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日光鋼索鉄道線 (栃木県/馬返-明智平) その1

●データ 【所在地】栃木県日光市 【運営キロ】1.2Km
【開業】1932年(昭和7年)8月28日 【廃止】1970年(昭和45年)4月1日
【魅力】赤城登山鉄道同様、距離的には僅かですがこれを鵜呑みにしては
 いけません。厳しい傾斜や悪路が待ち受け、野生動物にも注意が必要です。
【訪問日】10.07.17


●栃木県日光市へやって来ました。日光と言えば世界遺産にも登録されている
ことから
世界的にも有名な観光地です。しかし私の目的は当然このようなものではなく(爆)、
この地にあった鋼索(ケーブル)鉄道の探索にやって来ました。

前回訪れたケーブル軌道探索( 赤城登山鉄道 )では酷い目に遭ったために、今回は
キッチリと予習をして参りました。ということで「今回は大丈夫だろう」と思いきや・・・
またしてもトラブル発生。ケーブル軌道探索、恐ろしや。。。ではご覧下さい。
 
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まずは位置確認から参りましょう。画像にはありませんが、左手には
華厳の滝や中禅寺湖があり、右手約7km先には日光東照宮があります。
 
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出発地点、「明智平駅」へとやって来ました。実はこの「明智平駅」という
駅名は現在も「明智平ロープウェイ」の駅名として存続しています。
 
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その「明智平ロープウェイ」の「明智平駅」です。距離は300m、その間に
86m上昇します。ちなみに「鋼索鉄道線」は1.2kmで、430m上昇します。
 
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では本題へ参りましょう。「レストハウス」の裏手へ回ると・・・
ありました。こちらが「日光鋼索鉄道線」の「明智平駅」跡です。
 
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それにしてもまず最初に思ったことは、恐ろしいほどの急角度。
「赤城登山鉄道」でも見た筈でしたが、やはりケーブル関連は凄いです。
 
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とりあえず周辺を探索します。こちらはホーム下の突き当たり部分。
つまりレストハウスの下の部分です。中央の施設は何でしょうね。
 
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同場所で今度はそのまま振り返ります。この感じってスキーの
ジャンプ台を想像させますね。モチロン行ったことはないけど(笑)。
 
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ちなみにジャンプ台の角度は35度だそうな。ひょっとしてここと同じくらい?
廃線跡はその角度のまま「森のトンネル」の中へと続いています。
 
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今度はホームを下から撮影します。先端部にはこの傾斜に対しては
少々心許ないかなと思われる壁と、その外側には階段が見られます。
 
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正面から撮影。左の白い棒は読み取れるかとも思いますが、
光ケーブルのものです。この先の廃線跡を利用して張られています。
 
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では下を見ましょう。非常に瓦礫や枯葉で汚れていて危険です。
右のパイプのようなものが光ケーブル線と思われます。
 
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この傾斜の凄さを何とか伝えようと、横から撮影してみました(笑)。
本当に一度コケようものなら、一気に下まで転げ落ちそうなんですから。
 
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少々下りました。急坂って写真だと、上向きなのか下向きなのか、見分けが
付けにくいんですよね。ちなみにこれは上。中央には岩がゴロゴロしています。
 
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自分では結構下ったつもりでも、この間に実際進んだ距離は僅かに100mほど。
それがケーブル跡なんです。そして間もなく最初のトンネルが見えて来ました。
 
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ちなみに全線を通じて左側(南側)には階段が設けられています。
ただし、この付近はまだ良い方で、階段とは名ばかりの場所も。
 
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この路線に2つあるうちの最初のトンネル、
「第二號(ごう)隧道」へ到着しました。


ちなみに最後の記事の「第二號(ごう)隧道」の読み方ですが、解読するのに

少々手間がかかりました。そして色々と調べた結果、確定ではないのですが、

この「號」という読み方は、左側の「号」というへんのつくりからも想像できるように、
恐らくこれは「旧字体」での書き方ではないのかと思われます。

要はこのトンネル(隧道)は正式な名前というのは無くて、「一号」や「二号」と
呼んでいたようです。ということで次回は、この「第二號隧道」の探索編です。
ところが。またしても大事件が発生してしまいます。もう恒例化してるね(笑)。

日光鋼索鉄道線 (栃木県/馬返-明智平) その2

●1970年まで、日光一連の名所を望むことができる「明智平駅」までの
貴重な足として活躍した「日光鋼索鉄道線」の第二回です。
今回はこの路線2つあるうちの1つ、「第二號(ごう)隧道」の探索を行います。
しかし、ここでまたしても(お約束の?)アクシデントが発生してしまいます。
 
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「第二號(ごう)隧道(60m)」の前までやって来ました。「明智平駅」跡からの
距離は僅かですが、傾斜がキツいためかなり移動した錯覚を起こします。
 
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横から撮影します。入口は一応封鎖されていますが、そのせいで壁には
大量の枯れ草が積もっています。最深部では 1m程あるかも知れません。
 
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中を覗いてみます。短いトンネルなので灯りは必要無い・・・と、その時です。
ライトを車へ忘れてきてしまったことに気付きました。でも戻るのは面倒だし・・・
 
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と、そのまま探索を続行することにしました。しかしこのことがのちに
重要な意味を持つことになります。写真は入口付近、枯れ草で足が埋まります。
 
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内部へ進入しました。繰り返しになりますが、非常に傾斜のキツイ状況が
依然として続いています。中央部分には小さい岩がゴロゴロしています。
 
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振り返って撮影。写真のように黄色いラインが枯れ草の積もっている
部分です。ちなみに壁を超える時は壁を飛び下りる感じになります(汗)。
 
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上部には架線の跡でしょうか、碍子が付いたままになっています。ちなみに
2日前に40mmの雨が降った影響からか、トンネル内全体が濡れています。
 
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そんなことから当然地面も湿っており、また、画面では明るく写って
おりますが、実際にはもっと暗く、相当の注意が必要・・・とその時でした。

ずるっ!

 
『ずっでぇぇぇん !!! 』

 

 
・・・案の定、階段に積もった湿った枯れ草で滑りスッコケました。
下まで転げ落ちることはありませんでしたが私の体は一旦宙に浮き、
「右ひじ」→「尻」の順に階段上に落ちました。
「右ひじ」が最初の着地点になったのは、右足を滑らせ右手に
カメラを構えていたためで、これを守ろうとし右ひじから落ちたのでした。
そしてその「右ひじ」に私の全体重をかけてしまった結果・・・
右手の薬指と小指が痺れて動かない!」という事態に。

要は「机の角等に肘をぶつけて指が痺れた」というヤツです。
どなたでも経験がありますよね。ソレの全体重バージョンです。
本当に動かそうとしてもジーンとするばかりでピクリともしません。
そして「時間が経てば・・・」と思いその場で数分間回復を待ちました。

すると徐々に痺れが取れてきて、先へ進むメドも立ってきました。
この薄暗いトンネルの中に何時までも居るのも嫌でしたしね。
ということで先へ進むことにします。ちなみに不思議なもので
肘は全然痛くなくてあるのは強烈な指の痺れだけ。不思議ですよね。
 
(※その後ですが、痺れやすいなどの違和感が消えないため、
約二週間後に医者へ行ったところ・・・「治らないかも」だって。
これはその肘にある「尺骨(しゃこつ)神経」が損傷しているためで、
最悪手術とのこと。今は痺れやすいのと、同じ箇所をぶつけると
強烈に痺れるのでこれに気を使っている程度ですが、やっぱり
治らないと困りますね。起こりやすい事故なので皆様もお気を付け下さい。

ちなみに最低半年間は様子を見るようで、本日10月17日現在に
おいても完治はしておりません。継続して痺れを取る薬と、ビタミン剤を
服用しておりますが、最近になってようやく症状が軽くなってきました。)
 
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では先へ進みます。この時、指の痺れはかなり消えていたのですが、実は
手がプルプルと震えてしまい、撮影にはかなり苦労しました(約半分は失敗)。
 
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トンネル出口付近にキロポストを発見。位置的に「馬返(うまがえし)駅」からの
距離でしょう。ということはスタートしてからまだ 200mしか進んでいないということです。
 
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振り返って撮影します。中央付近の薄暗くなっている付近でスッコケました。
繰り返しになりますが、見た目より内部はなかり暗い状態です。
 
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出口へ到着です。入口ほどではありませんが、こちら側にも枯れ草が
溜まっています。ここも地面が見えず、しかも湿っていて危険でしたね。
 
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上を見れば架線関係の遺構でしょうか、碍子等が付いたままと
なっています。その先は再び美しい緑のトンネルが続いています。
 
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トンネルを抜け明るさを取り戻したところで、ズボンがどうなっているか
確認します。うわ、べちょべちょDeath・・・もちろん負傷した右ヒジも。
 
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では気を取り直して「第二號隧道」南口から撮影を再開しましょう。
「工法」については詳しいことは分かりませんが、ちょっと変わってますね。
 
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先を見れば引き続き険しい傾斜で廃線跡が続いています。
ひょっとしてこの後も、ずっとこの傾斜のままなんでしょうか。


そして答えです。ずっとこの傾斜は続きます(汗)。少しは緩やかな所があるかと
思ったのですが、まさかずっとこのままとは・・・。ということで次回はこの先にある
二つ目のトンネル「第一號隧道」へと向かいます。

ところが、このトンネルは「第二號隧道」より3倍近くも長いトンネルであり、
トンネル内は更に暗い筈です。ライトを持たない私にとっては、かなりの厳しい
状況になる筈です。更に。トンネル内は途中でカーブしており、先の出口は
今度は全く見えない漆黒の闇と化します。次回はこの七転八倒探索編です。

日光鋼索鉄道線 (栃木県/馬返-明智平) その3

●「第二號(ごう)隧道」内でスッ転び、右ヒジを負傷した前回
(現在も治らず)でしたが、気を取り直して先へ進みます。
 
第三回となる今回は、この先にあるもうひとつのトンネル
「第一號(ごう)隧道」の探索を行います。ところが
ライトを忘れてきて
しまったため、ほぼ真っ暗闇を進まなければなりません

前回負傷の原因にもなった暗闇、細心の注意を払って進みます。
 
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「第二號(ごう)隧道」を抜けて少々下ったところです。相変わらず
激しい傾斜が続いていますが、右側はもっと激しい谷のような状況です。
 
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この写真、登ってるのか下ってるのか分かり辛い写真ですねぇ。
水平にさえ見えます。このスゴさを伝えられないのが本当に残念です。
 
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更に下って来ました。この先はやや左へカーブしているようです。
その先には、どうやら目指す「第一號隧道」も見え始めました。
 
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廃線跡の脇は落ちたら木に引っ掛からない限り止まらないような
急斜面が。脇の階段も荒れてますし、かなり恐いです。 
 
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上の写真に写っている架線柱跡のアップです。それにしても架線柱と
いうのは、総じて真っ先に撤去されるような感じがしますね。
 
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来た道を振り返ります。この写真なら少しは登っているように見えます
でしょうか。何とか(傾斜を)上手く表現する方法はないものでしょうか。
 
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と、ボヤいているうちに「第一號(ごう)隧道」の近くまで
やって来ました。やはり「第二號隧道」と同じ造りですね。
 
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ただこちらの方が枯れ草は少ないようで、足元が埋もれてしまうような
ことはなさそうです。さて中はどうなっているのでしょうか。
 
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と、その前に。入口の前にこんなものがありました。これは何でしょう?
立て看板のような感じもしますが、答えなど出る筈もありません。
 
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では中へ行きましょう。相変わらず中も傾斜がキツそうで、
ここからでは中の様子が全く見えません。ちなみに距離は170mナリ。
 
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中へ入りました。かろうじて反対側の出口の明かりが漏れています。
しかし、ここも足元(階段は右側)がかなり悪そうです。とりあえず行きましょう。
 
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少々下って北側入口を撮影。右側の壁が崩れていますね。
毎度のことですが、こういうのを見ると、ちょっとビビっちゃいますよね。
 
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では意を決して照明ナシで進むことにします。繰り返しになりますが、
画面上では比較的明るく写ってはいますが、これはデジカメの・・・
 
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感度が良いだけで、同じ場所でフラッシュを焚かずに写すとこうなります。
僅かに反対出口の明かりが見えるのみ。ね、恐ろしい世界でしょ?
 
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更に下って来ました。こうやって時折フラッシュの力を借り、足場を
確認しながら進みます。余り効果の無い携帯の灯りも頼りに進みました。
 
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そして、「結構進んだかな」と思って振り返ると、まだこんなモンだったり。
これでトンネル内を1/5程度進んだ所ですが、すでにかなり薄暗いです。


ということでその3は以上です。まだ「第一號隧道」の探索途中ですが、
とりあえずもう感想を書いちゃいますね。冗談ヌキで恐かったですわ!
ただ救いだったのが、この隧道内は比較的ゴミが少なく、少々濡れている
程度で歩き易かったこと。これにはホント助かりましたね。
 
そう言えば他にも困ったことがありました。それは暗闇での撮影に関してで、
普段であれば照明の灯りにピントを合わせ、デジカメの撮影を行うのですが、
今回はその照明が無いために、なかなかピントを合わせることが出来ず、
撮影成功率は約半分というもので大変苦労しました。では次回をお楽しみに。

日光鋼索鉄道線 (栃木県/馬返-明智平) その4

●「第一號(ごう)隧道」を探索中です。ただしいつもの隧道探索とは
違い、ライトを車へ忘れてしまったため真っ暗闇での探索です。
先に通り抜けた「第二號(ごう)隧道」では、ここよりも遥かに明るい
隧道内にも関わらず、スッコケて右ヒジを負傷してしまいました。
ということで、細心の注意を払いながら
カメラのフラッシュや携帯の
僅かな灯りを頼りにしての探索
となります・・・では続きをご覧下さい。
 
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この「第一號隧道」の階段は随分と歩きやすいなーと思ったら、
ちゃんとオチはありました。なんと壁が崩れて道を塞いでいます。
 
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実際には相当に暗いので、携帯の灯りを足元に照らし
足を置くスペースを探しながら通過します。
 
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更に進むと、もっと派手に崩壊している場所がありました。
ひょっとして、このトンネルって相当にヤバいのかも知れません。
 
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何度も言いますが、この地点はトンネルほぼ中央地点で、ほぼ真っ暗の
状態です。撮影時にはなかなかピントが合わず、何度も撮り直しました。
 
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こちらは崩落現場の正面にあった待避所です。
崩れたコンクリートの破片の一部が入り込んでいます。
 
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崩落現場は細心の注意を払いながら無事通過しました。
そしてもう少し下ると、ようやく南側出口が見えてきました。
 
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振り返って撮影します。これ以上崩れなければ良いのですが。
それにしても、このトンネルは総じて痛みが激しいですね。
 
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出口がかなりハッキリ見えてきました。が、それでも明かりはまだ
ここまで届かず、依然として足元は真っ暗です。
 
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更に出口が大きく見えてきて、さすがに足元も明るくなってきました。
時折大きな石は落ちていますが、比較的歩き易い階段で助かりました。
 
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「700メートル」ポストを発見。ということは、スタートしてまだ7/12ということ。
しかし後ろは真っ暗でしょ? カーブしてるので既に反対側は見えません。
 
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やっと出口へ到着しました。柵は開いているようです。
その先にはまだ相変わらず急斜面が続いているのが見えます。
 
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そしてこちらはネット上、「某工事報」で見つけた凄い写真です。
実はこの場所、左の写真と同じ場所です。こうなっていたのですね。
 
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ではもう一度、今来た道を振り返ります。手前に先ほどの「700mポスト」、
その奥には僅かに反対側出口からの明かりが洩れています。
 
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「第一號隧道」を無事クリア、ようやく抜けることが出来ます。
 
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外へ出てからのお約束、「振り返って撮影」をします。
しかし繰り返しになりますが、ちょっと変わった抗門ですね。
 
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では先へ進みましょう。依然として急斜面のまま廃線跡は下方へと
続いています。そしてこの先は「行き違い場所」となります。


次回(最終回)は、この先廃線跡の末端部分までと「馬返駅」を探索します。

日光鋼索鉄道線 (栃木県/馬返-明智平) 最終回

●「明智平駅」からスタートし、二つの隧道を経て進んで来た
これまでの道のりですが、今回で最終回となります。
今回はこの先の「行き違い場所」や「馬返駅」の探索を、ネット上の
「某工事報」で見つけた貴重な写真を交えながら行います。
 
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「第一號(ごう)隧道」を出るとすぐに短い橋梁を渡ります。
この先に行き違い場所がある筈ですが、まだ良く分かりませんね。
 
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少々進むと全体が見えて来ました。ちなみに脇の木々の根元はこの場所
よりもかなり低い位置にあり、今見えているのはてっぺん部分です。
 
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そのてっぺん部分が仮に無いとすると、もっと高いのか(汗)。
奥には「第二いろは坂」が。ちなみに向こうからも見えるようです。
 
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「行き違い場所」へ出ました。横幅がやや狭い感じがして、
「こんなモン(幅)ですれ違えるのか」という印象を受けました。
 
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今度は下から撮影します。左側には架線柱の台の跡が見えます。
また木々に遮られ見えませんが、すぐ奥には「第一號隧道」があります。
 
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と、ここで貴重写真の登場です。当時の「行き違い場所」の映像です。
撮影位置こそ違いますが、余りにも当時の状況と符合、感動モノです。
 
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では先へ進みます。ここから先は再び「森のトンネル」を進むようになり、
廃線跡も落ち葉や小枝等で再び荒れ始めます。細心の注意を払います。
 
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その後は単調な廃線跡が続くので割愛します。すると突然のことでした。
「この先、途切れてない?」 そして、確認しに行こうとしたその時でした。
 
何と、左から右へと
 
何者かが横切ったのです!
 
それは・・・
 
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シカ

でした。もちろん野生の。もう聞き取れないような足音です。
「スタスタッ!」っと。何という身の軽さでしょう。

当たり前なんでしょうけど、結構な段差のある切り通しを
いとも簡単に左から右へ高速移動して行きました。
眼前で繰り広げられるアニマル劇場、「ヤバい!」とは
思いませんでしたが、「ここはアウェイなんだな」と実感しました。
 
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また(シカが)戻って来ないだろうなぁと、注意深く先へ進みます。
やはりこの先は途切れているようです。するとここが「アレ」ですか?
 
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その「アレ」とは「大谷(だいや)川橋梁」のことです。そう、この先には
大橋梁が架かっていたのでした。この件についてはまた最後にご紹介します。
 
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ということでここで引き返すことにます。車のある頂上まで戻り、
帰り道の途中で「馬返駅」跡の探索を行うことにします。
 
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と、その前に。こちらは撮影位置は若干違いますが、左の写真とほぼ
同じ場所の貴重写真です。奥手には「第一號隧道」も見えています。
 
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ところで、帰る途中で「行き違い場所」にて休んでいる時のことでした。
「ん?あそこの架線柱跡って、あんな針金が出てたっけ???」
 
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近寄る途中で、コレが何なのかを悟りました。おんぎゃあああ!
大蛇デター!!!(笑) そりゃ山ン中だもの、シカも出りゃヘビも出るわよね。
 
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ということで「馬返(うまがえし)駅」跡までワープして来ました。
「ただし」、こちらは「東武日光軌道線」の廃駅跡です。
 
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「東武日光軌道線」とはかつて日光~馬返間を結んでいた鉄道です。
要は「馬返駅」は「東武日光軌道線」とも接続していた駅だったのです。
 
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そしてこちらが"日光鋼索鉄道線"の「馬返駅」があったと思われる
場所です。残念ながら当時を偲ばせるものは発見できませんでした。
 
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最後に現役時の「馬返駅」を。左上は駅全景(奥に橋梁が)、
右上は軌道線の馬返駅、そして下は「大谷(だいや)川橋梁」です。


最後の写真の補足をしたいと思います。まず左上の写真ですが、奥には撤去されて
しまった「大谷川橋梁(195.4m)」が写っています。そして右上の写真ですが、
この「軌道線」用のホームの奥に「鋼索線」用のホームがあり、階段を数段登る形で
接続していたようです。そして下が「大谷川橋梁」横側からの写真です。
大掛かりな大橋梁だったことが伺えます。せっかく造ったのに勿体ないですね。