廃線跡訪問記 ブログ版 -44ページ目

常総筑波鉄道鬼怒川線 (茨城県/大田郷-三所) 最終回

●最終回は「常総関本駅」を経て終点、
「三所(さんじょ)駅」までの廃線跡を辿ります。ではご覧下さい。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
この区間は道路として整備されたようです。
直線の多い路線でしたが、こちらも長い直線の区間でした。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
名前の分からぬ小さな川に橋が架かっていました。ふと橋下を見ると、
歪(いびつ)な出っ張りが二つ。何か廃線跡と関係があるのでしょうか?
 
廃線跡訪問記 ブログ版
「常総関本駅」跡へやって来ました。駅跡らしいものは何もありませんでした。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ではここまでのエリアの空撮画像をどうぞ。この付近は約50年前と
比べても、余り変化がないようですね。これは結構凄いことですよ。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では次のエリアへ参りましょう。終点、「三所(さんじょ)駅」跡までの
区間です。非常に見辛いものの、車輌が止まっているのが見えます。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
大田郷方面を見て撮影しています。何故ここを写したのか。
ご覧頂いている皆様は当然、お分かりですね。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
振り返って撮影。こちらは終点まで、最後の直線です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
終点「三所(さんじょ)駅」跡へ到着致しました。
位置的には「三所駅」東端より撮影している形です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
「三所駅」跡、中心部へやって来ました。空撮では確認出来ませんが、
右側は土手になりますので、恐らく左側が駅入口だったのでしょう。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
そして「三所駅」跡を過ぎ「鬼怒川」の土手へやって来ました。
何故写真に線路跡を引き、ここまでやって来たのか。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
もう一度「三所駅」跡周辺の空撮を見てみましょう。先ほどよりもやや
西側の空撮です。何と、駅の先にまだ「砂利線」が引かれていたのです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
空撮では確認出来ませんが、鬼怒川の土手が一部途切れ、その間を
ぬう形で線路が延びていたと思われます。そしてその先で分岐しました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
土手を降り分岐地点へやって来ました(汚い絵ですみません)。
今は自動車の轍という形で遺構を残しています。まず左へ行きましょう。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
随分と先まで歩きましたが、まだ砂利道は続いておりどこで終わって
いたのかは分かりませんでした。この辺だとは思うのですが。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
続いて一旦分岐地点まで戻り、今度は右側の線路跡を進みます。
こちらは暫く行くと 「終わり」 がありました。そして右を向けば・・・
 
廃線跡訪問記 ブログ版
鬼怒川の流れが。この辺り、不自然にだだっ広くなっていますが
採石場だったのでしょうか? それらしい遺構は確認出来ませんでした。

※「J様」より情報提供を頂きました。最近、果樹園の防護ネットが
取り払われた関係で、「4.5Kmポスト」が発見し易くなったとのことです。
画像は割愛させて頂きますが、立派な石材(?)製のキロポストです。
情報有難うございました。


以上で鬼怒川線の探索は終了となります。ちなみにこの路線を知るキッカケとなった
「野殿(のどの)駅」の探索も行いましたが、こちらはある程度場所の特定は
できたものの、確実性に欠け、また遺構らしきものも発見出来なかったために
掲載を見送りました。残念ですがお蔵入りです。ご覧頂き有難うございました。

信越本線旧線 (新潟県/塚山-長鳥) その1

●データ 【所在地】新潟県長岡市~柏崎市 【運営キロ】5.0Km
【開業】1898年(明治31年)12月27日 【廃止】1964年(昭和39年)9月26日(推測)
【魅力】残さている遺構は主にトンネル。この周辺には幾つかのトンネルが存在
しますが、

いずれも危険な部類に入る廃線跡で探索は自己責任にて。 【訪問日】10.04.18

●今回はまだ残雪残る新潟県長岡市へやって来ました。
「信越本線」の廃線跡と言えば
碓氷峠 」が有名ですが、この信越本線には碓氷峠以外にも多くの廃線(旧線)跡が
存在しました。今回はそのうちの一つの区間を探索しました。探索した区間は
「塚山-長鳥」間に存在する旧線跡で、主にトンネルが見所となります。ではご覧下さい。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
最初にやって来たのはJR信越本線の「塚山駅」。「綺麗な駅だな」と
思ったら、新潟県中越地震(2004年)の際に損壊、立て直したそうです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ではこれから向かう「旧 塚山第三トンネル」も含め地図で確認しましょう。
ご覧のように同トンネルまでは駅から約 500mほどで到着します。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ということで目的地へやって来ました。で、時折見える白いモノは雪です。
まだ残ってたんですよねぇ。では、あの柵の辺りから探索を開始しましょうか。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では探索開始です。こちらはもちろん現在線(長岡方面)です。
廃線跡から推定すると、このような状況だったと推測されます。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
同じ地点から振り返って柏崎方面を見てみましょう。
右側に怪しいスペースが奥まで続いています。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
先へ進んでみましょう。この現在見えるトンネルの少々先に
トンネルがあったと思われるのですが、まだ見えませんね。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
更に先へ進み現在線のトンネルのすぐ脇まで来ました。
しかしまだ見えません。というか、どうも様子が変です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
そして薄々と感じ始めていたことが、徐々に確実なものとなって
きました。こ、コレって・・・やっぱり崩落してますよねぇ?
 
廃線跡訪問記 ブログ版
やはり近年起こった地震(04年と07年)の影響でしょうか?
仕方がないので逆から・・・とその時です。僅かな隙間を発見しました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
デジカメをアップにして確認します。ムフフ、開いてますねぇ。早速登山
ルートを確認します(笑)。行けそうだと判断し、GOサインを出します。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
半分ほどまで登って来ました。もちろん、一歩一歩噛み締めるように、
細心の注意を払いながら進みます。しかしハデに崩れておりますねぇ。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
無事登頂です。近づいてみれば、人一人が通れるくらいの穴でした。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では中を覗いてみましょう。どうやらここ以外は無事のようです。
というか、こんなムリしなくても向こうからアプローチ出来たのでは・・・(汗)。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
振り返って廃線跡を確認してみます。上からの方が良く分かりますね。
完全に旧線跡を塞いでいます。ちなみに右の壁は現在線のトンネル壁です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
良く観察してみましょう。トンネルポータルの右側部分のみが完全に
崩れ去っているのが分かります。欠けた部分は土砂の中でしょうか。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
さて次は、「人一人が通れるくらいの穴」が開いているので、中へ参りましょう。

いきなり「まさか」の展開からスタートした今回ですが、次回はトンネル内探索編です。

信越本線旧線 (新潟県/塚山-長鳥) その2

●「旧 塚山第三トンネル」から探索を開始した初回でしたが、
無情にも立て続けに起こった地震のせいか崩壊しておりました。
しかし何とか探索を続行出来そうな状況でしたので、崩壊現場を
登り頂上まで辿り着いたのでした。場面はここから再開します。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
地震の影響か、崩壊してしまった「旧 塚山第三トンネル」東口です。
上手い具合に人一人が通れそうな小さな穴が開いてるんですよね。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
頂上から中を覗きます。どうやら通ることが出来そうです。
慎重にゆっくり・・・と思いましたが、恐くて転がるように通過(爆)。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
無事地上に到着です。どうやらここ以外の崩壊は無さそうです。
短いトンネルなので、西口の光がここまで(東口)まで届きます。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では崩壊現場を中から確認してみましょう。まず目に付いたのが
この大きな亀裂。こ、コレってカナりヤバいですよね・・・ゾッとしました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
トンネルのほぼ中間地点から改めて崩壊部分を撮影。
こんな絵を見るのは初めてです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では短いトンネル内ではありますが、探索を開始します。
やや奥行きの狭い待避所が数か所点在しています。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
天井部分はというと恐らくレンガだとは思うのですが、なんかその、
キモいんですよ、ゴミの付き方が。というか、何でこんなに汚れてるの?
 
廃線跡訪問記 ブログ版
間もなく出口到着です。今更ながらこちらから入っておけば良かったと後悔。^^;
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では最後にもう一度振り返って撮影します。しかし先ほども書きましたが
何故これ程まで天井が汚いのでしょう。まるで水没していたかのようです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
トンネルを抜けました。この先はこのように合流していたものと
思われます。ちなみに遺構らしいものは発見できませんでした。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
振り返って西口の撮影をします。実はこちら側にも
東口程ではありませんが、同じように亀裂が入っていました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ポータル左側、このトンネルの銘版かと思ったら、違いました。
落石防止壁のプレートでした。廃止(推定)の3年前ですね。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
「旧 塚山第三トンネル」西口の全体図です。ちなみに右側現在線の
トンネル名は「東山トンネル」と言います。新旧線では名前が違うようです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では次の目的地を目指すことにしましょう。「塚山駅」を過ぎ更に
柏崎方面へと向かうと次のターゲット、「旧 塚山第二トンネル」です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
目的地へ到着しました。予想外に低い位置に線路があります。
毎度のことですが、地図では高低差が読み取り辛いんですよね。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
下へ降りて来ました。これも毎度のことですが、「旧線」というと
「現在線」も存在する訳で、これに気を使うのが少々厄介です。


その2は以上です。次回は「旧 塚山第二トンネル」の探索編となります。

信越本線旧線 (新潟県/塚山-長鳥) その3

●第三回です。今回は「旧 塚山第二トンネル」の探索編です。
現地入り口よりスタートしますが・・・
 
廃線跡訪問記 ブログ版
現在線の「塚山トンネル」です。単線(旧線)時代は「塚山トンネル」は
3本存在しましたが、複線化されてからはこの一本のみとなりました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
振り返って長岡方面を見ます。当時はこのようなレールの位置だったと
思われますが、現在は全くそのような面影はありませんでした。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では先へ・・・と思ったら「水攻め」でした。。。雪解け水と思われます。
時期的に、そりゃそうですよねぇ。更にどこからか、大きな水音がします。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
それはここでした。実は結構前から気になっていたのですよね。
それにしても冗談抜きでマリオもビックリ、結構なトラップです(笑)。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
強制的に「走り幅跳び」をさせられたりしながら(笑)、何とかトラップを
クリアすると、そこには甲斐あってかパラダイスが待ち受けていました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
しかし「川越え」後も枯れ草などに隠れて見えない水没トラップが
多数存在、苦労しながらも何とかトンネルの前まで到達しました。


では探索の前に。この「旧 塚山第二トンネル」にまつわる歴史を一つご紹介。
これはこのトンネルについて調べ物をしている時に偶然見つけたものでした。
何とこのトンネル内を走行している時に「乗務員二名が気を失った」と言うのです。
 

時は昭和38年(1963年)2月、この「旧 塚山第二トンネル」を通過している際に

突然「乗務員二名が気を失い」そのまま走行、柏崎方面から来た貨物列車は

次の「塚山駅」を通過し、その次の「越後岩塚駅」の安全側線へ進入、

脱線転覆して停止したそうです。気を失った原因は「窒息」でした。

 

当時はまだ「蒸気機関車」が現役であり、この煙をトンネル内でモロに吸い気を

失ってしまったそうです。もちろん通常の走行ではこのような事故は起こりにくい

そうで、この時は運悪くダイヤに乱れが生じたため速度を落としていたのでした。


当然トンネル内においても徐行運転をしなければならず、その結果通常ならば

2分程度で抜けられるこのトンネル(全長1155m)を、この時は5~7分間かけて通過、
思わぬ「長期滞在」を強いられてしまい、大量の煙を吸ってしまったという訳です。


ちなみにこの二名の安否ですが、報告書には「入院中」と書かれており、重篤な

状況には陥ってはいないようでした。ではそのトンネルの続きをご覧下さい。

 

廃線跡訪問記 ブログ版
では中へ入りましょう。やや水が流れ込んでおりますが、
入り口付近は足場はしっかりしており支障はありませんでした。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
遠くに小さな明かり、いわゆる西口の出口が見えます。これでも全長
1,155mもあるんですよね。そして先へ進むと、急に足場が悪くなってきました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
振り返って撮影。実は今回、遂に新兵器「長靴」を持参して来ました。
しかし、うっかりして(現場へは)持って来なかったんですよねぇ。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
取りに戻るには距離があるし、そもそもあの"トラップ"をまた
往復するのは厳しいので、行けるところまで進むことにします。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
しかし進める距離は、あと僅かしかないことなど知る由も無く・・・。
既に足元はヘドロ状態で、すこぶる最悪です。写真は待避所です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
そして探索開始から僅か、ロクに進んでいないうちに足元が「ズブズブズブ」。
強制終了です。正直、長靴を履いていてもかなり厳しかったかも知れません。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ということで反対側から攻めることにします。瞬間移動して来ました(笑)。
こちらは現在線と旧線との分岐点で、この先にトンネルがあります。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ではこの付近の状況を地図で確認しましょう。この先に「塚山第一~」が
あり、その少々先に目指す「塚山第二~」の西側入り口があります。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
現在線と分かれて約100メートル、廃線跡らしい切り通しが続きます。
そして、緩やかな左カーブを進んだ先に・・・
 
廃線跡訪問記 ブログ版
「旧 塚山第一トンネル」が出現します。さて、内部はどうなっているのでしょうか。

ということでその3は以上です。次回はこの「旧 塚山第一トンネル」探索編です。

信越本線旧線 (新潟県/塚山-長鳥) その4

●「旧 塚山第二トンネル」東側は汚泥により探索断念、よって反対側(西側)から
攻めることにした前回でした。しかし「旧 塚山第二~」東口へ辿り着くには、
その前に「塚山第一~」を攻略しなければなりません・・・では続きをご覧下さい。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
「旧 塚山第一トンネル」西口です。これまで見たことのない形ですね。
というか、本来の入り口はやや奥で、後から足されたような感じです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
で、中の様子はというと、ご覧のように「水路」と化してました。
これでは進めませんねぇ・・・と、そこで新兵器の登場です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ぢゃーん! 遂に新兵器「長靴」の登場です。というか、廃線探索を始めて
もう何年も経ってるっていうのに、今頃新兵器って、遅すぎますよね。^^;
 
廃線跡訪問記 ブログ版
とにもかくにも新兵器は新兵器、お手並み拝見といきます(笑)。
「うおっ!ナンともない!(当たり前だわね)長靴最強っ!ひゃっほう♪」
 
廃線跡訪問記 ブログ版
振り返って撮影します。長靴が無ければ見られない景色でした。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では先へ進みます。このトンネルは僅か100m少々の距離で、
既に前方より東口出口の明かりが漏れています。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
まだ入り口付近です。天井を見れば継ぎ目のようなものが。
やはり最初に書いたように、後から足されたもののようです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ほぼ中間部分へ来ました。もうこの付近は完全に水路と化してます。
「陸地」などはどこにも見当たりません。長靴最強ですね(笑)。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
トンネル内のお楽しみ、待避所を発見。しかし「塚山第三トンネル」も
そうでしたが、この周辺の待避所は奥行きが浅い傾向にあるようです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
早くも出口が見えてきました。ここも相変わらず完全な「水路」です。
ちなみに水中の地面はバラストの感じはなくて、硬い地面のようです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
出口到着です。見た感じでは出口を抜けると左へ折れているようです。
結局、内部は最後まで水路のままで、本当に長靴が重宝しました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
「廃線跡訪問記」初の水面上からのショットです(笑)。それにしてもこの水は、
今の雪解け水がある季節だけなのでしょうか? それとも常時あるもの?
 
廃線跡訪問記 ブログ版
トンネルを抜けるとそこには廃線ファンにはタマラナイ光景が
待ち受けていました。何という分かり易い切り通しなんでしょう。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
振り返って、今来た「塚山第一トンネル」の東口坑口を撮影します。
これまでとはちょっと違う、やや変わったトンネルポータルです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では先へ進みましょう。素晴らしい切り通しが続いていますが、実は
こう見えてトラップだらけ。どこかしこに「ズボッ!」地帯が存在します。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
上の写真左側にも水が溜まっているように、中央側にも湿地帯が多く、
しかも写真のように枯れ草で隠されているので、かなりタチが悪いです。

その4は以上です。次回はいよいよ「旧 第二塚山トンネル」の探索編ですが、
遂にやってしまいました。一体何をやってしまったのか。それはまた次回にて。