカメをズボンのポケットへ
しまっておいた矢先でした。そしてその濡れたデジカメをビチョビチョのポケットから恐る恐る
取り出してみると・・・やはりビチョビチョでした。そしてビビりながら撮影をしてみると・・・

写りました。ところがどうも様子がおかしいんです。モニター画面に横線が入るのです。
更にもうちょっと確認作業をしていると、いよいよ動作が不安定になってきました。
指定していない動作を始めたのです。そして次の瞬間でした・・・遂にウンともスンとも
言わなくなってしまいました。我がデジカメが反応を止めた瞬間&死亡宣告でした😭


しかし次に「SDカード(記憶媒体)だけは」という思いでカードを取り出してみると・・・
思い虚しくそのSDカードまでにも水は達しており、急いで乾燥作業を施しました。
まぁ、こうして画像をUPしているということは無事だったということなんですケドね😅

しかし問題が解決した訳ではありません。この先の撮影をどうするか・・・です。そう、
もちろんアレしかありません。携帯カメラです。幸いにして水に浸かったのは腰までであり
胸ポケットにしまっていた携帯は無傷でした。ということでこの後の撮影は携帯での撮影
となります。まぁ仕方ないなぁと思い使ってみると・・・コレがなかなかどうしてイケてる?

 
水没・死亡したデジカメが最後に撮影した一枚です。。。そういえばこの時ばかりは
疲れを忘れていましたね。それにしても素晴らしい廃線跡です(利平茶屋駅方面)。
 

そしてここからはデジカメに変わり携帯カメラでの撮影となります。しかしコレがなかなかどうして、
遜色無い映像を撮影してくれました。ただ若干色が薄い?でもそんなことは言ってられませんね。

 

では先へ進みましょう。写真のようにここから廃線跡上へアプローチすることにします。
こう見えても相当急なんですよ。急勾配の廃線跡がここから平らに見えてますしね😓

 
そして遂に廃線跡上へ復帰しました。そこには予想以上の光景が展開されていました。
ココ、写真で見た記憶がありますわ・・・どうやらここがすれ違いを行った場所のようです😍

 
私が見た写真とは違いますが、こちらは赤城山頂駅に展示されていた写真です。
この上の写真の場所は、これで見るとすれ違い路線右側中央、円付近と思われます。

 
そしてもう一枚、カラー写真がありました。紅葉が綺麗です。もうお気付きかとは思いますが
この前後にある鉄橋、色は赤だったようです。急勾配の鉄橋・・・ぜひ生で見たかったですね。

 
では探索しましょう。まずは「利平茶屋駅」方面の先端を見に行こうと思います。
この時ばかりは興奮でアドレナリン全開、「猛烈な疲れや喉の渇き」を忘れてました😆


ということで今回はここまでです。次回は・・・川へドボンから更なる「大ピンチ編」突入、
続くピンチに終わりナシ、一体何が起こったというのかっ!(過剰演出、スミマセンw)。

赤城登山鉄道 (群馬県/利平茶屋-赤城山頂) その4

●スタートからまもなく2時間が経とうとしています。

これまで急坂を下って膝が笑い著しい発汗により
喉が渇きこのせいで体力の消耗が更に加速

そんな状況でも

川の岩肌を登り苔で足を滑らせ川に落ち
これでデジカメを水没・死亡させながらも
何とかここまでやって来ました。

さてこの次は何が起こるのでしょうか・・・😱

 


引き続き「すれ違い地点」から開始します。今は坂を下り「利平茶屋駅」方面の先端を
目指しています。この付近が南側の合流・分岐地点と思われ、レール跡も残っています。
 

先端部分へ到着しました。写真でお伝え出来ないのが非常に残念なのですが、かなりの急勾配で
下を覗き込むと吸い込まれそうで怖いです。この先にあの「赤い鉄橋」が架かっていたのですね。
 

では反転して登っていきましょう。「赤城山頂駅」方面へ向かいます。
脇の階段には柵が残っている部分もあり、これで傾斜が分かりやすくなりますね。
 
架線柱の跡があったり、一部の壁が崩壊していたり、落石なのか岩が転がっていたり、
コンクリートを割って木が生えていたりなど、見どころに溢れたこの列車交換区間でした。
 

「あとは廃線跡を登るだけだな」と先端へ来ると・・・何と再び先が途切れて何もなくなっていました。
そして前方にはまた橋脚が。そう、橋は2つあったのです。角度的に下からは見えなかったのでした。


また「同じことをやれ!」と突きつけられた瞬間でした。
やっと「終わると思っていた」自分は・・・ショックで呆然となりました。
またアノ足場最悪の「道無き道の急斜面」を登らなければならないのか・・・と。

更にはあと「頂上まであとどのくらい」なのかも分からず、残り少ない自分の体力を考えると
もう不安しかなくて落胆という言葉ひとつでは済ませられないほどに追い詰められました。

結果、この一件で遂に頭がボーッとして思考崩壊、脱力感でその場にヘタり込みました。
どのくらい時間が経ったのでしょうか、恐らく数分だとは思いますが何とか思考回復に努め
この後を「どうしようか」と考えました。もちろん「進むか」or「戻るか」の二択しかありません。

正直、どちらも嫌でした。「進む」にしてもあとどのくらい進まなくてはならないのか
見当もつかないし、「戻る」にしても「これまでどれだけ歩いたかを把握している」分、
非常に辛い選択肢でした。結果、出した答えは「進む」でしたが、ここから先は大袈裟ではなく
自分の体力の限界に挑む挑戦となります。本当にこの時は不安という言葉しかありませんでした。

廃線跡はこの時は把握していたため、遭難という可能性は低くなっていたものの最悪
体力の回復を待って野宿しなくてはならない」ということもこの時は覚悟をしました。

ということでまずは体力の温存もそうですが、それよりもずっと続いている「喉の渇き」を
何とかしなくてはなりません。しかしこのような場所に当然「水道」などありません。
でも「水」ならあります。そう、これまでずっと一緒に進んできた「鳥居川」の水です。

汚いもヘッタクレもありません。大袈裟ですが極論を言えば生死がかかっているのですから。
そして鳥居川へ向かいます。しかしよく見ると意外に綺麗で、更に流れの穏やかな場所を選んで
綺麗そうな水を手ですくって飲みました。ガブガブゴクゴク・・・「う、うめ~!」泣きそうでした😭

仮にこれを飲まなかったらどうなっていたかなどは知る由もありませんが、少なくとも大幅な
体力回復に繋がったことに間違いありません。ちなみにその後は腹を壊すことも無かったので
(水質は)大丈夫だったということでしょう。後にも先にも「生涯で一番旨い水」でした😍💦

参考までにこの時の体力、満充電「100」とするとこの時は「5」程度まで下がり、水を飲んで
「15」まで回復したという感じでした。僅かな回復ですがこの回復は今思うと大きかったですね。
ということで「山頂は近い」と信じて再始動します・・・まずは「水場を求める」シーンからどうぞ。

 

こちらは「赤城山頂駅」に展示されていた同場所の写真です。まさに今、私の居る場所は
この先端付近です(写真は利平茶屋方かと思われますが、反対側も同じ作りのようなので)。


同じく山頂駅に展示されていた図で、こちらが当時の橋梁付近の全体図となります。
今更ですがこれを最初に見ていたら(その1参照)結果はもう180度違っていたでしょう。


「ボーッ」としていても始まりません。このように廃線跡を飛び降り水を求め既に脇へ逸れている
鳥居川へ向かいました。半分やけっぱちになりながらガブガブと補給、体力回復に努めました。


この付近で水分補給をしました。水分を補ったことで気分的にも体力が回復した感じでした。
あとどの程度の体力が残っているかは不明ですが、まずは路盤跡を求め登山を再開します。


さてここはどこなんでしょう?普通に高架下だとは思うのですが、正直言うと実はこの辺のことは
「頭がボーッと」してたらしくあまり良く覚えてないんです。ただ、少しここで休んだような・・・😓


とにかく上に見えた橋脚を目指し「廃線路盤跡」を探します。が、引き続きこんな場所の
連続で岩山を登るということも何度も強いられました。これが結構疲れるんですわ、、、汗


道中にこんな人工物を見つけました。これは車輪・・・ではなく何かの滑車っぽいですね。
もちろん詳しいことなどは分かりませんが、ほぼこの登山鉄道に関係のあるものでしょう。


考えて進まないと大きな岩に当たって行き止まり&後戻り・・・ということも数度遭遇、
先を読みながら黙々と進んでいると、遂に景色に変化が。あっ、あれは廃線跡では !?


その「廃線跡」に近づこうと、眼の前のやや大きめの岩壁をよじ登った次の瞬間でした。
なんぢゃゴルあ !?」 このような場所に辿り着きました。こ、これって道案内にあった「御神水???」


私の辿り着いた場所・・・その通りで何を隠そう超偶然にもその1後半でご紹介した
「御神水」の場所だったのです。嬉しかったですねぇ・・・これで助かった(=今日帰れる)と
思いましたから。確実に「廃線跡本線」へ戻れる訳ですし。それにしても何という偶然
だったのでしょうか。まさかこんなところへ出られるとは・・・せっかくなので真ん中の
「御神水」をガブガブと頂きました。もちろん、美味しかったのは言うまでもありません😭

ちなみに左は「美人の水」、右は「智慧(ちえ)の水」です。振り返ってみれば、あの
脱力し座り込んでしまった場所からここはそう遠くない場所に位置していたようでした。
でも「自分の位置も判らずも彷徨っている」ような時は長く感じるものなんですよね。
しかしこの御神水、逆から来た人間は多分自分だけだろうなぁ😂 では続きをどうぞ。
※ちなみにこの御神水、残念ながら現在はぶっ壊れて当時のような面影はないようです。


ようやく廃線跡本線へ戻れます。「御神水」を飲み、ここは一息ついてから本線へ戻ることにします。
ここでは路盤がより大きく見えますが・・・おや?階段の一部が落ちておかしなことになっていますね。


こちらは「御神水」の説明書きです。それにしてもこのような険しい場所にあるとなると
それなりに効用もあるように思えてきますね。どうぜなら全種類飲んでおけば良かったな😅


水を飲んで一息つき、このような木の通路を進むと・・・ようやく念願の本線に辿り着きました。
な、長かった・・・😭 しかしこの御神水、結構険しいところにあります。ご老人では厳しいかも・・・。


そして念願の本線へ到着です。なお 『この先はどうなってるの?
』とお思いの方へ。
この先は寸断されており、先ほどの15:04の写真が先端となりますのでご注意下さい。


ようやく先の見えてきたその4でした。次回、最終回は情けないかな残った
体力を振り絞り「赤城山頂駅」を目指します。ただ、まだひとつだけ懸念がありました。
間違いないとは思うものの、この先が「赤城山頂駅」へ通じている確証がないのです。
そもそもがまだ「赤城山頂駅」の位置すら知らず見切り発車をしてきたのですから・・・。

まぁ駄目ならばまた一旦この場所へ戻り、再びさっきの「山道」を戻ればまた
元の場所へ戻れるのですが、何度も言うように「体力の限界」が近く、できることなら
この選択は避けたいものでした。さて、この先は通じていたのか否か・・・ではまた次回。

赤城登山鉄道 (群馬県/利平茶屋-赤城山頂) 最終回

●大袈裟かもしれませんが、私の中では本当に危機でした。当HP史上
最も危機的な探索となった「赤城登山鉄道」編も今回がようやく最終回です。
野宿は無くなった」と一安心しましたが、まだひとつ問題が残っていました。

それはようやく辿り着いた廃線跡もこの先が「赤城山頂駅」へと通じているのか
分からず距離も不明、残された体力も僅かだったので気が気ではありませんでした。

道無き道を彷徨い、何とか廃線跡本線へ辿り着いた前回でしたが、同時にこれで
もし頂上へ通じていなければ、再び「御神水」へ戻ってその1の出発点へ登山を
しなければならないのです。まぁこうなったとしても、もう「今日中に帰れない」という
ことは無いので安心でしたが、できることならこのパターンは避けたいものでした、、、

 

「御神水」を出てすぐの廃線跡です。やや右カーブをしているのでその先が見通せません。
しかし凄い角度です。落ちたらガチで終わりカモ💦 この角度をお伝えできないのが残念です。
 

少し進みました。下(利平茶屋方面)を見れば、先ほどの「御神水」がかなり下に見えます。
距離的には僅か数十メートルなんでしょうけど、これだけ進むのに相当の労力を要します。
 

この急坂と疲労困憊残り僅かの体力ですから一度に登ることなどは到底出来ず、休みを入れながら
ゆっくりとそして確実に時間をかけて登ります。と、足元ばかりを見ていた頭を久しぶりに上げてみると・・・
 

なんぞコレ😱 まぁ落石なんでしょうけど、中央のレールのようなヤツが曲がってしまった理由の
説明がつきません。しかし注意書きがありませんね・・・「この道、(御神水で)使われてるのよね !? 」
 

そして落石ゾーンを通過すればココは階段の一部が外側へズレてしまっています。何かこの道、
使われている感じがしないし本当に(上へ)通じているのかますます不安になってきました・・・。
 

「デンジャーゾーン」を通過し振り返ります。一歩一歩踏みしめながら確実に進みました。特にヤバい
ところはありませんでしたがやっぱり恐いです😨 ちなみに上よりも下を見た方が角度感が出る?
 

そして再び上方を見ると・・・あ、アレは !? ナニやら建物のようなモノが見え隠れ。
ひょっとしたら遂に頂上なのか !? この時ばかりはガチで泣きそうになりました😭
 

徐々に形がハッキリとしてきました。やはり建物のようですが、アレが「赤城山頂駅」跡なんで
しょうか? しかし早く進みたいのに疲れもありなかなか先へ進めません。恐ろしい階段DEATH!
 
ゼーハー、ゼーハー・・・もう恐らく私のガソリンゲージは限りなくゼロに近い状態でしょう。
今は目の前に見える建物だけを頼りに足を進めている感じです。写真は下を見た絵です。
 

見え始めてから20分近くが経過、ようやくここまで来ました。間違いありません、あれはどう見ても
ホームですね。どうやら「赤城山頂駅」跡に着いたようです。つ、遂に生還を果たしました!😭😭😭
 

久しぶりに廃線跡探索を堪能している気がします・・・😂 改めまして、ここが「赤城山頂駅」です。
ここから出発着をしていたのですね。ほぼ原型を残しており感動しました。素晴らしい廃駅跡です。
 

極限まで疲れている筈なんですが、喜びのあまり写真を撮る手が止まりませんw しかし凄い角度です。
どのくらいの急斜面なのかがこの階段からお分かりいただけるかと思います。本当にとんでもないっスよ。
 
こちらは東側のホーム(恐らく下り専用?)です。なお、これまでの道中ずっと中央にあったレールの
正体はコレでした。「簡易型リフト」ともいうのかな?もちろん途中で破損していたのでもう使えませんね。
 

ところで、この先の建物の中はどうなっているのでしょうか?なにやら明かりも点いて
いるようですが・・・(もちろん、この時は駅舎ではないか?と疑っている程度でした)。
 

振り返って下を見ます。写真では伝わりにくいとは言ってきましたが、これなら伝わるでしょう😨
この角度です、一度コケたらもうこの世へは・・・😱💦 ちなみに当時は駅に屋根があったようです。
 

今度は景色を見ます。まぁ~素晴らしい景色です😍 ようやく「帰って来た」と実感しました。泣
裾野に広がる町並みは位置的に桐生市辺りでしょうか。こ、こんなトコを登って(降りて)来たのね💦
 

さて、疲れを忘れ「赤城山頂駅」跡を堪能したところで「道なり」に進むと何処へ出るのか。
奥にある手摺りのところ(の下が駅跡です)からこちらまでやってきたのですが、すると・・・
 

「なっ、なんですと?これはっ !? 」 こ、ココって最初に来たトコだよね !? そしてここでようやく
バラバラだったパズルが完成しました、、、こんなすぐ裏手にあったとは・・・そして自分の愚かさを
実感します、、、しかも良く見ればちゃんと「赤城山頂駅」って書いてあるし😨ナニやってんだ、、、😩
 

ということで「赤城山頂駅」跡の中へ。先ほどから紹介している当時の写真等はここから拝借した
もので現在はお店となっていますが、一部はこの「赤城登山鉄道」の資料室にもなっています。
 
それにしても最初からここへ入っていれば、こんな苦労をしなくて済んだのにね・・・。「洞察力」
欠如しとるわ。っていうかそもそも予習を殆どせずに来るとかまぁそれ以前の問題ですわな。恥


ということで(個人的に)史上最悪の探索となった「赤城登山鉄道」編は以上にて終了となります。
振り返れば今回は反省点ばかりの探索でした。繰り返しになりますが、予習しないでで山へ行く
とか無謀極まりない暴挙探索でした。ホント、大事に至らなくて良かったと考えるべきですね。。。

あと、水没・死亡したカメラは一途の望みをかけ即入院させ、現在は回復・復帰と奇跡の復活を
遂げています(笑)。※当時の記事です。なおその後も数年は活躍してくれて無事引退しました。

日立電鉄線 (茨城県/常北太田-鮎川) その1

●今回はなんと何とナント!いつものような「リメイク版」ではなく
完全作り直しのフルリメイク版です👏😝 というのも・・・
 
いさ、この日立電鉄線をリメイクしようと内容を見たら
まだ自分が駆け出しの頃だったということもあり
作り方に甘さがあったことに加え、この場所の変貌も今は大きく
変化していたために「フルリメイク」しようと思い立ったのでした。
 
なお旧バージョンは全掲載が終わってから再掲載・公開する
予定ですので宜しくお願い致します。それではいってみましょう♪
 
●データ 【所在地】千葉県常陸太田~日立市 【運営キロ】18.1Km
【開業】1928年(昭和3年)12月27日 【廃止】2005年(平成17年)4月1日
【魅力】私が訪問したのは廃止から約3年半が過ぎた頃でした。
しかしあれから時は過ぎ約14年、久々に地図上で廃線跡を確認すると
何やら「新交通システム」の登場で大変貌を遂げているとか。
それでは行ってみましょう、常北太田駅からのスタートです。
【訪問日】一日目08.12.07/二日目09.01.17
 
●茨城県へ二度目の上陸です。前回は 鹿島鉄道 の探索で訪問
しましたが今回はこの鹿島鉄道の2年前に廃線となった場所です。

総距離は全18kmと、私の探索歴ではその鹿島鉄道の27Kmに次ぐ
長さのため2日に分けての探索としました。それでは一日目をどうぞ。


まずは全行程を地図で確認してみましょう。一日目は常北太田から大橋までを、
そして二日目の後半は、今度は逆の鮎川側から茂宮までを巡る廃線探索です。
 

やって来たのは「常陸太田駅」。JR水郡線(すいぐん)の駅です。この駅の50mほど
東側に日立電鉄線「常北太田駅」がありました。ちなみに起点は「鮎川駅」です。
 

ということでその場所へ向かいましょう。こちらは「日立電鉄交通サービス」で後継会社と
なります(現在は解散)。実はこの建物が元の駅舎で・・・当時は知らずにスルーしてました😭
 

駅舎を探索しなかったなんて・・・今はもうこの場所は大変貌を遂げ商業施設となりました。
もう見たくても二度と見られません、大後悔です😢 写真はその裏手で広大な敷地がありました。
 

とりあえずその広大な敷地を遺構を求めウロウロしてみます。
そして奥の方まで来てようやく遺構を発見しました。大量の枕木です。
 

その場所から振り返って進行方向を望みます。ここにも右手に駅舎が写ってますね。
写真を全て見返しましたが、写っていたのはこの二枚だけ。あぁ自分、青杉だろ・・・😩
 

ということで駅を出ま・・・せん😅 実はこの探索から13年、この間にナント常陸太田駅
駅舎が変わったというのです。写真に納めていましたのでそれをご紹介していきましょう。
 
まずは空撮で確認しましょう。2008年に訪問した時は1986年当時と近い感じでした。
そして現在は駅周辺の再開発により駅自体が若干南へ移動し変貌を遂げております。
 
こちらは跨線橋上から撮影したものです。偶然撮影しておりました。というか、
本来は「もう少々奥まで続いていた」というシーンを撮りたくて撮ったものでした。笑
 
振り返って撮影します。今はちょうどこの左手に駅ができてカーブせずに
真っ直ぐに入線するという形になっています。改キロはされていないようです。
 
そして旧駅舎の前のロータリーにこのような案内板が残されていました。
書き込まれた「廃線」の文字が郷愁をそそりました。それでは本当に・・・
 
駅を出ましょう。ここは国道293号線、「常北太田駅」を出発してすぐに跨ぐ
踏切跡です。あそこにまだ線路が埋まったままですね。行ってみましょう。
 
ご覧の通りです。前後のレールはバーナーで焼き切られすでに撤去済みでしたが
踏切のレールは埋まっておりそう簡単にもいかないので難を逃れているのでしょうね。
 
踏切跡の先を見れば・・・それはワクワクする光景が待ち受けていました。ちなみに
現在は踏切跡は無くなり痕跡もありませんが、廃線跡は見たまま残っているようです。
 

それでは先へ進みましょう。少々進むと小さな橋台跡が
残されていました。ここは現在でも残されているようです。
 
手前の橋台跡も見ておきましょう。ということで・・・

第一回目は殆ど進むことなく終わってしまいましたがお伝えしたいことは
ちゃんとお伝えしたと思います。次回からは本格的に進んで参りますよ~😄