廃線跡訪問記 ブログ版 -43ページ目

東海道本線旧線 (神奈川県/根府川-真鶴) その1

●データ 【所在地】神奈川県小田原市~真鶴町 【運営キロ】1.5Km(推定)
【開業】1922年(大正11年)12月21日 【廃止】1972年(昭和47年)6月日
【魅力】基本的に立ち入り禁止なので向かわれる方は自己責任で。
距離的には短いものの自然へと還っている部分も多く、それなりの準備が必要です。
【訪問日】10.06.19

●神奈川県小田原市へやって来ました。実はこの小田原市、子供の頃に
親戚の関係で良く訪れた場所で、ある程度の土地勘はありました。
とはいえこのような場所に廃線跡があることなど知る由も無く、初めて知った時は
「え~っ?あんなトコに?ウソ~ !?」と驚いたものでした。
さてこの「東海道本線旧線」ですが、僅か 2km弱という距離の間にトンネルが
3つ存在し、更に絶景ポイントもあるそうです。では行ってみましょう。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
まずは周辺の地図から。真鶴-根府川(ねぶがわ)間の地図です。
ちなみにスペースの都合上、右に90度回転しております。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
さっそくトンネル入り口までやって来ましたが・・・は?なにこれ?
有刺鉄線を張った柵があるなんて聞いて無かったんですケド・・・。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
とりあえず振り返って当時の状況を推測します。一本分しか線を
引いておりませんが、一応複線です。書き忘れました(汗)。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では進みましょうか。申し遅れました、こちらは「長坂山隧道」です。それよりも
どうやって入ったって? ナンてことはありません、脇から入れますよ(笑)。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
振り返ります。しかし先ほどから気になっているのですが、なぜ片方だけに
枕木が? しかも比較的新しいように見えるのですが気のせいでしょうか。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
確かに新品というようにも見えませんが、40年近くが経過している
ようにも見えないんですよね。引き込み線として新たに使うとか?
 
廃線跡訪問記 ブログ版
さっそくトンネルに "お約束"の待避所を発見。ところでこのトンネル、
後日に分かったことなのですが、関東大震災の時は・・・
 
廃線跡訪問記 ブログ版
内部が崩れてしまい大変だったそうです。そういえば途中、トンネル壁が
歪(いびつ)な所がありましたし、この写真の天井も妙ですよね。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ちなみに元々のこの路線の廃止理由は「強度的に問題がった」から
らしいです。写真は待避所にあった注意書きですが、初めて見るものです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
直線のため入った当初から出口の見えていたトンネルですが、
コレが結構イヤなもので、歩けど歩けど出口に辿り着きません。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ようやく出口に到着しました。「結構長かったな」と思い、帰宅後に
地図上で距離を測ってみたら、670m(推定)という数字が出ました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
出口を抜けて振り返って撮影します。「長坂山隧道・北口」です。
今頃ナンですが、やはり「複線」というのは横幅がありますね。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
トンネルを抜けるとすぐに架線柱がお出迎えをしてくれます。
かなり自然へと還っていますが、碍子も付いている架線柱です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
その後はこのような道が続いています。両脇には竹藪があり、
雰囲気的にはちょっとした「料亭」へと続いていそうな道です(笑)。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ほぼ全ての区間で架線柱が残っているようです。
この付近はまだ中央に道があり、歩きやすかったのですが・・・
 
廃線跡訪問記 ブログ版
徐々に雑草が生い茂るようになり、仕舞いには半通せんぼの状態に。
それでも進んで行くと、前方にポッカリと穴の開いた空間が見えて来ました。


その1は以上です。ところで今回ご紹介した「長坂山隧道」ですが、
この件について調べ物をしていたら凄いものが出てきました。


廃線跡訪問記 ブログ版

こちらは被災時(関東大震災・1923年9月1日)のトンネル内の写真です。
確かにトンネル内でズレが生じ、相当のダメージを受けています。

ちなみにこの次の駅、「根府川駅」もこの震災で地滑りが発生、
たまたまその場に居た車輌とともに海中へと沈んでしまいました。
車輌は引き揚げられたそうですが、ホームは今でも海中に
沈んでいるそうで、この水中遺構はスキューバダイビングをされる方々の
絶好の潜水ポイントとなっているそうです。うーん、見てみたいですねぇ。
次回はこの先の「八本松隧道」、他をご紹介致します。

東海道本線旧線 (神奈川県/根府川-真鶴) その2

●前回は「八本松隧道」の入り口手前で終了しました。
今回はこの隧道と一つの橋梁をご紹介致します。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
「八本松隧道」南口へ到着しました。全長約 80mほどの隧道です。
トンネル直前には赤錆びた架線柱が味付けをしてくれています。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
さっそく隧道内へ。枕木の並んでいた「長坂山隧道」とは違い、
こちらはキレイさっぱりです。しかしここも広いですねぇ(複線のため)。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
距離は僅かに 100m足らず、すぐに出口となります。
しかしタマらない絵ですね(笑)。ところで、この先は行けるの?
 
廃線跡訪問記 ブログ版
天井内です。こちらも架線柱のビームと碍子が残ったままです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
北側出口付近には反射鏡でしょうか? 「下り側」に並んでいます。
このトンネルが(下り線から見て)やや右にカーブしているためか。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
そしてその反射鏡のちょうど反対側には、こんなものが。
「666・・・」って。。。ダミアンか !?(知ってる人居ます? 笑)
 
廃線跡訪問記 ブログ版
トンネルを抜けました。「八本松隧道」北口です。やや右へカーブ
しているのが分かりますね。左側ポータルに何か掛っているようです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
なんと銘板でした。かなり消えてしまってはいますが、「八本松隧道」
と読み取ることは出来ます。素晴らしいものを拝見させて頂きました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
さて。現実へと戻りましょうか。実は、この先のことです。
雑草が嫌というほど生い茂っています。やはり夏場は厳しかったか。
 
廃線跡訪問記 ブログ版

その前に「いい絵が撮れそうだ」と、撮ったのがコレ。「ヒメジョオン」という
雑草のようです。また線路沿いに多いことから鉄道草とも。良い絵でしょ?
 
廃線跡訪問記 ブログ版
気持ちは進みたくてウキウキしているのですが、何だか体が
イヤイヤをしているんですよね(笑)。 でも、もちろん進みますとも!
 
廃線跡訪問記 ブログ版
草を掻き分けながら進みますが、前日の大雨ので葉が濡れており、
もう全身ビチョビチョです。するとなんと、あの怪獣が出現しました!
 
廃線跡訪問記 ブログ版
「架線柱モンスター」でした。これは以前、 「 太平洋セメント専用線 」や
木島線 」でも現れたモンスターです。良く夏場に現れます(笑)。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
そしてこの"モンスター"の股下を潜ると、橋梁に到着します(笑)。
一瞬、鉄板一枚のように見え焦りましたが、強度は問題無いようです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
名前も分からない橋梁ですが、そこから見える景色は「絶景」でした。
海岸線を見渡せます。その海岸線を走るのは国道135号線です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では先へ進みましょう。橋を渡った先には、再び黒い空間がポッカリと
口を空けて待っているようにも見えます。アレが次のトンネルでしょうか。


その2は以上となります。次回は最終回、「旧 赤沢隧道」編です。
「海の見えるトンネル」とも言われていた、「オシャレなトンネル」です。

東海道本線旧線 (神奈川県/根府川-真鶴) 最終回

●3回目となる「東海道本線旧線」編は今回で最終回となりますが、総距離
僅か 2Km足らずで 3回分ということは、かなり中身の濃い廃線跡だったと
言えるかも知れません。では「赤沢隧道」を中心とした最終回、ご覧下さい。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
名も分からない小さな橋梁を超えると、すぐ先に黒い空間が出現。
こちらが「赤沢隧道」の筈です。草を掻き分け進みます。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
姿がハッキリしてきました。やはり「赤沢隧道」南側入口です。
そして右側、海沿い側には噂通り窓があり、明かりが差し込んでいます。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
入口左側には前隧道「八本松隧道」にもあったように同じような銘板が
掛けられています。今度は「赤沢(澤)」とシッカリ文字を読み取れます。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
海沿い側の入口にはこのような文字が。「一旦停止」?
現役時はここで(乗客サービスのために)止まったとか?まさかね(笑)。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
中はこのように鉄骨で補強されていますが、これで効果あるのでしょうか。
ちなみにブレているように見えますが、ブレてはいませんのであしからず。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
やや右カーブとなっている坑内ですがこのトンネルも
その他同様、架線ビームが付いたままとなっております。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
光の加減で見えませんが、この窓から海を眺めることが出来ます。
実は「海が見えるように」という粋な計らいでこのようになったそうです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
振り返って撮影。何度も言うようですが、やはり単線とは違い
複線は(幅が)広いですね。普通の県道くらいの幅はありそうです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
暫く進むと補強が無くなりました。が、補強が無くなった代わりに
落書きが出現(笑)。しかしこういうのって残念ですけど、上手いよね^^;
 
廃線跡訪問記 ブログ版
さぁ、北側出口が見えて来ました。何故かこの付近はぬかるんでいる場所が多いです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
こちらには、キロポストのようなものが放置されていました。ハッキリとは
分かりませんが、このようなものが何本か転がっていました(抜かれた?)。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
トンネル北側はロックシェードのような造りです。
この付近は雑草がトンネル内への侵入を試みているようです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
そして間もなく出口なのですが・・・コレですよ、これ。あ、あともう少し
なんだけど、もうちょっとお手柔らかにしてもらえないかな(笑)。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
「旧 赤沢隧道」を抜けました。これまでと同じように架線柱が
お出迎えです。地図上ではもう僅かで現在線と合流地点の筈ですが。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
雨露で濡れている雑草を掻き分け、最後の目的地へ到着しました。
ここが合流地点です。奥に「現在線」の架線柱が見えています。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ちょびっと「現在線」を覗いてみました。「真鶴隧道(1,710m)」ですか。
ところで呼び名は「トンネル」ではなく、「隧道」なんですね。

以上で「東海道本線旧線」編は終了となります。「強度的に問題がある」という理由から
廃止へと追い込まれてしまったこの路線ですが、特に距離を短縮したという訳でもなさそう
ですし、やはりできることならこの景色の良い「旧線」の方を利用して欲しかったですね。

常総筑波鉄道鬼怒川線 (茨城県/大田郷-三所) その1

●データ 【所在地】茨城県筑西市 【運営キロ】6.0Km
【開業】1923年(大正12年)8月1日 【廃止】1964年(昭和39年)1月16日
【魅力】正直、遺構を探すのは困難となった廃線跡ですが、
途切れ途切れに廃線跡が点在、これを繋ぎ合わせる作業が楽しい
場所かと思います。 【訪問日】10.05.05


●久々に茨城県の筑西市(ちくせいし)へやって来ました。

茨城は「日立電鉄 」の探索以来でしょうか。

今回の探索は「常総筑波鉄道」という路線名ですが、これは現在の関東鉄道
常総線(取手-下館)の前身です。まずこの廃線跡を見つけたきっかけですが、
「茨城の廃線跡」を調べていた時のことです。「野殿(のどの)駅」という廃駅が
あることを知り、これを紐解いて行く段階で、この「鬼怒川線」にぶつかりました。

ちなみに今回は、廃止から50年近くが経過しているため、かなり分かり辛い廃線跡と
なっておりますので、撮影場所に番号を付け、分かり易くしてみました。ではどうぞ。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
出発地点は「大田郷(おおたごう)駅」です。小さなのんびりとした
田舎駅という感じでした。こういう感じ、結構好きだったりします。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
駅舎の端に立ち南側を撮影します。ちょうどこの辺りに
「鬼怒川線」の場内及びホームがあったと思われます。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
少々南へ移動し、今度は北側を撮影します。当時の空撮を確認すると、
西口には駅舎が無かったように見えますが、どうなんでしょう?
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ではその空撮を確認して頂きましょう。どのように見えますか?
これを見る限り、当時は東口がメインの駅だったような感じがしますね。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
それでは「大田郷駅」を離れ、先へ進むことにしましょう。
こちらは現在の大田郷駅より南側の航空写真です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
そしてこちらが1961年の空撮です。果たしてどのように変わったのか?
ご自分の目で確かめられるのも楽しいかと思います。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
まず[1]の画像です。実はミスってしまいました。画像に入りきらず
外へはみ出てしまいました(汗)。正確には[2]番の上辺りに入ります。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
こちらは「本線」と分岐する地点です。空撮より想像するに当時、
この辺り一帯は森林地帯で、右カーブして行ったように見えますね。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
普通に家々が立ち並ぶ住宅街。しかしこちらも廃線跡です。
正確には道路の左側が廃線跡だと思われます。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
住宅街を抜けると田園地帯です。この付近は窪地となっており空撮
でも確認出来るように、この辺りは築堤で高低差を補っていたようです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
何の変哲もない場所に見えますが、こちらももちろん廃線跡です。
木の生えている辺りが廃線跡で、築堤跡の名残りでもあります。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
草木を掻き分け森の中へ入って行くと、開けた場所がありました。
しかもうまい具合に「そこだけ」木が生えていません。決まりですね。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
更に進みます。全体写真は最後の画像をご覧下さい。この付近は残念
ながら完全に自然へと還っており、立ち入りを許してはくれませんでした。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
それでも少しは廃線跡に近付こうと寄ってはみたのですが
ご覧の通りで、粘るだけ無駄な抵抗だということを悟りました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
もちろんこちらも廃線跡です。「線」を引かないとナニが何だか
もう分かりませんね。完璧な森に還っています。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ではこれまでご紹介した写真の位置を記載した空撮画像です。
現在でもそれとなく廃線跡は分かりますが、やはり年月の経過は大きいか。


以上、その1でした。次回その2は中編として、
大田郷-常総関本間の探索結果をご紹介致します。

常総筑波鉄道鬼怒川線 (茨城県/大田郷-三所) その2

●その2は「大田郷-常総関本」間の廃線跡を辿ります。前回もそうでしたが、
この廃線跡は消えてしまった部分も多く判断し辛い場所も多いため、
空撮画像に撮影場所を付けながらご紹介していこうと思います。ではご覧下さい。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では前回からの続きです。このエリアでは画面右側、「大田郷方面」の
廃線跡が消失してしまっているのがお分かり頂けるかと思います。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
こちらは道路に架かる陸橋上から撮影しました。
廃線跡を匂わすものは殆ど(一部あり)ありませんでした。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
少々進んでみました。一見、正面の農道(?)が廃線跡に思えますが、
空撮で検証すると、ちょっと違うんですよねぇ。やや左側にあったようです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
こちらは99%廃線跡と認定しました(笑)。やや築堤じみた廃線跡がグッと来ます。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
振り返って終点「三所(さんじょ)駅」方面を見てみます。
廃線跡上に家々が建ち並んだようです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では次のエリアへ進みましょう。このエリアが難所でした。
でもこれを探し求める作業が楽しいものでもある訳でして・・・笑
 
廃線跡訪問記 ブログ版
一見、左側が廃線跡のように思えますが、実際には痕跡はナシ。
残念ながら完全に消失してしまったようです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ほぼ同じ位置から振り返って撮影(三所駅方面)しました。
この部分は上記空撮でも分かるように、僅かに廃線跡が残っています。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
[6]の反対側から撮影しております。一部に廃線跡らしきものが
残っておりますが、それ以外は完全に形を崩され消失しています。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
そしてこの先の廃線跡は森の中へと消えて行きます。しかし当時に
比べると、森林の範囲が拡大しているような感じがしませんか?
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では次のエリア、「常総関本駅」跡手前までの廃線跡となります。
こちらも田畑という性質からか、約半分の廃線跡が消失しています。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
喉が渇いたので自販機を探し、たまたま見つけた自販機の横が
廃線跡でした。飲み終わり「さぁ行くか」と思ったら現地でした(笑)。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
[9]の対面がこちらとなります。[9]の方角を向いての撮影です。
正面に見える「林のトンネル」で確認出来るかと思います。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
そして[10]の場所から林を挟んで少々したところに驚くべきものを
発見しました。築堤跡です。一目見て「これはもしや!?」と思いましたね。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
築堤跡に登って途切れた廃線跡を撮影(大田郷方面)します。
個人的には凄く好きで萌え(笑)な絵です。良く残っていてくれました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
振り返って撮影します。廃線跡の高低差が無いことを考えると、
この築堤跡はほぼ当時のままの高さを保っていたと考えられます。


その2は以上です。次回は最終回となり、この先の
「常総関本駅」から終点「三所駅」まで&オマケをご紹介致します。